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『同一労働同一賃金の衝撃 「働き方改革」のカギを握る新ルール』出版記念(全8記事)

日本の賃金制度には「ねじれ」がある 同一労働・同一賃金の矛盾

『同一労働同一賃金の衝撃 「働き方改革」のカギを握る新ルール』の出版記念イベント(主催:麹町アカデミア(遊学堂))が、ビジネスエアポート東京で開催されました。雇用問題のエキスパートである日本総合研究所 調査部長の山田久氏が登壇。労働政策センター長の中村天江氏とともに、同一労働・同一賃金をテーマに人事の課題と未来の姿をディスカッションしました。このパートでは同一労働・同一賃金が取り入れられた背景や目的について語っています。

雇用問題を専門とするエコノミスト・山田久氏

秋山進氏(以下、秋山):みなさん、こんばんは。本日、司会を担当いたします、麹町アカデミアの秋山進でございます。

本日は、この日本国の労働政策に大きな影響力を与える2人の偉人を……、ちょっと大げさすぎましたかね(笑)、お迎えいたしました。あちらが日本総研の山田久さんです。一言お願いします。

山田久氏(以下、山田):よろしくお願いします。

(会場笑&拍手)

秋山:そして、こちらはリクルートワークス研究所の中村天江さんです。

中村天江氏(以下、中村):よろしくお願いします。

(会場拍手)

秋山:それでは、お2人のプロフィールを、私のほうからご紹介させていただきます。

山田さんは、日本総合研究所、調査部長、チーフエコノミストです。1987年、京都大学をご卒業になり、入られたのは住友銀行でしたか?

山田:そうです、はい。

秋山:日本総研はもしかすると、できたときからもう出向されていたのですか?

山田:できてから3年目ぐらいですね。日経新聞が持っているシンクタンクでエコノミスト養成機関の日本経済研究センターというところがあるのですが、そこで2年間勉強した後、日本総研に行ったんですね。

秋山:そのあとずっと経済関係のご研究をされて、11年から調査部長でしたね。えらく長いのですが、6年ほどずっと調査部長をされています。これ、歴代で一番長いんとちゃいます?

山田:いやいや、うちは、ご存知の方もいらっしゃると思うのですが、高橋進という政府の仕事をしている者がおりまして、彼が8年やっていましたので、さすがにそれには及びませんね。

秋山:主にずっとやってこられて、今では「雇用といえば山田久」という感じですが、もともとそこばかりをやってきた訳ではありませんよね?

山田:そうです。私は本業はエコノミストで、経済予測をすることが仕事です。そのうち雇用問題に関心を持つようになって余技でやっていたのですが、いつの間にかそちらのほうがおもしろくなりまして。最近はエコノミストのほうが……余技と言うか、そちらが本業なのでね、お給料をもらっているので怒られてしまいますが(笑)。まあ、バランス良くやっている、ということです。

秋山:はい。それで博士号も取られているということで、山田さん、今日はよろしくお願いいたします。

リケジョ・労働政策センター長の中村天江氏

次に中村さん。ワークス研究所、労働政策センター長とありますが、このワークス研究所では最近あちこち、いろんなところでいろんな研究発表をされてますけど、何をやっておられるところなのですか?

中村:ワークス研究所は、ちょっと青くさいことを言うと「一人ひとりが生き生きと働ける次世代社会を創造する」というミッションを掲げて、調査・研究・政策提言をしています。『Works』という隔月の媒体を出していたり、大卒求人倍率調査というものをやっています。

秋山:元々リクルートリサーチが昔やっていたやつですかね?

中村:そうですね。

秋山:ありがとうございます。そして、最初リクルートに入られた時、編集をやっておられて、そこから研究所の方に異動されて、今はマクロの労働政策について研究をされている。また、厚労省や経産省の委員などもされている、ということですかね?

中村:はい、おっしゃる通りです。

秋山:もともとあれですよね、リケジョなんですよね?

中村:経歴には入っていないのですが、キャリアのバックグラウンドは一応リケジョです。修士を出た時に「リクルートに行く」と言ったら、大学の先生に「おまえ、なに考えてるんだ?」と言われてしまいましたが。

秋山:数学をやられていたそうですが、なにを研究されていたのですか?

中村:位相幾何学を研究していました。トポロジーというのですが、大学のテストはこんなふうです。日にちの「日」ってありますよね。日にちの「日」と、「口」と、「月」という漢字が出てきて、「同じものはどれか証明しなさい」というようなものです(笑)。

秋山:はい、よくわからないので、次お願いします(笑)。

(会場笑)

秋山:「形式的に同じか?」といったことでしょうか?

中村:そうですね。トポロジーで“同じ”というのは、伸ばしたり縮めたりして同じ形になるものは一緒なのです。今の例で言うと、日にちの「日」と「月」は変形すると同じ形になりますが、「口」には穴が一つしかないので、「口」だけは別という答えになります(笑)。

秋山:はい、的確なしゃべりですがわかりません(笑)。

(会場笑)

同一労働・同一賃金をテーマに人事の課題と未来の姿を提案

秋山:それでは、このお2人に今日はいろいろとお話をおうかがいしようと思います。メインはこちらの山田先生がお書きになられた『同一労働同一賃金の衝撃』という本なのですが、もう読まれた方はいらっしゃいますか? ちょっと手を上げていただいて。

(会場挙手)

同一労働同一賃金の衝撃 「働き方改革」のカギを握る新ルール

秋山:ありがとうございます。いかがでしたか? ちょっと難しくありませんでしたか? ……顔色の反応がありませんが(笑)。かなりですね、専門的な部分もあるかと思います。お決まりでございますので、山田さん、この本はどういうことから書くことになったのかといった、その辺りの経緯などを教えていただけますか?

山田:これは日本経済新聞出版社から、ちょうどタイミング良く「こういう本を書いてみない?」といったお話をいただいたことが直接のきっかけです。

実は10ヵ月ほど前に別の本を書いておりまして。この場でまた宣伝をしてしまいますが、『失業なき雇用流動化』という本を出させていただいておりまして、この本はやや専門的に、どちらかというと経済学のロジックで書いたものでしたが。

それをもうちょっとミクロの視点で、より企業経営サイドから、違う視点で同じテーマを書きたい、とずっと思っていたのです。そこにちょうどこの本の話が来たということで。

お読みいただいた方はわかるかと思いますが、賃金というのはまさに企業の人事の根幹ですから、基本的には同一労働同一賃金を一つの中心テーマとしながら、今後日本が抱えるいろんな経済問題や社会問題を前提とした時に、日本の人事のあり方……まあ、私はマクロなのでマクロの視点も入ってるのですが、そういう中で日本の人事をどう変えていくべきか、変わっていくのかという問題意識を提案しています。そんな本ですね。

秋山:売れてますか? この本。

山田:どうでしょうねえ(笑)。

(会場笑)

山田:私もですね、結構出させてはいただいているのですが、「あまり売れてない」と言うと怒られますから(笑)。

秋山:いつも思うのですが、山田さんの本はプロからはめちゃくちゃ評判が良くて。毎年、経済学者や新聞社が選ぶベスト10とか、そんなんやると必ずランクインするのに、だいたい売れないんですよね、難しすぎて(笑)。でも、いつも偉いなと思うのは、東洋経済さんや日本経済新聞出版社さんなどは、そんなに売れへんのわかってるのにちゃんと出版してくれること。あれ、すごいですよね。

(会場笑)

山田:かなりありがたいですね(笑)。

同一労働︎同一賃金で格差解消・平等を目指してもうまく機能しない

秋山:ここからは、本の中身に入っていきたいと思います。この本の中で、山田さんが直接関係しているのかどうか、少なくとも上司の高橋さんは関係している安倍内閣に対して、結構シビアなことを書いておられます(笑)。

「安倍内閣による同一労働同一賃金は格差解消・平等になるというものの、あまり機能しないだろう」といった、「もともと筋が悪い」「どうなんや?」みたいなことをですね、書いておられたりするのですが。

「安倍内閣で突然この同一労働同一賃金が出てきたのはちょっとどうなん?」という、その辺りのお考えをご解説いただけますでしょうか?

山田:同一労働同一賃金が今の政府でどのような経緯から出てきたものなのかについてはわからないのですよ。高橋が政府のポストでやっていることから、外から見ると、私もつながってるのではないかと思われている節もありますが、実際はほとんどそういったことはありません。

たまに求められて意見交換をすることはありますが、基本的に私の立場で発言しています。まあ、ある程度バランスをとって誤解がないようにはしていますが、そこは独立しています。

そうした意味では本当の経緯はわかりませんが、私が見ている感じでは、政府は今「賃金を上げよう」とすごく言っていますよね。最初は春闘を使って政府が要請したわけですが。

アベノミクスが始まって1年目、2年目は景気が良くなり、円安も進んで利益が出たので、企業は出すだけの余裕がありました。ところがそれ以降、消費税を上げてからは経済全体が良くないので、春闘がどんどん上がっていくというのは難しい。

今年の集中回答を見ても、数年前と違って少し上がってはいるのですが、勢いがない。それが2年ほど前から起こっているので、違うかたちで賃金を上げていかないとダメだということで、政府の中でテーマとして出てきたのですね。

1つは最低賃金です。最低賃金を上げていこうというのは、もうずっとやって来た。しかし、これだけでは足りないということで、非正規雇用の賃金をもっと上げていこうということになった。おそらくこれが、一番最初の動機だったのではないかと思います。

それと、正規・非正規問題というのはずっと大きなテーマとしてあるものです。当然ながら、政治というものは国民の全体的な支持を得る必要がありますから。もともと安倍政権は、どちらかというといわゆる右側というようにも思われていましたが、左側の人も取り込んでいきたいといった考えもあったのではないでしょうか。

そうした中で同一労働同一賃金が出てきたわけです。この同一労働同一賃金というのは、あとでちょっと言いますが、オリジナルはヨーロッパ、まあ欧米です。とくに政権ではヨーロッパをイメージしているようですが、まったく違う文脈でして……「まったく違う」という言い方では言い過ぎになるのですが、実は正規・非正規の格差問題から出ているわけではありません。

日本では非正規の賃金を上げたいという文脈で入ってきています。だから、正規・非正規の是正はというと、要は非正規の人たちの賃金を上げるという、そのためのロジックとして入れたというのが、最初の経緯なのだと思います。

本来の同一労働︎同一賃金の概念はダイバーシティ

ただ、先ほど言いましたように、オリジナルの同一労働同一賃金は違うのです。それはどういった文脈から出ているのかというと……これ、資料は出ますか?

秋山:これですかね。

山田:そうです。これは森ます美さんの本から引用していますが、もともとは木村愛子さんのご著書からの引用です。その整理によると、4つの段階があるといわれています。

第1段階の「同一労働同一賃金」原則は、まさに同一労働同一賃金ですね。例えば、同じ仕事を行うウェイターもウェイトレスも同じ賃金を支払うべきというものですが、ある意味一番ナイーブな考え方です。

秋山:これは難易度が高い?

山田:難易度が高いというか、ラフなんですよね。ざっくりとした考え方という感じです。

秋山:はい。

山田:もうちょっとこれは名前が違っていても実態を見ていこうとするのが大事だ、ということで第2段階の「類似する、あるいは実質的に類似する労働に対しては、同一賃金」が登場します。

そして第3段階として出てくるのが「同一価値労働同一賃金」です。これは、よく知ってる人であれば「同一労働同一賃金」と「同一価値労働同一賃金」の違いがわかるのですが、ビギナーだとこんがらがるというか、どう違うんだという話になります。

同一労働同一賃金というのは、基本的にはパッと仕事を指定したときに、同じ仕事だったら賃金は一緒にしようという考え方ですね。それに対して、同一価値労働同一賃金というのは、仕事の種類が違っていても、中身を評価していくわけですね。仕事の価値を見て、その価値に応じて賃金をつけていこうという考え方が同一価値労働同一賃金です。

欧米の同一労働同一賃金は、この同一価値労働同一賃金のことを言うんです。それはどういうことかというと、もともとは男女差別による賃金の違いなど、そこから入ってきた概念だからなのです。

今日は人事出身の方もたくさんいらっしゃると思いますが、職務分離という話がありますよね。例えば日本でも、男性が就いている仕事と女性が就いている仕事を、あえて分けてしまいます。そうすると、最初の同一労働同一賃金の考え方の場合、その段階で比較ができなくなってしまうんですよね。

ところが同一価値労働同一賃金だと、たとえ仕事を分けたとしても仕事自体の価値を測っていけば、そこで低すぎる場合は上げていくということができます。だからヨーロッパ、まあ欧米ではそうすることで男女の差をなくしていこうとしました。

そして、実際には仕事を分けてしまって、結局、仕事がぜんぜん違うから別だというやり方ができないようにしようということで、同一価値労働同一賃金という言葉を使うわけです。

そうした意味では、もともとこの概念は男女の差……もっとはっきり言うと人権概念です。人権保障というところから入ってきています。ですから、本来の文脈というのは、今でいうところのダイバーシティから入ってきているということですね。だから、外資系で働いている方は、そういったかたちでやられているのだと思います。

それからもっといくと、男女は最初なのですが、当然人種によって分けるということに対して、この議論を出してくるわけです。アメリカでは、同一価値労働同一賃金で、1950年のいわゆる公民権運動が盛んになってきたときに職務給が広がっていきます。

それはまさに、このダイバーシティの概念からだったのです。肌の色が違うことで仕事を分けて差別していたわけですが、そうではなくて、きちっとポストを評価して公平に考えていこうということですね。

ヨーロッパはどちらかというと男女から入っているのですが、アメリカは人種から入っている。どちらにしても共通しているのは人権保障の概念、今で言うとダイバーシティであり、そこから入っているというのが、本来の文脈なのです。

日本の同一労働同一賃金は「公平性」を求めるもの

そこからいくと、日本の同一労働同一賃金は、ちょっと文脈が違うんですよね。もともとは「平等」というよりも「公平性」なのです。公正とか、そういった考えから入っている。

さきほど秋山さんが言っておられたように、日本の場合は非正規の賃金を上げていくことで正社員との格差是正をしていこうということで出しているのですが、そういう意味では本来の文脈とは違うのです。

理屈で言うとそういうことなのですが、もし政府が同一労働同一賃金によって格差が是正されるというのであれば、ヨーロッパの賃金格差は小さくなっているはずですが、そんなことはありません。実際には格差が広がっています。

例えば、ドイツなどはかなり格差が開いています。ドイツでも実際には、技能や学歴の違いによって賃金の差をつけるというのは、合理的な理由として認められているわけですね。

ですから、非常にナイーブでラフな同一労働同一賃金となると、例えば、自動車の熟練工であれば、全部同じ賃金をつけろということになります。しかし、そこは常識的にわかるように、技能レベルが違っていれば差をつけるのは当たり前であり、ヨーロッパでも当然それをやるわけです。

そうすると、社会がより複雑になれば、技能レベルが上がる人と上がらない人が出てきますから、当然差は開いていきます。そういった意味では、日本における今回の同一労働同一賃金にはねじれがあるということです。ちょっと長くしゃべっちゃった。

秋山:すごくラフに言うと、景気対策ごときのために、本来、公正の観点から考えるべき同一労働同一賃金を使うのは掟破りやな、というように思っていらっしゃると……まあ、あまり聞きません、それ以上は、という感じがいたしました。

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