2024.10.10
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司会者:今日はスタンフォード大の健康心理学者で、『スタンフォードの自分を変える教室』の著者でもあるケリー・マクゴニガルさんをGoogleにお招きしました。
人生には難しい選択を迫られる場面や、苦しい思いをしないと目標が達成できない場面があります。そんなとき私たちが頼りにするのが、意志の力。しかし、ケリーさんはスタンフォード大医学部や同大の「思いやりと利他主義研究教育センター」での研究を通じ、ある発見をしました。それは、私たちは意志力について大きな誤解をしているということ。
ケリーさんはその後「意志力の科学」と銘打った講義をスタンフォード大の生涯教育プログラムに設け、これが同大でトップクラスの人気を誇る授業となりました。さらには米国の雑誌「サイコロジートゥデイ」が運営するサイト内でも、彼女のブログは人気に。
そして本もお書きになりました。こちらは今日のレクチャーの後でお買い上げいただくこともできますよ。うまくいけば、そのうちフィギュアやアクション映画にまで発展する日も遠くないはず、とご本人はおっしゃっています(笑)。
ケリー・マクゴニガル氏(以下ケリー):意志力があれば可能です!(笑)
司会者:今日ケリーさんにお話いただくのは、難しい目標をどう達成すればいいのか、ということです。もっと健康的な生活が送りたい、もっと生産的な人生を送りたい、といった目標。あるいはもう少し簡単な、たとえばやろうと思いつつ半年ほど先延ばしにしてきた押入れの掃除でもいいでしょう。ではみなさん、ケリー・マクゴニガルさんです。
(会場拍手)
ケリー:ありがとうございます、こんにちは。先月は新年の抱負について講演する機会が多かったのですが、グーグルの方は健康に関する目標を立てるそうですね。みなさん、健康の目標をまだ守っていますか? いかがです? いいですね、みなさん意志力をお持ちのようですね。ではまず、みなさんが今日意志力を試された場面があれば、教えていただけますか?
参加者:朝、時間通りに起きることです。
ケリー:時間通りに起きること、なるほど。
参加者:皿洗いです。
ケリー:いいですね、今2つ出たのは意志力を発揮しなければいけない場面、「意志力チャレンジ」ですね。つまりできればやりたくないけれど、やらなければならない、といったものです。何か他には?
参加者:腰痛改善のためのヨガです。
ケリー:腰痛改善のヨガ、いいですね。2年ほど前にヨガで体の痛みを和らげよう、というテーマで講演したのですが、いらしていたのかな? そう、これも意志力を発揮しなければいけない場面。何か他には?
参加者:仕事に関係のないサイトのリンクを見ないようにすることです。
ケリー:そうですね、「やらない意志力」の例ですね。ネットでリンクを目にすることは多いですが、いちいち開けていてはやるべきことが終わりません。だから誘惑に打ち勝たなければいけない、ということですね。あといくつか例がほしいですね。後ろの列の方、何かありませんか?
参加者:今日のランチに何を選ぶか、はどうでしょうか。
ケリー:なるほど。ちなみにお食事はもう召し上がりました?
参加者:残念ながらまだなんです(笑)。
ケリー:そうですか、ありがとうございます(笑)。このように、日々何を食べるか、何をするか、私たちは様々な決断を下しているんです。どれも意志力チャレンジのいい例ですね。では、まずは意志力、そして意志力チャレンジの定義からご紹介しましょう。意志力チャレンジとは、「2人の自分が競合すること」だと私は定義しています。
神経科学者によると、私たちの脳はひとつですが、意識はふたつ。どちらの意識、あるいはどの組織が活発に活動しているかによって、とる行動もまったく異なってくるわけです。意志力チャレンジとは、2人の自分の持つ目標がぶつかっている状態のこと。例えば片方の自分がおやつにお菓子を食べたいと思っているとします。ところがもう一方の自分は、バナナが欲しい。
こちらの自分は健康、減量、あるいは夏に向けてビキニが似合う体型になりたい、といった長期的な目標を持っているんです。このふたつの選択肢は自分の中のふたつの意識、あるいは「2人の自分」から生じるものなんです。
脳の働きを考えることで意志力も説明できる、とこれまでの研究でわかってきました。今日はこのことについてお話します。自分自身はひとりしかいないわけですが、意識、元気、ストレスの具合などによって、脳は意志力チャレンジに対して違った対応をとる。だから例えば今日と明日で、とる行動が変わってくるというわけです。
さて、この本は先ほど話にも出た「意志力の科学」という、私がスタンフォード大で教えている講義に基づいたものです。写っているのは実際に「意志力の科学」を受講している学生たち。何か私が面白いことでも言った場面でしょうかね、よく覚えていませんけれども。
この講義を設けたきっかけをお話しましょう。もともと生活をもっと生産的にする、あるいは健康的にすることをテーマとしたレクチャーをしていたのですが、だいたいいつも同じことを言われるんです。「やらないといけないとわかってはいる、でもやる気が起きない」、と。つまり皆さん「本当にやりたいこと」と、「やりたいと思っていること」の間に大きなギャップがあるんですね。お菓子が欲しいと思っているほうが本当の自分。バナナがいいと思っている方は自分じゃない、と思っている方が多いわけです。
ですから、何が正しいのか、何が健康にいいのか、あるいはストレス管理や生産性を上げるためのコツ……そういったものよりも、「バナナが欲しい」と思っている側の自分と共鳴する必要がある。そう私は気づきました。短期的な満足感ばかりを欲してしまう、あるいは難しいことを避けてばかりの自分に打ち勝つこと。そしてデフォルトの状態を「バナナ側」の自分にする必要があると考えたわけです。それがこの講義の原点です。
さて、スタンフォードでの授業は科学の授業でした。講義と、それから私の本で取り上げた実験の中から、特に私の好きなものを5つご紹介したいと思います。
選んだ実験ではどれも本当にちょっとしたインターベンション、つまり介入によって参加者の振る舞いを変え、大きな変化を起こしたものです。何か小さな変化をひとつ起こすだけで自分の考え方や意志力チャレンジに対する向き合い方、こうしたものを大幅に変えること。そしてたとえ難しいことであっても、あるいは「もう1人の自分」が嫌だと思っていることであっても、自分の真の欲求に向かって一歩踏み出すということ。これって誰もが目指していることですよね。
さて、それではまずはじめの実験です。このスライドの人と同じような気分になることがあるという方、どのくらいいらっしゃいます?
昨日は3時間くらいしか寝られなかった、という人もいますよね? こんな風に「寝たい」と思っている自分にとっては、どんな意志力チャレンジにも対処するのが難しいわけです。
ひとつめにお話したいのは睡眠の介入です。これは睡眠の量を増やす、あるいは質を上げる、というもの。実験対象者の方々はかなり深刻な意志力チャレンジに直面していて、薬物依存の克服プログラムに参加しているみなさんが対象だったんですね。そのうち半数の方は睡眠の質・量改善のため、マインドフルネス瞑想法の訓練を受けていました。
まずはこちらのグラフをご覧ください。
これは夜あたりの睡眠時間を分で表したものです。現実にはここまで睡眠時間は取れないことが多いですよね、わかっています。ですがひとまず最低ラインを7時間として、ここから改善していくことを考えるんです。そんなの現実的じゃない、とお思いの方もいらっしゃるとは思いますが。
さて、グループの参加者はみなさん7時間から始めました。調査から明らかになったのは、1日にほんの少し瞑想をする時間を取り入れるとですね、これはブレスフォーカス瞑想と呼ばれるものですけれども、瞑想を取り入れなかった対照グループの睡眠時間は7時間弱に下がったのに対して、取り入れた方々は8時間強になったのです。
瞑想を取り入れると睡眠時間が増える、このこと自体面白い発見ですよね。でももっと興味深い発見がありまして。それは睡眠時間の上昇によって、参加者が依存克服に失敗する確率が下がったということ。睡眠時間の増加から相関係数0.7と、かなり高い数値が得られました。つまり、夜1時間だけ多く寝るだけで皆さんかなり依存の克服に成功しやすくなった、ということです。
それと……このリモコン、スクリーンに向ければいいんですよね? 皆さん機械に詳しいでしょう?(笑)
それと1日に瞑想にあてた時間も、依存克服に貢献したのではないかと考えられます。つまりこの介入の取り組みのなかでは2つのことが起きているんですね。ひとつは睡眠時間を増やすこと。もうひとつは瞑想にあてた時間。こちらも1日に10分、15分程度のちょっとしたものです。薬物依存克服は意志力チャレンジのなかでもかなり手強い部類のものですが、睡眠と瞑想のどちらも意志力を後押ししたようです。
さて、それでは睡眠を1時間多くとる、あるいは1日のうち10分だけ瞑想にあてる、といったちょっとした介入だけでなぜ意志力チャレンジに対抗できるような意志力が得られるのか、考えてみましょう。こちらを御覧ください。
これはfMRI計測からの画像ですね。睡眠時間が足りていないときに脳で何が起こるのかを示しています。たいていの研究では6時間未満を「睡眠不足」としていまして、そんなの普通だと皆さんお思いでしょうけれど、専門家からするとそれは脳が適切に機能していない状態なんです。
御覧頂いているのはそれぞれ別の方の脳ですね。睡眠不足の人もいれば、そうでない方も含まれています。それで、脳の断面を見ていくわけですね、つまり上から下に脳の断面図をとって、部分ごとに上から見ていくようなイメージです。
黄色い部分、つまり脳の前の部分ですね、これは睡眠時間が6時間より少ないせいでこの部分が効率的に活動していない、ということを表しています。あるいは効率的に役割を果たしていない、ということですね。赤で示されているのはもっと活動的な部分。つまり中脳ですけれども、ここは欲求や衝動、本能を司っているエリアです。
睡眠が6時間を切ると、理想の自分でいるために必要な脳の機能が呼び出せなくなってしまうんです。こちらのイラスト、チョコが食べたいか体重を減らしたいか、バランスを測っている様子を表していますけれども、脳のこちらの部分、つまり額のあたりはですね、自分の「目標」を管理しています。長期的な目標や根本的な価値観を覚えておくエリアですので、かなり大変な役割を担っているんです。
ですから睡眠不足でこの部分の活動が鈍ってしまうと、今自分は長期的な目標よりも「チョコがほしい」「だらだらしたい」「リンク先にアクセスしてみたい」「ヨガはサボろう」といったものを求めているんだ、と脳は判断してしまうのですね。
「本当の自分」を忘れないこと、あるいは自分の目標を意識し続けるためには、脳のこの部分のもつ能力がきちんとエネルギーを効率的に使えるかどうかが、鍵なんです。そしてこの妨げとなる要因のひとつが睡眠不足、というわけですね。お話した簡単な睡眠介入で参加者が薬物依存からうまく抜け出せた理由のひとつは、ここにあると私は考えています。睡眠のおかげで脳が活動的になるので、依存を克服したい、という目標を持ち続けられるんですね。
さらに言うと、脳の生理機能、つまりいかに効率的にエネルギーを使うかに影響するのは睡眠だけではありません。ほかにもいくつか、脳の前頭部のはたらきを強めつつ、本能を抑え目標に向かう意欲を見失わないようにしてくれる要素はあるんです。
研究からは次の4つの要素がわかりました。
こちらの4つは、脳をいわば意志力の塊のようにしてくれるものです。ひとつは睡眠、これは既にご説明しました。ちなみにこのリストの中にひとつでも、今はやっていないけどやってみよう、と思えるものがあるといいですね。4つ全てをやる必要はありませんよ。
さて、睡眠を増やせば、誘惑や短期的な満足感へと自分を誘惑してしまう脳の部分を前頭前野がうまくコントロールしてくれるようになります。ほかには瞑想と運動。どちらも脳が効率的にセルフコントロールを司るシステムを動かすサポートをしてくれて、このシステムを大きくしてくれますが、それだけではありません。脳には他にも制御すべき部分があるわけですけれども、こうした部分と、このセルフコントロールのシステムをうまくつなげてくれるんです。
これも睡眠と同じで、効果はすぐに表れるんです。たとえば1日10分の瞑想をはじめた人。数カ月後には脳の状態がまったく変わって、コントロール担当の部分が大きくなり他の部分との結びつきが強くなりました。
あまり体を動かさなかった人が定期的に運動をするようになった場合も同じです。数ヶ月定期的に運動するだけで前頭前野が大きく、密度も高くなり、 他の部分と結びつきがより強くなったんです。ご紹介したこの2つに取り組めば、意志力の生理的な部分を訓練できるというわけです。
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