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初音ミク開発者と考える『人に寄り添うバーチャルとは』(全3記事)

初音ミクの生みの親が語る、誕生秘話 “彼女”はなぜ、クリエイターたちの心を動かしたのか?

“知のフロントランナー”と現役大学生が徹底討論する公開型授業『NISSAN presents FM Festival2017 未来授業~明日の日本人たちへ』が開催されました。第8回目となる今回は、松尾豊氏・山極壽一氏・川村元気氏のほか、伊藤博之氏や佐藤理史氏を講師に迎えて、「AIは産業・社会の何を変えるのか?シンギュラリティ後の世界で私たちはどのように生きていくのか。」をテーマに現役大学生と熱い議論を交わします。

音で発想するチームから生まれた初音ミク

伊藤博之氏:すごい暑いですね、この部屋(笑)。すでにもう熱気が伝わってきて、すごくうれしいです。改めまして、伊藤博之といいます。

今日は未来授業という、なんか仰々しい、知的な名前の授業に、僕がここに立っていいのかと思いながら、今います。テーマは、「人に寄り添うバーチャルとは」というお題で進めさせていただきます。

こういうかたちで授業をするのは初めてなので(笑)、ちょっとドギマギしながら進めていこうと思っています、どうぞよろしくお願いします。最初に初音ミクさんについて講義をしようかなと。15分ぐらいを目標にして話そうと思っています。

僕はクリプトン・フューチャー・メディアという会社をやっています。この会社が初音ミクを開発している会社で、そのほか、今まさに札幌で開催中の「No Maps」というイベントがあって、お手持ちの資料の中にも今日パンフレットを入れさせていただいたので、あとでぜひご覧になっていただければと思います。

「札幌の街に未来をインストール」ということをキャッチコピーとした、未来志向のイベントです。その実行委員長をやっていたりします。あとはいろんなことをやっていますけども、ちょっと割愛します。

うちの会社は札幌にあるんですね。もう設立して22年経つんですけど、ずっと札幌です。僕の前の職業が北大の職員だったっていうこともあって、大学発ベンチャーとして認定されています。

「『音』で発想するチーム」というキャッチコピーで、音をもっぱらやっている会社です(笑)。どんなことをやってるかというのは後で説明します。今日は冒頭の講義で、この4つをテーマにちょっと順番に説明していきます。

Virtual Instruments(バーチャルインストゥルメンツ)、UGC、ムーブメンツ……ムーブメンツというのは初音ミクのイベントです。あと、CGコンサルト。

「声」を発する仮想楽器

まずVirtual Instruments。Virtualとは「仮想」という意味ですね、で、Instrumentsはここでは「楽器」ということです。直訳すると「仮想楽器」。なんのこっちゃなんですが、コンピュータの中にインストールをして、楽器ではないんだけど楽器の音色を奏でるソフトウェアのことです。

ドラムとか、多くの方は見たことはあっても持ったことはないですよね。なかなかドラムという楽器自体を持つのって大変だと思うんですよ。家に置いて叩いたりすると、たぶんいろんなところから苦情が来ると思いますし。同様にグランドピアノも、なかなか下宿とか、自分のアパートに置けないですよね。でも、Virtual Instrumentsだったら持てるんです。コンピュータの中にインストールするので、質量ゼロですから。

これはドラムのVirtual Instrumentsです。ドラムの音が人間の叩いた音なのか、それともコンピュータのドラムなのかっていうことが、パッと聞いた感じでは判断がつかないぐらい、緻密な音を出すことができます。

これはオーケストラですね。ドラムとかピアノって、がんばれば個人でも持てますよね。でも、さすがにオーケストラを持つのって個人じゃ無理で、こういうVirtual Instrumentsというソフトウェアに頼るしかないんですけど。ちょっと音を聞いてみましょうか。出るかな?

(オーケストラの音が流れる)

これは、このVirtual Instrumentsで演奏させた音楽です。こんな音色を、自分の狭いアパートの中でも作ることができるようになる。いろんな楽器をVirtual Instrumentsとして取り扱ってきました。ピアノもそうですし、ドラムとかパーカッションとか、ありとあらゆる楽器です。じゃあ人間の歌声もやりたいよね、って、当然なるわけです。そこから生まれたのが、初音ミクなんですね。

初音ミクの誕生した経緯

初音ミクはソフトウェアです。歌を奏でるソフトウェアです。このソフトウェアは、いきなり唐突に出てきたわけじゃなくて。実はうちの会社はVirtual Instrumentsを、その前は音を扱っている会社で、その中でピアノとかギターとか、いろんな楽器をVirtual Instrumentsとして扱っていましたと。

その流れで、「ボーカルも欲しい」と。ボーカルってなかなか難しいんですよ。楽器と言っても、ポーンって鳴らして、なんか減衰して終わりではなくて、歌唱だとか、いろいろ複雑なパラメータがあって、合成するのって技術的にけっこう難しいんです。その時、ちょうどヤマハさんが「ボーカロイド」という技術を開発して。「これで何かできませんかね?」みたいなディスカッションをする中で製品化したんです。

ボーカロイドはアニメとかで活躍する声優さんの声を徹底的に録音して、その人の声をコンピュータ上で真似ることで実現します。なので、元の人間が必要なんです。初音ミクの場合は、かわいらしい声が特徴なんですけど、アニメとかで活躍する声優さんを中の人に起用して収録したので、そういう声になっているんですね。

「音声合成技術」という技術分野があります。Text to Speech、略してTTS。TTS技術は昔からあります。みなさんが生まれるはるか昔、昭和の時代からどこの技術系の会社も持っていました。日立、ソニーもそうですし、テクノロジー系の会社はだいたいオリジナルのTTS技術を持っていました。なので、音声合成技術自体は新しいものではありません。

歌う音声を合成する難しさ

コンピュータ・ミュージックという、コンピュータで音楽を奏でるという技術というか、ソフトウェアのカテゴリがありますけれども、コンピュータが新しく出ると、だいたいどのコンピュータも、Macもそうですし、Windowsもそうでしたし、過去にはAtariとかAmigaとか(笑)、ちょっとマニアックなコンピュータのOSが登場していた時期もあるんですけど。新しいコンピュータが出ると、大抵初期の段階で2つのカテゴリのソフトが出ます。

1つはゲーム。もう1つはコンピュータ・ミュージック。要するに、コンピュータが出ると、人はなんかゲームとコンピュータ・ミュージックのソフトウェアを作っちゃうんです。そのぐらいにコンピュータ・ミュージックっていうのはコンピュータと親和性が高く、初期の段階から取り組まれてきたソフトウェアの分野で、昔からあります。新しいものではありません。

TTSは普通のしゃべり声です。歌声も含むかもしれませんけども、もっぱらしゃべる人の声ですね。コンピュータ・ミュージックはピコピコした電子音楽ですけど、そのハイブリッドというか、歌声を合成する技術っていうのは、実はそれほど研究開発がなされてこなかった。

それはなぜかというと、そもそも「どうやってビジネスにするの?」という、ニーズがあんまりないからですね。ましてやキャラクターをくっつけるっていう試みはなかったんです。

合成音声にキャラクターをつけるという発想

厳密に言うと初音ミクの前に、知っている方は知っている「MEIKO」とか「KAITO」という別のうちの作ったキャラクターがいて、MEIKOっていうのがいちばん最初なんですけど、それ以前はキャラクターをつけるという試みはなかった。

技術は歌声を合成するというものなので、本体と比較して、キャラクターっておまけみたいに感じるでしょ? 僕らも最初はそういうふうに思っていたんですけど、実は初音ミクを広めて、文化にまで昇華させるにあたってのキャラクターの位置は、単なるおまけでは済まないものだったわけです。

なぜかと言うと、初音ミクというモチーフをきっかけにして、いろんな創作が生まれている。ある創作が生まれるだけで終わらずに、その創作からまた別の創作が生まれてくるという、創作の連鎖が起こっていくわけですね、インターネット上で。その媒介には声ももちろん重要でしたが、キャラクター設定もものすごく貢献したわけですね。

キャラクターと音声の権利はどこに?

かくしてソフトウェアの初音ミクに加えて、キャラクターの初音ミクが誕生したわけです。で、「よかったね、よかったね」なんですけども、それによって権利をどうクリアランスするかという、別の側面の厄介な課題が出てきます。初音ミクの元々の著作権の権利、それをどうするのか、どう開放するのかですね。

それから、初音ミクで作った作品の二次、三次、四次、五次みたいな創作を、なんか「勝手に使いやがって」というのではなくて、丸く収めるためのルール作り、マナー作りをどうするかという話が出てきます。

そこで、僕らのいちばん大元の、初音ミクさんの著作権は、ライセンスというかたちで「こういう条件でどんどん使ってください」というふうに公開するようにしました。

ソフトウェアの開発をやっている学生さんであれば、「オープンソース」って普段使うと思うんです。著作権的に、自由に改変していいというコンセプトで公開されているソフトウェアですね。それをオープンソースと言うんですけど、オープンソースのキャラクター版だと思ってください。

(図を指しながら)ちょっと細かいので拡大しますと、丸のところはやってよし、ただし、こうこうこういう用途はダメですよ、という線引きをある程度明確にして、その範囲で自由に使ってくださいということにしました。

感謝を促すルールを作る

やっちゃいけないこととして、公序良俗に反する使用はダメですよとか、人のものを自分のものだと偽って利用することはダメとか、あとは商売のために使うこともダメにして、それ以外のことであれば、二次創作物を作ってネットで公開しようが、動画共有サイトで公開しようが、そこは自由にやってよしということに、ルールとして定めました。

2番目の、ファンが作った著作物の権利クリアランスのためにどうしたかというと、投稿サイトを作りました。「piapro(ピアプロ)」という投稿サイトです。これはpiaproというサイトに投稿されたイラストの例なんですけど、今100万件ぐらい上がっています。

(図を指しながら)これがpiaproというサイト全体だと思ってください。二者がpiaproの利用規約に同意をして、piaproのメンバーになりました。piaproの利用規約をどう設計したかということがミソで、このサイトに投稿する作品は、他のpiaproのユーザーがその人の創作に利用していいということが利用規約に書かれています。それに同意した上で、この二者がここでpiaproを使い始めました。

上の人が作品を投稿しました。そして下の人がそれを勝手にダウンロードして作品を作って、インターネットに公開しました。こういう使い方は許されます。ただし、最後にひとつだけお願いをしています。それは何だと思いますか?

下の人は上の人に、できるだけ「『ありがとう』と言おう」というのをマナーにしています。これはマナーなので、必須じゃないです。絶対しないと利用規約違反ということじゃないです。あくまでも努力目標というか、マナーなんですね。こんな設計をpiaproでは行いました。

それによって、初音ミクを使った創作の連鎖が、共感の連鎖とか、ありがとうの連鎖というかたちでネット上に広がっていく。勝手に使われたんじゃなくて、「使ってくれてありがとう」に置き換えることによって、創作を促すエコシステムみたいなかたちを作り上げることによって、初音ミクで何か作ることが喜びになって、利用されることによって喜びが広がるようにしたんですね。

ちょうど今10月なので赤い羽根共同募金が始まりましたけど、毎年共同募金会さんとコラボレーションして、これも公募というかたちでpiaproでイラストを投稿して、その中で作品を選出して、実際にポスターにして募金の呼びかけに使っていただくとか。こういったこともありがとうの連鎖として尊ばれると思っています。

こんな感じで、創作の連鎖が広がっていくことによって、スターが生まれてくるわけですね。

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