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『下流予備軍』刊行記念トーク・セッション(全7記事)

私たちの人生は、いつ“転落”してもおかしくない––今、増加しつつある『下流予備軍』の実態

2017年9月19日、文禄堂高円寺店にて、書籍『下流予備軍』刊行記念のトークセッションが開催されました。登場したのは、著者で公認会計士の森井じゅん氏と、フリーアナウンサーの天明麻衣子氏。そして後半からは、商社からタレントへ転向した堀口ミイナ氏もゲストに迎えて、格差や女性の社会進出など、日本が抱える社会問題について、熱いトークを繰り広げました。単なる貧困とは異なる「下流予備軍」とは一体なにか? かつての一億総中流社会から変わりつつある、日本の「今」を読み解きます。

予備軍から「下流」へ

天明麻衣子氏(以下、天明):ここで、本にも載っているケースをご紹介したいと思います。森井さんが実際にお会いになった方なんですよね?

森井じゅん氏(以下、森井):そうです。私の知り合いで。

天明:自分はそういうことはないと思っていらっしゃる方も、これを聞くともしかしたら、ちょっとしたきっかけでそんな自分も同じようなことになるかもしれない、と思われるかもしれないので、転落例1と書かれているんですが、Aさんの例を読み上げさせていただきます。

Aさんは埼玉県出身の36歳の女性です。二人姉妹の姉としてサラリーマン家庭で育ちました。私立の進学校から県内の国立大学へ進学し、新卒で大手文具メーカーに就職。絵を描くことが趣味で文房具が好きだったため、正社員で文具メーカーに就職できたことを誇りに思っていました。

新卒で配属されたのは、営業部。周りの総合職には男性が多く、Aさんは認めてもらうために一生懸命がんばりました。夜中までの残業はもちろん、休日返上で働き、残業時間は月100時間を大きく超えていました。そのためできるだけ通勤時間を減らしたいと手狭ながら都内で一人暮らしを始めました。

入社後2年半で尊敬していた直属の上司が別の営業所に異動となり、他の部署から新しい上司が入ってきました。Aさんはどうも新しい上司から目の敵にされていると感じるようになります。なにをしても叱責され、精神的に参ってしまい、自信を失っていく日々。残業も負担に感じるようになり、体力の消耗も感じていました。なにより度々大勢の前で叱責されることが辛かったといいます。

そんなときAさんは仕事であるミスをしてしまい始末書を書かされることになりました。そして突き付けられたのは正社員から契約社員への変更でした。営業職から事務職に変わり、慣れない環境ながらAさんは自分を奮い立たせてがんばります。

周りには同じような仕事をしている正社員の人がたくさんいます。同じ仕事をしているのに自分は契約社員なのかと落ち込むこともありましたが、がんばればまた正社員になれるかもしれない、仕事がないよりずっとましだと日々一生懸命仕事をしました。

すると同じ部署の中の正社員の人たちに仲間外れにされるようになります。一番苦しかったのは仕事をもらえないこと。仕事が回ってきそうになると他の人に取られてしまいます。Aさんはもうその場にいられなくなり退職しました。

しばらくは精神状態が悪く身動きが取れませんでしたが、貯金も底をつき、新しい仕事を探しますがなかなか見つかりません。スーツを着ている女性、バリバリ仕事をしているような人を見かけると自己嫌悪でなんとも言えない気分になりました。

一度不動産会社の営業職に正社員での採用が決まりましたが、ノルマも人間関係もきつく、まったく続きませんでした。

落ちる要素はなんだったのか?

森井:Aさんなんですけども、この方、ご両親も事業に失敗したりとかで。ご両親も頼れない状況になってしまって、行き詰まってしまった、という方なんですね。この方は進学校に進んで、新卒で大手のメーカーに勤めて、といって。

天明:途中までは順風満帆な感じだったんですけども。

森井:周りから見たら羨ましいくらいの経歴なんですよね。その中に激務で、メンタルを少しやられてしまう状況がある。これって誰にでもあり得ることで、もちろんこのレールを上手く登ってきたから、ちょっとの失敗が大きかったっていう側面はあると思うんですけども。そうじゃなくても、みんな仕事でメンタルをやられることなんていっぱいあるんですよね。

天明:とくにAさんは真面目な方だなっていう印象なんですよね。仕事のために一人暮らしを始めたりだとか。

森井:そうなんです。仕事をやはり文具メーカーに。人生の目標って人間それぞれ人それぞれ違うと思うんですけど、この方はとりあえず社会に出て社会に貢献したい。とくに文具メーカーっていう自分の好きなことで会社に身を埋めたいと、思って生きてきたわけです。

そのゴールは一応達成をして、その会社に入った。そうするとそこでやはり挫けてしまうと、他が見えてないところがあって、逃げ道がなにもなくなってしまうんですよね。ミスがあって契約社員に、ということも正直あります。

転落後の受け皿が足りない

森井:正社員ってそもそもなんだっていうと、正社員ってなんでもないただの言葉であって、法的なバックアップもなにもない、言葉なんですよね。だけれどもその正社員にしがみつきたい、正社員に戻りたいってことで最終的には、自分を追い込んでしまっている。っていう事実がありますね。

天明:正社員から契約社員への変更っていうのは、とくに法的な問題はない……?

森井:実際には法的には、例えば給料が下がるですとか、そういったものは認められてはいないんですね。大きな変更というのは。けれども契約を変えるとか、そういうことは日常茶飯事で行われていることであって、実際違法なことがすべてやられていないかといえばそうではなくて。

やはり交渉力があるのは会社で。社員、正社員であれなに社員であれ、社員は駒なんですよね。その中でどうやって自分の交渉力をつけていくかが大事だと思うんですが、その中でAさんは文具メーカーに一生懸命勤めて、文具メーカーに認めてもらいたい、他の道というのをまったく考えていなかった、というのが1つあると思います。

天明:精神的な病気ですとか事故とか、身内の方の介護とかちょっとしたことがきっかけで転落する、というケースがあるということなんですけど。

森井:はい。本当に、転落のケースというのはいっぱい見てきていて、実際命を絶ってしまう人もいます。両親がいるから大丈夫とか、親が頼れると言っていても、このAさんみたいに事業を親も失敗してしまったというような場合には頼れない。そうすると転落の原因がなんであれ、転落した後の受け皿がどうしてもいま日本ではすごく足りない部分なんですよね。

落ちた体を支えるクッションとなる蓄え

天明:森井さんが書いてらしたのはもし転落するようなことがあったとしても、ストック、蓄えがあるとクッションの役割を果たしてくれる、というか、傷が浅くて済むとおっしゃってましたね。

森井:そうですね。インカムというか、収入が途絶えてしまうってことがたぶんいま日本人が一番怖いところ。それが恐怖でしょうがなくて、一生懸命貯蓄をしたり、とやっていると思うんですが。天明:そうですね。転落したときに傷が浅く済むストックっていうのはなんとなく金銭的なもの、預貯金みたいなイメージが強いんですけど、森井さんはそれだけではないというふうにおっしゃってますよね。

森井:はい。預貯金だけではなくて、人生の中で大事なものってたくさんあって、大事なものというのはもちろんいろいろあるんですけど。収入が途絶えたときにどんなマットがあるか、これがちょっと会計をかじったことがある方だと、貸借対照表の資産の部を思い浮かべていただけるといいと思うんですけども。

無有形の資産、預貯金、株式とか、車とかいろんなものがありますね。例えば収入がなくなったときに、不動産を持っていれば不動産を売ればいいですよね。とか、家財であれ株式であれ、なにかインカム、収入を発生させられるようなものがあったら、収入がなくなっても大丈夫。

それで、無形の資産。例えば相談できる親族、友人、知人。例えば収入が途絶えてしまった、会社をちょっと辞めることになっちゃった。でも友人に相談したら、もしかしたらその友人が知っている会社があって、そこが人材を募集しているかもしれない。

そういった周りの人のコネ、というか人のつながりというのも資産になってくるんですよね。あと学歴やスキルというのも、その資格を使って新たな仕事を探したり、学歴でもしかしたら魅力に思ってくださる人がいるかもしれない。

他には精神的強さ、というのがたぶん一番キーワードになってきて、自分ができるという信念があればけっこう潰れないんですけど、収入がなくなったときに、自分の精神力を強く持っていることってすごく難しいんですよね。その中で成功体験をどれだけしてきたか、ということも関わってくるんです。それが自信につながる。

成功体験をしないで自信って生まれないので、私が子どもを育てていて思うのは、どうやったら、子どもに成功体験をさせてあげられるか、それがいつか自信になって、根拠のない自信というか、そういうものをやはり培ってあげたいなと思っているんですけども。そういった意味で自分がどれだけ成功してきたか、というのも資産になってきます。

会社に所属しなければセーフティネットも与えられない

森井:それから、いま日本でちょっと欠けているなと思うのは、このセーフティネットのところになります。失業してしまうと、失業保険っていうのはあるんですけど。自己都合の退職だと90日間受け取れないとか、受け取れたとしてもそれからたったの90日。そこの中でスキルアップをして新たな会社に就職をしてやっていくって、本当に可能なのか。失業保険ってそれだけの十分な役割を果たしているのかというと、私はそうではないと思います。

日本では今まで、会社に勤めている人を中心に制度設計がなされてきたんですね。つまり国が企業にセーフティネットを丸投げしてきた状態なんですよね。その中でセーフティネットを持つためには、やはりある程度仕事をしていないと。

例えば非正規社員で保険に入っていませんっていう人は、ぜんぜんセーフティネットがないってことになってしまうので。そういった自分のポジションから得られるセーフティネットっていうのも、自分がインカムがなくなったときに新たな収入源となる大きなセーフティネットだと思います。

天明:とくに私が感じたのはNHK仙台放送局に勤めていまして、その後金融機関に転職するんですけど数ヶ月ちょっとブランクがあるんですよね。その時は貯金でやりくりするわけです。やっぱり減っていく一方の預貯金ってちょっと精神的に不安になるんですよね。

預貯金っていくら残高があったとしても、使ったら減るものじゃないですか。減っていく一方のものを見るのもやっぱり不安なので、なんて言うんでしょう、使っても減らないもの。例えば人間関係とかそういうものを大事にしたいなというのは最近とくに思うようになりました。

森井:まさにその通りで、この資産とか、無形資産もそうですけども、キープしていくのってお金がかかるんですね。ちょっと皮肉なことに、お金がないと例えば相談できる友人や知人、親戚関係も、冠婚葬祭であり他のなにかの行事でちょいちょいお金をかけていかないと、メンテナンスをしていかないと。

天明:飲み会とかも、飲み会代を出してお友達と集まったりとか。

森井:そう、そういうこともやはり預貯金がないとできないというのが実情です。私が貧乏から育ってきて思うのは、子どもたちに平等のストックを与えてあげることはできないんですよ。

家族は、お金持ちの家に生まれたらたぶん学歴もそこそこつけてあげられるし、スキルも資格もつけてあげられるかもしれない。だけど貧乏で育つとなにもないところからスタートなんですよね。そういった今の状況の中で私が思うのは、平等なチャンス、平等なストックは無理。だけれども、公平なチャンスを持てる社会に日本はなっていってほしいなと思っています。

天明:はい。では、そろそろお時間が来ましたので、これにて第1部を終了しまして、続いて第2部のトークセッションに移りたいと思います。

下流予備軍 (イースト新書)

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