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FUSION of life 生き方のイノベーションと、都市のカタチ。(全3記事)

諸外国に比べ、日本人の「起業家精神」が低い原因とは リンダ・グラットン氏が指摘する、日本の起業環境の不十分さ

未来の課題解決型まちづくりを推進する、千葉県柏市の「柏の葉スマートシティ」。未来と都市を語り合うオープンイノベーションフォーラムである、柏の葉イノベーションフェス2021が開催されました。今年のテーマは「READY FOR FUSION?」と題し、国内外から各界の著名人が登壇。イベントのオープニングトークでは、組織論学者のリンダ・グラットン氏の講演が行われました。本記事では、起業家精神が低い日本において「都市」が果たす役割を解説しています。

働き方が変化した昨今、人々が「給与額」の他に求めるものとは

森まどか氏(以下、森):さて、最初に伺いたいのですが、リンダさんからもコロナパンデミックの話がありました。テレワークになり、「働き方」ということであれば自由度が増して、推進したと考えられるのに、日本ではビジネスや社会と人々が分断したといった面もあるんですね。このような今の日本の状況を、リンダさんはどのように捉えていらっしゃいますか。

リンダ・グラットン氏(以下、リンダ):ありがとうございます。企業は今、仕事を再発明する機会を得て、世界中の企業がそれを実行しています。私の顧問会社は世界中の多くの企業と仕事をしていますが、彼らも仕事のやり方を再発明しようとしています。

例えば今、地域の人たちがオフィスを利用できるように、企業はオフィスを近隣の人々が入れる場所にしようと考えています。また、サバティカル制度を導入して、5年に一度、1ヶ月間働かなくてもいいようにしたらどうか? という意見もあります。

ほかにも、時間についての考え方をもっとクリエイティブにしようという意見もあります。例えば労働時間を長くして、週末に長く休めるような圧縮時間を設定することも可能でしょう。このように今、私たちの働き方に関する創造性が大きく高まっているのです。

欧米の企業は、人々にとって本当にいい取引をするためにお互いに競い合っています。日本で今、何が起きているのかは知りませんし、もちろん日本はまだパンデミックから抜け出していません。

しかし私がプレゼンテーションで述べたように、現在ヨーロッパのほとんどの地域では、50パーセントの人が次の仕事を探しています。彼らが求めているのは、「柔軟性」というニーズに応えてくれる会社です。

投資銀行や法律事務所は別として、英国では一般的には「以前のような仕事には戻りたくない」と考えています。人々はより柔軟性を求めているのです。このことが、優秀な人材を獲得するための競争の源泉になると思います。

今、私たちは人材獲得競争の中にいます。この人材争奪戦では、企業は単に給与額だけでなく、柔軟性に関する取り決めがどのようなものであるかを競うことになるでしょう。

組織と個人が分断される今、会社への帰属意識を高めるには?

:ありがとうございます。そうした競争を前向きに捉えていくことによって、新たな働き方を模索する原動力につながるといったことでしょうか。今後、個人と企業、それから個人と組織が分断されている状態にあると、希薄になっていると思うのですが。

リンダさんのおっしゃるように、お互いが主体性を持って関係を築いていく、融合していくためには、どのようなことが大切だとお考えになっているでしょうか。お話をうかがっていて、これまでの日本の個人と企業、個人と組織の関わり方とは少し変わってくる必要があるのかなと思ったのですが、そのあたりはいかがでしょうか。

リンダ:個人と組織・会社との融合は、とても重要な問題ですね。あなたは会社とどのように関わっていますか? いくつかのアイデアがあります。あなたが会社と融合しているのは、会社の目的が好きだから。つまり、会社が作っている製品やサービスが好きだからだと思います。あなたが会社に溶け込んでいるのは、帰属意識を持っているからです。

つまり、同僚や上司が好きで、自分が参加したいと思うコミュニティだからです。会社に溶け込んでいるのは、会社が自分を助けてくれ、成長をサポートしてくれていると感じているからでしょう。私たちはみんな、生涯学習者にならなければなりません。

20歳になったら教育をやめるのではなく、むしろ生涯にわたって正しい方法で学ばなければなりません。そのためには、企業の力が必要です。人々の成長を支援し、人々の学習を支援し、これまでできなかった仕事をするためのスキルアップを支援することができる企業です。

このような会社は、自分が「溶け込んでいる」と感じられる会社です。目的を持ち、人々が参加したいと思うコミュニティを持ち、生涯学習を支援できることが、個人と会社を融合させるための核心となるのです。

会社と自分は「大人」であり、そして「子ども」でもある

:ありがとうございます。自分の人生に自分で責任を持って、企業に成長させてもらうというお話も出てきたのですが、日本ですと、一度就職した会社に帰属しているという価値観の中で、そこに依存してキャリアパスを企業の中だけに求める人が多いと思います。

リンダさんが本に書かれた「ソーシャルパイオニア」という言葉がありましたが、もっともっと柔軟に成長していくために、ソーシャルパイオニアを増やしていくために、たとえば国や都市、それから政府、組織、企業は、人々にどういう支援をしていく必要があると思われますか?

リンダ:実はアンドリュー・スコットと私は、10月29日に発売される『LIFE SHIFT2』を書きました。まさにこの質問に答えるために、『LIFE SHIFT2』を書いたのです。というのも、日本で『LIFE SHIFT2』を読んだ人たちは、「どうやってやるんだ?」と言っていたから、この本はそのためのものです。

つまり、会社が大人で、親で、どこからが子どもか? という考え方から、自分たちが両方とも「大人」であり、自分たちは両方「子ども」であると考えなければならないということです。従業員も大人、組織も大人で、より多くの選択をしなければならないと同時に、自分の人生に起こることに対してより多くの責任を負わなければならないということなのです。

欧米の多くの企業では、パートタイム勤務を認可している

リンダ:プレゼンテーションでも述べましたが、生き方にはさまざまな可能性があります。しかし、それは自分で探さなければなりません。私たちが探求するためです。そのために会社は何をしてくれるのでしょうか?

まず、年齢に応じて会社に出入りできるようにすることが挙げられます。これでは、他の働き方を試す機会があまりありません。ですから、さまざまな年齢で入社できる複数のエントリーポイントを持つことは非常に重要です。

例えば欧米では、多くの企業がパートタイムで働くことを認めています。誰かと仕事を共有するジョブシェアや、週3日だけ働いて何かをする、自分でビジネスを始めるなど、それはとてもいいスタートだと思います。

:ありがとうございます。まさにマルチステージの生き方を実現する、そしてそれを企業が支援するとともに、一人ひとりも自分の価値軸や、今を生きることを大切にしていくことが必要だというお話をいただきました。そのためには学ぶことなども大切だと思うのですが、ここでちょっとご紹介をしたいと思います。

「柏の葉スマートシティ」は、固定概念に縛られずに自由な発想で、今リンダさんのお話にもあった「柔軟な働き方」をしながら、学び直しを続けられるマルチステージ人生を過ごすのに最適化された都市と言ってもいいと思います。

日本の課題の1つは「起業家精神」が低いこと

:その代表的な施設として、ここでご紹介したいのが「KOIL」という施設です。多様な働き方に応えながら、新産業創造を目指す企業のインキュベーションを目的とした施設なんです。それがこの柏の葉にあるのですが、KOILは「柏の葉オープンイノベーションラボ」の略で、コワーキングスペースや小規模オフィスを中心としたオフィスなんですね。

3Dプリンターやレーザーカッターを使える「KOIL FACTORY」などの、ものづくりの施設であったり、入居企業や会員同士をつなぎ、あたらしい出会いを生み出すコミュニティマネージャーも在籍しています。また、これは大変好評いただいておりまして、今年は2棟目になる「KOIL TERRACE」もオープンしています。

まさに柔軟な働き方を実現するために、柏の葉ではこのようなKOILといった施設があるわけですが。リンダさん、KOILのご紹介をお聞きになりまして、どのような印象をお持ちになったでしょうか?

リンダ:これは素晴らしいことだと思います。日本の課題の1つとして、世界の国々の起業家精神を見てみると、日本はかなり下位に位置しているのではないでしょうか。アメリカのシリコンバレーなどと比べると、日本はほかの国と同じように起業家をサポートできていません。

どうすればいいのかと言うと、例えばシンガポールではスマートシティを構築し、起業家が共有スペースに集まって、一緒にイノベーションを起こせるようにしています。これはイノベーションの基本です。

起業家に必要な3つの要素

リンダ:例えば、シリコンバレーやGoogleの本社などを見てみましょう。このようなイノベーションのクラスターは、起業家のクラスターに必要な3つのものがあることから始まります。

1つ目は、起業家精神を持つ準備ができていて、リスクを取りたいと思っている人が必要であること。2つ目は、大学や教育機関を中心に形成されることが多いため、特定のスキルが必要になることです。そして3つ目は、ベンチャーキャピタルに資金を提供してもらうことが多いことです。

要するに「都市」とは、これら3つのグループが集まり、実際に企業を作る場所なのです。日本の若い人たちには、自分でビジネスを始め、起業家になることが非常に重要だと思います。

アメリカがそうであったように、日本もそうやって繁栄していくのだと思います。私たちは、人々が自分でビジネスを始めることを奨励する必要があります。そのためには、スマートシティや施設の建設が絶対に欠かせません。

15年前にシンガポール政府にアドバイスをしたことがありますが、その時にシンガポールのスマートシティを見て回り、インキュベーターと呼ばれる施設を見ました。若者やお年寄りに起業を促すためには、インキュベーターは非常に重要なことなのです。私も早くこの施設を見てみたいし、3Dプリンターを使ってみたいと思っています。

:ありがとうございます。自由な発想で自由な人たちが集まるコミュニティを作ることで、新しいイノベーションが生まれる可能性がある。そこにもぜひ期待していただきたいと思います。

8万人の従業員にリモートワークを推奨した富士通

:さて。コミュニティという点ではまたコロナの話に戻りますが、感染防止の観点から人と人が距離を置くことが求められました。その分断によってSNSなどのバーチャルコミュニティが多様化したり、活性化した事象が起こりました。

分断が進行して従来の関係性が希薄になっていく中で、こうしたバーチャルコミュニティ、SNSなどが発展したことについては、リンダさんはどのように感じておられますか。

リンダ:パンデミックは、バーチャルな接続性の素晴らしさを私たちに教えてくれたと思います。例えば富士通は、8万人の人々を自宅で仕事ができるようにし、しかも生産性を維持できることに驚きました。

もし私だったら、日本企業にそのようなことを言うなんて予想もしなかったでしょう。「次の週には社員を自宅に移動させなければなりません」「そんなことはできません」と言っていたかもしれません。

ですが、私たちがそれを実現したのはテクノロジーの力によるものです。10年前でさえ、今のようなことはできなかったと思います。私が今、ロンドンのプリムローズヒルにある自宅に座っているという「事実」そのものです。こうやって簡単にみなさんにお話しできるということは、私たちがバーチャル・コネクティビティについてどれだけ学んだかを示しています。

パンデミックで再確認した、リアルのつながりの大切さ

リンダ:調査によると、私たちは世界中でバーチャルにつながっていることを楽しんでいる一方で、人と人とのつながりを失っていることがわかったからです。だからこそパンデミックが終息すると、人々は再びお互いにつながりたいと思うようになるでしょう。例えば英国では、人々はオフィスに戻っています。週に5日もオフィスに戻りたくはないでしょうが、お互いに会いたいと思っています。

私たちは、人と人とのつながり、近所付き合い、場所の価値を理解していましたが、一方でバーチャルなつながりを賞賛しています。これからも続くと思いますが、私たちはみんな、一生をかけて学ぶべきことを学んだと思います。

また、私たちは人と人とのつながりを大切にするようになりました。日本でもパンデミックを乗り越えれば、それがわかると思います。ロンドンで見られたように、誰もが通りに出て、お互いに話したり、挨拶したり、一緒にコーヒーを飲んだりするようになるでしょう。街が戻ってきたのです。

:バーチャルが発展することによって、リアルで接触することや交流することの大切さにあらためて気づいたと言ってもいいかもしれません。そうすると、リアルである「都市」といった場所に、非常に期待が高まってくると思います。

「コミュニティや都市は、多様性があってこそ機能するもの」

:先ほど一例としてKOILもご紹介しましたが、都市にどのようなプレイス、コミュニティが必要になってくるか、今後求められてくるか。このあたり、リンダさんはどのようにお考えでしょうか。

リンダ:多様なコミュニティが必要ですね。コミュニティや都市は、多様性があってこそ機能するものです。多様性は、つまり異なる年齢層ということです。若い人と年配の人がいると、都市は最も上手く機能するのです。

また、都市は緑地があるとうまく機能します。例えば私はロンドンの中心部に住んでいますが、ロックダウンの際にはすぐそばに公園があり、毎日その中を歩いていました。私たちには緑の空間、息ができる場所が必要なのです。

また、都市は多様な国籍の人々が共存することでより効果的に機能します。ロンドンには東京よりもはるかに多くの多様性があります。しかし、1つの都市に多くの国籍の人々が集まるとさまざまな刺激がもたらされ、異なる種類の食べ物、異なる仕事のやり方、そして異なる着こなしなど、すべてがより多様になるのです。

活気のある都市を作るために必要なのは、さまざまな種類の人々、さまざまな種類の食べ物、さまざまな生き方。そしてそれが、ロンドンに住むことのエキサイティングな点なのです。ところで、私はロンドンの中心部に住んでいますが、外に出ればさまざまなものを見ることができ、劇場や場所を見ることができるのはとても刺激的です。

今週、ここロンドンでは「Frieze」という巨大なアートフェスティバルが開催されています。昨夜それを見ましたし、今日も行く予定です。美しい日本のアートを見てワクワクしたり、クリエイティブな気持ちになったりする機会がたくさんあります。

デジタル先進国・エストニアがモデルの「柏の葉スマートシティ」

:ありがとうございます。違う個性を持った人たち、それから違う能力を持った人たち、そうした多様性が混ざり合って融合できるところが素晴らしく、そういった都市を作っていくことが大切だという話をうかがいました。

先ほどKOILのご紹介をさせていただいたのですが、今度は柏の葉スマートシティ全体のご紹介をさせていただきたいと思います。

柏の葉スマートシティは、超高齢化社会、市場飽和による経済停滞、資源エネルギー問題、地球環境問題という課題先進国の日本において、それらの課題解決のため「世界の未来像」を作る街をテーマに、公民学が連携して常にさまざまな領域において最先端のまちづくりを進めてきました。

近年では急速なデジタル化により、街と生活者からは大量のデータが生まれるようになり、これらのビッグデータを利活用することは、人々のより豊かなライフスタイルの実現、産業の発展、および科学技術の発展のために必要不可欠となりました。

柏の葉スマートシティは、デジタル先進国・電子政府であるエストニアをモデルとし、個人データ主権の中でデータ利活用のまちづくりに着手し、2020年には個人が許諾することにより、データを流通させることができる柏の葉データプラットフォーム「Dot to Dot」を開発。

そしてこのプラットフォームを活用して、住民がさまざまなサービスを利用できるポータルサイト「スマートライフパス柏の葉」の提供を開始いたしました。マスの時代から個の時代に向け、個々人がデータを有効に利活用し、個のニーズに応じて人々の暮らしがより豊かになるまちづくりを目指し、日々新たな取り組みを行っています。

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