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「愛され」と「自分らしさ」の罠を超えてー『ダイエット幻想ーやせること、愛されること』刊行記念トークショー(全8記事)

男性をダイエットに走らせる言葉は「メタボ」「糖質制限」 老若男女を翻弄する“やせたい病”の正体

2019年10月24日、ブックカフェ「神楽坂モノガタリ」にて、『ダイエット幻想ー愛されること、やせること」刊行記念トークショーが開催されました。20年に渡って、やせ願望や摂食障害の問題を扱ってきた人類学者の磯野真穂氏。この記事では、その取り組みの集大成として上梓した『ダイエット幻想』をテーマに、摂食障害や外見の問題を取材し続けてきた記者の水野梓氏とのトークショーの模様をお届けします。本パートでは、「食べたい」と「やせたい」という相反する願望に引き裂かれる人々の心理を読み解きます。

老若男女がかかっている「やせたい病」

水野梓氏(以下、水野):前置きが長くなってしまいましたが、この『ダイエット幻想』の話をしていきたいと思います。

『ダイエット幻想』にもちょっと書かれているんですけど、今「全国民がやせたい」みたいになっているじゃないですか。私が取材していたのは若い女の子とか男の子が多かったんですけど、今、年代に関わらず誰もが「やせたい病」になっているような感じがしています。

みんながSNSでダイエットの様子をアップしたりしているのを見ていて、私はけっこうそういうのを「自分も『やせろ』と言われているみたいで、しんどいな」とか思ったりするんですけど、磯野さんが『なぜふつうに食べられないのか』を出したときは、こういう状況になっていたんですか?

なぜふつうに食べられないのか: 拒食と過食の文化人類学

磯野真穂氏(以下、磯野):そうですね。2015年なので、もう本当に老若男女みんな「やせたい」という状況になっていたと思います。ただ、こっち(『なぜふつうに食べられないのか』)を書いたときには研究書として書いているので、あくまで焦点はいわゆる摂食障害という問題で過食に苦しんでいる人たちです。『ダイエット幻想』は、ダイエットというかたちで広げているもので、摂食障害の話はそこまでたくさん出てきません。

あとでちょっと焦点を当てますけれども、こちらの『なぜふつうに食べられないのか』では、食べることだけに焦点を当てていたんですけど、こちら(『ダイエット幻想』)では承認欲求の話にも光を当てているのが特徴です。

水野:SNSを見ていると、ダイエットももちろんですけど、けっこうみんなご飯のことをアップするじゃないですか。私はさっき、『急に具合が悪くなる』のことをnoteに書いているという話をしたんですけど、私のnoteで一番読まれている記事が、「ポーランドがおいしいものばかりだった話」というものなんです。ずっと読まれているんです。

ワルシャワ編とクラクフ編を書いたんですけど、どっちも「いいね」「スキ」されて、ダッシュボードでどれくらい読まれたかとか見られるんですけど、1位なんですよ。

みんな読むし、気になるし、私も旅に行くときはおいしいものを探しちゃう。それだけご飯のことは超好きなんだなって思うんですね。でも「やせなきゃいけない」とも思っていて「ツラっ!」みたいな感じなんですよ(笑)。なんでこうなっちゃうのかなと思うんですけど、どうですか?

「食べたい」と「やせたい」の間で翻弄される人々

磯野:私が繰り返しTwitterなどで言っているんですけれども、これ(『ダイエット幻想』)って別に「ダイエットをするな」という本ではないですよね。「どう付き合うか」という話です。逆から入りますけど、たぶんもう私たちの世界って、どんな年齢の人で、どんな性別の人でも「やせたい」という気持ちを外すことは無理だと思うんですよね。

それって、「人に親切にしなさい」というのと同じくらい強烈な力があって、これから逃れるというのは私は無理だという観点からまず書いています。

その一方で食べ物の話なんですけど、18時からのイブニングニュースを見ているとすごくないですか? 18時15分くらいから40分くらいまでの間、もうずーっと食べ物の話をしているんですね。

水野:新しいお店とかですよね。

磯野:メガ盛りとかそういうもののあとに、ダイエットの話とかも出るんですよ。意味不明ですよね。

水野:(笑)。

磯野:女性のファッション雑誌とかを見ていてもわかると思うんですけど、「どうやってやせますか?」みたいなのがいっぱい出てきたあとに、お洒落なランチの話とかがすごく出てきて、ものすごく両極端に引っ張られる社会です。

だから、具体例を出して申し訳ないですけど、(バラエティタレント/ファッションモデルの)ローラさんのInstagramを見ていると、食べ物の写真がいっぱい出てくるんです。

「今日はビタミンカラー満載のサラダをいっぱい食べちゃったよ」「みんな、いっぱい食べたほうがいいよ!」と言ったようなコメントが書かれていて、でも、ローラさんはBMIが18とかなんですよ(笑)。

彼女を責めたいわけではまったくないんですが、「正しいやり方さえすれば、いっぱい食べても素敵な体型でいられる」というメッセージというのは、ものすごく出ていると思うんですよね。「ライザップ」とかはすごく典型的だったと思うんですけど、あれってけっこう「食べなさい」「やせるためには食べるんです」みたいに言いますよね。

そうすると何が起こるか。やせようとしたけど結局うまくできなくて、例えば「摂食障害になっちゃった」とか「リバウンドしちゃった」みたいになったとします。

すると「それはあなたのやり方、あるいは、あなたの性格に問題があったのであって、正しいやり方さえすればこういう体型は得られるんですよ」というメッセージが流される。つまりダイエットに失敗して、きれいな体型にならなかったのはあなたのせい、というわけです。

私はこの本(『ダイエット幻想』)の中で、そういうメッセージの気持ち悪さみたいなものを指摘したいと思っていました。

引き裂かれた欲望を埋めてくれる「ギルトフリーケーキ」

水野:ネットにもダイエット記事がたくさんあって「やせなきゃ」という思いになる。食べたい欲望とやせなきゃいけないというすごい矛盾に引き裂かれるというか、辛さを感じますね。

磯野:だから、その間を埋めるような「ギルトフリーケーキ」とかが出てくるわけですよ。「ギルトフリー」は「罪悪感がない」という意味ですね。そういうものが出てきて、引き裂かれている人には「ギルトフリーの食べ物がありますよ」みたいなことを言うんです。

あるいは、もうコンビニとかはすごく「低糖質」だらけですね。端から全部「低糖質」。こんなに「低糖質」が並ぶ国って珍しいと思います。ローソンなんかに行くとすごいですけど、エクレアからチョコレートまで全部「低糖質」みたいな状況です。

そんな、引き裂かれる私たちの欲望を埋めてくれる商品が出てくるので、資本主義社会にはもってこいという引き裂き方ではありますよね。

水野:「自分ががんばれば、やせられるよ」「ちゃんと自己管理しなさいよ」「ダイエットして、健康でいなさいよ」みたいなメッセージをすごく感じるんですよね。

周りから褒められるとうれしくなって、「もうちょっとがんばっちゃおうかな。でも、しんどいな」とどんどん辛くなっていく感じはすごくあると思っています。

たぶん、年上の方とかは「健康になりたいからやせる」「(健康のために)やせなきゃいけない」「メタボ(メタボリック・シンドローム)と呼ばれたくない」みたいなのはあると思うんですよ。そういうメッセージもたぶんあると思うんです。

「メタボ」という言葉も海外の人からするとびっくりするらしくて、「え!? 自治体が腹囲測ったりするんですか?」とか、すごく驚くみたいですね。

中年男性をダイエットに引きずり込んだ「メタボ」という言葉

磯野:やはり私は、2008年に始まった特定健診(特定健康診査)の威力ってすさまじかったと思っています。メタボリック・シンドロームについて、(書店内を指しながら)こちらで紹介している『リスク化される身体』という本の中で美馬達哉さんという人が細かく書いているんですけれども、特定健康診査は一気に中高年男性をダイエットに引きずり込んだわけですよね。

みなさんご存知かどうかわからないですけど、日本は、男性の腹囲の基準が厳しいのをご存知ですか? 実は他のアジア諸国を見ても、メタボ診断での男性の腹囲の基準ってだいたい90センチなんですよ。でも、日本だけ85センチなんですよね。

(注:厚生労働省の基準による。他方、International Diabetic Federation(2006)の基準においては、男性90cm・女性80cmとなっている。前年の2005年は、男性80cm、女性90cmであったが、基準についての見直しが必要ではないかというIDFからの示唆により、翌年の2006年に現在の基準に改定されている。)

水野:5センチ……。

磯野:女性が90センチなんです。

水野:え!?

磯野:南アジア人(中国系、マレー系、インド系)は男性90、女性80です。逆なんです。

水野:えー!

磯野:実はメタボの基準って別に腹囲だけではないんですけど、メタボのすごいところって「お腹が出ていることがメタボだ」みたいなイメージを作り出したことなんですよね。

他の基準もあわさってメタボなんだけど、お腹が出ているだけでメタボであるかのように見られるんです。政府的にはあのイメージを作り出したことが、ある意味、大成功だったんじゃないかと思うんです。

ここ(『ダイエット幻想』)の糖質制限の章でちょっと扱っているんですけれども、糖質制限がある種、糖尿病の方のための療養食であったものが、一気に一般の人のためのダイエットにバーって広がるのが、実はこの時期なんですよね。そして、そこに男性がバッと参入するというおもしろいことが起こった時期でもあります。「メタボ」というのは「やせたい」という願望を中高年にまで広げた、1つの医学の言葉なのかなと思っています。

糖質制限にはまって、食べたいものが食べられなくなった男の子

水野:糖質制限の話が出ましたけど、私も糖質制限にはまっちゃった若い男の子のインタビューをしたことがあります。彼はもう「お鍋を食べると『炭水化物が何割で、脂質が何割で……』って僕は考えるんです」と言っていて、「そうかー」と思いました。「友達とご飯を食べるときも、5キロ走ってからじゃないと許せない」と言うんです。

そういう若い子は女の子だけじゃなくなってきています。まったく身体的な確信はないんですけど、「糖質制限をすればいいんだ」「絶対にこれがいいんだ」みたいに考えています。それですごく抑えちゃったせいで、月1回の「チートデイ」(注:ダイエット期間中に設ける「好きなものを食べていい日」)というので、ケーキとかを大量に……。

磯野:チートデイ。

水野:チートデイと言うらしいんですよ。そこでガーッと食べて、時にはそれを吐いちゃったりとかするというのを聞いて、「ああ、そうなのか」と思いました。

ふだん抑えているからでしょうね。「糖質を摂らない」と決めているからか、本当に大好きなのは、おばあちゃんの作ったパイらしいんです。

磯野:いい話!

水野:そうなんですよ。めちゃくちゃいいなと思ったんですけど、「でも、今は絶対に食べられない」と言っていて。女の子が身近な人に「太ったね」とか気軽に言われることで、ダイエットに走ったりするのはけっこう見てきたんですけど、それが男女問わず広がってきているんだなと、私の中ではけっこう危機感を持った感じですね。

男性が口に出せない「愛されたい」願望

磯野:(『ダイエット幻想』の)副題が「やせること、愛されること」ということで、これを見た瞬間に「女性の本」だと思う方がけっこう多いみたいですけど、私はぜんぜん違うふうにとらえています。私は「いや、『愛されたい』って、もはや男性の願望だろう」と思っているところがけっこうあるんです。

単純に「私は愛されたい」と男性が言えないだけの話であって、これは承認欲求の話でもあると思うんです。もはや現代社会は承認欲求にまみれる社会だと私は思っているので、「愛されたい」という男性ってすごく多いと思うんですよ。

「いいところ」と言うのかどうかわからないですけど、「糖質制限」のいいところは、「科学の言葉」がふんだんに取り入れられているところなんですよね。だからすごく合理的、理性的、科学的に見える。ある種、非常に男性的な装いを持つダイエットだと思います。

おそらくその裏には、「モテたい」という願望がたぶんどこかにありますが、(ストレートに)「モテたい」と言うとダサいじゃないですか。でも「科学的なダイエットで健康的になっている」というのは言いやすいんですよね。やはり、女性はまだ一般的に「愛されたい」とか出ているのでまだ言いやすいというところはあります。

水野:「ダイエットしているんだー」みたいに言いやすいですもんね。

磯野:男性は、ちょっと言いにくいと思うんです。

水野:言いにくい。

磯野:中高年になって「いや、それはちょっとキモい」とか言われちゃう。今の中高年男性ってある種、辛い世代だと思うんですよ。今までは男性優位みたいな社会がまだあったけど、それはだいぶ減ってきて、どうかすると「キモい」とか言われるかもしれない。その意味で、中高年男性にも、けっこう苦しい時代だと思うんですよ。

そうするとやはり、「うまく愛されなきゃ」というのが出てきて当然だと思うんです。男女ともダイエットの裏にはどこかに「認めてほしい」「愛されたい」あるいは、男性だったら「カッコイイね」「素敵になったね」、女性だったら「キレイになったね」と言われたいというのがあるんじゃないかと思っています。

だから私は「愛されること」は別に女性だけの話だと思ってないんです。

この国では「やせること」と「英語ができること」は“人生を変える何か”に見える

水野:なんかコンプレックスを刺激してくるものが世の中には多いじゃないですか。よくありますけど、電車の中の広告とかの「脱毛」とか「ダイエット」とか「英会話」ですね。

私も英語はちょっと苦手なので、見るたびに「ウェー」っていう気持ちになるんです。それでお金を払わせようという「コンプレックス商材」という嫌な言葉もあります。

そういうことなんだろうなと思うと、この本(『ダイエット幻想』)の中にもありますけど、身体がすごく「ストーリーマーケティング」に適しているという、そういうことなんですかね?

磯野:そうですね。「ストーリーマーケティング」という言葉を使っていて、それは「この商品を買ったら、こういう人生が手に入りますよ」というものです。だから、脱毛の宣伝とかを見てもらうと、脱毛したあとの人生はキラキラしていますね。脱毛したくらいで人生は切り替わらないと思うんですけど。

(会場笑)

あれも典型的ですし、「あなたには、もっと素晴らしい人生があるんだよ」というかたちの商品がすごく多いですよね。実は後ろにいらっしゃる橋本陽介さんがこの本(『ダイエット幻想』)を編集してくださった方です。ここにある『医療者が語る答えなき世界』も橋本さんが一緒に作ってくださいました。私は「そよ風の編集者さん」と呼んでいます(笑)。

(会場笑)

水野:そよ風。いいですね。

磯野:雰囲気がそよ風なんですよ。橋本さん、そうですよね?

水野:(笑)。

磯野:褒めるとちょっと恥ずかしそうにするところもキュートです(笑)。橋本さんがおっしゃっていたんですけど、今は「ダイエット」と「英会話」の本が売れるとのことでして、実は「やせること」と「英語ができること」って、この国では「人生を変える何か」に見えるんですよね。

水野:そうかも。

磯野:だから、「寝ているだけで英語を話せる」とか絶対にないはずだけど、買う人はいる(笑)。

(会場笑)

水野:(そんな本があったら)買っちゃうかも!

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