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ディチャーム・大久保智明氏(全2記事)

訪問美容サービスを始めたのはなぜ? 震災で気づいた高齢者の髪型と人の尊厳の関係

アマテラス代表・藤岡清高氏が、社会的課題を解決する志高い起業家へインタビューをする「起業家対談」。今回は、ディチャーム株式会社・大久保智明氏のインタビューを紹介します。※このログはアマテラスの起業家対談を転載したものに、ログミー編集部で見出し等を追加して作成しています。

起業にいたった原体験

藤岡清高氏(以下、藤岡):大久保さんの生い立ち、起業に至った原体験や問題意識について教えていただけますか?

大久保智明氏(以下、大久保):家族は父母と私、妹の4人家族です。親父は公務員で、母親は専業主婦。ごく普通の家庭でした。

親の教えなども特別なことはなかったです。ごく常識的な教えでした。ただし、親が意図的だったかどうかはわかりませんが、僕自身はキリスト教の影響を受けていて、幼稚園もそうでしたし、小学校低学年くらいまで教会に行っていました。中学からは関西学院で、学校もキリスト教でした。後から思うと、それが深く沁み込んでいて、僕の職業意識にも影響しています。

硬い話になりますが、マックス・ヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』とかを高校でキリスト教の時間にやっていて、何のために生きている、社会のために何ができるのか、どんな仕事であっても一生懸命打ち込むことで社会に役立ちそれが天職である、というのが僕の中に残っています。

仕事には、もちろんお金を稼ぐという側面もありますが、社会にどう役立つべきかということを中・高教育で植え付けられました

また、中学の時に学校の交流イベントでインドに行ったことも影響しています。当時貧しかったインドに井戸を贈ろうということがあり、献金をして、実際に見に行くツアーがありました。

善かれと思ってやっていたのですが、そこで感じたのは、こっちは中3で飛行機に乗って、ホテルに泊まって、ある意味上から目線。贈ったお金も所詮は親からのものです。向こうでは水もなくて困っていて、学校にも行けない人と交流があったのですが、「この差は何だろう」というのがすごくありました。

「この差は何だろう」と考えたとき、僕が偉いわけではなく、たまたま生まれた場所が違うだけ。僕はとても良い時代の日本に生まれただけです。そして、この豊かな社会は未来永劫ずっと続く保障はない。良い社会だけど完璧ではなく、多くの問題を抱えた社会だと感じました。

このときに、「仕事をするなら、幸い日本では食べ物に困ることはないから、自分が豊かになるより、社会の問題を解決する仕事をしたい。我々が与えられたこの素晴らしい環境を次の世代にもつないでいかなければ」と思いました。

では、何をしようかなと考えました。普通に考えたら、社会をよくするのは政治家の仕事。僕も一瞬そう考えましたが、どうしたら政治家になれるのかわからないし、衆議院議員になっても一議員では変えられない。また、もし総理になっても何かできそうにないとそのときは思いました。

そして、ふと100年後の社会の教科書に誰が載っているだろうと考えました。100年後の教科書では、戦後の社会を誰が動かしたとなるのか。

僕は本田宗一郎さんやソニーの盛田さんではないかと思いました。彼らが車や家電で社会を変えている。政策もあるでしょうが、彼らが稼いでくれたから僕らは豊かな生活ができている。

一衆議院議員では何も変えられないかも知れないが、起業家なら大企業でなくても、小さくても、やった分は変えられるだろう。国境も越えられる。企業なら一部分かもしれないけど社会を変えられるかも知れないと思いました。

藤岡:中学校時代にそこまで考えるって、さすがですね。勉強ばかりではなく、大人ですね。普通の中学生は受験勉強や部活、恋愛といった目先のことしか考えていない。

会計士の資格を取ったのちに起業

大久保:そう考えたものの、起業する方法もまったくわかりませんでした。今だったらベンチャー企業に行こうかとかアプリを作ろうとかあるかも知れないですが。

結局何もわからなかったので、藤岡さんが言うように実際は日々恋愛とか目の前のことをばかり考えていましたよ(笑)。

「どうしようかな」と思っていた高3のときに読んだアメリカの起業家キングスレイ・ウォードの『ビジネスマンの父より息子への30通の手紙』に、彼は若いときに会計士で、それが起業するときに役立ったと。

なぜかと言うと、いろんな分野を見られる。また、若いうちに経営者層に会える。どんな事業をするにもお金のことは知らねばならないのでよかったと書いてありました。なので、これになればいいと思い、大学4年時に会計士の勉強を始めました。

藤岡:大学卒業後に就職は考えなかったのですか?

大久保:起業ありきで就職は考えませんでした。2年勉強して会計士試験に受かり、監査法人のKPMG(現:あずさ監査法人)に入りました。そこでは、資格を取るために必要な3年間在籍し、退社後すぐに起業しました。

訪問美容サービスを始めたきっかけ

藤岡:起業には阪神淡路大震災がきっかけになったと伺っています。

大久保:阪神淡路大震災は大学4年生のときでした。会計士の勉強を始めてすぐに地震があり、勉強どころではなくなりました。被災しましたし、就職は決まっていない、勉強もできない。街がそんな状態だったので、ずっとボランティアをしていました。

地震から1年くらい経ったときに、知り合いの若いオーナー美容師さんが、ご自身もお店が潰れて大変でしたが、復興して余裕ができたのでボランティアしたいと言ってきました。自分は美容師なので美容のボランティアをしたいというのです。

今でこそいろんなボランティアがありますが、当時は美容のボランティアなんて聞いたことがない。「ボランティアセンターに聞いてくれ」と言ったのですが、「そこでも『ない』と言われたので何か考えてくれ」と頼まれました。

僕はそもそも美容と聞いて、対象は若いお洒落に興味がある女性だと思いました。震災から1年近く経っていたので、街は復興して僕の周りに美容に困っている人はいません。店も復興しているくらいですから、お店に行けばいいのです。

でも、その美容師さんが行くというので、仕方なく仮設住宅に行きました。仮説住宅に行って、人を集めてみたら、高齢者ばかりが来ました。それもお洒落に興味がなさそうな髪の毛がボサボサの方ばかりです。

ご存知かもしれませんが、仮設住宅の初期には若い人も多くいました。しかし、若い人は復興とともにどんどん出ていけます。そのため、仮設住宅には高齢者だけが取り残され、後々大きな問題になりました。私たちが訪ねたのは、ちょうどそんな段階だったのです。

集まった高齢者の方たち、初めはしょんぼりしていて伏し目がちで、話してもくれない。なので、こちらからの印象も良くありませんでした。でも、切っている最中から髪型だけでなく、目つき、顔つやが明らかに変わるのです。そして、しょんぼりしていた態度も変わりました。

テレビでビフォー・アフターとありますが、それは劇的な変化です。そして、相手が変化するとこちらの態度もコロッと変わりました。

後から伺いましたが、ご本人たちも自分たちがボサボサだとわかっていたのです。そんな状態なので自信がない、美容師さんに対しても恥ずかしい。だから、伏し目がちで、感じ悪く見えていたのです。

僕らも入院して、1週間も風呂に入っていなくて、髭ボウボウだったら人と会いたくないですよね。そういう状況です。そして、僕らにも偏見がありました。

髪を切れないことで自信を失い、偏見も持たれる。でも、髪を切った瞬間にご本人も元の自分に戻るし、周りの扱いも変わるのです。たかが髪型、されど髪型です。

そして、更にお話を伺うとその方たちは寝たきりでもないのですが、「実は地震の前から髪を切れなくて困っていた」と言います。

「歩けるじゃないですか?」と思いますよね。でも、家の中ならともかく、駅前まで歩けるか?また、大きい通りを渡り切れるか? 美容院もバリアフリーというわけではありません。

また、物理的に行けるとしても、心理的にはすごいアドベンチャーのように感じられる。確かに一見お元気そうでも少し足が悪くなると美容院にも行けないなと感じました。

今の日本の高齢者は、お金もあって比較的家族にも大切にされています。ただ、ちょっと足が悪くなった瞬間に美容院にさえ行けない。そして、部屋に引き籠って、例えば髪型がおかしくなり、それから悪循環に入り、尊厳を失って、自信を失って……。

髪の毛を切れないだけで卑屈な思いをしなくてはならないって、違いますよね。やはり死ぬまで自信を持って、尊厳を持って生きるって大事だなと思ったのが1つです。

もう1つは、美容院に行けないということは、八百屋さんにも行けないし、喫茶店に行けないし、電車乗ってデパートにも行けないし、お芝居にも行けない。

美容院に行けないという問題ではなく、あらゆるサービスが使えない。ホントに何もないのだと。これはつらいなと思いました。

高齢者はあらゆるサービスや商品の供給から切り離されている。つまり、市場経済から取り残されている。これは大変お困りだろう。

他方、事業という視点に立てば何もないということは、後期高齢者という限られたターゲットかも知れませんが、あらゆるものを供給すれば十分ビジネスとして成り立つ。

高齢化社会が進むこれからの時代、決して小さなマーケットではない。高齢者が充実した生活が送れるのは大事なことですし、「これは行けそうだ!」とそのとき思いました。

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