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荒川和久&中野信子「ソロ社会、どう生きる?」トークイベント(全7記事)

「ズルした人を許さない」という気持ちは生まれつき? 世の中を動かす“感情主義”のメカニズム

2019年6月17日、『ソロエコノミーの襲来』刊行記念として、独身研究家・荒川和久氏と脳科学者・中野信子氏が「ソロの生き方」についてトークイベントを行いました。孤独との向き合い方や本当の自分とは何か? 人口の5割が独身となる未来に、論理と感情、今後のコミュニティのあり方まで語り合います。本パートでは、理屈や損得だけでは割り切れない、人の感情が持つ力について語りました。

目の前にある現金1,000万円を総取りするか、分け合うか

荒川和久氏(以下、荒川):理屈と感情、男と女。この部分って常につきまとうじゃないですか。これ、ちょっとみなさんに思考実験的なものをお聞きしたいんです。

中野信子氏(以下、中野):ああ。

荒川:目の前に、現金が1,000万円あります。みなさんと見ず知らずの誰か2人で、その1,000万円を分け合います。選択肢は2つです。500万円を選ぶか、1,000万円総取りを選ぶか。要するに、2人で分け合う500万円を選ぶか、自分で1,000万円全部をもらうか。相手は見ず知らずの赤の他人です。

図にするとこういうことですね。条件があって、あなたが500万円を選んで、相手も500万円だったら、2人とも仲良く500万円です。あなたが500万円で、相手が1,000万円を選んだら、相手だけ1,000万円もらえちゃいます。

逆に、あなたが1,000万円を選んで相手が500万円だったら、あなたに1,000万円です。2人とも1,000万円を選んだら、2人とも0円です。わかります? 選択肢は2つだけです。500万円か1,000万円だけ。

500万円を選ぶ人、手を挙げてください。

(会場挙手)

中野:おお、太っ腹ですね。

荒川:あれ? 3分の1くらいですかね。へえ。

(会場笑)

既婚女性だけは7割が他人と分け合うことを選択する

中野:実験室条件だからですって。実際にやったら違いますって。

荒川:そうなんですよ。これをやると、既婚の女性だけ500万円を選ぶ人が多くて、ソロ男、ソロ女、既婚男は1,000万円を選ぶ人がちょっとだけ多い。

中野:え。あたし、結婚してるのにな。

荒川:(ソロ男女、既婚男性を指して)どう考えても中野さんの価値観はこっちです。

(会場笑)

でも、経済学的に言ったら、500万円を選ぶと。期待値は500万円 or 0円だから、250万円じゃないですか。1,000万円を選ぶと、1,000万円 or 0円だから、期待値は500万円。1,000万円を選んだ方が絶対に得なんですよ。

中野:そう思います。

荒川:なぜ500万円を選ぶかというと、「500万円にしておいたほうがいいんじゃね?」という。見ず知らずの相手ですよ。普通は1,000万円なんです。

中野:普通1,000万円ですよね。

荒川:でも、さっき言ったように、既婚の女性だけは7割が500万円なんですよ。

中野:おお、3割なんですね、私。

理屈で動いている人は総取りを選ぶ

荒川:これは相手が自分の知っている人だと、9割から10割が500万円。

中野:知っている人だとね。確かに、嫌なやつだと思われたくないから。

荒川:そうそう。知っている人だと、どっち(既婚者男女もソロ男女)も、9割10割がこっち(500万円)なんです。知らない人って、関係ないじゃないですか。こっち(1,000万円を1人で総取りすること)が正しいと言っちゃいけないですけど、合理的なんです。

中野:そう思います。論理的には1,000万円になると。

荒川:なんでこんな話をしたかというと、実はこっちを選ぶ人は(ソロ・1,000万円)理屈で動いている人ですよ。さっき、私が感性で動いているとか口では言っているのに、本当はこっちを選ぶんだったら、日常生活の中で判断基準としては、理屈、ロジカルを重視しているということじゃないですか。

中野:おっしゃる通りですね。

荒川:そういうようなことがけっこうあって、これも言っていることとやっていることが違うよね、というところを明らかにするのに、けっこうおもしろいなと思っています。

中野:おもしろいです。

「アイデンティティ」に相当する日本語はない

荒川:男と女は違うよね、という話をしちゃうと面倒くさいなと思っているんです。1人の人間のなかにいろんな面がある。1人の人間の中にも男性性とか女性性というものがあるし、父性もあるし母性もある。

中野:ライフステージでも変わるし。

荒川:あと、上司に相対するときの自分と、部下と相対するときの自分と、好きな人に相対する自分とは、ぜんぜん違うじゃないですか。

中野:そう。それに関するもう1つのおもしろい研究は、使う言語によってペルソナが変わりますね、というものがあります。日本語をしゃべっているときは謙虚で、英語をしゃべっているときはすごく熱いネゴシエーターになるとか。

荒川:結局そういうものって、同じ人間なのに違う面、多面的な部分が出てくるわけじゃないですか。こういう、個々のアイデンティティのような話は西洋(の考え方)ですよね。

中野:そうですね。「アイデンティティ」に相当する日本語の単語がそもそもないですよね。

荒川:そこのレベルがけっこう違うなと思っています。日本人ってもともと、真ん中が空洞で(笑)、中空構造という言葉もありますけども。

中野:そうですね。

荒川:コアがあるとかという話を、中学高校か忘れちゃいましたけど、道徳教育か哲学教育で言われたときに、「真ん中にコアなんかないよな」とすっごい思ったんですよ。

「自分とは何か」という問いと、1人の人間の中の多様性

中野:おもしろいですね。少なくとも脳科学とか認知科学では、長らく「自分って何?」という疑問があったわけですよね。「自分って何」と突き詰めていくと、「前頭前野にあるんじゃない?」みたいなところまではいったんだけど、「前頭前野のどこなんだよ」となったときに、「前頭前野のどこにもないんじゃ……?」という。

「自分とはなんぞや」ということになると、要するに、自分ってオプションにすぎないんじゃないか。いろいろな機能を統合するために、仮にそういう機能を作ってあるだけで、我々が意識できるのはその「自分」という仮の機能だけ。仮の機能はすごく重要な感じがするけど、実は仮の足場とかプレハブみたいなものなんじゃないのという考え方ですよね。

荒川:そうですね。哲学的にというよりも、自分の中に(自分というものが)いっぱいあると考えられる人のほうが豊かな気がする。

中野:そう思いますね。モザイク状にできている。

荒川:「本当の俺は」「私はこれなんだ」と思って、それに慣れていないから、そのギャップにすごく苦しんだりしているような気がする。

中野:それ、賛成ですね。

荒川:(いろいろな自分が)いっぱいいるから、できる私もいるし、できない私もいて、それが私みたいな。

中野:すばらしいですね。

荒川:でも、「1人の人間の中の多様性」というのは、たぶん禅ですよね。

中野:そうかもね。そういう意味では、東洋思想のほうが進んでいる感がありますね。

荒川:禅のお坊さんと話すと、こういう言葉は使わず、「真ん中は空(くう)である」「無である」とか難しいことを言うんです。

中野:こういうことを言いたいのかもしれませんよね。

荒川:そういうことなんですよね。「何もないようである」みたいな。ということは、「なにものでもあるんだよ」みたいな(笑)。

現代の政治や商売を動かすのは「感情主義」

荒川:考えてみると、感情主義。政治とかも感情や怒りで動いて、というような。商売もけっこう感情主義って大事です。ちょっとああいうCMの表現とか怒って炎上しちゃうと、店頭から撤去とかCMをやめるとか、下手すれば株価も下がるとか。それって怒り(に端を発している)。

たった一握りの人の怒りの導火線がバーッと全体を埋めちゃうって、政治だと大問題になるけど、商売の中ではけっこうあるなと思うんですよね。

中野:そうですね。

荒川:むしろ、広告とかCMとかって好かれるためにやっていたはずなのに、今は嫌われないためにやるんですよ。嫌われないようにしないといけないんです。嫌われたら終わり。むしろ、好きになってくれても買ってくれないし。

中野:確かに。確かにそうだ。

荒川:「知ってる、知ってる」「好き、好き」。でも買わない。

中野:あれ、なんなんですかね。「ファンです」と言ってきて名前を間違うとか。

荒川:間違う。

(会場笑)

「不正をした人を罰したい」という感情は生まれつき備わっている

荒川:その逆ですよ。「嫌い」とか「むかつく」とかって思われた瞬間、相手の息の根を止めるまでやるじゃないですか。

中野:そうですよね。ボロボロになるまで。

荒川:ボロボロにして、本当に息の根を止めようとするじゃないですか。すごいですよ。ゴキブリが嫌いな女子って、「やだー、虫も殺せない」みたいな顔しながら、ゴキブリだけはめっちゃ残酷に殺しますよね。

(会場笑)

中野:正義の怒りですね。

荒川:今の感情主義って、「ゴキブリが出てきたから殺しました。でも、それはしょうがないですよね」ということではなくて、ゴキブリは嫌いなはずなのに、毎日ゴキブリを探しに街に出ていって、「ほら、いた」といってこうしている(叩くしぐさ)感じがするんですよ。

中野:なんなら、普通の人にゴキブリの皮を被せてバタバタしている、という印象すら受けるんですよね。なんの落ち度もない人、まったくなんも関係のない人。

荒川:そうやって叩くことで、叩くこと自体が快感なんだと思うんです。

中野:完全にエンタメだと思います。

荒川:叩くことが快感になって、それは快感だから、お金を払ってでも得たいというような話になってきちゃうと、非常にヤバイ世界になってくるという。

中野:そういう研究もありましたね。コストをかけてでも相手を罰したい。罰されている姿を見たい。見ず知らずの相手ですよ。見ず知らずの相手なのに、その人が不正をしたというだけで攻撃したいという欲求を、子どもですら持っている。

大人が正義のためにとか理性的に考えてやっているわけじゃなく、人間にかなり生得的に備わった機能なんじゃないかということが示唆されている。コストをかけてでもズルをしたやつを許さない、というのは社会性です。

荒川:自分がそれをやることによって、自分が傷ついたりとか損をしたりしても、そんなやつを許さないということですよね。

中野:ズルをした人を許さないという快感のほうが大きいわけですね。その快感をコストをかけて買っているんです。

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