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『ライフ シフト』発売記念「100年時代の人生戦略」(全7記事)

「100歳まで生きる」を喜べない–リンダ・グラットンが“日本社会を壊すため”に必要なものを語る

誰もが100歳まで生きる時代、働き方や人生設計はどのように変化するのでしょうか。東洋経済新報社が主催する「『ライフ シフト』発売記念 100年時代の人生戦略」では、著者であるリンダ・グラットン氏が登壇し、「100年生きうる時代(100歳人生)」での生き方についてトークセッションが行われました。「長く生きられる」に対してポジティブになれない原因は日本社会にあり。では、長期雇用や年功序列、長時間労働など“凝り固まった日本社会”を変えるために必要なものとは?

「長寿」を機に、終身雇用が変わりつつあるのか

浜田敬子氏(以下、浜田):おそらく今日ここに来られている方のなかには、企業の方、とくに人事の方も多いと思うので、先ほどリンダさんもおっしゃったように、日本にガッチリと、もう岩盤のようにある3ステージをどうすれば変革できるかについて、お話をうかがっていきたいと思います。

池見さんは人事の仕事をしているということで、最近の採用状況にもくわしいと思っています。時代がいろいろ変わってきて、バブルも崩壊して、日本を「なんとか変えないといけない」という機運がこの10〜20年あります。にも関わらず、終身雇用や年功序列、若い人の大企業志向など、なかなか変わりませんよね。

それを「寿命が伸びる」というだけで変えることができるか。……私、今日はネガティブ担当として来ているので。

(会場笑)

みなさんの不安や疑問はそこだと思うですけども、いかがでしょうか? 現場では、変わる気配などはあるんでしょうか?

池見幸浩氏(以下、池見):結論からいうと、変革の息吹は出てきていると感じています。戦後、40年、50年、60年と採用領域、とくに新卒採用等に関しては大きな変革はなかったと思うんですけれど。

今、とくにIT企業やスタートアップは、決裁権が非常にシンプルになっています。裁量を持っている経営者がトレンドを把握したうえで、新卒採用ではなく、通年採用や、1つのタイミングだけではない、年齢を問わない採用もトレンドになりつつあると思っています。

先ほどの基調講演でも話がありましたが、年齢も正比例でのグラフで伸びているところがある。そしてもう1つ、この採用の変革も、本当にちょっとずつしか変わっていないという意見があります。やはり、テクノロジーの概念で考えると、まさにここから指数関数的な変化が生まれる時期にきていると思っています。

浜田:グッと急激に変わるポイントがあるということですかね?

池見:本にも少しあったと思いますが、2045年にシンギュラリティという概念がきて、さらにテクノロジーが進んだとき、今までの正比例ではない進化が起こると思っています。今までのように悲観するより、これからの指数関数的な飛躍に希望を持てる息吹が出てきている感覚がありますね。

浜田:ありがとうございます。

「100歳まで生きられる」をプラスに感じられない理由

安田先生はどうですか? 日本はもう、なかなか変われないですよね。なにをきっかけで変われるのか、本当にシフトチェンジがなにによって起きるんだと思いますか?

安田洋祐氏(以下、安田):シフトチェンジの話ももちろんですけど、まずはネガティブ担当だと浜田さん、おっしゃっていたじゃないですか。

浜田:すみません、本当に悲観的なので(笑)。

安田:実は打ち合わせのときに少し、今日どういうお話をするのかを話していたんです。そこでは、今回の本を読んで「どうやら寿命が伸びるらしい」という話をしていたんですが、僕からすると、とてもうれしいことなわけですよ。やりたいこともたくさんあるし、しかも単に長生きするだけじゃなくて、健康寿命も伸びる可能性が高い。死ぬまでにできることが増えるわけですよね。

もうなんか、うれしいことしかないかなと思っていたら、バリバリと活躍されている浜田さんが「いや、あと10年、このまま働くのどうしよう」「老後に備えて、まだこれだけ稼がないと」と言っていて。僕は、それが日本の問題だと思うんですよね。

浜田:そうなんですよね。

安田:辛い労働環境にいる人もたくさんいると思うんです。でも、社会に出てロールモデルになるような方ですら、がんばりながら働いている。喜びを見出してるとは思いますけど(笑)。

(会場笑)

浜田:いえいえ、つらいです(笑)。

安田:この本をきっかけに社会が変わることで、ポジティブに働いて、より生産性を上げてもらいたいし、喜びながら働ける人が増えるといいと感じました。というのが、専門家でもなんでもない僕の素人の意見です。

浜田:さっき、リンダさんがお話ししていた「バランスのある生活」、それがある人が少ないんですよね。

私、子供がいるにも関わらず、もうほとんど子供の育児は実の親に頼んでいて。編集長時代は、かなり働く時間が長くなりがちだったんですよ。

(会場笑)

仕事はすごく楽しいんですよ。やりがいもある。みなさん、そうだと思うんです、仕事好きだと思います。ですが、それを喜びに感じられない日本人の辛さと言いますか、「仕事は楽しいけれど、私生活がない」と感じる人は多いんじゃないでしょうか。そのなかで「寿命が100歳まで伸びる」とき、それがプラスに感じられないんですよ。すみません、途中で(笑)。

安田:すごく短い答えでいうと、それはみなさんの責任じゃないんですよ。

例えば日本の企業や人事。リンダさんも言及されていましたけど、終身雇用にはいろんな批判がありますが、いまだに続いてる企業が多いわけですよね。やはり、変わらないことに理由があるんですよ。

どういう理由があるかというと、自分1人だけの働き方を社内で変える、あるいは1社だけ人事システムを変えようとしたとき、必ずしもそれが企業にとって、本人にとって、プラスになるかどうかはぜんぜん明らかじゃない。

社会全体として、ガラッと働き方などが人生がマルチステージ化すれば、みんな生産性も高くなってハッピーになるかもしれない。しかし、自分1人だけが行動を変えることは、必ずしも合理的ではないんです。

たまたま僕が研究しているミクロ経済学やゲーム理論の場合、そこでは「均衡状態である」と表現するんですけど、1人だけ行動を変えようと思ってもなかなか変えられない。だからこそ、なにか大きなチェンジが必要になってくるんですね。

介護離職が凝り固まった働き方を変える

僕は、大きなチェンジの兆しはあるんじゃないかと思っています。そのきっかけの1つになりそうなのが、介護離職です。

介護によって職場を離れる方が増えている。なぜ介護離職に注目するのかというと、この20〜30年、ずっとワーク・ライフ・バランスや、女性の社会進出が言われてきてますが、変化はゆっくりだったわけですよね。

なぜ変わらないのか。企業の人事や働き方を決められる人は、シニアの男性社員が中心なんですよ。だから、周りが騒いでも、自分ごとになかなかならない。

ところが、一流企業の重役クラスの人が親の介護で仕事に出られない、だから辞めるという人がもう続出してるんですね。これがこの後、どんどんペースが上がっていく。そうなった瞬間に「やばい」と気づくことになります。「今までの働き方だと、うちはもたないんじゃないか」という大きいショックがきたときに、初めて大きく変わるような気がします。

なかなか自分1人、もしくは1社だけでは変わらないことを、学問的にフォーマルなかたちで主張した日本人の経済学者がいます。去年亡くなられてしまったんですけど、スタンフォード大学の青木昌彦先生です。彼が「制度に補完性がある」と話しています。

補完的な制度とは、例えば、ある企業が終身雇用の制度を取っていると、労働市場も終身雇用にそれに合わせたかたちで変わっていく。そして、社会全体がお互いのシステムを補うようなかたちで徐々に形成されていく。いったんそれができてしまうと、現実にそぐわなくなってもなかなかローカルには変わっていけない。

それを変えていくために、青木さんが生前、僕に直接話してくださっていたのは「今、『失われた20年』なんていうことを経済学者やみなさんが言うんだけど、そうじゃない」と。

青木さんいわく、「移りゆく30年だ」と言うのですね。「日本の古いシステムから新しいシステムに移行する、だから、制度が大きく変わるには30年かかる」と。なぜかというと、一世代が30年。だから、移行期間にも30年かかる。

彼がこぼれ話的に言っていたのは、「失われた20年」「lost decade」「lost 2 decades」というと、いかにも若い人たちが失われてしまった気の毒な時代に生きている印象を与えているけど、そうじゃないと。実は、若い人たちが中心になって、徐々に働き方や仕事の仕方を変えている。

一生懸命変えていて、次のステージに向かってるときに、自分たちみたいなシニアの世代が上から目線で「失われた20年」と、勝手に言っちゃいけない。「日本がいい方向に変わっていく30年にいるんだ」と、彼は言っていましたね。それはすごく印象に残ってます。

浜田:そう聞くと、「すごくポジティブな」「なんか失われてない」「次のなにかを生み出すための」という意味があるわけですね。

日本は変化が起こりにくい、だからショックが必要

リンダさん、いかがでしょうか。先ほども、今回の来日の間にいろんな記者の方の取材を受けられたと話していました。

長時間労働の問題、みなさんも聞かれたと思います。「日本はなかなか変わらない」と、記者みんなもイライラしながら。「こんな日本でシフトは起きるんですか?」という質問もきっとあったと思います。日本は変われると思いますか?

リンダ・グラットン氏(以下、リンダ):まさに今、安田先生がお話したところを、私からも強調しておきます。ロンドン・ビジネススクールでは、日本の企業に関しても教育を提供しています。

私は日本の企業ともご一緒させていただいてるんですけど、ある日本企業のCEOが昨年お越しになって、「この会社を変えたいんだ」と話していました。そして「より女性を増やしていきたい」とも言っていました。そこで私はかなりの時間を費やして、その会社のシステムをすべて見てまいりました。いろいろな主要な政策、方針も見ました。

そして、最終的に私は「御社はどちらかというと、クルミのようですね」と申し上げました。変えるには、殻を打ち破るか、なんらかのかたちでなかに入っていく方法を見つけるのか。どうやってこの殻を破ったらいいのか、私はまだわかりません。

非常に興味深いのは、今週1週間、日本にいて、このシステムにいかに切り込んでいくのかをいろいろ知的に話していました。日本は世界でもっとも教育水準が高いわけですから、その方法があるのであれば、おそらく誰かがすでに見つけているはずだと思うんです。ただ、それがなかなか見つからない。

そういったなかで今、安田先生がおっしゃったことに同意するんです。非常に複雑なシステムで、歴史的にずっと続いてきたものを変えるにはショックが必要である。技術と長寿化、そしてまた、出生率が低いこと、これがショックになってくるかもしれません。

そして、今週はいろいろなインタビュー、あるいはテレビなどでも申し上げたことなんですが、とくに若い人のなかでも、女性が立ち上がらなくてはいけない。今週、私も若い女性とご一緒したんですけど、もうほとんど意識していないですね。

今、どういったところでみなさんは泳いでいるのか、どういった状況にあるのかは、なかなかご自身では意識していない。そういう意味では、「女性として働いていくのはどういうことなのか」をしっかりと、まずは認識していくことが必要だと思います。

そしてまた欧米では、みなさんのような方々が実際に「こういったことをしたいんだ」と主張することは非常に重要です。声をあげていかないと、今まで続いてきた制度はそれぞれ非常に密接に関連し合っていますから、なかなかそれを変えていくのが難しいと思います。

そして、日本に来るようになってからずいぶんと時間が経っていますけど、実際に現地の会社経営陣の顔ぶれを見ますと、今週もそうですけども、まだまだ女性に出会うことはできません。女性の経営陣はまだいない現状に、私は改めて驚きました。

本当に、なかなか変化は起こりにくいんだなと感じました。日本の制度は、本当にきっちりと作り込まれている。そして、これを壊そう、あるいは崩そうとなると、かなりの洗練された力が必要だと思います。

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