2024.10.01
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コロナショック・ドクトリン(全1記事)
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安田洋祐氏:改めまして、大阪大学の安田です。お三方のお話をうかがっていて、これから話すことと少し共通点があったので、ちょっとほっとしています。タイトルは、別にナオミ・クライン(注:世界的に名高いジャーナリスト・環境保護活動家で、ベストセラー『ショック・ドクトリン』の著者)の大ファンというわけでもないんですけれども、なにか『コロナショック・サバイバル』に対抗できないかなと思って、遊び心でつけちゃいました。
次のスライドに移っていきますが、今日は、富山さんからも「GAFAは儲けすぎだ」とお話が挙がったんですけれども、よくこのデジタルプラットフォーマーの独占化・寡占化という話が挙がってきます。
もちろん、旧来的な意味でのMonopolist(独占者)でもあるかもしれないんですけれども、僕が重要だと思うのはMonopoly(売り手独占)ではなくて、このMonopsony(買い手独占)と英語で言うやつですね。
通常、経済学のテキストでも、独占の弊害というのは、価格支配力のある独占的な企業や少数の企業が、特定の商品の値段をつり上げる。結果的に超過利潤を獲得する代わりに、消費者が損をする、というかたちで教えるんですけれども。
GAFAの場合、たとえばGoogleにしてもAmazonにしても、AWSやGoogleの検索サービスって、無料だったり格安なんですよね。なので、売っている金額が高いという意味での旧来的な独占企業とはちょっと違うわけです。
じゃあ何が独占的なのと言うと、富山さんがちらっとおっしゃっていたんですけれども、彼らのサービスの質を高めているのは、実はせっせせっせとデータを提供している我々です。それに対して本来は、こういったデジタルプラットフォーマーはお金を払っていてもおかしくないはずなのに、そうはなっていません。ある意味、ユーザーが無料で畑を耕していて、ちょっと言い方はアレですけれども、企業がその成果を搾取しているのに近いような状況になってしまっている。
このMonopsony構造という、買い手独占に目を向けるのが重要だと思います。販売構造だけを見ていると、確かにサービスは安いし、従来はできなかったような、ある種の公共財として使われるようになっていて、独占の弊害に気付きません。「AIの活用だったらAWSを使えば安い」というのはその通りなんですけど、つい忘れられがちなMonopsonyを、1つキーワードとして考えていただきたいなということで挙げました。
ただ、この現象はコロナ前からもう起きていた話なので、ちょっとbeforeコロナですね。あえて四騎士を出したのは、次のスライドにつなげるためです(笑)。
withコロナで言うと、ちょっとおもしろいのが、このウォルター・シャイデルさんの『暴力と不平等の人類史』です。マニアックで分厚い本であるにも関わらず、けっこう売れています。
表紙を見ると、経済格差をリセットする要因として、今の我々が直面しているコロナのような感染症・疫病。他にも戦争・革命・崩壊といった、あまり経験したくないようなものが挙がっているんですけど(笑)。これを著者は「平等化の四騎士」だと言っています。
人類の歴史上、こういったできれば避けたいような負のイベントが起きた時にのみ、経済格差が解消される。逆に言うと、こうした負のイベントがないと、傾向としてどんどん富の蓄積は起こると。ピケティ的な話をより長い時間軸で実証しているような本になります。
シャイデル仮説をナイーブに解釈すると、コロナは疫病なわけです。ひょっとすると今まで積み重なってきた経済格差がここで解消されるのか、と期待してしまいたくなるんですけれども、どうやら今のところ現実はそっちに向かっていないんじゃないかということですね。
本の帯で、「欧州のぺスト 2,000万人死亡、実質賃金が2倍以上に……」と書かれているんですけれども、かつての疫病はもう桁違いに人が亡くなっています。そうすると労働人口、つまり働き手が減ってしまうんですね。
働き手が多いと、彼らの限界的な生産力は減ってしまう。その結果、賃金が下がる。逆に働き手が減ると、労働力が希少になってくるので、彼らの生産力が高まる。資本と賃金の関係で言うと、労働人口の減少によって資本家が細って労働者が太るという構造があったので、こういったガラガラポンみたいな急激な変化が起きると、歴史上、格差はある程度緩和されてきたわけです。
しばらくするとまた格差が拡大していって、次の大きいイベントが起きる。ざっくりと言うと、そういうことを繰り返してきましたよ、というストーリーですね。ところが今回のコロナに関しては、富山さんの本にもつまびらかに書かれていますけれども、L型(Local)の経済というのが真っ先にダメージを負っている。
日本でも、例えば自粛期間中にいったい誰の所得が減っているのか、仕事がなくなっているのか、次の仕事が見つからないのか、という想像力を働かせると、対面型のサービス業などを中心に、もともと所得が高くなく、生活にそこまで余裕がない人々がむしろ苦しんでいるわけです。
都心にオフィスを構える大企業の正社員で、自粛期間中は優雅にテレワーク、という人たちは少なくとも今のところは大きなダメージを負っていません。これが少なくとも先進国に限れば、グローバルで今、起きていることだと思います。
確か先ほど、富山さんがおもしろいことをおっしゃっていました。社会主義革命が(もしも起こるとしたら)「いっせーのせ!」で、世界同時的に起こると。なぜかというと、世界同時でやらないと富裕層がほかの国に逃げていってしまう、というお話がありました。
今のコロナ禍は、ひょっとすると、ピケティが提唱したグローバルな富裕税を一斉に行なうチャンスかもしれません。ピケティは、具体的には「累進資産課税を各国が協調してやるといいんじゃないか」と言ったわけですけれども。当時は、そんなものは机上の空論でできっこないと批判されました。「抜け道はいくらでもあるし、資産課税を行なうインセンティブがすべての政府にあるわけじゃない。うまくいかないぞ」と言われたわけです。
先ほど本田さんから「コロナ対策にお金を使っても、何もないところからお金が出てくるわけじゃない。最終的には誰かから取ることになるんじゃないか」というお話がありました。その財源の問題に対して、「富裕層から取れるんじゃないか」という安易な発想はあると思います。
それが通常であればあまりにも安易で、個人であっても企業であっても、富裕層は国境を越えて逃げて行っちゃう可能性が高い。ただ、コロナ禍の今は逃げたくても逃げられないんですよね。資本だけならある程度は逃げられるかもしれないですけれども、人や組織の移動に関しては、物理的に非常に難しくなっているので。
資産課税までは導入しなかったとしても、所得税の限界税率や法人税を上げたり、投資減税みたいなものを減らしたりして、よりフラットな、累進度を上げるようなかたちで税制を変えていく。もしもそうなった時に、個人も企業もなかなか国外に逃げていくのは難しいと思うんですよね。だったら、各国連携して、ある程度グローバルに富裕税的なものを入れようという発想はあるかもしれません。
今日は時間が限られているので、もう1個だけ。この後のディスカッションでお話できたらおもしろいかなと思うのは、ずっと続いてきた都市への人口流入、世界的な「都市化」傾向についてですね。今回のコロナショックを機に、この都市化が変わっていくんじゃないか。これは今ヤフーにいらっしゃる安宅さんが最近よく使われている「開疎化」ということですね。
「開く・閉じる」「密か疎か」というかたちで2×2で4つのグリッドで考えると、今までは閉じる方向、そして密な方向に都市への集中が起きて、そこが経済的な価値を生んでいました。これがある程度、逆方向にいくんじゃないかというお話をされていて、僕は「そうなるかもしれないし、そこまでうまくいかないんじゃないか」とも思っているので、これは時間があったら後でぜひディスカッションしたいです。
次は「ゆとり」について。withコロナからafterコロナに関して、本田さんのお話とも関連するかもしれないんですけれども。ゆとり、英語で言うとSlack・Slacknessみたいなものの再評価が行なわれるんじゃないかと。
スライドに出ているのは、『いつも「時間がない」あなたにー欠乏の行動経済学ー』という翻訳書です。僕がたまたま解説を寄稿していて、印象に残っている本なので取り上げさせてもらいました。
本書では、欠乏状態にある人というのは、ある意味で意思決定が非常にまずくなる、ということが書かれています。今、自分が直面している問題しか考えられなくなる。それを著者たちは「トンネリング」と呼んでるんですけれど、トンネルの中のことしか考えられなくなるわけですね。いま最も集中している問題以外のこと、つまりトンネルの外側のことに意識が回らなくなる。
具体的に言うと、日々の資金に困っている人は、明日どうやって食べていくか、今日のお金をどうするか、ということだけに全身全霊を注いでいるので、子どもの教育や資産形成など、将来のことはなかなか考えられない。
時間がない人も似ています。お忙しい人はみなさん、ほとんどスケジュールに余裕がないので、今日、明日の仕事はこなせるんだけれども、半年後とか1年後のことには頭が回らない。お金や時間といった資源の制約に直面している人は、本人の地頭や要領の良さとは関係なく、必然的に近視眼的になってしまう。現在や近い将来、自分が直面している問題に集中せざるを得なくなるのです。
これは社会全体にもある程度言えるんじゃないかということを彼らは言っています。社会のどこかしらにゆとりを持たせておかないと、なにか異常が起きた時にうまく対処できない。まさに我々も、コロナ禍でそれを目撃しているわけですね。
日本に関して言うと、例えば新型コロナ患者向けの集中治療室が世界的に見ても足りない。集中治療室で働ける専門医の数が足りない。あとは役所を含めて、公務員の数も足りない、ということですね。
逆にゆとりがある部分もあって、例えばCTスキャンの数ですね。国際的に見ても非常に台数が多いので、胸部CT画像を使ってコロナ感染の疑いのある人だけをかなり検査できているようです。
他にも、病床数に関しても、実は人口当たりでみると世界一なんですね。問題はコロナ用の病床数をなかなか増やせないという、資源制約を緩められなかったところ。これは印象論ですが、日本の組織は与えられた制約に対して現場の知恵や努力で乗り切る力(がんばりズム?)は高い一方で、そもそもの制約条件をどう変えていくか、という頑張るための環境づくりに課題があるように感じます。
あとは、富山さんの本の中でも触れられている内部留保。これは結果論に過ぎないとは思いますが、多くの日本企業が内部留保を抱えている、というのはある意味でゆとりになっています。
ちょっと変わったところで言うと、伝統的に、日本の企業は副業をあまり奨励してきませんでした。これがコロナ禍の働き方改革、あるいは変更を経て、副業ができるように変わると、日本の組織にいた優秀だけれども実力を発揮できなかった人が外で活躍できるかもしれない。社内で飼い殺し状態だった社員というのも、ある種のゆとりじゃないかと思います。
次はまた、遊び心的なスライドなんですけれども、「Gの誤謬」というものを考えてみました(笑)。Gには2つの意味合いを持たせていまして、グローバリズムともう1個、経済学で伝統的に言われる合成の誤謬(注:ミクロの視点では正しいことでも、それが合成されたマクロの世界では必ずしも意図しない結果が生じることを指す)というものですね。
グローバリズムの誤謬に関しては、先ほどの本田さんの話とつながるんですけれども、やっぱりあまりにもリカードの比較優位的な分業(注:自国が相対的に得意とするモノの生産に特化し、他は貿易によって賄うことで、全ての参加国がより多くのものを得られる、という貿易の利益に関する大原理)と、グローバルサプライチェーンを通じた効率化をやりすぎてきた。
これは平常時であれば、利益率を上げることができる、極めて合理的な手法わけです。平常時においては、極端な効率化によって稼げる、ということはやっぱり評価されるんですよね。
逆に、ある種のレジリエンス(さまざまな環境・状況に対しても適応し、生き延びる力)は評価されにくい。さっき「ノンファイナンシャルリスク」と本田さんがおっしゃっていたような非金銭的なショックに強いとか、なにか通常のビジネスがうまくいかなくなった時にバックアップがあることなどを、なかなか評価する指標がない。伝統的な金融市場で普通は評価されにくいものが、実は今回は重要だということを我々は見ている。
最近では、SDG’sの指標が注目を集めつつありますが、この動きが加速して、金銭評価が難しかったり、市場での評価があまりされないものに目を向けるようになっていくと、将来、感染症に限らず同じように大きなショックが来た時のレジリエンスが高まるかもしれないと思います。
人間はだいたい、喉元過ぎれば熱さを忘れてしまうものです(笑)。つらいときにはこういう反省を口にするんですけど、ちょっと時間が経つと忘れてしまう。なので、忘れないうちになにかしらの指標を作っておくことが重要ではないでしょうか。次のショックが来た時に、「この数値を見ればこの企業は大丈夫だ」という指標を作って、それを埋め込んでおかないと、また元の木阿弥になるんじゃないかな、と心配しています。
時間も限られているので、最後に僕自身の専門であるゲーム理論という分野との関連について簡単に触れて、お開きとしたいです。実は、人と人との相互作用や駆け引きを分析するゲーム理論は、今回のコロナ騒動であるとか、コロナ禍で起きている社会の動きを、けっこううまく説明できる部分があると思っています。
一番大きいポイントは、個人にとっての最適な行動が、全体にとっての最適である、社会全体の幸福や福祉につながらない例はたくさんあること。記憶に新しいところで言うと、トイレットペーパーやマスクを始めとした、買い溜め・買い占め騒動というものがありました。
これはよく「デマに騙される大衆が間抜けだ」という説明がされるんですけれども、いち消費者という個人レベルの視点で考えると、必ずしも間抜けな行動とは言えない。トイレットペーパーにしろ、食料にしろ、他の人が多めに買ってしまう結果、自分が買おうと思った時にはもう在庫が無くなっているかもしれない。
スーパーやドラッグストアでお目当ての商品が買いたくても、数日間は買えないかもしれない。そうであるならば、目の前にあるトイレットペーパーを1個余分に買っておこうとか、食料をちょっと多めに買っておこう、と考える人は出てくるでしょう。その発想自体は、僕はとくに否定されるべきものだとは思いません。個人で見れば、十分に合理的だと言えます。
ただ、一人ひとりがそう考えて、ふだんよりも1個ずつとか10パーセントずつとか多めに買うと、それだけでサプライチェーンは機能しなくなるんですね。実際に数日間、品切れが起こってしまう。
これは、デマでもなんでもなくて、実際に起きたことです。マスクみたいに需要自体が高まっているものだと、数日どころじゃなくて、数週間・数ヶ月になるわけですが、食料品などに関しては数日で戻りました。
個々人がいつもどおり買い物をしていれば、こういった買い占めによる品切れなんて起きないわけですけれども、「ちょっとずつ多めに買う」という個人にとって合理的な行動が、全体としてはカタストロフィックなマイナスな現象を引き起こしてしまったのです。
これと似たような現象が、平時においてどういうところで起きているかを考えると、ブラック企業みたいな組織にも、多分にこういった要素があるような気がします。働き方改革の文脈で言うと、例えば有休消化の取得や、サービス残業せずに帰ることは、もちろん会社から認められてはいるんです。制度として有給休暇は当然取れる。
「じゃあ、あなたは有休を取りますか?」と言った時に、周りの人も取るんだったら取れるけど、自分一人だけ取るとそれによってなんとなく空気を乱すとか、人事の査定が下がるんじゃないかと心配になってくる。
結果的に、個人にとって合理的なのは、有給が取れるんだけど取らない。育休が取れるんだけど取らない。残業せずに帰れるんだけど、空気を読んで帰らない、ということになっていきがちなわけですね。全員がある意味ブラックな状態に陥ってしまうと、組織としてもブラック体質が固定化されてしまう。
今回はテレワークが劇的に進みましたが、なぜコロナ禍で進んだかと言うと、みんなが一斉に切り替えざるを得なくなったからですね。Zoomに代表されるようなインターネットを使った諸々のビデオ会議なんて、テクノロジー的には数年前からできていたわけです。
それがなぜ進まなかったか。個人レベルでは便利なサービスであることに気づいていた人もたくさんいるんだけれど、一人ひとりでは変えられない状況にハマっていた。つまり、個人レベルの努力ではブラックな状態から抜け出せなかった、と考えることができるわけです。
このように、個人が独立に意思決定をするのではなく、全体が一斉に動くといいことが起きる可能性があるかもしれない。一番怖い合成の誤謬は、俗に「倹約のジレンマ」とか「貯蓄のパラドックス」と言われているものです。詳しくは、『コロナショック・サバイバル』にも書かれているので、まだ読まれていない方はぜひ冨山さんの本をご覧ください(笑)。
一人ひとりの消費者から見ると、買い替え需要をちょっと先延ばしにするとか、贅沢品を買わないというのは極めて合理的です。コロナショックの影響で将来の所得や生活環境がどうなるかわからないので。でも、その積み重ねによって物が売れなくなる。今はそこまで危機が顕在化していない大企業であっても、グローバルに世界中の消費者が買い控えをすることによって、急激に経営が傾いていくということは、今後起こりかねません。
この「倹約のジレンマ」がまさに世界中で起きてしまったのが、1920年代の終わり頃に始まった大恐慌です。その再来をどうやって防ぐか。これが今、一番我々の叡智が試されている世界規模の課題ではないでしょうか。ここを防げないと、富山さんの本に書かれているように、物の世界のショックが今度は金融にも波及してしまって、どうしようもない状況に陥ってしまうかもしれない。
そうならないためにも、現状分析と処方箋が書かれた冨山さんの『コロナショック・サバイバル』を、ぜひご覧いただければと思います。私からは以上になります。どうもご清聴ありがとうございました。
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