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魚返洋平氏 インタビュー(全2記事)

男性の育休は、理解している“ふり”をしてくれれば十分 職場復帰から学んだ、働く人の「持続可能」な関係性

2021年6月に改正育児・介護休業法が成立し、「男性が育児休業を取りやすくなる制度」として注目されています。そこで今回は、男性の取得率が5パーセント台だった2017年に育休を取得した、コピーライターの魚返洋平(うがえり・ようへい)氏にインタビューを行いました。育休から仕事に復帰した時の不安の乗り越え方や、夫婦で育休に向き合うためのアドバイスが語られました。 前回の記事はこちら

復職した後に感じていた「活躍しきれていない」もやもや

ーー先ほど「育休は取ったほうがいいんだろうな」って思っているけど、取れない男性が多数派だというお話がありました。育休が取れない理由としてよく挙げられるのが、育休から復帰した後のキャリアに対する心配や不安です。魚返(うがえり)さんは、育休後のキャリアに対する不安をどう乗り越えたんですか? 

魚返洋平氏(以下、魚返):あまり共感されないかもしれないですけど、育休を取得する段階では、不安はなかったんです。それよりも、忙しい仕事をいったん全部手放せるという解放感がありました(笑)。その頃は育児の大変さがわかってなかったんですけど。

復職してからの3年半は、若干のもやもやがあって。いわゆる「キャリア」が何を指すか曖昧ですけど、もともと自分は、一般的に言われる昇進とか昇格とか出世に対するこだわりが、当時も今もあんまりないんですよ。

でもコピーライターってある種の専門職なので、専門職としてのステップアップとか、仕事を深めたり広げたりしたいという志向は、職人としては当然あるわけです。ただ時間的制約とかで、自分が思い描いているような活躍をしきれていないという、そのもやもやはずっとありました。最近は少し吹っ切れたかなと感じていますけど。

気持ちが楽になったのは、「大活躍」を諦めたから

魚返:大きく言うと、ある意味で「諦めた」んですね。誰が見ても「大活躍」と言えるような仕事っぷりは、諦める。僕は今40歳なんですけど、限られた時間と体力と、大事にしたい家族というものを考えて、そこから逆算してできること。持っている資源の中で、最善を尽くそうと思ったんですね。

会社の中で全員に認められるとか、広告業界で大活躍してますということへの固執が弱まったといえるかもしれません。冷静に考えると育児をする前も、別にそんなにキャリア志向が強いわけじゃなかったことに気づいて、自分で笑いました。

育児とか育休を経由したことで、「育児をやっているから自分は活躍できないんだ」みたいに思いがちになるんですけど。今となってはそれもちょっと間違ってたなという部分があります。

自分の性格を今更ながら見つめ直すきっかけになりましたね。会社員なので、大活躍できてないからといって食い扶持に困るわけではないし。そう思うと気持ち的に楽になったんです。あんまり難しく悩まなくていいかなと。

「一緒に仕事をして楽しいか」を重視した、持続可能な関係性

魚返:僕が育休から復職して1年後か2年後に、ある人から久しぶりに「また一緒に仕事をしましょう」という案件があったんです。僕は保育園のお迎えがあるから、仕事が17時半までしかできない。すごく限られた時間だけど、それでもいいですかって確認したうえで、一緒に仕事をするようになったんですが。

「魚返さんと一緒に仕事をすることが楽しいから」と言ってくれたんですよ。これは僕的に最高の褒め言葉だと感じました。

そう思ってもらえたのは、やっぱりそれまでの関係だったり、交わしてきたコミュニケーションがあったからこそなんですが。一緒に仕事をすると楽しいと思ってもらうことって、これからのサラリーマン人生に、すごく大事なんだろうなと。そう思われる人でありたいなと、すごく感じました。

新しい仕事が来た時に、自分で一緒にやるメンバーを考えることもけっこうあるんですけど、今思えば、やっぱり一緒に仕事をしていて楽しいかどうかを重視している気がしたんですよ。それって必ずしも、大活躍している人が優先的に選ばれるのとは違う軸ですよね。案外そういう関係が、自分にとって「持続可能」な形なのかもなと思います。

男性の育休に、理解している“ふり”をしてくれれば十分

ーー肯定的に受け取ってくださる方がいる一方で、逆に「17時半までしか働けないなら別の人のほうがいい」と、少し否定的な、一緒に仕事をするのが難しい方もいらっしゃると思います。その方に対してはどのようなコミュニケーションをとられたんですか? 

魚返:実際に1回か2回ではあるけど、話が来た時に「こういう条件でしか働けないですけどいいですか?」って返したら、「それじゃあ難しいから今回はなしで」というケースがあったんですよ。それはもう単純に、「その仕事がなくなります」という、それ以上でも以下でもないと思っていて。

その条件のふるいにかけられるのは避けられないことですが、でも別にそれはそれでいい。本当に条件が合うなら仕事は来るかもしれない。「魚返はそこまでして声をかけるほどじゃねえな」と思われているんだったら、声はかからないですね。そこで関係が途絶えれば、条件が合わないことによる摩擦もなくなるわけだから、ストレスもないしお互いにとっていいですよね(笑)。結果的に、フィットする人たちのほうが残っていく。

少なくとも自分の周囲に、「俺は育休のことなんて絶対認めないからな」というレベルで無理解な人は、幸いにもいないんです。でも世の中の話を聞いていると、パタニティ・ハラスメントとか、まだまだある。

広告会社はリベラルさに対してミーハーみたいなところがあって、男性の育休にも理解を示さないと時代遅れだと思われるよね、という意識がみんなにあると思うんですよね。ただ、もしかすると「本当に理解してくれてる人」と、「理解しているふりをしている人」がいるかもしれない。

だけど、理解しているポーズをしてくれれば、僕的には十分です。例えば17時半以降に打ち合わせを入れないようにしてくれれば十分なんですよね。一見「問題ないよ」という態度なのに、実際は定時外に打ち合わせがバンバン続くと、「理解者のふりができてないな」と思うんだけど。そういったことは実際にはあまりないです。

「ワーキングマザー」とは言うけど、「ワーキングファーザー」とは誰も言わない

魚返:あと僕の直属の上司である部長と、その上の局長がいて、2人とも子を持つ母親なんです。育休を夫が取るのが一般的じゃなかった時代から子育てしてきた人たちで、保育園あるあるとか幼児期あるあるとかもわかってくれる。これはすごく助かっています。

僕のほうが妻よりも柔軟な働き方であることは間違いないので、結局柔軟に働けるほうが、子どもが熱を出した時に迎えに行ったり、病院に連れて行ったり、仕事もいったんキャンセルしてもらったりすることになるじゃないですか。「俺がやるね」と決めたわけじゃないんだけど、保育園から電話がかかってきたら結果的に自分が行くことがけっこうあって。その時に、上司が母親経験者だと話が早いんです。

ーー本の中で、保活や時短勤務も女性がするものという先入観があるという趣旨の記載がありますよね。そういったわだかまりみたいなものを感じた瞬間ってありましたか? 

魚返:わだかまりというのとも違う、根本的な話なんですけれども、僕の育休の体験談が本として出版されることとか、こういうインタビューの場に呼んでいただくこと自体が、まずジェンダーの不平等さゆえだと思うんです。

まったく同じことを女性がやっても、よほど特殊な体験をされない限りは、一切取り上げられない。僕は特殊な体験をしてないのに、特別に注目される。これがまず大きなバイアスだと思っています。

ただ、それがいけないことだとは思っていなくて。結局そうでもしないかぎり不均衡は解消されないので、必要な過程だと思っています。

ちょっと近い話では、「ワーキングファザー」って誰も言わないけど、「ワーキングマザー」とは言う。本来「働いているお母さん」って不自然なことでも特殊なことでもなんでもないのに、あえてそう呼ばないと、やっていることの中身が議題にされにくい。「イクメン」もまあ同じですが。

これらの言葉は無意味なわけではなくて、「不平等」をなくすためにいったん不均衡を可視化することから始まっているので、その言葉が使われなくなった先に「平等」があると思っています。今の段階では、わざわざスポットライトを当てないと議論の俎上に乗せられないというのが現実だと思いますね。

「連絡は母親に」「女性が時短勤務をする」という無意識な偏見

魚返:あと具体的な例で言うと育休中ではなく、ついこの間。保育園の保護者参観や保護者会で、コロナのこともあって「両親どちらか片方しか参加できません」となった時は、僕だけが行ったりもするんですけど。やはりそれはまだ少数派で。

保育園の送り迎えは、僕の住んでいるところは父親と母親が半々で、そんなに偏ってないんです。でも保育参観とか保護者会みたいに、親同士でコミュニケーションをとる懇親会の場になると、父親の参加率がガクッと減る。ゼロじゃないんですけど、僕のイメージでは例えば10人いたら、父親は多くて3人ですね。今後は育休の取得率が上がると、相関的にそれ以外のパーセンテージも上がっていくのかなと思います。

それから、この4月から新しい保育園に転園しなきゃいけなかったんですけど、その書類に関するやりとりでもありました。

「第一連絡先」という記入欄に、父親である僕の名前を書いて、「第二連絡先」に妻を記入したんです。そう書いたにもかかわらず、一番最初に妻に電話がかかってきて。「いや、いや……」と思って保育園に抗議したらすごく丁重に謝罪されて、僕も恐縮しちゃったんですけど。それもアンコンシャスバイアス(無意識な偏見)なのかなとは思いました。

ーーとりあえず第一連絡先に父親を書いておくという家庭も多い気がしますね。私の家もそうでした。

魚返:あー、そっか。「父親に連絡してね」という意味ではなくて、世帯主の名前を先に書いておくというのを、特に何も考えずにやってる家もあるかもしれないですね。だから保育園はいったんはお母さんに連絡しようと思ったのか。

でもわざわざ「第一」「第二」という欄があるなら「真っ先に連絡するのは誰か」ということだから。単純に僕のほうが電話がつながりやすいし、僕のほうが柔軟に動けるから、この場合は言葉の通り、僕が第一連絡先なんですが。

あと時短勤務って、男性はあまりやってないですよね。育休よりも時短のほうが取得率とか利用率が低いと思うんです。

ーー男性の時短は少ないですね。

魚返:少ないですよね。僕も1回やろうかと思ったんです。仕事も育児も中途半端になるなら、いっそのこと仕事は2年間ぐらい時短にしてもらおうかなと、真面目に視野に入れたこともあった。結果的にいろいろ悩んで、時短にはしないかたちでやり方を探っていこうかとなりましたが。さっき話したようなもやもやもありましたね。

夫婦で育休に向き合うためのアドバイス

ーー最後に、魚返さん夫婦の場合、15年以上の長いお付き合いがプラスに働いていますよね。短い期間の付き合いのご夫婦が「育休」に向き合った時はどうなんでしょうか。魚返さんが重要視されている「共通言語をつくること」に関しては、多くしたほうがいいと言ってもなかなか限界があるんじゃないかと思うんです。

魚返:結婚する前の段階だったら、僕だったら「子どもがほしいかどうか」「もし子どもができたらどうする?」とか、話すかなぁと思って。うちの場合は長く付き合っていたことで、かえってそういう話をする機会があまりなかったんですが。

「子どもがほしいかどうかよくわからない」なら、わからないという状態を共有する。僕もそうだったんです。それぐらい曖昧だったので、それはそれとして共有できていればいいんだと思います。

すでに結婚してる人は、それでも、今からでも、コミュニケーションは増やせるんじゃないかなと。いま自分にも言い聞かせてます(笑)。

ーーありがとうございます。お話をおうかがいして、育休は単に子どものためだけではなく、夫婦2人のため、そしてずっと続いていく自分の人生のためにもなるんだと感じました。『男コピーライター、育休をとる。』の本には、「育休は、最強の出産祝いでした。」というメッセージがあります。すべての企業で、男女関係なく、誰もが気軽に「育休」という出産祝いを受け取れるようになることを願っています。魚返さん、改めてありがとうございました。

(※WOWOWオリジナルドラマ『男コピーライター、育休をとる。』  WOWOWオンデマンドにて配信中)

『男コピーライター、育休をとる』(大和書房)

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