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『パナマ文書』はこうして取材・報道した(全4記事)

「パナマ文書」記載=悪ではない マスコミが報じなかった本当の理由は? 

2016年6月2日、早稲田大学にて第17回報道実務家フォーラム「『パナマ文書』はこうして取材・報道した」が開催されました。日本におけるパナマ文書報道を担当した、朝日新聞の奥山俊宏氏、共同通信の澤康臣氏、フリージャーナリストのシッラ・アレッチ氏が登壇。本パートでは、記者歴25年の澤康臣氏が、具体的にどのように、パナマ文書報道に関わったのかを語ります。また、「NAVERまとめ」などのまとめサイトにある記事を挙げ、同姓同名などの間違いの危険性、それを防ぐための調査報道の地道な作業について述べました。最後に、パナマ文書報道が生み出した価値についても触れ、朝日新聞と共同通信がメディアの枠を越え、協力して取り組めたことがいかにまれであるかを語りました。

「パナマ文書」はどうやって取材されたのか?

日下部聡氏(以下、日下部):ありがとうございました。続いて、澤さんお願いします。

澤康臣氏(以下、澤):みなさん、改めまして、こんばんは。共同通信の澤と申します。

ふだんは私、「報道実務家フォーラム」をやっておりまして、事務局側で司会をすることが多いんですけど、自分がしゃべることになるとは本当に思っていなくて、今日はこのような機会をいただけて光栄です。よろしくお願いします。どうもありがとうございます。

(会場拍手)

先ほど、シッラ(・アレッチ)さんと奥山(俊宏)さんから、主に大きな枠組みで、どのようにしてICIJができて、パナマ文書報道というものができていたかという話ができたと思います。

私からは、具体的にどういう取材をしてきたか、取材する上でどういう難しさがあったのかという、お話をできたらいいなと思っています。

私たち、というか共同通信が、このパナマ文書報道に関わるようになった、最初のきっかけをお話します。

突然の依頼メール「内容は言えない」

ちょっと(スライドに)書いてありますけど、シッラさんからのメール。

「ICIJの関係の人からメールが来たんです」と言うと、だいたいみんな英語でやるんだなと思うと思うんですけど。シッラさんはすごく日本語が上手で、たぶん私の英語より彼女の日本語が上手なんです。

今年の2月にこういうメールがきました。

「ご無沙汰しております。お元気ですか」

「澤さんの調査報道チーム」について、「内容はメールでは詳しく言えない」と電話をいただきました。

「内容は言えない」。

(会場笑)

どうするんだ?(と思ったら)

「興味はあるか?」

(会場笑)

みなさんご存じかと思いますが、報道実務家の方もたくさんお見えになっているのでわかるかと思うんですが、記者たるもの、「興味はあるか?」ということに、「ない」と言う記者はいないと思うんですね(笑)。

(会場笑)

「もちろん興味がある」と、内容がわからないのに答えるのが記者である。それで、入ることになりました。アグリーメントをICIJと共同通信で結びました。

プロジェクトのやり取りは「暗号化メール」

プロジェクトになったからといって、会員証みたいなのをもらえるわけではもちろんない。その代わり、私たちが絶対必要なものとしてもらったのが暗号化メールです。

PGPというもので、暗号に詳しい方はご存じかと思いますけど、もう10年以上ほとんど世界標準みたいに使われていて、現在もおそらく比較的に一番使い勝手がよくて、強力なツールと言われています。

ちなみに少し話が逸れますけど、国連の「表現の自由」特別報告者デビッド・ケイさんという方がいらっしゃいます。この間、日本にお見えになりました。彼が日本訪問を一旦キャンセルをされたのはご存じだと思いますが。

その時にニュースで書いたのは私なんですけど、その時にやり取りをさせてもらった時に、彼のTwitterに「たれ込みがある人は私まで」と。表現の自由が弾圧された時に連絡するのに、「PGPを使ってください」とよく使われるのがこの暗号化の仕組みなんです。

もらったのは、パスワード。それは1個ではなくて、多段階認証。Googleをお使いになっている方はみなさんもうスマホで30秒だけ表示されるワンタイムパスワードみたいなのを使ってますよね。

この間、私iPhoneを変えたら、新しいiPhoneでそれは使えなくなってしまっていて、非常に一時期パニックになってしまっていたんですけど、無事に付けてもらって助かりました。

プロジェクトがオープンになる4月4日の前は、ふつうの暗号化されていない平メールのやりとりもすることはありますが、「プロジェクトの中身について触れてはダメですよ」と言われました。「必ず、暗号化してやりとりをしてください」と。

率直に言って、日本の場合はそれほどまでではないと思いますが、ロシアとか中国とかいろんな国で、そういうところに深刻な問題を抱えている記者がいっぱいいるんだなということを、身にしみて感じる機会でもあったんです。

調査報道は、地道な作業の連続

その秘密のWebサイトの奥にあったのが、こういうメールや、ファックス、登記書類。会社を設立するための事務所、よくある私たちの報道ベースでは、「パナマの租税回避地の法人設立を支援するパナマの法律事務所モサック・フォンセカ」という表現を記事では使ってきました。

法律事務所というと、法廷で闘う人というイメージをどうしても持っちゃうと思うんですけど、同じ法律家でも若干司法書士の先生方の仕事に近いのかな、と。法人登記を中心に手がけています。

そういう費用の請求書をクライアントに対して送っていたりとか。そして、登記に関係して、株主の名簿、役員の名簿、パスポートのコピー。なんで出てくるかというと、会社を設立する時は身元の証明書がいるからなんです。

それから、会社の定款。そういうものが入っていましたけど、整理されて置いているわけではなくて。

さっきシッラさんが見せてくれたような、ああいう仕組みのなかで一生懸命掘り出して、これはなにか関係あるぞとか、これはちょこっと関係あるかもとか、これは株主の名前をいっぱい書いてある資料かもというのを手探りで探していくという作業です。

とくに、メールというのは特別な……、ふつうはパソコンにメール形式のファイルをダウンロードしてもすぐには読めないので、メールを読むソフトウェアを導入したりとか、そういうかたちで一個一個見ていくという作業をしました。

「パナマ文書」記載=悪ではない

間違えやすい話をここでは1つ。今日いろんな方がお見えになっているので、この際お話したいのは、今もうオープンなデータベースができて、ICIJのホームページからパナマ文書を検索できるようになったのはご存じですよね? 

5月10日からオープンされています。そこでいろんな企業を自分で探してみようということを多くの方にやっていただくということも1つの目的です。情報提供ということも呼びかけています。シッラさんが言ったように、「だから何?」というものしか出てこないものもあるんですけど。

だけど、「この名前は」みたいなことというのは起こりうる。それと同時に、やっぱり私どもが取材をして、これは間違いだなと思うことがいくつかあるんです。

例えば、これNAVERまとめです。まとめサイトにやたらにあるんです。

別に悪意があって……、マスコミに対して悪意がある人もいるのかもしれないけど、悪意があってやってらっしゃる方ばかりではないのはもちろん承知しております。だから、間違えやすい点ということで申し上げたいんですけど。

いろいろあるんですけど、今たまたま資料があるので、お見せします。例えば、住友林業という会社が報じられていないと言われています。

「財閥に遠慮しているのか」「スポンサーだからか」「電通か」とか、必ずスタンプで押したような批判をいただいているんですけど。

確かに、住友とか検索するとSumitomo Forestryが出てくるんです。

「住友林業あるじゃん」て思うじゃないですか。Panama Papersと書いてあって、シンガポールにリンクされていて、英領ヴァージン諸島に作った会社だと書いてあります。

「えっ?」と思うのがふつうだと思います。それで、これをもう一遍リンクを踏むとどういうものが出てくるかと言うと、Sumitomo Forestryというのが出るわけです。「ああ、そうなんだ」と思うと。

チャートの下のほうにいくと、こういうチャートになっている。

「あれ?」と思うのが、上がモサック・フォンセカのシンガポールの事務所が代理人になって設立されている。

下のほうは、字がちっちゃくて見えないと思うんですけど、「シェアホルダーオブ」と書いてある。これは株主関係にある人が、MR. CHANG YEWCHANという人が1人。この辺りで「あれ? これ日本と関係あるのかな?」と思うじゃないですか。

だから、それ以上、「はい」とも「いいえ」とも言えない、もやもやしたところで終わって。

そこまでお調べにならない方の場合であれば、「こんなの住友林業に決まってるじゃないか」と思われてもおかしくはない。

さっきの住友林業については実際、会社のウェブサイトに「ICIJ公表文書に関するお知らせ」があり、公式に無関係だと表明されています。たぶん問い合わせが相当あったんだと思います。ホームページでもリアクションが出ています。

見極めるポイントは「株主名簿」

さっきも言いましたけど、ただ、そうじゃないかと思ったような企業が出たような場合には、一番ポイントになるのが「株主名簿」。

役員名簿というのもあるんですけど、役員は……租税回避地というのは、本当に匿名性が命なんです。プライバシー最優先。なので、名前を貸すための人、会社というのがけっこうある。役員になっているからといって、じゃあ、その役員になっている人が本当に関係しているのかどうかというのはあんまり当てにならない。

やっぱり株主が一番大事です。最近減ってるんですけど、昔は株主も登録していなくて、「株券を持っている人が株主です」としか登録してない。本当に匿名性の高い、直訳では所持人株式、日本語ではよく「無記名株式」と言うんですけど、そういうこともありました。

だから、力尽くで株券を奪っちゃえば、株主はその人になっちゃう反面、名前を登録しなくてもいい。

日本関係の可能性が出てきたら、パスポートとかいろんな資料を見て、詰めた上で、もちろんそれだけでは不十分で、最後は直当たりをして確認をする。

この辺はいろんなツールの話もあったし、国際協力の話とか、わりとカッコイイというか、すごく近代的なお話をしてきました。だけど結局、基本に返るところだと思います。

日本よりも先を行く英・米のジャーナリズム

この仕組みというのは、私にとってもすごく勉強になりまして。イギリスやアメリカのジャーナリズムの現場の人たち、それから仕事の仕方というのは、さっきシッラさんが話されていた、出会い系から転用した掲示板などがよく使われます。

そこで、いろんな議論が見えるし、いろんな記事の書き方を読んで、「あー、こういうふうに書くんだな」ということがすごくわかって、大変勉強になりました。

日本の場合は、ほかの調査報道でもそうなんですけど、情報公開の壁というのがすごく厚いです。日本の情報公開法は2001年にできまして。その当時はまあまあと言われましたけど、今はかなり国際的に見ても遅れをとった内容になっている。

例えば、これで言うと、正当な競争上の地位に影響を与えるようなものというのは、役所の情報であっても公開を拒絶できるというような条文になっています。そうすると企業に不利な内容ってなかなか出てこない。個人情報も多くは情報公開の対象外にできる。

それを含めて個人情報の壁というのは、日本に非常に多くある。そうすると、氏名や住所に関わりがある情報というのは公的な書類で裏付けをとるということが非常に困難になってくる。そこでたぶん取材は、壁にぶち当たって終了ということも冗談ではなくあります。

ほかの国だと、例えばアメリカやイギリスでは、裁判記録とか犯罪記録とかは原則として、オープンレコードなんです。裁判は公開ですから、記録も公開なのは当たり前なんですが、なかなか……。

実は裁判記録などは、英米では、調査報道にとって非常に基本的なツールだと言われています。

例えば、ICIJでも、いわゆる犯罪組織、人身売買とかそういう、あるいは売春を女性に強要するようなそんな組織がどれだけ関与しているか、どれだけ今回のモサック・フォンセカを使っているかというような報道記事なんかもありました。それはもう明らかにこういうものが下敷きになっている。

日本の場合は、訴訟記録というのが極めて使いづらい……非常に大括りに言うと、アクセスがほぼ難しいという状態になっていると言っていいと思います。これは私、アメリカの記者なんかにはいつも「なんで?」と聞かれますけど、「いや日本ではそうなんです」。

フェアな報道を突き進めるICIJ

もう1つは、匿名報道要請が極端に高いのが日本の特徴です。例えば、シッラさんと議論したことがあるんですけれども。

投資詐欺って聞かれたことがよくあると思います。「必ず儲かる」。あるいは、5パーセントでも、10パーセントでも回るというすごく高い配当が返って、「運用できますよ。老後も安心ですよ」と持ちかけて、お金を全国で、25の都道府県から合計3億円を集めたなど、よく記事に書かれます。

今、述べたのは、例えば、という例ですが、そういういわゆる詐欺だとして民事裁判を起こされて、裁判の判決で詐欺行為だと認められたような人がタックスヘイブンの匿名法人を使っているケースがある。

ただ、詳しい説明は省きますけれども、日本の報道慣行だと、その人は名前が出せないんじゃないのと、匿名報道にすべきじゃないかとなるのが、今の一応のスタンダードになっています。

それについては、ICIJレベルで、英語で日本の話をして、ICIJのプロジェクトで英語で記事を書く時には、「匿名はとてもじゃないけどあり得ない」と議論をしたこともあります。

実際そうだと思います。イギリスやアメリカの新聞を日常的に読まれている人であれば、その辺の感覚はよくわかると思います。

それはもちろん国柄があるし、いろんな差し障りがあるんだろうということがあるんでしょうから、一概にどっちがいいとは簡単には言えないと思います。

ただ、フェアに報道するということと、揉めそうだから名前を隠すというのは、まったく異なることなので、これについては、国際的なジャーナリストの連携や仕事ぶりの比較のなかでいろいろ学ぶ機会なんだなと思っています。

それも得られた経験です。例えば、今言ったこと、取材の仕方も、いろいろこういうことがあったという経過なんかも、掲示板に載ってくるので、それについても非常に「へー」ということは多かったです。

ふだんはあり得ない「朝日×共同」タッグ

もう1つは、これはすごく私にとっては新鮮なものだったんですが、朝日新聞さんに、ふだんは自分が何を書こうとしているかとか、絶対に言いませんよね。

ですが、ICIJの枠組みというのは1つの国から2つ以上のメディアが参加するということがあった場合にはオープンにやって、過度な競争をせず、協力し合ってやってください、ということになっています。

奥山さんと私は、これまでの経歴でも重なっていることがあるので、個人的にもよく知っているということもあって、やりやすかったのですが、「どういうふうにしますか」とか、「あそこは取材するんですか」ということも含めて、疑心暗鬼にならないって大切なんだなと思いました(笑)。

(会場笑)

多分、報道実務家の人が、今日どれくらいいるかわかりませんが、疑心暗鬼になってしまうと、同じネタをどっちが先に出すかってすごい大事なんです。

「朝日が昨日書いてるじゃないか、何やってんだ」と言われるか、「うちが先に書けてよかったね」というのは天地の違いなんで。

そうすると、取材はもう十分尽くしたか、一応尽くしたか。尽くしてない段階で出すことはもちろんないんですけど、本当は、これはさらに深くやったほうがいいんじゃないかということをどこまで深くやるかという時に、やっぱり速さ優先でやるのと、他社に書かれることはあまり心配しなくてしっかりやろうと言えるのは、違いますから。

そんなことで無駄なエネルギーを使わないで仕事の質をどうやって上げていくか、という議論ができました。

その意味では、なかなかない経験でした。メディアの競争、あるいは協力関係はどうあるべきかについても、考える機会でした。

それが私の経験でした。私からは以上です。どうもありがとうございました。

(会場拍手)

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