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講演:「なぜ、それは儲かるのか:〈フリー+ソーシャル+価格差別〉×〈データ〉が 最強な理由」(全3記事)

「基本無料×ネットワーク効果がビッグビジネスを生む」 山口真一氏が解説する、覇権を握る“FSP-Dモデル”とは?

昨今、ビジネス環境の破壊的変化の中で「既存のビジネスは衰退し新ビジネスが急速に成長する」といった現象が、さまざまな分野で起きています。そしてこのような変化は、新型コロナウイルスの影響で加速しています。そんな中、新刊『なぜ、それは儲かるのか: 〈フリー+ソーシャル+価格差別〉×〈データ〉が最強な理由』にて、日本企業が今後とるべき新しいビジネス戦略を提案された山口真一氏が、講演およびパネルディスカッションを行いました。本パートでは、講演の様子をお届け。「既存ビジネスの破壊的変化を引き起こす、2つの要因」などについて、山口真一氏が解説します。

計量経済学を専門とする、国際大学の山口氏

司会者:では、さっそくプログラムに入って参ります。まずは、基調講演として、新刊を出させていただきました、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター准教授の山口真一より「なぜ、それは儲かるのか~情報社会で「勝つ」ビジネスモデル~」と題して約30分お話させていただきます。

それでは山口さん、どうぞよろしくお願いします。

山口真一氏:みなさん、こんにちは。国際大学の山口と申します。本日、私からは「なぜ、それは儲かるのか~情報社会で「勝つ」ビジネスモデル~」というタイトルでお話させていただきます。

まず、簡単に自己紹介をさせてください。私は経済学博士でして、特に専門は計量経済学という統計学の一種となっております。私はその手法を使ってソーシャルメディアや情報経済、情報社会の新しいビジネスモデルといったところを研究しておりまして。

本日は7月に発行いたしました、こちらの『なぜ、それは儲かるのか』という本をベースにお話しできればと思っております。

なぜ、それは儲かるのか: 〈フリー+ソーシャル+価格差別〉×〈データ〉が最強な理由

壊れつつある、既存のビジネスモデル

ではさっそく本題に参りましょう。昨今、あらゆる分野において、既存ビジネスモデルが壊れつつあると言われています。例えば(スライドを指して)グラフで示しているとおり、新聞の売上高はここ13年でなんと7,500億円も減少しました。一方で、Yahoo!ニュースみたいなネットニュースは急成長しております。

また昨今、社会を賑わせている新型コロナウイルス。この新型コロナウイルスが既存ビジネスと新たなビジネスの差を拡大させつつある、ということも指摘されています。

例えば、上場企業の業績下方修正がなんと3兆円を超えているわけですね。その一方でMicrosoftさんは、売上高が前年同期比で15パーセント増加。Amazonさんは26.4パーセント増加と、新しいビジネスと既存ビジネスの差が、このCOVID-19でどんどん広がっているということがあります。

このようなビジネスの、ある種、破壊的とも言えるような変化。これは世界中、ありとあらゆる分野で起こっています。しかしながら残念なことに、日本企業はこの変化に取り残されてしまったと言われています。

例えば、時価総額ランキング。世界の時価総額ランキングを見てみましょう。(スライドを指して)こちらもですね、平成元年のベスト10を見ると、なんと世界のベスト10の7つ、7社が日本企業だったんですね。ところがこれが令和元年になると、ベスト10に1社も入っていなくて。なんとベスト50にも、トヨタの1社だけ入っているという状況になっています。

さらに2000年における製造業の生産性、これはOECDで1位だったんですね。ところが2017年には、それがなんと14位にまで低下してしまっています。

ビジネスの破壊的変化を引き起こす、2つの要因

このようなビジネスの破壊的変化。なぜ起こっているのかというと、その背景には2つのポイントがあります。

第1に技術革新ですね。この技術革新というのは、電報が電話になったり馬車が自動車になったりと、さまざまなビジネスをこれまでも破壊してきました。

しかし、それだけではありません。もう1つ、価値観の大きな変化というものがあります。みなさんは、一度は聞いたことがあると思います。「若者が車を買わなくなった」とか「飲み会に行かなくなった」。こういった話があると。

これはもちろん経済的事情もあるんですけれども、その他にもう一つ、価値観の変化というものもあるんですね。このインターネットが普及して情報社会が始まったことによって、これまでの物の豊かさとか富を築くこと、例えば「お金持ちになりたい」とか「ブランドもののバッグが欲しい」とか「高い車が欲しい」とか。そういった価値観から「感謝されること」とか「心の豊かさ」とか、体験を重視するような世の中になってきている。

特に若い人の中では、そうであって。例えば「YouTuberになりたい」とか、そういう価値観が出てきているわけですね。

結局、車は買わないし、仕事の飲み会にも行かなくなっているんですけれども。一方で、LINEスタンプはものすごく買ったり。あるいは友人と旅行に行くのが好きだったり、そこでインスタ映えをする写真を撮ったり。こういったように、価値観が大きく変化してきているということがあります。

覇権を握る「FSP-Dモデル」

このような2つの背景の相互作用ですね。「技術革新」と「価値観の変化」の相互作用。これが変化をもたらしているわけですけれども。この変化、実はある方向性を持ってもたらされているんですね。その中で、1つのビジネスモデルが覇権を握るようになってきています。

それが本書で取り上げている「FSP-Dモデル」というものでして。「フリー」「ソーシャル」「価格差別」そして「データ」。この4つを組み合わせたビジネスモデルとなっております。

これについて今後、お話ししていくんですが。1つ言えるのは「この新しいビジネスをFSP-Dモデルで構築しましょう」ということだけではなくて、既存のビジネスもFSP-Dモデルで捉え直すことで、情報社会で中長期に成長できるサービスになるということがあります。

例えば、Spotifyという世界的に有名な音楽プラットフォームがあります。この音楽プラットフォームも、もともとCDを販売していたといった音楽産業のビジネスモデルからFSP-Dモデルに捉え直した結果、新たに生まれたサービスです。

このように捉え直して新たなものを展開するということも、これから求められているということがあります。

戦略上で重要な「クリティカル・マスを超えること」

ではそのFSP-Dモデルについて、ちょっと見ていきましょう。まずは「ネットワーク効果×フリー×データ」というポイントを見ていきます。

このFSP-DのS、ソーシャルの中には、このネットワーク効果というものが含まれています。このネットワーク効果というのは、ユーザーの数が増えれば増えるほど、ユーザー1人当たりの効用、満足感が増加する効果です。

例えば電話。固定電話を想像していただきたいんですが、あれはわりと機械的にも優れた製品ですけれども、ただ世界で1人しか電話を持っていなかったら、それって無価値ですよね。

一方で、世界中の人が電話を持っていることによって、その価値は非常に高まっている。このようにネットワーク効果が働くという時には、消費者の満足感・効用の増加が、製品の品質の向上とは関係なく起こる。つまり同じ固定電話であっても、ユーザーがゼロの場合とユーザーが100万人の場合では、ぜんぜんその価値が違うわけですね。

こういったネットワーク効果は、最近のあらゆるサービスが利用しているんですけれども。ポイントは「品質の向上と関係ないために、コストをかけずに価値を高めていくことが可能である」というところにあります。

ただし、このネットワーク効果が働くサービスでは、クリティカル・マスを超えることが非常に戦略上重要になってきます。このクリティカル・マスというのは、普及が爆発的に促進されるようなポイントですね。

どういうことかと言いますと、ユーザーが多ければ多いほど価値が増加するということは、ユーザーが少ないと価値が少ない・価値が小さいわけですよね。

なので、いろんなユーザー、あるいは消費者がその高い価値を見出してくれるぐらいまで、ユーザーを獲得する。これが重要なわけですけれども。そのクリティカル・マスを超えるということが、この普及において欠かせないということがあります。

「基本無料×ネットワーク効果」がビッグビジネスを生む

クリティカル・マスを超えるには、初期ユーザーというものが非常に重要で。どうにかして最初の……ある意味、ネットワーク効果が働きますので「ユーザーが少ない状態でのあまり価値の高くないサービスに、どれぐらい人が来てくれるか」という、これがものすごく重要なんですけれども。

その戦略において「基本無料」「フリー」というものは、非常に相性が良くてですね。このフリーとネットワーク効果を組み合わせてビッグビジネスになっていくということが、最近のトレンドとしてあります。

今申し上げた、このフリーという話なんですが、情報社会になってみなさんも実体験の中で「無料に使えるサービスが非常に増えたな」と思っていると思います。ただ、無料というのは昔からあったんですね。戦略としては。

例えば試供品。こういったものがあったと。あるいは、フリーランチというものが流行っておりました。しかし情報社会におけるフリーと、これまでの社会における無料・フリー。これには決定的な差があります。

それは、情報財は限界費用が限りなくゼロに近いために……限界費用、つまり追加で生産するコストですね。そのために大量の無料ユーザーにサービスを提供しても、小さいコストで済むということがあります。

こういった話を聞いていると「言ってもFacebookさんとかGoogleさんとかInstagramさんとか、そういったWebサービスだけしかフリーって難しいんじゃないの?」と思いがちです。

しかしながら、例えばPractice Fusionというサービス。これは無料なんですけれども、なんとこれ、電子カルテなんですね。電子カルテって、安いものでも数百万円するのが当たり前でして。無料のクラウド型の電子カルテというものが存在するというのは、非常に画期的なことだったと。しかしながら実際にこのサービスを展開して……今展開しているのはアメリカだけなんですけれども、1億件を超える患者の電子カルテデータを保有するに至っている、ということがあります。

このサービス。他の病院との連携などで、ネットワーク効果もかかっています。つまり、フリーとネットワーク効果を組み合わせているサービスであると。

これらは何で稼いでいるかと言いますと、広告費もあるんですが、もう一つ。医療ビックデータを、製薬会社のために販売したりとかですね、あるいは分析ソリューションを提供する。こういったことを行って稼いでいるんですね。つまりネットワーク効果とフリー、データ。すべてを組み合わせて展開していると。

このポイントは、一見するとフリーにできないような高度なシステムを、あえてフリーにする。そのことでシェアを獲得する。シェアを獲得すると、今度はネットワーク効果でどんどん価値が高まってくるわけですね。

さらに情報社会において、市場のシェアの大部分を獲得するというのは、大きな意味を持つ。それはデータが手に入るということです。結局、それによってビッグデータのソリューションで稼ぐという、ネットワーク効果とフリーとデータを、うまく相乗効果で組み合わせて、このシステムは成り立っていると言えます。

「基本無料」に潜む、懸念点

さて、このようなフリーを導入するにあたって、懸念が1つあります。それは自社の有料サービスの需要を奪ってしまう、カニバリゼーション効果ですね。共食い効果とも言います。

しかし実際には、カニバリゼーションを恐れてフリー版で機能を制限したり、機能をそぎ落としたりするよりも、フリー版でも機能が成立する。これがサービスの普及には極めて重要である、ということがわかっています。

例えばSkypeさん、cookpadさん、slackさん。どれもたぶんみなさん使っていて、無料で使っていても満足感が高いと思うんですよね。こういうサービスじゃないと、実は成功しない。これは顧客の立場になって考えれば、明らかなんですね。

結局、ユーザー側からしてみれば、機能があまりにも制限されているサービスを、わざわざ使うインセンティブってないんですよね。結局、使ってみてすばらしい体験をできたからこそ、さらにそれを良くしたいというようなメカニズムが働くと。

だからこのフリーで機能が成立するというのが、とても大事なことであると。実際にこれは研究でもあきらかになっていて。例えばアプリの分析では「アプリの無料版で消費者が良い体験をしている場合のみ、有料版の売り上げが増加する」とかですね。

あるいは私の研究でも、音楽の無料のミュージックビデオ。無料のミュージックビデオについて、短時間と長時間に分けて分析した結果、フルバージョンの長時間のミュージックビデオでのみCDの売り上げを増加させる効果が見られました。

「5年以上赤字が続くこと」への覚悟

しかしながら一方で、フリーとかネットワーク効果とかを使ってビジネスを展開するところで忘れてはいけないのは、長い目でビジネスを考えるということです。どういうことかと言いますと、例えばTwitter。この中でもおそらく使っている方、多いかと思うんですけれども。

このTwitterというサービス、今、世界で3億人のユーザーがいます。このTwitterも、黒字化までになんと10年かかっているんですね。(スライドを指して)まぁグラフでは書ききれていないんですけれども、実際には2006年からサービスが始まっていますので、黒字化まで10年かかっていると。

なので、新サービスを展開する際には、5年以上赤字が続くということを覚悟する必要。これが、これからの情報化社会には欠かせないと考えております。近年、残念なことに日本の大企業を中心に、新しいことが許可されにくいと。よく言われるのが「市場あるの?」とか「市場が小さすぎない?」ってすぐ言われる、と聞くんですけれども。

これは言ってしまえば「イノベーションのジレンマ」あるいは「イノベーターのジレンマ」と言われるような現象です。FSP-Dモデルで、あるいはその情報社会で成功するには、リスクがある場合も、新しく挑戦したり創造的な活動を継続したりできる。こういった組織全体の風土、これを醸成する必要があると言えます。

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