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伝える力【話す・書く】研究所所長であり、 ライティングサロンも主宰する山口拓朗さんに学ぶ 「伝わる文章」の実践的ノウハウ(全7記事)

文章に対する苦手意識の正体は、「正解がある」という“誤解” 自分らしい文章を書くための、名文の「模写」トレーニング

インターネットを通じて誰もが自由に発信できる時代。ブログやSNSで、文章を書く機会も多くなっています。本セッションでは、「伝わる文章」をテーマにした、山口拓朗氏と高橋朋宏氏の対談の様子を公開。数多くの文章術をテーマにした著書を出し、ライティングサロンも主宰する山口氏から、「伝わる文章」の極意を学びます。本記事では、自分の文体を作るトレーニング方法が語られました。

フリーランスでサラリーマン並みの稼ぎがある時は、睡眠3時間の生活

高橋朋宏氏(以下、高橋):そうやって(フリーライターになってから)サラリーマンの時と同じような稼ぎになれるまではどれぐらいかかりましたか?

山口拓朗氏(以下、山口):そうですね……。サラリーマンの時の稼ぎっていう意味では、1年以上はかかっていますね。ただフリーランスで、サラリーマンと同じ稼ぎになった時がどういう状態かというと、めちゃめちゃ仕事がありすぎる。家にいながら3時間しか寝られない生活を何年かしているみたいな構図だったんですよ(笑)。

高橋:テレワークしながら(笑)。

山口:ライターって決して高収入ではなくて、1ページでいくらとか、何文字でいくらの世界なんですね。それをとにかく次から次へとやっていくんですけど。やっぱり量がとにかく多かったですね。サラリーマンと同じ収入を得るためには、本当に寝ずに働かなくちゃいけないみたいな状態でしたね。

だから家にいながら、出版社と同じような感じで、布団で寝ないんですよ。机の下で寝てるとか、こうやって机に突っ伏して寝るとかっていうのを(笑)。

高橋:(笑)。

山口:けっこうやってたんですよ。若い時だからできたなっていうのは、本当に思いますね。

高橋:でもお子さんも小さい状況で、家で仕事ってなかなかハードですよね。

山口:ハードですねぇ。娘のことも見ながら、それこそ幼稚園の送り迎えとかもやってましたし。ハードですね。

高橋:昼間は奥さんと子育てしながらで、子どもが寝静まったらようやく仕事ができるって感じなんですね。

山口:そうです、そうです。僕、当時は完全に夜型だったので、夜にやってましたね。夜が静かになって一番集中できるというか(笑)。

自分の好きなことを書けるブログの可能性と楽しさ

高橋:独立されたのが、2000……?

山口:2002年です。

高橋:じゃあ、96年ぐらいに社会人になった。

山口:そうです、96年ですね。

高橋:なるほど。2002年に独立されて、当時はちょうどメルマガがあった頃で、ブログはまだない。

山口:まだなかったですね。一部ありましたけど、ほとんど使ってる方はいない。mixiとか、一部の掲示板的なものとか、その時代ですよね。僕も最初、2005年ぐらいですかね、ちょっとしたブログ的なものは始めたんですけど。ただ、書いてる人ってまだ世の中にほとんどいなかったですね。

高橋:どこでブログを書いてたんですか?

山口:なんていうところだったかな……ちょっと名前すら忘れちゃいましたね。

高橋:(笑)。

山口:無料で使えるような場所があったんですね。たぶんその後になくなっちゃったと思うんですけど。その時に、仕事で受ける文章ではなくて、自分が思ったことを書く文章を、少ないですけど、世の中の人が見てくれることに可能性と楽しさを感じた記憶はすごく残ってます。

高橋:なるほど、自分が書いた文章を読んでもらえるという。

山口:そうですね。請け負う仕事ってやはり「こういう取材をしてくれ」とか「こういうテーマで」っていうものが与えられるわけですけど、ブログは自由に書けるんですね。なのでその時は、本の感想とか映画の感想とか、そういったのを自由に書いてたりしたんです。忙しかったんですけど、そういう文章が息抜きになった。

高橋:なるほど。言い方がいいかどうかわからないですけど、プロとして稼いでいくための文章を書く仕事があって、一方で本の感想とか書評とか、自分の趣味の領域で文章を書いていたと。

山口:そうです、そうです。

高橋:本当、文章オタクですね(笑)。

山口:そうですね。自分ではそんなふうには思っていなくて、世の中の人って比較的そういう感じなのかなと思ってたんですけど。今思うとそんなことないですね(笑)。文章オタクですよね。

文体の模写が、自分の文体作りのトレーニングに

高橋:一方は必要とされて、発注されて「これが必要なんだ」ということで書く。もう1つの自分発信の文章は、必要とされてるかどうかもわからない状態で書くわけですよね。そのモチベーションになったものは何なんですか?

山口:やっぱり「自分の好きなことを書ける」ことですかね。請け負う仕事は「誰に届けるのか」って読者のことを思い浮かべたり、その人たちがどういう情報だったら喜んでくれるのかを考えながら、情報を取捨選択していくわけですけど。

自分で書くものは、あえてちょっと文体を崩して、楽しげな文章を書いてみたりとか、すごく硬質な文章を逆に書いてみたりとか、実験的な場でしたよね。

高橋:なるほど。

山口:沢木耕太郎さんのルポのような、すごくハードボイルドな感じで書いてみたりとか(笑)。椎名誠さんのように砕けた感じで、言葉なんかもおもしろい言葉を使ってみたりとか。いろんなことを試して書いていました。今考えると、そういうのも自分の文体づくりの1つのトレーニングというか、エクササイズになったのかなという気がします。

高橋:それ、めちゃくちゃおもしろい話ですね。沢木耕太郎さんと椎名誠さんと、あとほかにもいるんですか?

山口:(笑)。村上春樹さんも好きだったので、比喩ですよね。村上春樹さんのような比喩を真似するというか、ああいう感じの文章ってどうやって書けばいいんだろうかっていうことをやりました。

高橋:書けますか?

山口:書けないですね、もちろん書けなくて。僕はけっこう模写をやりましたね。自分が「こういう文体をいつか書いてみたいな」という人のものを、まずはそのまま書き写してました。

文章を模写することで、著者の世界観も追体験できる

高橋:キーボードで書き写すんですか? それとも手書きで?

山口:当時はキーボードで書き写していましたね。キーボードで書き写しながら、いろいろなことを感じるんですよね。「この人は点をここに打つのか」とか(笑)。「あえてこういう言葉を選んでるんだな」とか、それこそとても自分では出せないような比喩表現みたいなものとかね。

追体験できるというか、「どういう気持ちでこれを書いたんだろう」ということまで入ってくるんですよね。だから今考えると、そういう体験が文章力アップにつながっていたんじゃないかなと思ってます。今も比較的自由に、ちょっと硬めの文体とか砕けた文体を書き分けられるので、やっといてよかったなと思います。

高橋:なるほど。めちゃくちゃ有効なトレーニングですよね。

山口:そうですね。手軽で誰でもできるトレーニングなんですけど、やってる人は意外と少ないと思います。

高橋:そうなんですよね。これをお聞きいただいている方は、これからライターになりたいという方もいらっしゃるでしょうし、ライターの方もいらっしゃるし、これから著者になろうという方もいらっしゃると思うんですけど、意外とやってない。文章の書き写しをやるのは、めちゃくちゃいいですよね。

山口:そうですね、本当にいいと思います。やってみると楽しいと思うんですよね。「写すのなんか面倒くさい」と思うかもしれないんですけど、やってみるといろんなことを学べますし。文章の書き方もそうなんですけど、自分が気に入ってる作家さんとかであれば、その人の価値観とか哲学みたいなものまで、なんとなく入ってくる感じがするんですよね。

高橋:文章を模写しながら、その著者の方の世界観とかも。

山口:そうですね、世界観みたいなもの。ただ目で追って読んでいる時とは、感覚的に違うんですよね。たぶんインプットしてアウトプットする作業の中に、なにか秘密があるとは思うんですけど。この体験をしていただきたいなと思います。自分が好きな作家さんとか、「この人みたいな文章書きたいな」っていう方でいいので、やってみるといいかなと思います。

芥川賞作家もやっていた、三島由紀夫の文章の模写

高橋:大学生の時に芥川賞をとられた平野啓一郎さんは、三島由紀夫の文章をとにかくずっと模写していたという。

山口:へぇー、そうなんですね。

高橋:三島由紀夫の「てにをは」の使い方をとことん意識して。

山口:あぁ、そうなんですね。けど、そういうことをやっぱりやられてるんですね。平野さんの初期の作品は、言葉づかいとかめちゃくちゃ難解じゃないですか。

高橋:難しい。難解です(笑)。

山口:どういう経験をしてきたらああいう文章が書けるのかなと思いました。ただ今の話を聞くと、ご自身の体験だけじゃなくて、おそらく文章トレーニングもやられてるんでしょうね。

高橋:ちょっと違う例えになるんですけど、ピカソという画家がいるじゃないですか。当然あのピカソになるまでにいろんな時代、青の時代とかナントカの時代とか、いろんな段階を経ていて。

山口:ありますよね。

高橋:そのもっと前の、要するに青年ピカソぐらいの時のスケッチが残ってるんですよね。そのスケッチを見た時に、僕はただ「うまいな」って思っただけなんですけども、僕の横にいた人が絵をやってる人で、「これはすごい」って言ってめちゃくちゃ感動してて。いわゆるピカソっていう絵じゃなくて、そっちのデッサンのほうを。

山口:それはどういう点に感動されたんですかね。

高橋:おそらくほかの人のデッサンよりも、やっぱり基礎がはるかにすごいと思ったんじゃないですかね。

山口:なるほど、なるほど。それはすごくわかる気がしますね。

大学教授の書く文章がわかりにくい理由

山口:わかりやすい文章とか、今日の「伝わる文章」とかは1つのテーマなのかもしれないですけど、易しい文章って書くのが難しいと思うんです。本当に基礎がちゃんとできてないと書けないんですよね。

だから難しく書くことって意外と簡単で(笑)。こねくり回したりとか、それっぽくカッコつけたりすると難しい文章にはなるんですけど、やっぱり易しく書こうと思えば書ける方が、魅力的な文章を書くのかなと思うんですよね。おそらく基礎の上にご自身の魅力がコーティングされて、内容とももちろんリンクはしてますけど、その人なりの文体ができあがっていく気はしますね。

高橋:ものすごく尊敬している方で、僕が勤めていたサンマーク出版の植木宣隆社長がよくおっしゃってたのが「一流は難しいことを易しく書ける」「二流は難しいことを難しいまま書いてしまう」と。

山口:(笑)。そうかもしれないですね。

高橋:で、「三流は易しいことを難しく書く」(笑)。

山口:(笑)。なるほど、すごくわかりやすいですね。本当、そのとおりです。だから大学の教授の方とか博士の方とかが書く文章って、意外とわかりにくかったりするじゃないですか。

中身の情報として持ってるものはたぶん一流だと思うんですよね。だけどやっぱり、それと「伝える」ことは少し違って。その持ってる情報をいかに相手にわかりやすく伝えるかという技術は、文章を書く上ですごく大事かなという気がします。

世の中には「わかりにくいけど味わい深い文章」もある

高橋:そうですよね。僕も編集者なので「わかりやすく伝える」ことをものすごく意識して仕事をしています。ライターさんにも著者の先生に対しても、「ちょっとここ、わかりにくいです」ってところをわかりやすく直してもらったり、自分で直したりしていくんです。でも、「わかりにくいけど味わい深いもの」も、世の中にはあったりするじゃないですか。

山口:そうですね、ありますね。

高橋:例えば小林秀雄とか(笑)。2、3行の同じところを、何回読んでもわかんないみたいな。いい文章って言えるかどうかはわからないんだけれども、思想的にはすごいものがあったりしますよね。この違いって何なんですかね?

山口:そこは本当、深いところですよね。確かに「易しく書く」ってすごく大事なことなんですけど、じゃあ平易を追求すればそれがすべていいわけではないと。

だからそこに「個性」ですよね。その人なりの言葉なんでしょうね。その人にしか出せない言葉だったりとか、あるいは点の打ち方一つでも、その人にしか打てない点とか。一文の長さとか、接続詞の使い方とかがあって。そこをどう判断するかは、それぞれの編集者さんの基準になるんでしょうね。

優れた編集者とそうでない人の違いは、著者の魅力をどこまで残すか

山口:おそらくですけど、優れた編集者さんとそうでない方は、そういうところに関する感覚が違うのかなという気がします。著者の魅力をどこまで残すか。著者の魅力として捉えるのか、あるいはわかりにくさとして判断するのか。ここはすごく難しいし、なかなか言葉では表現しにくいところです。

けどタカトモさんがおっしゃったとおり、その人の「思想」ですよね。思想まで含めてその文章を見た時に、すごくいいんだと。味なんだ、必要なんだということは多々あると思います。

高橋:そうですね。僕も原稿をリライトしている時に、その人らしさは消しちゃいけないって心がけています。

山口:すばらしいですね。

高橋:逆に言うと、その人らしくしていく。

山口:あぁ、すばらしいですね。そういう編集者さんに編集していただける著者は、本当に幸せですよね(笑)。

高橋:いえいえ、そんなことないですけど(笑)。やっぱりきれいにきれいに整えていくと、消えていくものもあるんですよね。

山口:ありますよね。普通に考えれば、例えば「これさっきも言ったから削っちゃお」っていうふうになってしまいがちなんですけど、そこでもう一回言うことの価値もきっとあるので。そこをちゃんと判断できる、判断してくれるのがすごく大事ですよね。だけどここにゴールはないというか、正解がないというか。

高橋:ないですね。

本の目的やターゲットによって、文章を「エモく」書くことも

高橋:山口さんご自身はいろんな著者の先生の文体を模写されてきて、ある意味いろんなパターンが身についてるわけじゃないですか。そんな中でご自身で書かれた著書は何冊になりますか? ものすごい数になると思うんですけど。

山口:今は21冊ですね。

高橋:21冊の本を書かれていて、そのほとんどが文章術や書くことをテーマにしたものですよね。文体とかを、本によって使い分けることもあるんですか?

山口:あぁ、そうですね。もちろん自分の個性を出すことも意識はしていますけど、今私が書いてるテーマは、どちらかというと文章術をわかりやすく伝えることにかなりウエイトを置いているので。どちらかというと平易なほうに向けて、そういうこと(文章術)を意識して書いてるかたちですね。

もちろん、ものによっては少し変えています。今度の冬ぐらいに出す本は、例えばですけど、まだ情報発信をしたことがない、SNSを使いたいけど使ったことがない人に向けて書こうかなと思っているんですけど、そういった方に向けて書く時は、これまでの書き方とは変わってきますね。

なんでかっていうと、そういう人たちには文章術ではなくて、「SNS書きたいな」「私にも書けるんだ」という、自信をつけてもらうところがゴールになってくるんですよね。そういうゴールがある時には、情報を正しく伝えるとかわかりやすく伝えることじゃなくて、その人の気持ちに寄り添いながら、最終的にはゴールへ導いていく文章が必要になってくるので。

ちょっと今時っぽい言い方になっちゃいますけど、やや「エモく」書いていかなきゃいけないと思います。ただロジカルなだけじゃなくて、エモさを含めていくことは、著者としてやっていくと思うので。本のターゲットとか目的によって変えていってる感じですかね。

「いろんな書き方が世の中にあるんだな」と知ってもらうだけでいい

高橋:なるほど。ちょっとほかの著者の方の本で恐縮なんですけれども、『取材・執筆・推敲』っていう……。

取材・執筆・推敲 書く人の教科書

山口:あっ、この前出た分厚めのやつですよね。

高橋:そうですね。わかりやすく書くための教科書的な本なんだけれども、あそこで書かれている文体はなにか引き込まれる。

山口:わかります、わかります。

高橋:相当意識してるのは当たり前なんですけれども、その文体を作ることだけでもすごく極めているんだな、という。

山口:そうですね。古賀史健さんが以前書かれた文章本とかは私も拝読してますけど、めちゃめちゃ心にきます。すごく熱くなります。やっぱりそういう思いを持ってるし、それをしっかりと表現する力をお持ちなんだろうなと思います。ああいう本もすごくいいですよね。

高橋:文章術の本で、拓朗さんの沢木耕太郎風の文章とか読んでみたいな(笑)。

山口:(笑)。たぶんもう少し先ですけど、これからいろんなテーマで本を書いていきたいなとは思っているので。もっと自分の特色を出していきたいなと思ってます。いろいろ書いてみたいですね、ハードボイルドな(笑)。

高橋:(笑)。ハードボイルドな文体を教える本とか、おもしろいですね。

山口:あ、おもしろいですね。

高橋:同じ内容のものを「オネェ風」「ハードボイルド風」とかいろいろ……(笑)。

山口:(笑)。だけど、文体の本は意外とないんですよね。「書き分け」はちょっと書いてみたい企画の1つとして頭にはあるんですけど。

高橋:書き分けられる人はなかなかいないと思う。ものすごいマニアックな本で、あまり売れないかもしれないですけど(笑)。

山口:売れないかもしれないですね(笑)。もしそういう本ができたとしたら、書き分けられるというよりは「いろんな書き方でOKなんだ」「いろんな書き方が世の中にあるんだな」っていうことがわかる。それを知るだけでもすごくいいと思うんですよね。

高橋:そうですよね。

文章に苦手意識があるのは、「正解」があると思っているから

山口:文章って、けっこう多くの方が苦手意識を持ってるんですね。僕も200人ぐらいの研修の現場とかで、「文章が得意な方いますか?」って言うと、ほとんど手が挙がらない。1人か2人ぐらいしか手が挙がらないんですね。みんな一流企業の人たちですよ。それぐらい、自分は文章力がないとか、苦手だとかって思っているんですよ。

その理由としては、やっぱり文章に対する正解を求めちゃってるって言うのかな。おそらく学生時代にレポートを出すとか、小論文を書くとかして、先生に評価をもらうわけですよね。その時に、起承転結でしっかりと構成をした書き方で書かなきゃいけない、正解があるんだろう、100点満点のものがあるんだろうという意識が、たぶん根強くあるのかなという気がしていて。

それを未だに社会人になっても引きずっているところがある。もうちょっといろんな書き方……もうちょっと自由で、自分らしさも表現していいんだよということは、僕もまだ本ではあまり書いていないところなので、いつか書いてみたいなと思います。

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