2024.10.10
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サルのリーダーは腕力で決まり、ゴリラのリーダーは愛嬌やユーモアなどから、仲間内の推薦で決まる。“サル化”している現代社会の中で、どうして人間には“ゴリラ的リーダーシップ”が求められているのか。ゴリラ研究の第一人者である、人類学者の山極寿一氏を招き、脳科学者の駒野宏人氏、『リーダーシップに出会う瞬間』著者の有冬典子氏、株式会社eumo取締役の岩波直樹氏がインタビュー。本記事では、人間社会が“サル化”してしまったと言われる、その理由が語られています。
山極寿一氏(以下、山極):ゴリラのメスがオスを必ず捨てる瞬間があって、それはオスが子育てに失敗した時です。
有冬典子氏(以下、有冬):(笑)。
山極:「子殺し」というのがあって。ゴリラの社会には独りゴリラが多いんだけど、オスに乳飲み子が狙われて、殺されちゃうことがあるわけです。そうすると、それは「子どもを守るオスの力が弱かった」ということで、子どもを育てるメスは必ずそのオスを捨てますね。
だから、ゴリラの集団のリーダーであるオスには、メスと子どもを守る役割があるんだよね。
有冬:なぜサルはそうならず、ゴリラはそうなっているんですか?
山極:類人猿とチンパンジーもそうなんだけど、チンパンジーのオスは子育てをしません。メスだけが子育てをするんだけど、それはやっぱり系統的な違いです。サルは「母系社会」といって、まずメスがまとまって群れを作って、そこにオスがついて歩く形式で群れが始まったんだと思うのね。
だから類人猿は、もともとメスがオスと一緒に集団を作るようになっているわけです。これは、系統による差がはっきりあります。チンパンジーもオランウータンもゴリラもそうなんだけど、類人猿の若いメスは、必ず親元を離れてから子どもを産む性質を持っているんだよね。
山極:でもサルは、基本的にお母さんの元で成長して、そこで子どもを産むんです。だからサルには血縁の助けがあるんだけど、ゴリラやチンパンジーやオランウータンには血縁の助けがないから、メスには“オスを選ぶ目”が発達しているわけだよね。
有冬:なるほど。
山極:だからメスに貰われようとして、オスが一生懸命がんばるわけだ。ニホンザルもそうなんだけど、メスは(群れで1ヶ所に)固まっているから、そこについている他のオスを追っ払えば、自分がボスになれるわけでしょう? だから、オス同士のパワーの問題なわけですよ。それは「リーダー」とは言わずに「ボス」と言うわけです。
有冬:「ボス」なんですね。
山極:オス同士の戦いで勝ったらボスになって、一番上に昇れる。でもゴリラの場合は、メスに選ばれないとリーダーになれない。メスや子どもたちから選ばれて、ボトムアップで最高位につくとリーダーになれる。でもボスは、オス同士の力関係で決まるパワーシステムなんですね。これがリーダーとボスの違いです。
有冬:なるほど。
駒野宏人氏(以下、駒野):ちょっと質問をしていいですかね? 先生の書物の中で「今現在、私たちの社会はサル化している」ということを言われていますよね。僕もそう思うんですけど、現代はどういったところが“サル化”しているというお考えなんですか?
山極:実は、人間も類人猿の仲間なんだけど、類人猿とサルの一番大きな力は「共感力」なんですよ。もちろんサルには共感力があるんだけど、やっぱりルールに従うんですね。
サルは「どっちが強いか・弱いか」というルールのもとに、自分の欲求を抑えているわけですよね。例えば、食物を巡って争いが起ころうとしたら、必ず弱いほうが退くわけです。「私はあなたとエサを巡って争うつもりはありませんよ」という表情や声が、発達しているわけです。
でも、ゴリラやチンパンジーや類人猿になると、弱いほうが「エサをちょうだい」と言うと、強いほうがエサを分けることもけっこうあるわけです。それはお互いの関係や状況、さまざまなことを頭に入れながら、適当に振る舞うわけだよね。だからルールというのはあってなきが如しで、個体関係や状況によって変わっていくわけです。
頭を使わなくちゃいけないから、それは面倒くさいんですよ。でも、ルールを体に染み込ませておくと「相手と自分のどっちが強いか」だけで決まっちゃうから、簡単でしょ。優劣で物事を決めるのは効率的だから、今の人間社会は効率を求めるほうに移行している。それで私は“サル化する”という言葉を使ったんですね。
有冬:なるほど。確かに、共感のほうが高度ですもんね。
山極:相手と自分の過去の関係や、周囲がどう見てるかとか、いろんなことを気にしなくちゃいけないでしょ。そのためには、記憶や状況を読む力が必要なわけです。
でもサルはそんなこと気にしなくて、「相手と自分のどっちが強いか・弱いか」だけで物事を判断しちゃうので、簡単だし効率的だよね。だんだん人間がそういうふうになっているんじゃないのかというのが、私の疑いです。
駒野:なるほどねぇ。
有冬:おもしろい。なるほど。
駒野:2つの集団のあり方は、なんでそういうふうに変わっていったんでしょうね。
山極:そこはなかなか難しいんだけど、もともと2つのタイプがあったんじゃないかと思います。今、霊長類って540種類ぐらいいるんだけど、もともとは夜行性で単独生活をしていたんですよ。1頭なんだから、単独生活をしているとオスもメスも自分の親元から離れちゃうわけでしょ。
そこから、オスとメス1頭ずつペアの集団ができたの。それはお互い対等で、縄張りを作って暮らしているサルがいるんです。メガネザルやテナガザルもそうなんだけど、そこから集団を大きくしていったわけです。夜行性から昼行性という、昼の生活に変わっていった。
なんで夜行性だったかというと、鳥よりも体が小さかったからです。昼間、鳥は木の上で木の実を食べているでしょう。サルも同じような生活をしているから、鳥との競合に勝てなかったわけ。でも、体を大きくして群れを大きくしたら、鳥に勝てるわけだよ。それで昼間の生活に侵入して、木の実やフルーツや葉っぱを食べて生きるようになったんです。
群れを大きくする時に、メスが集団間を移籍していくのか、オスが集団間を移籍していくのか、どっちが行くかを選んだんだろうね。おそらく猿人類は、メスが親元を離れていくほうを選んだよね。だから実は人間もそうなんだ(メスが親元を離れていく)と、私は思っているんだけどね。
制度上は「嫁入り」となっているわけだけど、女性の繁殖の自立性というか、お母さんの元で子どもを作るんじゃなくて、自分で配偶者を選んで出て行ってから子どもを産む。そういう過去がずっと続いてきたんじゃないのかな、と思っているんですけどね。
有冬:なるほどね。おもしろいなぁ。
山極:人間が自覚していない、当たり前だと思っていることが、実はサルや類人猿から見るととっても不思議なことってたくさんあるんですよ。例えばサルは、食事をする時はバラバラになるんですね。だって食べ物って限られているから、みんなで集まって食べたら喧嘩になっちゃうじゃないですか。
だからさっき言ったように、強い者が食物を独占するとか、あるいはみんなバラバラに距離を置いて鉢合わせをしないようにするのが、サルの食べ方なんです。ところが人間は逆で、食べる時には集まるわけじゃない。これはサルから見たら、とんでもないことなんですよ。「なんでそんな変なことをするんだろう」と。
それからセックスをする時に、人間は隠すじゃないですか。サルは逆で、セックスする時はみんなが見てるんです。人間はセックスするのは恥ずかしいから「人に見せたらいかん」と思っているわけでしょう。サルはそんなこと思わないんです。逆に、誰と誰が交尾してるかをきちんとわかっているほうが、群れのまとまりを作りやすいわけじゃない。
有冬:そっか。
山極:どこかで逆転現象が起こったんだと思うんだけど、人間はそれが逆転しちゃっているんですよ。それは、家族と複数の家族を含む共同体が、人間の社会の基本になったからです。
山極:家族の中では夫婦で性を独占して、親子・兄弟ではセックスしてはいけないという原則で成り立っているわけだよね。そうしないと、仲良くできないわけ。でも、家族が複数集まっているんだから、不倫が起こっちゃう可能性があるわけでしょう。その不倫をとがめるために、セックスを隠したんですよ。
有冬:あぁ〜。
山極:だって公のところでやっていたら、誰も彼もがみんなそういう候補者になっちゃって、乱交状態になっちゃうわけですよね。人間に一番近いチンパンジーは、実は乱交なんです。さっき言ったように、ゴリラは家族単位で動いているから、性は家族の中でしか行わない。人間はその2つを合わせたわけです。
だから、性を家族の中に閉じ込めたまま、複数の家族が集合してできる「共同体」という、より大きな社会を作った。その間には性のタブーを作らなくちゃいけなかったし、なおかつ「公に性を見せてはいけない」というルールを作ったわけですよ。だからこういうのを「ゼロ・タイプの制度」と言うんです。
有冬:ゼロ・タイプ?
山極:ゼロ・タイプの制度というのは、生物学的にはそれが守られなくても、ぜんぜんおかしくないんですよ。だけどそれが守られないと、社会がおかしくなる。
有冬:なるほど。
山極:そういうのを、ゼロ・タイプの制度と言うんです。そういうことってけっこうあるでしょ? インセスト(近親相姦)のタブーもそうですね。
「親子でセックスをしてはいけない」というのは生物学的に正しいし、制度上は義理の親子だってしちゃいけない。でも血縁関係がないんだから、別にセックスしたっていいわけじゃないですか。だけど、制度上はしてはいけないタブーがある。
それはやっぱり、そういうことをすると社会が壊れてしまうから、タブーとしてそれを作っていったんですね。
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