2024.10.10
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伊達洋駆氏:さっそく最初のパートに入らせていただきます。まず、「上方影響力の重要性と難しさ」というテーマについて考えてみましょう。組織の中で人間関係を築く際に、上司との関係が非常に重要であることは言うまでもありません。「上司とうまくいかない」というのは、離職の主な理由の1つとしてよく挙げられます。
さらに、自分の意見をかたちにしていくためにも、上司に対して影響力を行使する必要があります。意思決定の権限を持つのは上司ですから、自分の意見をきちんと伝え、その意見を基に意思決定をしてもらわなければなりません。その意味で、「上方影響力」、すなわち上司に対する影響力は非常に重要です。
しかし、上方影響力の行使は必要でありながらも、なかなか難しいものです。みなさんも苦労されているのではないでしょうか? 上司と部下の関係において、部下から見ると、「上司はなぜこんな行動を取るのだろう?」「なぜわかってくれないのだろう?」「なぜ自分の意見が正しいのに採り入れてくれないのだろう?」といった疑問や疑念、難しさを感じることがあるかもしれません。
なぜこのような難しさが発生するのかというと、いくつかの理由があり、その1つに上司と部下の間の「認識のズレ」があります。この「認識のズレ」が影響力の行使を継続的に行うことを難しくしています。
具体的にどのような認識のズレがあるのでしょうか。部下の影響力の行使は、いつもうまくいくわけではありません。何かをやってほしいと思って働きかけても、うまくいく場合もあれば、そうでない場合もあります。特に、うまくいかなかった場合に、どのように受け止めるかが重要です。
この場合、部下は失敗の原因を「上司の責任」と捉えることが多いです。「上司がきちんと意思決定をしてくれない」「話を聞いてくれない」「まったく関係のない、思いつきのアイデアを採用した」など、上司の責任に帰することが一般的です。
一方、上司側はどうでしょうか。上司は失敗の原因を「部下の能力不足」と捉える傾向があります。「部下の能力が足りないから失敗した」と考えます。上司は部下のせいにし、部下は上司のせいにするということで、失敗の原因についての認識にズレが生じるのです。その結果、互いに理解し合えないという事態が生じます。
「影響力の行使」というのは、複雑な人間心理が絡み合う難しい現象です。ただ意見を押し付けるだけでもうまくいきません。もし上司に対して意見を押し通してうまくいくのであれば、「ボスマネジメント」などという言葉は生まれてこなかったでしょう。しかし、現実はそう簡単ではありません。
実際には上司との関係性や、どれだけ深い関係を築いているか、組織の文化や仕事の進め方、同僚との関係性など、さまざまな文脈が影響します。上司との関係性や組織の文脈を理解し、考慮しながら戦略的に働きかけることが必要です。
方法やアプローチを間違えると、逆に上司との関係性が悪化する可能性があります。上司に働きかけた結果、上司から嫌われたり、印象が悪くなったりして、結果的にキャリアに傷がつくリスクもあります。影響力の行使はリスクの高い行為でもあるのです。
そのため、無計画に影響力を行使するのではなく、慎重に行動することが求められます。部下が上司に対してどんどん働きかければ良いというわけではありません。行使の仕方を間違えると、重大なネガティブな結果を招く可能性があるため、注意が必要です。
本日考えたいのは、上司に対する影響力の行使、すなわち「ボスマネジメント」を効果的に行うためのポイントです。上方影響力に関する研究は古くから行われてきました。これらの研究から得られた知見をいろいろな角度から紹介し、ボスマネジメントの含意を探っていきたいと思います。
まずは、上方影響力、つまり部下から上司に対する影響力の行使の種類について考えてみましょう。「影響力の行使」と一口に言っても、方法やアプローチがいくつも存在します。本日のセミナーでは、代表的なアプローチを9つ紹介します。
部下から上司に対する働きかけには多様な方法があり、これらは経営学で「戦術(tactics)」と呼ばれますが、広い意味で「作戦」とも言えます。これらの作戦を理解し、適切に活用することが重要です。
では、どんな作戦があるのか、代表的なものを紹介していきます。全部で9つありますが、そのうちの5つをこのスライドに示しています。
1つ目は「合理的説得」です。これは上司に対して論理的に説明したり、事実に基づいて説得したりする方法です。合理的に説得するという戦術です。続いて、「鼓舞訴求」という方法があります。これは上司の価値観や理想に訴える方法です。上司が大切にしている価値観や、組織の理想に訴えかけて動いてもらうというものです。
さらに、「相談」です。上司に協力を求め、自分の提案を修正する方法です。上司から意見をもらい、それを基に自分の考えを修正していくという戦術です。これも1つの影響力の行使方法です。次に、「取り入れ」。これは上司を褒めたり好意を示して、好印象を与える方法です。いわゆるおべっかを使う方法で、上司の機嫌を取る、歓心を買うといった方法です。
最後に、「交換」です。これは「何かをあげるので、その代わりに自分の思うものを通してください」といった、利益や見返りを約束して、協力や支援を求める戦術です。上司に対して働きかける方法には、多くのバリエーションが存在することがわかります。
他にも戦術があります。「個人的頼み」という方法です。これは上司との友情や関係性、忠誠心に訴えて助けを求める方法です。個人的な関係を活かして、「あなたと私の仲じゃないですか」と働きかける戦術です。
次に「連合」です。これは他の人の支持や助けを引き合いに出しながら同意を求める方法です。例えば、「同僚もみんな賛成しています」といった具合に働きかけるのが「連合」です。
そして「正当化」。これは自分の持つ権限や組織の方針、規則などを引き合いに出しながら正当性を主張し、影響力を行使する方法です。「会社のルールで定められているので、こうしましょう」といったアプローチが「正当化」と呼ばれます。最後に「圧力」です。これは半ば強制的にプレッシャーを与え、要求を通す戦術です。
このように、代表的なものだけでもさまざまな上方影響力の戦術があります。これらの「影響戦術」を理解し、状況に応じて適切に使い分けることが、効果的なボスマネジメントには欠かせません。
多くの戦術があると感じられるかもしれませんが、影響戦術をさらに「ハード戦略」「ソフト戦略」「合理的戦略」の3つにグルーピングすることができます。「ハード戦略」は、上司に対して直接的にプレッシャーを与える行動を指します。例えば、「自己主張」は、自分の要求を強く主張して上司を動かす方法です。
「上方アピール」は、上司の上司に働きかけて、その上司から自分の上司に対して指示を出してもらう方法です。この方法は会社によっては許容されることもあれば、避けるべきとされることもあるでしょう。先ほど紹介した「連合」もハード戦略の一部です。同僚や部下と連携して上司に圧力をかける方法ですね。
一方、「ソフト戦略」は上司の機嫌を取る戦略です。
「取り入れ」と「交換」がこの戦略に該当します。「取り入れ」は、褒めたりお世辞を言ったりして好印象を与える方法です。「交換」は、見返りを提供することで要求を通す方法です。例えば、「これを通してくれれば、こんないいことがありますよ」といったかたちで上司の機嫌を取るのが「交換」です。
最後に「合理的戦略」です。
これは論理的なアプローチで上司を説得する方法です。例えば、「合理的説得」は、論理的に議論を行い、事実に基づいて上司を納得させる戦術です。「正当化」もこの戦略に含まれます。自分の権限や組織のルールを引き合いに出して正当性を主張する方法です。
このように、代表的な影響戦術は9つあり、それらを「ハード戦略」「ソフト戦略」「合理的戦略」に分類することができます。「直接働きかける」「歓心を買う」「論理的に説得する」といった方法がそれぞれの戦略に該当します。
ここで知っていただきたいのは、ボスマネジメント、つまり上司に対する働きかけには多様なアプローチがあるということです。「自分は合理的戦略ばかり使っている」「ソフト戦略が得意だ」というように、各自で得手不得手や好みがあるかもしれませんが、みなさんもさまざまなレパートリーを使っているのではないでしょうか。また、組織によって求められるボスマネジメントや上方影響力の行使の仕方も異なるかもしれません。
今説明したような上方影響力の戦術、つまり上司に対する働きかけの方法は、状況によって異なります。「どの戦術が効果的なのか」という問いに対して、組織の風土や部下の目的、地位などの要因によって、適切な戦術が変わってくるのです。このパートではその点について説明します。
まずは組織風土の影響です。組織の風土によって、有効となる戦術が異なります。例えば、合理的な組織風土では、データや根拠を重視して物事を進め、意思決定を行います。
こうした風土では、合理的戦術がフィットし、データや論理的議論を用いることで説得が成功しやすくなります。
逆に「政治的な組織風土」、つまり社内政治が盛んな風土では、政治的戦術が有効です。具体的には「連合」や「圧力」といった方法が効果的です。
「連合」は同僚や仲間の支持を引き合いに出し、「みんなも賛成しています」といったかたちで影響力を行使する方法です。「圧力」は要求を暗黙的に半ば強制するようなプレッシャーをかける方法です。政治的な組織風土では、これらの方法がよく用いられることがわかっています。このように、組織の風土によって有効な戦術は異なります。
さらに、影響力を行使する目的によっても、用いられる戦術は異なります。例えば、「自分のための目的」と「組織のための目的」では、戦術が変わってきます。個人的な目的と組織の利益を目的とする場合では、上司への働きかけのアプローチが異なるのです。
まず、個人的な目的について考えてみましょう。例えば「昇給したい」「昇進したい」「休みたい」といった個人的な目的に対して影響力を行使する場合、「取り入れ」がよく用いられることが検証されています。「取り入れ」は、褒めたり好意を示して好印象を与える戦術です。
一方で、組織的な目的においては、「このプロジェクトを進めたほうが組織にとって有益だ」という理由で上司に対して影響力を行使する場合があります。組織にとって有益な目的のためには、「合理的説得」「自己主張」「交渉」といった戦術がよく取られます。
「合理的説得」は、論理的な議論や事実に基づいて説得する方法です。「自己主張」は、自分の意見を強く主張することです。「交渉」は、話し合いを通じて妥協点を探るアプローチです。このように、論理的に自分の意見を述べて話し合おうとすることが、組織的な目的の場合によく取られる戦術です。
ここで重要なのは、影響力を行使する際に、その目的を考慮する必要があるということです。目的によって適切な戦術が異なる可能性があるのです。
さらに、地位も影響します。組織における地位が低い、つまり権限が少ない場合、「取り入れ」と「合理的説得」がよく用いられることがわかっています。「取り入れ」は、上司の好感を得ようとする方法です。「合理的説得」は、事実に基づいて上司を説得する方法です。
地位が低い場合、影響力を行使するための戦術として「連合」は難しいことがあります。仲間がついてこないと、この方法を取るのは難しいのです。パワーを持っていない状態でも取れる戦術として、「取り入れ」や「合理的説得」がよく用いられます。地位が低い人ほど、これらの方法を用いざるを得ないと言えます。
また、上司との関係性によっても取られる戦術が異なることが学術的に検証されています。みなさん、上司とは仲が良いですか? それともそうではないですか? 上司との関係が良い場合には、「オープンな説得」と「戦略的説得」がよく行われます。
「オープンな説得」とは、率直に見解を主張する方法で、意見を率直に述べることです。「戦略的説得」は、すべてを言わずに部分的に自分の意見を伝える方法です。
上司を味方と捉えている部下は、「オープンな説得」と「戦略的説得」を行う傾向があります。上司に自分の考えをきちんと伝えようとするのです。これらの戦術は、上司との関係性に応じて選ばれるべきです。良好な関係であれば、よりオープンな説得が効果的です。
一方で、上司との関係があまり良くない、希薄な場合はどうでしょうか。こういった場合には「操作」がよく使われます。
つまり、ひそかに影響力を行使しようとするのです。面と向かって意見を言ったり、自分の考えを明確に伝えることはあまり行いません。周囲を固めたり、それとなく伝えたり、タイミングを待つといった間接的な働きかけになります。
ここからわかることは、ボスマネジメントで自分の意見を伝えたい場合、上司との関係をきちんと築くことが重要だということです。
逆に、上司との関係をきちんと作ることができれば、自分の意見をオープンに伝えることができ、開かれたコミュニケーションが可能になります。これにより、余計な歪曲や操作を行わずに、ダイレクトに自分の考えを伝えることができます。上司との関係性は重要です。関係性を良好に保つことで、効果的なボスマネジメントが可能になります。
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