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山口義宏氏 インタビュー(全3記事)

「若者の投票率を上げるために、政治理解を促そう」では効かない マーケティング視点で考える、選挙で政治を変える方法

ここ数年、若い世代の選挙投票率低下が問題視されています。「政治がよくわからない」「誰に投票しても同じ」とさまざまな理由が挙げられますが、一方で政治や選挙を少し違う視点から見てみることで、なにか新しい気付きや解決へのヒントが得られるのではないでしょうか。そこで今回は、「一流マーケターの視点で政治を分析する」というテーマで、ブランドコンサルティングに特化した戦略コンサルティングファームインサイトフォース株式会社 代表取締役・山口義宏氏にお話を伺いました。きたる衆議院議員選挙に向けて、マーケティング視点で政治・選挙の問題点をひもといていただきました。 前回の記事はこちら

選挙で誰に投票すればいいかわからない時の考え方

ーーもうじき衆議院議員選挙がありますが、選挙では毎回「若い人の投票率が低い」とか「誰に投票すればいいかわからない」「誰に投票したって一緒だ」という声が出てきます。なにか判断基準やアドバイスがあれば、教えていただけないでしょうか?

山口義宏氏(以下、山口):誰に投票しても一緒か……。なんでもそうですけど、自分にぴったりな考えを探すってすごく難しい。そもそも自分の考えが何かを決めることも難しいじゃないですか。

僕も実際には政治的な考えが定まっていないから、判断できるだけの情報や知見がないことは山のようにあります。そのときの考え方としては、「積極的に支持できる人や内容がわからない場合は、支持できない人や内容を選択肢から消す」ということですね。つまり、考え方が合わない人、「この人に政治をしてほしくない」という人をまず選択肢から消して投票しない、ということですね。

例えば就職の1社目でピッタリな会社を見つけようと思っても、だいたい無理じゃないですか。しかも「自分が何をしたら楽しいか」とか「何がしたいか」とか、明確な人はいいんですけど、僕はそういう人ってせいぜい1割だと思っていて。9割の人はそんなにやりたいことが明確じゃないのに、その中でドンピシャな就職先を見つけるなんて無理ですよね。

「この人に手綱を渡したくない」という人を消去法で省く

山口:これは政治家を選ぶのも同じだと思っています。就活で嫌な仕事や嫌な業界を避けるのと同じで、自分から見て考え方や世の中の見方が遠い人がいたら、その人に票を入れないことが、まず最初はスクリーニングでいいんです。

ピッタリな人を期待すると誰も選べないので、「この人に手綱を渡したくないな」という人や政党を消去法で省いていく。自分が望んでいない方向へ世界を持っていきそうな人を排他する。そのための選挙だと思うのが、一番現実的じゃないかなと思います。すごく身も蓋もないことを言いましたね(笑)。

まぁ、でも民主主義は「ベストを選ぶのではなく、一番マシな選択肢を選ぶというシステム」という俗説があるくらいなので、心がアガらないけど、そういう期待値が正しい気はします。

僕はリアリストなので、そう考えます。ただ、「何が大事か」は人によって無限にあって違うと思うんですよ。だから、まずは「自分にとって優先順位が高いことは何か」。その自問自答がスタートと思いますね。

「政治への理解を促す」というマーケティング目標が間違っている

山口:選挙の時期になると、自分の考えをイエス・ノーで回答していくと政治家のタイプをスクリーニングして「あなたが投票する人はこの人です」って教えてくれる無料のWebサービスがありますよね。僕はこれを否定はしないし、論理で言えばそれが解決策のはずなんだけど、なぜそれが広がらないのか、使われないのか。それは単にプロモーション不足なだけはなくて、うまくいかない理由があると思っています。

これは企業でも、偏差値が高いマーケターが陥りがちな問題で、「難しいことは理解を深めたらやるようになる」って大きな間違いなんですよ。「わかんないから投票しない」じゃなくて「やっているうちにわかってくる」。マーケティングでは、因果関係を逆に捉えて解決できる場合は多いです。

例えば、ほとんどの人が電子マネーの仕組みを知らなくても、使っているうちに生活に支障のないレベルでは理解できるようになります。電子マネーの黎明期は、頭の良い企業のマーケターが「消費者は電子マネーの仕組みと利点を理解すれば使うようになるはずだ」と考えてたくさん手を打ちましたがことごとく失敗しました。うまくいったのは、まずわかりやすいインセンティブで釣って使ってもらう。使ったら、なんとなく理解していくという逆の順序の施策です。

政治はそれよりも遥かに論点がたくさんあるので、「理解したら投票しよう」ではなくて、「投票に行くうちに慣れていって、正しいかどうかはわからなくても、なんとなく体感的に理解が深まっていく」。そういう方向を目指すのが投票率を高めるうえでの現実的な解決策なんじゃないかな。

志低く聞こえるかもしれないですが、先に「理解を促す」というマーケティング目標が間違っているんじゃないかと思っています。長期的には追うべき目標として理解促進は正しいけど、短期的に投票率を高める施策としては誤りの可能性が高い。

考えるべきは「理解してなくてもいいから投票行動を促すのは何か」

山口:実際に国政選挙の世代別投票率の統計を見たら、時系列でびっくりするくらい投票率がめちゃくちゃ下がっていたんですけど、特に若者のほうが上の年代より顕著に下がっているんですよね。若い人の人口が少なくなっている上に投票率も下がっているって、ダブルパンチじゃないですか。

そうなると現実的に、よっぽど選挙に強い政治家以外は、若者のニーズを聞いて応えようとは思わないですよね。残念だけど当選するためにはその考え方が合理的ですよね。

――そもそもの投票数が少ないですからね。

山口:「若者のニーズを聞いて実現しよう」という思想を持っている人は政治家のなかにもいっぱいいると思うんですけど、「当選」につながらない。

さらに若者側も「政治家は自分たちの世代の代表者ではない」とか「高齢者が多いから投票しても意味ない」とか、投票した後の「効力感」が得られない。だからますます選挙から足が遠ざかってしまう。なので、「若者の政治への関心を上げることで投票率が上がる」という考え方は……。

――そもそも間違っているということですね。

山口:そうですね。人はリターンがなさそうなことはしないので、政治家も若者に目を向けないし、若者もどうせ投票しても変わらないし労力が無駄だと思ってしまう。「理解度を深めれば行動が変わる」というのは、典型的なマーケティングでありがちなミスです。

だから、「理解してなくてもいいから投票行動を促すのは何か」という問いで考えないと、投票率が高まらないと思うんですよね。投票所に行ったらインセンティブがあるとか、投票に行かなかったら罰則があるとか。両方とも現在の法律ではできないとか制約があると思うんですけど......。「理解しないと投票しちゃいけない」とか、「理解するから投票する」という見立てが誤りであって、そこが一番の問題だと思います。

政治を変えるには、インセンティブ構造を変えること

――先ほどの「政治家が公約を守るインセンティブがない」というお話と併せると、本当に政治家も有権者も、みんなインセンティブがかみ合っていない状態なんですね。

山口:与太話のレベルですが、僕からはそう見えてます。だから、「社会や政治への参画意識を高めよう」というマーケティング目標は、論理的にはすごく美しいんだけど、僕は「効果なさそうだな」と思っています。仮に、過去の投票率を高めるための訴求がその考えでやってきたのであれば、成果が出ていないのは数字が物語ってしまっている。マーケティングとして考え方とやり方を抜本的に変えることを、考えざるを得ない数字に見えます。

さらに言うと、選挙に強い政治家は、自分の影響力が弱くなるような変革はしないですよね。それこそ、インターネット選挙が解禁されない理由の1つじゃないかなと思います。シニアに最適化して当選している人は、若者の投票率が爆上がりしたら、自分が危うくなるじゃないですか。そういう不利になる変更はしないわけですよ。

あと、メディアや世論は誰かを「極悪人」に仕立てて理解したがる傾向はあるんですが、僕は基本的には個人を「すごく悪い人」と責めることは不毛だと思っていて、インセンティブ構造が悪いと見ています。インセンティブ構造を変える。仕組みを変える。ゲームのルールを変えることが、政治を変える一番の課題で効果的な取り組みだと思います。

若者の投票率を高めるなら、社会や政治に効力感も関心もないけど、「投票したい」もしくは「投票しなくちゃまずい」と思わせるルール設計をすることが一番ですね。

例えばタピオカドリンク店の「Tapista」がやっていた、選挙に行った人に向けたタピオカの半額割とかね。ああいうのは素晴らしいことで、それを民間企業が勝手にやるというのも僕は素晴らしいと思います。できれば自治体や国がインセンティブを付けてくれると良いですよね。

それこそ、マクドナルドやスターバックスなど、飲食の市場シェアでメジャーなブランドが連帯して投票促進のインセンティブをつけたキャンペーンをやったら、数字で目に見えるインパクトがあると思います。

上の世代が「自分たちより若い人が大事」と言わないのは、人間として自然なこと

山口:モラルの高い人は「次世代にいい社会を残したい」「若手にいい会社と思ってもらいたい」とか言いますよね。でも、人は余裕がなかったら「今の自分がいい目を見たい」と思うのは自然なことなんです。

僕も今43歳ですけど、73歳とか83歳になった時に、次世代の若者にいい日本を残すために自分を犠牲にしてでもいいことをしたいと思えるかどうかは、「その時の経済状況や心の満たされ度合いにかかっている」と自分に関しては断言できますね。それくらい自分を「インセンティブの奴隷」だと疑って見ています。

社会保障費は典型的な話で、「自分たちの医療費や年金を削ってでも、次世代を担う若者に回してください」とは、シニアは誰も言わないじゃないですか。もちろん企業でも50代が「自分の年収を下げて、その分を若手の年収に加算を」とは言わない、言うはずがない。いや、これは責めてるのではなくて、それは人間として極めて普通の本音で、それを前提理解に解決策を考えないといけないということです。

みんながみんな社会参画意識が上がって、「自分たちよりも若い人が大事です」と、世の中のモラルが急に上がることはないですよ。でも少なくとも若者の投票率が爆上がりしたら、間違いなく今よりも政策が若い人を意識したものにはなりますよね。それは政治家にとってインセンティブがあるテーマになるからです。

選挙の本質は「インセンティブのゲームルールを変えること」

山口:誰か個人を煽り立てるように責めるのではなく、望ましい方向に動くようにゲームのルールをデザインするのが、企業経営では有効だし、政治は素人の浅知恵だけど、政治を変えるにも有効な方法だと僕は思います。結局、政治家がゲームデザインをしているので、「変えたほうが自分も得をする」と思わせるゲームデザインは何かと考えるのが、有権者が考えるべきこととして一番建設的だと思います。

――「個人」ではなくて「仕組み」から考えるんですね。

山口:そうですね。インセンティブのゲームルールを変えることが本質だと思います。政治の世界でのインセンティブ設計のアイデアや実現性は、政治の世界に関心が低い僕にはさっぱりわからない、素人に毛が生えた程度の話もできないのが本音です。

ただ、マーケティングの仕事で、人の心理と行動の変容を仕事にしている立場から政治の世界を眺めてて感じることは、こんなところです。「べき論」や「モラル」に訴えて、有権者や政治家の態度と行動を変える試みは、マーケティングのアプローチとしては、あまり効果を期待できるものではないと思います。

投票したらタピオカの半額割みたいな話は、まだリーチが限られた粒のアイデアです。そのような無数の新しいアイデアの中から、反応が良く筋が良さそうなものに、リソースの投資量を桁違いに増やすことで成果をスケールさせる。そういうマーケティング発想が必要です。

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