2024.10.01
自社の社内情報を未来の“ゴミ”にしないための備え 「情報量が多すぎる」時代がもたらす課題とは?
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森まどか氏(以下、森):「FUSION of benefit 理論の実装が切り拓く、未来社会」というテーマについては、お二人に語っていただこうと思います。
お一人目は、ゲーム理論とマーケットデザイン研究を専門領域とされ、人と人、人と物やサービスをどのように引き合わせるか、大規模な配分問題を研究テーマとするマッチング理論の第一人者、小島武仁さん。
そしてもう一方は、応用物理などを利用したヒューマンコンピュータインタラクション分野の研究者として筑波大学で教鞭を執る傍ら、企業経営者として、またメディアアーティストとして八面六臂のご活躍をされている、落合陽一さん。このお二方にご登壇いただきます。
それではあらためまして、お一方ずつご紹介させていただきます。小島武仁さんです。
小島さんがセンター長を務める東京大学マーケットデザインセンターは、労働市場や教育、保育などを重点研究領域とし、医師の地域偏在を解決するための研修医のマッチングや、待機児童を解消する保育所の割り当てについてのアルゴリズム設計など、理論研究だけでなく、よりよい仕組みを社会に実装するという視点で研究に取り組んでいらっしゃいます。小島さん、今日はよろしくお願いいたします。
小島武仁氏(以下、小島):よろしくお願いします。
森:続いてご紹介させていただきます、落合陽一さんです。落合さんがセンター長を務めるデジタルネイチャー開発研究センターは、HCI(Hyper-Converged Infrastructure)、仮想化基盤やCG、CGH(計算機合成ホログラム)、触覚、VRなどを融合領域とし、人と計算機の共存する生態系を目指していらっしゃっいます。ろう・難聴者と豊かなコミュニケーションを行う会話字幕表示システムなど、多くの成果を生み出されています。
クロストークでは、アートやテクノロジーの領域からデータを利活用した新しい社会の想像を目指す落合さんと、経済学の視点からリアルエコノミーにおける最適なデータ活用の方向性を提起し、社会実装を目指す小島さんという、データの高度利活用に関わるフロントランナーのお二人にお話をうかがいます。
落合さんはオンラインでご参加いただいています。今日はよろしくお願いいたします。
落合陽一氏(以下、落合):よろしくお願いします。小島さん、お久しぶりです。
森:お二人はいつも一緒にこうしたディスカッションをされているということで。
落合:いつも一緒にじゃないけど(笑)。
森:いつもじゃないですね。お久しぶり、というお言葉をいただきましたが(笑)。データサイエンスが急速に伸展するのとは裏腹に、拡大するデータを活用する側と利用する側の分断や、データ活用の理論と実践の間で生じている乖離を解消し、国や企業と生活者の適正な関係をデザインするための方向性について、この後ディスカッションしていければと思っております。
それでは、さっそく始めてまいりたいと思います。小島さん、そして落合さん、どうぞよろしくお願いいたします。
落合・小島:よろしくお願いします。
森:はじめに、お二人が取り組まれている活動の概要や、どういったことに興味を持たれていらっしゃるか。また、どのような経緯で現在の活動に取り組まれるようになったかなど、自己紹介を兼ねてお聞かせいただきたいと思います。それでは、小島さんお願いいたします。
小島:ご紹介にあずかりました、小島と申します。東大経済学部の教授をしているんですが、加えてこれもご紹介にありましたように、マーケットデザインセンターという研究所を主催しています。
で、どういうことに興味があるのか。「そもそも、マーケットデザインやマーケットデザインセンターって何なんだ?」と、みなさんが思われるかと思うので、ちょっとご説明します。
マーケットデザインとは、経済学やコンピュータサイエンスの融合領域の研究分野の名前です。その名のとおり、マーケットをデザインすることですね。経済学者はいろいろな社会の制度を「マーケット」だと捉えるんですが、マーケットはうまくいっているものもあるし、うまくいっていないものもあると。
例えば、我々がやっている話で言うと、いわゆるコモディティマーケット。ストックマーケットとかもそうなんですが、値段を見てみんなが売り買いをする、よく知られた単純なマーケット。こういうものは、ほっといてもうまくいくと言われているものなんですけれども。
その一方で、お金でやりとりするのができないような伝統的な領域もたくさんあって。そういうところだと、もう1つの今日の私のキーワード「マッチング」がうまくいかないことがあります。
例えばイメージしていただきたいのは、みなさんご存知のようにコロナウイルスの問題が出てきた時に、「ワクチンをどうやって配分すればいいか」という問題がありましたけれども。
経験された方も多いと思うんですが、予約をとる時にすごく混んじゃって、「なかなかワクチンの予約が取れない」と、大混乱が起きたという話がありましたよね。こういうところは、伝統的な市場みたいに勝手に人々に放っておいて調整してもらうとうまくいかない、なんてことがあります。
小島:同様に、先ほどご紹介いただきました(マーケットデザイン)センターでやっている話なんですが、待機児童の問題ですね。自治体が保育園に行きたい親御さんをうまく調整して、お子さんをどこの保育園に行かせるか、大規模にマッチしているんですが。ここもなかなか自由放任で、勝手に、「高い保育料が払える人だけ行ってください」ということはできないわけです。
じゃあどうやって公平に、なるべく無駄のないように、混乱が起きないように保育園の空きシートを配分するかという問題があったりします。繰り返しになるんですが、伝統的な経済学で出てくるような、「勝手にやってくれれば、レッセフェール(自由放任主義)でうまくいくよ」という感じにはならないので、代わりにデザインしてあげることになります。
こういった、なかなか配分がうまくいかないようなところに、マーケットデザインはうまく仕組みを作ってあげて入れていきます。具体的には、今日のテーマの「データ」にも関係あるんですが。
こういう配分の仕方は、ある決まったルールによって作ります。ルールとは、言ってみるとアルゴリズムですね。コンピュータアルゴリズムというかたちで、こういう希望を持っている人がいたら、その人たちをこういうふうにコンピュータで処理をして、みんながなるべく幸せになるような配分を実現したい。そういうことをやっています。
具体的なものとしましては、今、名前をあげたコロナワクチンの配分についての考察や、自治体へのアドバイスとか。これも自治体関係ですが、保育園の待機児童問題を解決するために、なるべく無駄のない、そして公平なかたちで空きシートを配る方法の実施を目指して実証研究をしたりとか。そういった活動をしています。
ちょっと長くなっちゃったので、これくらいにしときますね。
森:ありがとうございます。人と何かを組み合わせる時に、マーケットデザインという考え方が介入することによって、効率よく、うまく希望が叶うようになる。そういったことを研究されているという理解でよろしいでしょうか?
小島:はい、おっしゃるとおりです。
森:ありがとうございました。続いて、落合さんお願いいたします。
落合:こんにちは、落合です。よろしくお願いします。ピクシーダストテクノロジーズという会社の代表取締役をしてます。今日は「会社の人として来い」って言われたので、会社の人としているんですが(笑)。
1987年生まれで、2015年に東大で博士号を修了してから筑波大学に着任して、それと同時にピクシーダストを起業して、会社の社長をやってます。専門はヒューマンコンピュータインタラクションやバーチャルリアリティ、コンピュータグラフィックスとか、触覚ディスプレイ、デジタルファブリケーションあたりをよくやってます。
ピクシーダストがどんな会社かというと、もともと僕はホログラムの専門だったのもあり、超音波ホログラムやレーザーのホログラムはやってたんです。
波動制御技術をコアとして、働く場所をどうやったらより快適にできるか、より安全にできるか。ダイバーシティ&ヘルスケア、例えばどうやったら認知症に効くことできるか、どうやったら耳が聞こえない人に文字を届けることができるか、情報を届けることができるかとか。
あとは新しい吸音材を作ったり、建設現場のデジタルトランスフォーメーションをやったりとか、そんなことをやってる会社でございます。
基本的には、実課題にある問題をシーズドリブンじゃなくてニーズドリブンで解決するのがすごく重要な課題です。それを、我々の専門領域としている「光」や「音の波」を使って解決しています。
変わったビジネスモデルとしては、ストックオプション(SO)をはしごに産学連携をしてまして。筑波大学に僕のデジタルネイチャー研究室が昔からあるんですが、そこをいったん僕が退職して。ピクシーダストから僕の人件費とSOを払い出し、かつSOを付与するビジネスモデルでデジタルネイチャーの研究室から出てくる僕のIPを、ピクシーダストに100パーセント譲渡する契約になってまして。
そういうことで、産学間連携がより加速する。大学間との契約交渉をいちいちすることなく、新しい資材を使って、顧客や企業の問題を解決していくことができるビジネスモデルを構築しています。
ほかにも共同研究としては、東北大学と同じような、SOをはしごにした産学連携を行っています。ワークスペースの問題やヘルスケアの問題、デジタルトランスフォーメーションの新しい開発をしてます。
落合:なぜここでしゃべっているかというと、去年から感染症対策のBCPソリューションを作ってます。それは気流解析を使って独自の基準を作って、感染症リスクを可視化していく流体解析をするものや、それを用いてオフィス内のレイアウトをしていくようなもの。
あともう1個が、CO2をモニタリングして、換気状況を適切に維持し安全性のアピールに使えるような簡単なセンサーとモニタリング。スマホや専用のデバイスで濃厚接触を感知して、事業停止のダメージを最小化するようなものをやっています。
それを使って今、柏の葉スマートシティが舞台の「magickiri Planning」。さっき言った、どういう風の流れが起こってるかを可視化していくものを活用して、感染症に安全なまちづくりに貢献する取り組みを、三井不動産さまと一緒にやらせていただいてます。
それが、柏の葉キャンパス駅の北側高架下の飲食店街とか、柏の葉オープンイノベーションラボに入っているそうです。そういったことを通じて、スマートシティに対して感染症安全なものを、コンピュータサイエンスを使って提供することに一躍寄与しているとは思います。ということで、今日は楽しみにしてまいりました。よろしくお願いします。
森:よろしくお願いいたします。本当に幅広い分野、いろんな問題に対してコンピュータサイエンスを利活用して、解決に結びつけているということで。
落合:毛生えから認知症から、感染症まで。
森:お話をうかがってると、本当に幅広いなと感じたんですが。柏の葉ではリスクを可視化することによって、安心・安全に飲食店などが利用できるように取り組んでいらっしゃるんですね。
落合:はい、そうです。三井不動産さんと一緒にやってます。
森:そのような話も、後ほどまたうかがわせていただければと思います。
森:それではこの後、具体的なテーマに沿ってお話を進めてまいりますが、まずは小島さんにおうかがいしたいと思います。先ほど、マッチング理論などの研究を社会に実装していくことで、さまざまな分断や問題を解決するために取り組んでいらっしゃるというお話だったんですが、それにはデータを活用することは多々あると思います。
先ほど少しご紹介いただきましたが、社会実装まで行ったものと、かえってデータのプライバシーの問題などで活用する上で分断を広げてしまったことなど、さまざまなご経験があると思うんですが。そのあたりをお聞かせいただけますか?
小島:センターが1年前ぐらいにできて、一番最初にやった案件なんですが、ある企業の人事でこのマッチングアルゴリズムを作って新卒の部署への配属に適用させていただいたんですね。その時は、けっこうサクッとうまくいった感じです。
「データを集めることが必要だ」というお話でいうと、この場合は新卒の方と部署の方に、それぞれ「どこに行きたいですか?」と、聞いたんですね。そういう情報を社員の方に出してもらったら、情報を利用してなるべくみんなが行きたいところに行けるように調整しました。
最初は失敗してたんですが、みんなわりと喜んで。こういう情報を出したら、それで自分が得になると理解してくださったので、そのへんはけっこうサクッといったなっていう感じです。
小島:データのプライバシーの問題で、なかなかうまくいかない例で言いますと、どっちかというと「研究者として」という感じなんですが。いろいろといい仕組みを思いついたりするんですが、典型的には「あなたどこに行きたいですか?」「どういう事情がありますか?」という情報をたくさん聞くので、プライバシーにすごく関係することになっちゃうんですよね。
僕は去年までアメリカのスタンフォード大学で研究をしてたんですが、そこにいた時にアメリカの研修医の全国への配置について研究しました。
そこで、「今はこういう仕組みがあって、このパフォーマンスはどうだ?」ということを研究でやったんですが、やっぱり実データをいただきたいとなった時に、非常に大変でした。「プライバシーの問題があるからあげないよ」ということになってしまって。最終的には、たまたま共同研究者だった人がマッチをしている人と仕事があって、(実データが)とれたりするんですけど。
典型的には、「データは個人的なつながりや信用がないと取れない」という意味では、日本に限らず、全般的に活用がなかなか進められない現状がまだいろいろなところで見られているな、という問題意識はありますね。
森:意外な気がするんですが、アメリカというと「より合理的な方法を探す」ようなイメージがありますので、そういったシステムはすぐに受け入れられるのかなと思ったら、やはり問題があるんですね。
小島:おっしゃるとおりですね。この場合だとちょうど偶然なんですが、アメリカの研修医のマッチングを我々研究したのがだいたい2010年前後で。2000年代の最初に訴訟とかでけっこう揉めてたのもあって、かなりセンシティブになっていたかなという感じがありましたね。
小島:これは時々言われるんですが、日本はなかなかデータの利活用ができない。日本の特殊的な問題があってできないのかというと、実はアメリカみたいなほかの国とかでも昔はぜんぜん取れなかった。今もなかなか取れないところもあるのが現状だと思うんですよね。
こういったデータの利用とか、新しい研究知見を実装していくのは、やっぱり先人がすごく大変な思いをしてやっていった歴史があって。アメリカは1990年代から2000年代ぐらいに、そういうことをすごくやった人たちがいる。日本ではまだ足りてないという現状だと考えてます。
森:なるほど。そうすると、日本特有の土壌が受け入れにくくしているというわけではない、ということなんですね。
小島:半分は希望を込めて言ってるんですが、必ずしもそうではないんじゃないかなと思ってます。
森:今、アメリカでは1990年代ぐらいからというお話だったんですが、海外で特に進んでいる国はあるんですか?
小島:現状、私の専門のマッチング問題や制度設計でいうと、アメリカはやっぱりすごく進んでいて。例えば、時々話題になっては立ち消えちゃいますが、経済学の大きな利用の成功例で電波周波数帯のオークションがあります。携帯電話とかに使う電波のどこを使っていいかという、帯域のオークションですね。
これは今、OECDの国だと、私が知ってる限り日本以外のすべての国がやってるわけですが、アメリカでは1990年代の中頃ぐらいに始まったということです。
初めにやる時はすごく大変で、たまたまスタンフォードの同僚だった人がそれをやってたんです。1990年代は「ガンガン行って、がんばって説得しないとだめだった」と言ってたんですが、今では受け入れられていると思います。
小島:もう1つよく言われるのは、データの利活用がすごく進んでるのはスカンジナビアの国ですね。スカンジナビアの国だともうかなりデータがオープンになっていて、これはけっこうすごいなと思うんですが。
いわゆる経済学の実証研究でも、例えば教育の労働への効果であるとか、みんなが知りたいいろんな問題は、なぜかスカンジナビアの国のことはみんなすごくよく知ってる、という感じになって。そこだけ異常にデータの活用も研究も進んでいますね。
森:日本も土壌がないわけではない、というお話だったんですが。現状としてイメージされている世界があるとしたら、今はどのぐらいの割合で実装がされているとお考えですか。まだまだ始まったばかりなのか。
小島:私が専門にしてる制度設計で言いますと、まだほとんど進んでないのが現状です。これはたぶん、単純にそういうことをやる人の絶対数が少なかったから、対話ができなかったんじゃないかなと思ってるところがあります。
傾きって言うんですか。進み方でいうと、実はけっこう早いなと思っていて。去年の末に日本に帰ってきて、いい意味ですごく驚いたんですが。最初は日本に来る時に、なかなかそういうことって進まないんじゃないかと心配する人たちがいっぱいいたんですけど、来てみたらかなり引きがありまして。
例えば企業人事については、いろんな企業さまが問題意識をたくさん持っていて。私のところやセンターがありますが、そういうところに問い合わせがけっこう来て、「むしろやってほしい」という依頼がたくさんあるので、これはいきなりガッと進むんじゃないかなという希望は持ってますね。
森:じゃあ、2020年代の10年間に期待という感じですね。
小島:おっしゃるとおりだと思います。
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