CLOSE

「愛され」と「自分らしさ」の罠を超えてー『ダイエット幻想ーやせること、愛されること』刊行記念トークショー(全8記事)

「数字を持たない民族」に世界はどう見えるのか? 人類学者が語る、数字が持つ“物語を消す力”

2019年10月24日、ブックカフェ「神楽坂モノガタリ」にて、『ダイエット幻想ー愛されること、やせること」刊行記念トークショーが開催されました。20年に渡って、やせ願望や摂食障害の問題を扱ってきた人類学者の磯野真穂氏。この記事では、その取り組みの集大成として上梓した『ダイエット幻想』をテーマに、摂食障害や外見の問題を取材し続けてきた記者の水野梓氏とのトークショーの模様をお届けします。本パートでは、数字を持たない民族の世界観を通して、数字の持つ力について語りました。

人々の願望や欲求を刺激する「エナジードリンク本」

磯野真穂氏(以下、磯野):これは名古屋のイベントの「変身願望」で宮野さんと話したかったことなんですけど、ある種、「この商品を買ったら、劇的に素晴らしい人生が待っているかも!」というような話がすごく多くて、『急に具合が悪くなる』に出ている「代替療法」もまったく同じだと思うんですね。

ある種、「あなたには眠っている力があって、これをやって、お金を投資したらそれが開花して、もっと素晴らしい人生が待っているんだ」というようなメッセージを発する商品や情報って、世の中に溢れていますよね。ダイエットと英会話に関しては、毎月毎月「○○ダイエット」「みるみるやせる」「みるみる英語ができる」のように、もう、すごいじゃないですか。「みるみる」がいいんでしょうか?

(会場笑)

「みるみる」がいいんですよ。

水野梓氏(以下、水野):簡単で、楽で、すぐ。

磯野:「望んだ人生が先に待っている」というストーリーを見せることによって購買意欲を刺激する。そして、その裏には「変身願望」というのがあって、そしてその裏には「承認欲求」というのがあると思うんですよね。

私はこういう本を「レッドブル本」と呼んでいるんです。

水野:(笑)。

磯野:すいません。レッドブルの関係者の方いたら、申し訳ないです。

水野:エナジードリンク本。

磯野:そう、エナジードリンク本。(「レッドブル」のテレビCMのように)「翼を……」あ、ダメですよ(笑)。まさに手に取ることによって、(別の自分に)なれた気がする。でもその効果はバンってすぐに切れるんですよね。すると次の「みるみる本」が出てくるんですよ。永遠に「みるみる本」を買い続けるということになる。

水野:私も一時期、ダイエット本についてはそうでしたね。

磯野:もう、みるみるやせる?

水野:買っただけでやせた気になっているんですよ。でも、やらない(笑)。やらないんですけど「ダイエット特集」とかを読んで「へえー」って、知識を得たことでやせた気になる。変わった気になる、みたいな感じでした。

磯野:英会話もそうですね。

水野:そうですね。

磯野:「2週間で話せる」とかですね。

水野:「聴いているだけで」とかもありますよね。

磯野:そうそう。「アスリートの〇〇さんも愛用……」とかなるわけですよね。

水野:そうそう。そういうやつです。そうだったらいいんですけどね。

ダイエットにおける数字が持つ力

磯野:「英会話」と「やせる」というのは、私たちが現代社会で生きていく限り、ある種、否応なしに持ってしまう欲望というのをうまく満たしてくれるものなんだろうなというのを思っていて、『ダイエット幻想』ではちょっとそのお話もさせていただいています。

水野:ダイエットですごくわかりやすいと思うのが、カロリーとか体重とかBMIとかです。すごく比較しやすいじゃないですか。体重が1キロ減ると(数字としては)目で見てわかります。500グラムとか1キロだと、別に身体がやせたような気はしないんですけどね。

(数字があると)「あ、やせた! あと500グラムがんばろう」「あと1キロがんばろう」みたいなゴールが設定しやすいし、がんばりやすいみたいなところがありますよね。

「数字の力」というのも『ダイエット幻想』に書かれていましたけど、私はダイエットに関して「数字に向かってひた走っちゃう」みたいなところがすごくあると思ったんですよね。

磯野:『ダイエット幻想』の中で強調しているのは、「数字そのものに力がある」という話です。その前に、最近のダイエットのブームですごくおもしろいなと思ったことがあります。カロリー制限がまずありましたよね。糖質制限がきましたよね。次に、何がきたと思います?

水野:えっ、何だろう? 新しいダイエット法……。

磯野:ちょっと新しいというか、新しい潮流がきたと私は思っているんです。

水野:食べまくる?

磯野:ファスティング(断食)です。

水野:ファスティング。ああ!

磯野:食べない。

水野:ああ!

磯野:やせるんですよ(笑)。

水野:そうですね。

磯野:私はすごい時代がきたと思っています。

水野:一時期、「プチ断食」みたいなのが流行っていませんでした?

磯野:でも、今すごく売れている「トロントの医者が教えるすごいダイエット」みたいなのが、ファスティングの本です(注:ジェイソン・ファン氏(著)/多賀谷正子氏(翻訳)の『トロント最高の医師が教える世界最新の太らないカラダ』を指す)。

水野:私の友人でも「月曜だけ断食します」という人がいます。

磯野:すごいですよね。食べなければ、それはやせると思うんです。だけど、これは数字の話と関連するんですけども、すごいのはこれが科学の言葉と、いわゆるエビデンスと呼ばれる数字の力で見せられるので、説得力があるように見えるんですよね。

「数字が導入されることで世の中にいったい何が起こるのか」という話を、私はこの本(『ダイエット幻想』)の中でさせていただいています。

人々の変身願望を掻き立てるストーリーとメッセージ

水野:ファスティングは数字とどう関係があるんですか? 私が聞いたのは「胃腸を休ませるのがいい」みたいな話ですが、そういうことではないんですか?

磯野:「科学的なエビデンスがある」というのを論文を引きながら書いていて、数値によって裏打ちされている科学の論文によって効果が証明されています、というメッセージに意味があるんです。

水野:ああ、なるほど。それで「どれくらいの人がやせたんですよ」「こんなに効果があるんですよ」みたいなことを……。

磯野:ちょっと私は論文一つ一つまで読み込んではいないので、それがどういうエビデンスなのかは検証できていないんですが、そんなに興味があるんですか? やりたい?

水野:いや、私には絶対に無理だと思います。食べないなんて無理です。友人からそれを聞いたときに「えっ!? なんでそんなことやっているんですか?」と聞いたら、「休ませると胃腸にいいんですよ」みたいなことを言われたんです。

磯野:ああ、なるほど。

水野:そのときは「食べすぎないのが一番じゃないですかね」みたいな話をしたんですよね。

磯野:ただ、そういうダイエットのストーリーには、すごく共通しているものがあります。実はこの本(『ダイエット幻想』)の中にも出ていますが、糖質制限の前、1990年くらいから流行った「糖質を大量に摂れ」という鈴木式っていうダイエットがあるんです。これは糖質制限と真逆なんですよね。ただ、出ているメッセージはすごくよく似ています。

ファスティングもそうなんですけど、「あなたの中に眠っている本当の人間の力が蘇る」みたいなことが書いてあるんですよ。これってさっきの「変身願望」をすごく刺激する言葉なんですね。

「現代社会にものすごくまみれて汚れた私たちでも、この食事をするとあなたの中の眠っていた野生の力が蘇ります」と言ったメッセージが発せられる。

「糖質制限」では、男性向けなので、それが「野生の力」だった。「俺たちは馬車馬のように働いてヘトヘトになって、しかも太ってしまった。だけど、糖質制限をやることで眠っていた男性性が蘇るんだ」みたいなストーリーがわりと出てくるんです。

世界には「数字を持たない民族」がいる

水野:女性のデトックスとかもそうですね。

磯野:それもあると思いますね。実は最近、叩かれていた「血液クレンジング」というのがあります。まさにあれも「浄化をする」という話じゃないですか。現代社会を生きる私たちの心に響くストーリーが、いろいろな商品や情報で提示されている。

でも、例えばダイエットの場合、そのようなストーリーを提示するダイエットがどのようなものかを考えると、それぞれのダイエットは完全に矛盾していたりするんですよね。ファスティングもその一つです。

水野:糖質制限みたいにはまっちゃう人がどんどん出てくるんですかね。

磯野:でも、食べなければやせると思うんですよね。

水野:そうですよね。

磯野:効果は出るんでしょうね。どう戻るかはわからないです。

水野:そうですね。私は絶対に無理だ。食べるのがすごく好きなので無理です。すいません、数字の話をしていたところでした。

磯野:この中(『ダイエット幻想』の中)で、ピダハン、モシ、ドドスという(3つの)民族を例に挙げています。実は、彼らは数字を持っていないんですね。数字って普遍的なものと思われるかもしれないですけど、数字のない民族ってけっこうあったりするんですよ。

私たちって、数字がないと言うと「野蛮だ」とか「遅れている」とか、そういう考えで見てしまいがちなんですけど、文化人類学ではそういう見方はせずに、「なぜ持っていないのか」というような問いを立てて、フィールドワークを行います。

「数える必要がないくらい人口や、モノの数が少ないからじゃないか」と思われる方もいると思います。だけど、ドドスという民族の例がおもしろくて、彼らは牛をいっぱい飼っているんですね。1人で200頭とかの牛を持っているわけです。数えていないんですよね。でも、全部わかっているんです。

どういうことかというと「この牛は誰からもらってきたか」とか「どこの牛とどこの牛が結婚して生まれた」とか、そうやって質的に牛を全部記憶しているんですよ。だから、ある意味、数字がいらなかったりするんですよ。

数字を持たない民族「ピダハン」の独特の世界観

磯野:あともう1つ言うと、(『ダイエット幻想』に)ピダハンという民族を出しているんですけど、ピダハンという民族も数字を持っていないんです。ダニエル・L・エヴェレットという言語学者が書いた『ピダハン』というタイトルの本に出てくるんですけれども、彼らも外の人たちと交流します。だけど、計算ができないから商人に騙されちゃったりするんです。

なので、エヴェレットに「(計算を)教えてくれ」って言うんです。何が起こるかというと、1+1すらもできるようにならないんですね。

1桁の計算すらもぜんぜんできなくて、「いったいこれは、どういうわけだ」とエヴェレットが見ていくと、「実はピダハンというのは、直接経験できるものしか語らないという言語の制約を持っているのではないか」という結論に行き着くんです。

久禮(神楽坂モノガタリ・店長):ああ、『ピダハン』あります。

磯野:ありました。『ピダハン』。ドラえもんみたいに出てきました。

水野:すごい。なんか、本が届きました。

(会場笑)

『ピダハン』が出てきました。すごい。

磯野:この本ですね。どういうことかというと、実は数字って、直接体験することができないんですよね。

(参加者を指しながら)例えば「3」は、1、2、3……と数えることができます。でも、私が実際に見ているのはここにいらっしゃる3名の方で、より具体的性があります。ただ単に「3」という文字がありはするものの、実は抽象化されているんです。

言い換えると、ここで1、2、3名の方がいらっしゃるというときに、「こちらの加藤さんは院生さんで……」とか、そう言ったそれぞれの方の個別性を排除して、同じものだけ取り出して抽象化しないと、数えることはできない。

ピダハンには「色」もないですね。でも、別に彼らは色を識別できないわけじゃないんですよ。すごく具体的に色を認識しているんですけど、ただ、まとめて「赤」と言ったりしないんですね。例えば、木の実の色と血の色をまとめて「赤」と言ったりしないんです。この抽象度を上げるとき、私たちが何をしているかと言うと、実はそこにある多様性をちょっと捨象しているんですよね。

食べ物をカロリーに換算するとか、糖質量に換算するというのはまったく同じことをやっていて、そこにある食べ物のそれぞれの具体性を全部取り払わないと、数って見えてこないんですよ。

例えば、ここにある「ケーキ」とここにある「ご飯」というものの違いというものをしっかり見てしまうと、同じように扱うことができない。だから、実は数を使い始めるときって、私たちは多様性を捨象してしまうし、多様性を見なくなるという傾向があるんです。

数字の抽象化の力は、人が持つ物語を消してしまう

磯野:なぜ私がこんなことをこの本(『ダイエット幻想』)の中ですごく話したかというと、こうやって食べ物、あるいは自分の身体というものを数値化してしまうことによって、どんどん食べ物も身体も抽象化されていっちゃうからなんです。

そうすると何が起こるのか。そこにある具体的な食べ物とか、あるいは唯一性のある自分の身体を通じて誰かに出会うということが非常に難しくなってしまうという話をしています。

『ダイエット幻想の中で私が好きな話で、「おいしさの話」というのがあるんです。私の大学の授業をとっている学生さんに、「おいしかったエピソードを聞かせてください」という話をするんですね。20歳のあゆみさん(仮名)という方が出てきていて、私はこの方のストーリーがけっこう好きです。

「おいしかったエピソードを聞かせてください」と言ったときに彼女が話してくれたのは、彼氏が彼女の住んでいるマンションのドアノブのところに、セブンイレブンで売っている「バナナチョコチップス」をかけておいてくれたという話なんです。彼女はそのとき夜行バスで大阪に行く予定があって、彼女はそれを「おいしいな」と思いながら食べるんですよ。

彼女がなぜそれを「おいしい」と思えたかと言うと、彼がバイトの行きがけにちょっとそれを買ってきたことであるとか、あゆみさんがそれが好きだと彼が知っていたこととか、そういう彼とのエピソードがそこに合わさって、そして初めて「おいしい」というエピソードが出てきているんです。

でも、これがもし、あゆみさんが「あと5キロ絶対にやせたい!」と思っていたら、そのバナナチョコチップは最悪なんですよ。

(会場笑)

「なんでこんなものを買ってきてしまったのか」「味付け昆布を買ってこい!」となるわけですよね。

水野:(笑)。

磯野:食べ物を数字で捉えてしまうと、「おいしい」という感覚がすごく出てきにくいんです。なぜかというと、数字を使って抽象度を上げてしまうことによって、意外とそこにあるものが見えなくなっていく。そういう話を「おいしさの話」のところで私はしています。

摂食障害の方に、「最近おいしかったものは、何ですか?」と聞くと、言えない方が多いんですよね。「何がおいしかった?」と言うと、ギリギリ「これ」って言うことはできても、(理由を聞いてみると)「どうしておいしかったの?」「おいしかったから」とぐるぐるしちゃうんですよ。

でも「おいしかったエピソード」って、けっこう具体的にその人のエピソードが出てくるんですよ。さっきのあゆみさんのストーリーは、まさに彼女のストーリーですよね。そのストーリーが消えていってしまうというのが、数字の持つ抽象化の力というもので、その人の持っている物語を消してしまうということなんです。

続きを読むには会員登録
(無料)が必要です。

会員登録していただくと、すべての記事が制限なく閲覧でき、
著者フォローや記事の保存機能など、便利な機能がご利用いただけます。

無料会員登録

会員の方はこちら

関連タグ:

この記事のスピーカー

同じログの記事

コミュニティ情報

Brand Topics

Brand Topics

  • 大企業の意思決定スピードがすごく早くなっている 今日本の経営者が変わってきている3つの要因

人気の記事

人気の記事

新着イベント

ログミーBusinessに
記事掲載しませんか?

イベント・インタビュー・対談 etc.

“編集しない編集”で、
スピーカーの「意図をそのまま」お届け!