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臨床医クニマツと病理医ヤンデルの 「診断ってなんですか?」 國松 淳和さん×市原 真さん対談(全5記事)

「原因不明の病気」をどう診断する? 臨床医クニマツ氏×病理医ヤンデル氏が語る、病気の見極め方

患者との対話から診断を導き出す総合内科医の國松淳和氏と、組織や細胞の検査から病気を探し当てる病理医の市原真氏(ヤンデル氏)による対談が行われました。診断とはそもそもなんなのか、患者にとっての「診断」と、プロの医者の「診断」はどう違うのか。ほぼ初対面の二人が、医療とその周縁について縦横無尽に語りました。本パートでは、叙述トリック小説と診断の意外な共通点について意見を交わします。

仕事が早いことは評価されにくい?

市原真氏(以下、市原):一方の僕は、自分のエピソードを言うのはやめようかなと思いましたが(笑)、せっかくなので1つ。

國松淳和氏(以下、國松):やばいなあ……。はい。

市原:僕は今日、年休を取って、午前中に小樽でちょっと遊んで、昼から東京へ来て別の会議に出て、ここに来てからは先生と控え室で、あんまり事前に対談の内容を打ち合わせするとおもしろくないからってゲラゲラ笑いながら別の話をして、ついでに三省堂神保町の本を買いに行ってと、そういうことをやっていました。

……というと遊んでばっかりみたいな雰囲気ですけれども、これは「僕の仕事が早いからであって、仕事をしてないからじゃないよ」ってずっと言いたかったんです。でも、「あの病理医は診断していない」って、すごく言われる。ばか言うな、こっちは年間5,000件見てんだ!

(会場笑)

國松:そうですよね。

市原:ばか言うなよォ。

國松:そういう意味では(市原先生のことは)絶対に透けて見えますよ。

市原:そうなの。でも、僕は残念ながらこの話をする機会がないんですよ。

國松:よかったですね。それはよかった。結果的になんかお膳立てが……。

市原:「おたくの病理医3人より、俺のほうが診断が早いんだ! だからその分、國松と遊んでくる」って言ってやれたら気持ちいいだろうなと。

國松:やっぱり早いのは宝ですよ。

「早い診断」と「格闘技」の共通点

市原:いや、でもね……(興奮から我に返る)。

國松:早いことって批判されるんですよ。なんでかと言うと、まず「慎重じゃない」ということで、せっかちで「なんかミスっているんじゃないか」と言われるんです。

市原:言われる。めちゃくちゃ言われる。

國松:私は、それもうサクッと反論するんです。

市原:なるほどなるほど?

國松:じゃあ、(診断が)ずれたとします。ここかなと思ったけど、ずれたと思ったら、早い人は、シュッ、ポーみたいに、ここに早く戻ってこられます。

市原:あー。修正をかけながら進む。なるほど、いいな。

國松:修正をかけながら、速攻で戻ります。自説にこだわらない。「あ、違った」って言って、またピュッって戻る。スタート地点に戻ることもあるし、ちょっとそこから行き道を変えることもある。

市原:そう言えばいいんだ。

國松:戻るスピードが違いますよ。

市原:格闘技ですね。

國松:そうです(笑)。

医療に限らず、仕事は早いほどいいところがある

市原:さっきも控え室で、丸善出版の編集者Hさんが僕に向かって皮肉のように言うわけですよ。

國松:はい。はい。

市原:「先生は本当に原稿が早くて、直さなくてもいい」みたいに言うんですが、あれは暗に「もうちょっと考えて書け」と言っているんですね。

國松:(笑)。

市原:でも、おかげで編集者の方々がじっくり時間をかけて、「あれも足しましょう」「小学館に転載の許可を取りましょう」って直すことができる。早いのはいいことですよね。

國松:早いのは本当にいいことです。やっぱり……。

医学というジャンルを超えたクニマツ氏の著書

市原:(そうだ、僕は)『仮病の見抜きかた』を読んだときにツイートしたんですけれども、あなたの担当のNさん。あの方は原稿を見た時点で金原(出版)を辞めるべきでしたね。そして先生の原稿を持って文藝春秋かどこかに行って、同じものを出していれば、今頃あなたは芥川賞候補ですよ。

(会場笑)

國松:マジですか!?

市原:大マジですよ。それくらいの本。

國松:今日、芥川賞の発表ができたらよかったですね(注:このイベントは第162回芥川賞・直木賞受賞作発表の翌日、2020年1月16日に行われている)。

市原:このテーブルで会見をやれたでしょうって言う話なんです。

(会場拍手)

市原:芥川賞って文芸としてはちょっと新しい手法にチャレンジしていたり、私小説であったり、単行本にはまだなってないみたいな縛りがいろいろあるそうですが、ぴったりだと思いましたよ。

國松:そうですか。

市原:切り口といい、ゲシュタルトの話といい、モチーフが臨床医で、小説形態で、通底するテーマが繰り返し出てきて……。

國松:先生、ちゃんと読んでいますね。

市原:めちゃくちゃ読みました。

(会場笑)

國松:わかっていますね。すみません。

医療関係者も揺れた『仮病の見抜きかた』

市原:色の話もすごく好きです。

國松:それも読んでいるんですね。先生、むちゃくちゃ読んでいますね。

市原:すごく好きだったところ、カーキ色のオチ。あれ最高だと思いました。色彩が次から次へと出る。これを金原出版が出せたことがすばらしいですし、我々医療関係者はみんなウォーって揺れました。

でも、できればNさんが原稿を受け取った瞬間に出奔して、2年ぐらい原稿を持ちながらさまよってほしかったですね。もちろん家族も離散して……。

(会場笑)

あなたは次の本かなんかを、次から次へと出してくる。『仮病の見抜き方』の前に、次の本をNさんのいない金原出版から出したりする。

國松:なるほど。

市原:たとえば今度の4月に出る本が、金原から出る最初の本に……最初じゃないか。でも、これ(『仮病の見抜きかた』)だけは金原をやめたNさんがずっと抱えて、これは芥川賞が取れるはずだと粘っていれば、あなたが今いる場所は、ここ(注:イベントが行われている三省堂書店神保町本店の8階特設会場)じゃなかったですよ。

(会場笑)

國松:1階でした? 

市原:1階でした。

國松:(笑)。

(会場拍手)

1階でした? さっきから、うまいなあ。なるほど。

市原:……というくらいの、いい本でしょ? 

國松:ありがとうございます。

市原:その中で「居合抜き」かあ! ちきしょう、先に気づいて書評で書いてたら天才だったな。書けばよかった。失敗した。

國松:1階、いいですね。

市原:(本が並ぶのも医学書コーナーのある)5階じゃなくて……。

國松:今日、1階はあれですよね。「黄色い果物」の……。

市原:それは何?

國松:(指でバナナの形を作って)吉本……(注:同日に別イベントに出演していた吉本ばなな氏を指す)。

市原:吉本の(笑)。控え室が斜め向かいにあって、「黄色い果物」の方が、サイン会か何かをやられていましたね(笑)。

國松:細長いやつですね。

市原:あなたはそこにサングラスで入っていく可能性もあったわけでしょ。

(会場笑)

Jenny(注:入場時に使われた楽曲名)かなんかをかけながらね。

國松:つまみだされます。

市原:それでもうJASRACに支払う料金も300円ではきかないぐらいの方に見ていただいてね。あ、今日は入場曲のためだけにJASRACに300円払っています。すごいでしょ? 「この人数、この目的で、入場曲で」って言ったら、「じゃあ300円」ってやってくれたそうですよ。

國松:……。

市原:あ、これはたぶん原稿化しないほうがいいから言いませんけど、「JASRACとの交渉は病院の倫理委員会みたいだ」「最初にこう使うって書いておけば文句は出ないけど、こっそり曲使って後から突っ込まれると、もめる」って言ってました。

(会場笑)

これは残したらだめですよ。ログミーの原稿チェックしますからね。しかしずるいよね。あなた、僕にばっかりしゃべらせて、もう!

(会場笑)

「國松:……。」になるじゃないですか。

國松:この時間はしゃべってはいけないと思って(笑)。ログを取っているんですもんね……。

原因不明の病気をどう診断する?

市原:さて、診断の話に戻りますが、診断に対するそのあなたの考え方は、おもしろいですね。

國松:ありがとうございます。

市原:「枠」を見据えて、地図を描いて、辺縁を探って……。

國松:そうですね。普通の診断は何て言うか、ちょっと、ご……(笑)。

市原:語弊がある?

國松:いやいや。……(小声で)ゴミみたいな診断があるじゃないですか(笑)。

(会場笑)

なんか正直3秒くらいで……。

市原:ゴミみたいな診断(笑)。

國松:3秒くらいで済むやつがあるじゃないですか。

市原:3秒くらいで済む診断。

國松:(そういうもの)じゃなくて、例えば私なら不明熱(注: しっかり調べても原因がわからない熱の総称)とか、そういうやつかな。「10年ぐらい診断不明でたくさん病院に行ったよ」というものが、あるじゃないですか。

市原:大変ですよね。

國松:当然、「どうやってそういうのを診断しているんだ?」って聞いてくるわけですよ。

市原:他の病院の人とかが?

國松:出版社とかが(笑)。

市原:出版社とかが(笑)。

國松:医者も聞いてきます。医者も。

市原:医者は聞いて欲しいな。(國松氏の)手下とかも。

國松:はい。医者も聞いてきます。手下も聞いてきます。それでやっぱり重要なのは、あえて「引き」で見るということ。

俯瞰することで「お困りストーリー」が見えてくる

市原:俯瞰で?

國松:そうなんですよね。そこは俯瞰なんですよね。そこを引きで見ると、その不明熱で困っている人たちの「お困りストーリー」が繰り広げられているわけですよ。登場人物は何人もいて、キャストがすでに決まっている。僕は「うー! 困っているなー!!(例えば)ナントカの門病院の先生が、すげえ困っている!!」って、それをニヤニヤしながら読む感じなわけです。

市原:ほぼ、伏せられてない!

(会場笑)

それだったらせめて、「○○門」にしないと!!

國松:あら、やばい。

市原:ナントカの門だと6割伏せられてないんですよ! せめて……。

國松:ナントカカントカ医療研究センターで遺伝子検査をしている……。

市原:ほぼ!

國松:「遺伝子検査までしている!」とか、ナントカカントカ女子医科大……。

市原:該当する場所が何ヶ所もない(笑)。

國松:「おお、大家の人が見ている!」みたいな……。

市原:「大家」まで言っちゃだめでしょ(笑)。

國松:「(大家が)見ている!」って、「あー……、そうなの? お母さん?」とかね。その紹介してきた先生の紹介状をすごくじっくり読みながら「さあ、困っているぞー」「困れよ、困れよ!」って、もうなんか……。

(会場笑)

市原:舌舐めずりをするような……(笑)。

診断の「叙述トリック」にはまらないためには

國松:「困っているなー」みたいな。やっぱりそこで困っているってことは、言っちゃえば「誤り」があるんですよ。誤りというのは、すれ違いみたいなもの。それに私まで「おいおいっ! おーい、入れてくれ!!」って、その物語に入っていてはダメなんですよ。

市原:あー、おもしろいなあ。

國松:絶対にその物語・小説というのは、読む目線で見ないといけないんです。「叙述トリック」という言葉があるじゃないですか。

市原:語られていない……?

國松:そうです。言ってしまうと、(登場人物の)みんなは「叙述トリック」にはまっているんですよね。だけど……。

市原:うあー……。

國松:ははは(笑)。だから、読者の僕はそういう叙述トリックものが大好きなんですけど、「絶対に騙されないぞ!」という気分で読むわけじゃないですか。……とかって同意を強引に求めていますけど(笑)。

(叙述トリックの文章では)ラストで、実は「アキラ」って人が女性だったとか、そういう騙し方をするじゃないですか。「ずっと男性っぽく語られていたのに、実は女性だった」みたい。それで、「わーっ!」てなるじゃないですか。

市原:なりますね。

國松:引っかかっちゃっているんですけどね(笑)。引っかかっちゃっているんですけど、だからその不明熱の「困ったちゃん」の物語っていうのは、ナントカ路加病院とかの……。

(会場笑)

部長の先生が「ぜんぜんわからん!」とかって、はまっているわけじゃないですか(笑)。それを「騙されねーぞ」というかたちで見ている。「叙述トリックの小説にだまされないぞ」的な感じで読んでいるんですよね。

市原:すっげぇおもしろいなあ。

叙述トリック小説と症例報告を乱読・多読

國松:それを見抜くためには手の内を、「叙述トリック」を、たくさん知ったほうがいい。だから私は「症例が必要」とよく言うし、ことあるごとに言っているのが診断力の向上。今日のテーマの1つかなと思うんです。やっぱり症例報告ですよ。症例報告をそれはもう何でも、死ぬほど読めということです。

市原:中外医学社のアカウントで、症例報告を読む内容のnoteを書かれてますね。

國松:そうですね(笑)。ありがとうございます。

市原:(國松氏が)内科系の論文のレビューをするんですけれども、あの記事はマジで、世界で一番楽しめる。あれは無料?

國松:無料です。

市原:じゃあ、全員が見られるじゃない。見ればいい。あれが早く本になればいいのに。……いや、難しいかな。

國松:いやあ、ちょっと難しい。でも、一応僕はやっぱりどんなものでも役に立たない症例報告はないと考えていて、とにかく乱読・多読することでいろんな物語を見ています。一応、論文にするってことは「困った」とか、「不明だった」とか、何でもいいんですけど、何かがあるわけじゃないですか。それをどんどんパターンとして取り入れて、「このパターンか!」というので、さっき言った叙述トリックの小説を読むふうにみる。

市原:おもしろい!

國松:なので症例報告だけじゃなくて、本当の叙述トリック(の小説)もたくさん読まないといけないわけですよ。僕は折原一という作家が好きなんですけどね(笑)。読んでください。あとで教えます。

書き手が「語り得ぬこと」を語る、解説者

市原:わかりました、ぜひ。中外のnoteの話をもう少し。あれを見ていると、(國松氏は)報告者の思考にまで踏み出んでいってレビューされてますね。

國松:そうですね。

市原:「きっとこれが気になったんだろうな」的な、「ここにはまっちゃったんだろうな」的なのを、ときどき書かれています。「この論文は本当に勉強になるから読め!」というのは、4回に1回くらいしかないですね?

國松:そうです。ほとんど論文の紹介はしないですね(笑)。

市原:ストーリーというか……。

國松:やっぱり僕が、「語り得ぬこと」を語ってあげているんですよ(笑)。

市原:おもしろいなあ。

國松:「語り得ぬこと」だから、著者は黙っているわけですよ。

市原:著者は黙っている。

國松:それで僕が、ヘらへら言っちゃう(笑)。

市原:「ミステリー作家の代わりに、書評家のほうが背景を上手に解説している」みたいなことですね。そういうイメージがあるんですよね。

國松:そうですね。あと、これも問題発言なんですけど……。

市原:またですか?

(会場笑)

國松:たぶん、千里眼があるんですよ(笑)。

市原:おお、なるほど! へー!

(会場笑)

國松:たぶん著者の考えていることが、まあまあわかる。たぶんそれで合っているんじゃないかと……。

ほぼ初対面で意気投合

市原:あー。すごくおもしろい……あっ、しかし時間が、あと12分ぐらいしかない。じゃあオチになるコメントをしようと思うんですけれど、あなたのその思考は、芥川賞じゃなくて直木賞向きですね。

國松:そうですか? じゃあ、チャンスがあるってこと?

市原:そうそう(笑)。

(会場笑)

國松:頭いいな! 来たー(笑)。話すの、超ラク!(笑)。ああ、助かるな。少し言われて、両賞の違いなどについてレビューしました(笑)。

市原:いやあ……みなさん、今の僕の感動がわかりますか?

(会場の方を向いて)会話でこのスピードのリアクションが得られること、日常生活ではないですよ。

(会場笑)

うれしいなあ。

國松:先生、じゃあ常にここのSkypeをオンにしてやりますか?

市原:Twitterとか?

國松:ああ、Twitter!

市原:Twitter。

國松:そうでしたね。参りました? そうでしたね。

市原:フォロワーが多いと、「誰か」が素早くリアクションしてくるので、一人の「Twitterさん」という人格としゃべっていると思えば、先生と同じくらい早い反応は得られます。

國松:なるほど(笑)。

市原:でもね、一人とこれをやれるとは……素晴らしいなあ。

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