2024.10.01
自社の社内情報を未来の“ゴミ”にしないための備え 「情報量が多すぎる」時代がもたらす課題とは?
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飯間浩明氏(以下、飯間):なんとか無事に『国語辞典のゆくえ』が出まして、「初めから売れ行きもいい」とうかがっています。出版社では初めの(売れ行きの)速度を「初速」って言うんですね。初速がいいんだそうで、どうかみなさんも、お知り合いにおすすめくだされば、ありがたいと思っております。
(iPadを見ながら)そんなことで……今日は全部お話しできるのかなあ(笑)。
(会場笑)
「じゃあ、内容はどうなんだ?」ということなんですけれども。今、出版文化が危機に陥っていて、とりわけ辞書の環境は厳しいということなんですね。活字が読まれなくなったというのは、はたしていつ頃からだったか。
ある統計によると、1996年をピークに……(iPadを見ながら)ええとね、「ある統計」なんて言うのはあいまいですから、メモを取ってらっしゃる方のために、ちゃんとソースを明らかにします。
出版科学研究所っていうところが出した資料によりますと、96年がピークだったんですよ。本全体の売上が2兆6,000億円ぐらいあった。
ところが、それから20年経った2016年だと1兆4,000億円ぐらいまで減っている。「これ、ヤバくね?」っていう感じですよね。もう20年経ったらどうなるんですかね(笑)。ちょっとあまり考えたくないですよね。つまり、20年間で2兆円から1兆円になった。(兆未満を)切り捨てればね。
私自身はどうかというと、「私も本を読まなくなったな」という反省があるんです。なにかというとネットニュースとかTwitterとか見ていますからね。私自身もTwitterをやるんですが……Twitterなんかやっていてもしょうがないですよね(笑)。
(会場笑)
「どうしてみんな本を読まないのか?」と思うんですが、TwitterとかFacebookは、あれは悪魔の発明でしたね。あれがなければ、おそらく出版文化は2兆円から1兆円に下がるということはなかったんじゃないかと思います。
それから、新聞(の売上)が落ちましたね。新聞について客観的な統計を探したんです。1970年代ぐらいから今までの資料を探したんですけれど、どうも新聞社が出さないんですね。それでネットで探すと、いろいろな人があっちこっちの資料を組み合わせて、「たぶんこうだろう」っていうグラフを書いているんですけれども、ちょっと信頼するに足らない。
ただ、新聞協会が出しているもので、今ネットで読める資料というのがありました。2000年以降のものですが、それを見てみます。
販売部数が全部の新聞を合わせて、2000年時点で700万部あった。700万部ですね……間違いを言ってないでしょうねえ。時々、(自分が)数字の勘違いをするので。(iPadで改めて確認して)そうですね、2000年に700万部だった。
ところが2016年になりますと、500万部まで減っていた。2000年から2016年、16年間で700万部あったものが500万部ですね。激減とまでは言いませんけど、7が5になったんですから、まあ深刻ですよね。
私自身は、新聞をとらなくなりました。「お前、新聞読んでないの?」と言われそうですが、これ(iPad)で読んでるんです。紙の新聞はもうやめちゃって、デジタル版を契約しまして、これで指で広げたりして読んでるわけです。だから、一応新聞社に払うべきお金は払ってるんですが。
ただ、そういうこともしなくなった人が多いですよね。学生は新聞を読まない。それから、出版社の方にうかがっても、「いや、新聞はとってないです」という方が多いですね。
私、初めて出版社の方が「新聞をとってないです」と聞いたのは2011~12年ぐらいでしたかね。「あ、そんな人がいるんだ」ってびっくりしたんですけれど、今は別にめずらしくないです。
(そのときに)新聞をとってないと言った人は、「デジタルで契約してます」という意味だったのかも……いや、そうとも思えないなあ。やっぱり新聞を読まなくて、ネットニュースですませているのかもしれない。とにかく、そういう活字に携わる方々も新聞を読んでいないというのが実状なんです。
そこで、「じゃあ、辞書はどうなのか?」ということですが、辞書はもっと深刻でしてね。これも……ごめんなさい、(スライドを指して)今これの出典を書き忘れましたが、私の本には辞書のデータはちゃんと書いてありますので、後でご覧いただきたいんですけれど。1993年に辞書は1,500万冊売れていたんです。
1993年というのは細川連立内閣ができた年だと思います。そうですよね、知らない方はお若い方です(笑)。あるいは、皇太子ご成婚が1993年ですよね。
(会場笑)
1993年にはまだ辞書が売れていた。1,500万冊も売れていたんですが、2012年になると600万冊に減っている。1,500から600ですから、半減以下ですね。これは新聞や一般の書籍よりも、減り方が激しいです。すごい勢いで落ちているわけです。
この時代に「紙の辞書はまだ生き残る、万歳!」とか言っているのは、非常に時代錯誤であると思います。これからの辞書を考える時に、紙の辞書の長所は、もちろん長所として置いておく。紙の辞書を愛することは、私も今後も変わらないと思いますが、売れるか売れないかで言いますと、もうメインは電子版になるわけですね。
ところが、紙の辞書が売れなくなった分、電子版は爆発的に売れていて電子辞書がその損失を補って余りあるかというと、まったくそんなことはなくて、電子もどうも伸び悩んでいるということなんですね。……困りますよね。いい材料がまったくないわけですから。
「じゃあ、どうしようかな?」と。この事態を打開するためには、出版社の営業部門ががんばるだけでなく、ソフトウェア開発の会社とも協力が必要だし、ハードウェアの開発も必要になってくるかもしれません。
辞書がもっとお金を生むようなビジネスモデルを構築するためには、経済の方面の専門家にも知恵を借りたいですね。いろんな分野の知識が必要となるでしょうけれど、私はそういった分野の話をここでする能力はありません。あくまで私が言えることといえば、辞書の内容をどうやって新しい時代に即応するかたちにするか、といったことに限られます。
それは例えばどういうことかというと……(iPadを見ながら)ちょっと待ってくださいね、私は自分の話を整理しながらでないと、先に進められないんです……。
今までお話ししたのは、今回の出版の経緯について、それから、活字文化が衰退していることですね。その中で辞書も衰退しているので、私のように辞書を作る人間はどうすればいいか? という問いに行き着くわけです。
さて、ここからは3番目の話で、辞書の内容をどう良くしていくかという話になります。具体的には「辞書の個性を追求したい」ということをお話しします。
そもそも、辞書については、一般に強い誤解がありましてね。
「辞書というのは、どの出版社のものでも大差ない。値段が安いとか、活字が大きい小さいという、そういう違いはあっても、本質的には同じことを書いているんだろう」「だから、辞書は世の中に1冊、まあ予備で2冊ぐらいあればいいんじゃないの」と考えている人が、非常に多いんですね。
「いや、それは違います、辞書ごとに違った個性があるんですよ」と言うと、驚いた顔をされます。
現在、みなさんがもっとも頻繁にお使いになっている国語辞典は2種類あるはずです。つまり、インターネットで無料で使える国語辞典が2種類だということです。
もちろん、「辞書サイト」はいろいろあります。「コトバンク」「Weblio」「Yahoo!辞書」「goo辞書」とかいろいろあるんですけれども、そのなんちゃら辞書のコンテンツ、中身になってる国語辞典は2冊しかない。それはなんでしょうか?
1つは『大辞林』、もう1つは『大辞泉』です。
『大辞林』は三省堂の大型辞典です。大型じゃなくて中型と表現する人もいるんですけど、(両手を30センチほど広げて)こういう大きな辞書ですね。もう1つは、小学館の『大辞泉』という辞書。これも大型辞典です。この2種類が、現在ネットで引ける主な国語辞典です。
この他に、Googleのサイトから『岩波国語辞典』を検索できるんですけれど、Googleのシステム面の問題で必ずしも実用的でない部分もあります。まあ、『大辞林』と『大辞泉』とお考えください。
そうしますと、「辞書といえば、『大辞林』か『大辞泉』なんだな。この2冊に書いてあることがすべてなんだ」と今は思われています。
私は『三省堂国語辞典』という小さな小型辞書を作っています。その『三省堂国語辞典』は、『大辞林』や『大辞泉』とはまったく異なった編集方針によって作られている辞書なんです。
『三省堂国語辞典』だけじゃありませんね。『岩波国語辞典』にしても、『新明解国語辞典』『明鏡国語辞典』にしても、それぞれの辞書は編集者の考え方が違います。なので、ある1つの言葉をめぐっても、説明の仕方がまるで違うわけです。
NHKのラジオで例に出した言葉をご紹介すると、「花」という言葉がありますね。これを先ほどの『大辞林』で引いてみるとどうなっているか。実際に引いてみましょうか。
まず第1に、「種子植物の生殖器官」と書いてありますね。「一定の時期に枝や茎の先端などに形成され,受精して実を結ぶ機能を有するもの。有性生殖を行うために葉と茎が分化したもので……人によっては、このあたりでちょっと眠くなってきて「もういいや」という感じになるはずです(笑)。
(会場笑)
これは、もちろん学問的には正しいのです。でも、「日本語における花とはなにか?」と質問された時に、「種子植物の生殖器官である」と言うと、なんか違うような気がするんですね。
(会場笑)
例えば花の歌……「花摘む野辺に 日は落ちて」(注:『誰か故郷を想わざる』の一節)なんていう場合に、「その花というのは、種子植物の生殖器官だよ」だと、どうも感じが出ないわけですね。
(会場笑)
今のは『大辞林』ですけど、『大辞泉』でも、似たような固い表現をしています。同じく「花」を引いてみましょうかね。そうすると、「種子植物の有性生殖を行う器官」。これが花なんですね。「葉から変形した萼(がく)・花びら・雄しべ・雌しべおよび花軸からなる。この要素の有無により……」とありまして、「やっぱり花っていうのは種子植物のなんちゃらなんだな」ということになるわけですね(笑)。
(会場笑)
古典の文学、例えば『源氏物語』で「花をめでつつおはするほどに」なんていう文を読んだ時に、「この平安時代の人は、種子植物の生殖器官として見ていたのかな?」と、どうも変な気がするわけですね。
では『三省堂国語辞典』はどうかというと、これはぐっと非科学的なことを書いています。「花……植物で、いちばん目立ってきれいな部分」。
(会場笑)
これは非科学的ですよね(笑)。一番目立ってきれいな部分。例えばミズバショウっていう植物がありますが、ミズバショウというのは黄色い棒の周りに、白い花のごときものがありますが、あれはどうも葉っぱが発達したものらしいんです。ミズバショウにおける花というのは、黄色い棒の部分だということですね。
それから、タンポポは「タンポポの花」と表現しますけれども、あれも科学的には花ではない。タンポポの花というのは、花びらに見える一つひとつが花であって、あの集合体は「頭状花序」であって花ではないということらしいんです。
したがって、「植物で、いちばん目立ってきれいな部分」というのは、これで理科の試験を受けるとバツになるんです。
(会場笑)
『三省堂国語辞典』で勉強すると理科ができなくなるっていう、恐ろしい辞書です。
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