2024.10.10
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北原成憲氏(以下、北原):この「ヒットプロダクトを創るために必要なこと」というところで、鳴海さんからは今のようなお話がありました。塚原さんはこの質問に対してどんなポイントが重要だと思われますか?
塚原敏夫氏(以下、塚原):北海道に酒造会社を作ろうと決心した頃、まだぜんぜん資金の調達もできておらず、三重からの移転免許も降りていなくて、でも「作りたい」という意志だけはありました。僕には造れないから、酒を造れる人を見つけなきゃいけない。日本酒では、工場長のことを「杜氏」といいます。杜氏さん候補の人と一緒に、新橋にあるテーブルが30センチ四方で4人席というディープな居酒屋で飲んでいたんですね。
向かいの人の声も聞こえないようなにぎやかなお店で、みんなコップ酒を飲んでいるんですよね。ところが、飲みながらその杜氏さんが僕に「ねぇ塚原さん、これ。もし塚原さんがそのコップで『もう一杯!』と言ったら、倍ですよ、売上」と言われたんです。
それでドキッとした。「ワイングラス1杯、おいしい日本酒を」というようなものなら、今はどこにでもあると思いますが、「『もう一杯くれ』と言うお酒。僕はそういう酒を目指したい」と杜氏さんが言ったんですね。「ああ、この人にしよう」と思った(笑)。
その人をその場で採用を決めました。そういう酒造りを目指したんです。ただ、もう一杯という酒は、どんなお酒だと思いますか? 僕もこれは、鳴海さんとまったく一緒なんですよ。自分が欲しくないものは作りたくない。大量生産された酒を、僕なら「もう一杯」とは言いたくないと思うんです。
やっぱり、手造り小仕込で、すごく丁寧に造っているものと、造り手の顔が見える材料がそろっている。やっぱりそんなものだからこそ、その店にあっても、おいしかったから「もう一杯」と言うんだと思うんです。これが家に帰ってお向かいのコンビニで売っていたら、わざわざそのお店で「もう一杯」とはたぶん言わないと思うんですよね。
それをその場で、その瞬間にすごく感じた。条件として、自分が納得して「もう一杯」というものにしようと。それから絶対に手を抜かないで、量はできなくてもいいから本当に丁寧な酒を造ろう。これだけをその場で決めて、創業しました。結果としてできたときに、Makuakeさんの力もありましたが、本当に造るのが追いつかないくらいに売れまして。夢がかなったと思います。
北原:ご自身が「もう一杯」と言いたくなるような酒の味、生産方法、顔が見えるコミュニケーションを目指したという。
塚原:(お客さんに)酒蔵を見に来て欲しいと僕は絶対に言うんですね。「酒蔵を見に来てください。見に来くれば、絶対にうちの酒のファンになりますから」と。そうした造り方をしています。「こんなに丁寧に造っているの!?」というような造り方をしています。だからこそ、自信を持って「もう一杯」と絶対に言うだろうなと。「もう一杯」と言わせるために丁寧に作るのは、レストランの料理人と同じですからね。手を抜かないからこそ、そのとおりにここまで来ているんだと思っています。
北原:塚原さんにお聞きしたいことがあります。塚原さんは野村証券に勤めておられて、ご活躍もされていて、順風満帆な人生を歩まれていたときに、それを辞めた。しかも酒蔵をはじめるという、端から見れば非常にリスクのあるチャレンジに見えることに足を踏み入れられているわけなんですが、そのきっかけや原動力はなんだったんですか。
塚原:そんなかっこいいものではなくて、やっぱりそのときそのときで、なにかそれをやらなきゃいけない雰囲気になるんですよね。そうなったときに「先ずはやるか」と。やるのであれば、理由付けはこうこうしよう、というようなことですよね。
北原:まずはやるということを先に決めたような。
塚原:まずはやる、やらなきゃいけなくなるということですよね。
北原:それは、すごく自分を追い込んで、結果を出せるように動いていったということでしょうか。
塚原:運と縁もあると思います。
北原:ありがとうございます。小野さんはこのテーマについて、どのように思われますか。
小野直紀氏(以下、小野):この質問を見て違和感を感じました。ヒットプロダクトを創るということが目的になるのは良くないんじゃないかと。たぶん、このお2人もそう思っているのではないかと思います。ヒットプロダクト、結果としてヒットするということはもちろん狙っていきたいんですが。
ヒットすればなんでもいいのかといえば、そういうことではない。やっぱりもっと自分が作りたいからということがすごく大きいですね。僕はずっとものづくりをやってきたので、作りたいと思ったらそれを実現する当てのようなものをいくつか持ってはいたんです。
その手段の1つとして博報堂や、博報堂が持っているお金やリソースを利用したというところもあります。「これを作りたい」と思えば、体が勝手に動くというか、体が勝手に動くものに出会うかどうかということがまず大事だと思います。
北原:ちなみに、身体が勝手に動くようなものを見つけること自体に悩んでいる人もいるわけですが、そこに対してアドバイスなどがあればぜひお願いしたいです。
小野:出会っていないだけだと思います。出会うまで考えないといけないだろうし、出会うまでに世の中を見たり、自分を見つめたりということの繰り返しだと思っています。
北原:お2人は、どうですか。
鳴海禎造氏(以下、鳴海):ものということで言えば、みなさんのなかに「欲しいもの」があるのだろうかということですよね。自分自身に欲しいものがなければ、みんなが欲しいものを作るのは難しいのではないかと思います。
北原:欲しいものがそもそもないと、他の人が欲しいものを作れるわけがない。なるほど。塚原さんはいかがですか。
塚原:先ほどの話と一緒なんですが、例えばテレビを見たら(欲しいものが)偶然映っていた、旅行に行った、ネットで見たというように、いろんなきっかけがあると思うんですね。
自分が何に惹かれるのかというと、僕は先ほども言ったように、ヒットさせるために、そこまでやるのかというようなことに、ものすごく感動して反応する。僕は証券会社が長かったのですが、これは金融マンと同じだと思います。
「そこまでやるの?」という人が会社には絶対にいるんですね。そうしたことに僕はすごく感動します。逆にそのように自分もなれるように、先ほどの話じゃありませんが、出会うというか、見つけるということは必要だと思いますね。
北原:Makuakeの話をさせていただくと、プロジェクトを見ていて思うのは「嘘はバレる」ということです。日々ユーザーと向き合っていて思うことです。やっぱり想いが強い実行者さんは、プロジェクトページからその想いがすごく伝わってきますし、そこになにか想いが乗っていないとユーザーには勘づかれてしまう。これはプロジェクトをやっていてすごく思うところです。
小野さんにもう1つだけ質問をさせていただきたいのですが、企業で新しいことにチャレンジしようと思ったときに、飛び出すのは「前例がないものは難しそうだな」「社内のいろいろなゴタゴタがあったりしそうだ」というような話をいろいろと聞くのですが、そこに対して小野さんの考えがあれば、ぜひ教えていただきたいと思っています。
小野:そうですね、まず最初に、最近よく考えていることなんですが、人間は有限である、命が尽きれば終わりとなったときに、今所属している会社に使われるというか、会社のために働くようなことはわりとどうでもいい。自分という人間と会社というものが、どう掛け合わせることで成長していけるのかということだと思います。
「自分がこれをしたい、でも会社はそれを求めていない」という状況に不満を持つのではなくて、「自分はこれがしたい、会社はこうあるべきだ、こうなっていくべきだ」というところを見出しながら、その接点にあるものを作っていく。僕がPechat(ペチャット)を作ったときも、基本はその考え方で会社は何をやるべきなのかということと、僕は何がしたいのかということを、掛け算をするということを前提にしていました。
そうでなければ、お2人のように独立して、自分でお金を集めてやるという選択肢を取ったほうがいい。会社に残って新しいことをやるには、会社と自分との掛け算を積極的に考えるということだろうと思います。
北原:小野さんと以前お話ししたときにも話題になりましたが、大企業にいながら新しいことにチャレンジすることは、むしろノーリスクに近いんじゃないかと(笑)。
小野:うちの会社の場合は、給料の差がすごく少ないのです。だいたいの大企業は給料の差はないと思いますが、めちゃくちゃノーリスクだと思っている。その中で変なことをしたやつというか、なにか目立ったやつが意外と評価される文化があったりもするんですね。そのときに、ある誠意というか、会社に対する誠実さを持って目立つということ自体には、なんのリスクもないということに気づいてから、めちゃくちゃ会社に頼まれてもいないことを勝手にやるというようになりました。
北原:ノーリスクだから、自分が本当にやりたいことがあればどんどんチャレンジしたほうがいい。会社のリソースを使って掛け算をして、もっともっと大きいことを成し遂げていくということが大企業ならできるんじゃないかということですね。
小野:はい。そうですね。
北原:ありがとうございます。2つ目のテーマです。実は、このセッションにはサブタイトルがついております。「世にない新カテゴリーを生み出す」というものですが、まさにこのお3方ですが、世の中にないような新しいものを作ったり、新しいビジネスモデルにチャレンジするといったことにトライをされているわけです。これはぜひ塚原さんにお聞きしたいと思います。
今日ちょうど、日経さんに記事が取り上げられていますが、今度塚原さんは、大学と連携をされて、人材育成も含めた酒蔵というビジネスモデルを確立されるという話題がありました。それは新カテゴリーを生み出すような市場を盛り上げていく取り組みだと僕は受けとったのですが、どのような狙いで、どのようなことを仕掛けようとしているのかについて、ぜひお聞きしたいと思います。
塚原:酒蔵を作ったときから、私のポリシーは「どんどん真似をしてほしい」ということでした。実は昨年1年間で100を優に超えるご視察の方々が日本全国からお越しになられました。自治体の方や企業の方です。本当にたくさんの方々がいらっしゃいましたが、すべての方に丁寧に対応しました。
隠し事は何もないので全部ディスクローズして差し上げます、どんどん真似をしてくださいと。どんどん地域活性化のために酒蔵をつくってください、というようなことで対応をさせていただきました。僕のコンセプトはみんなに真似をしてほしいということなのです。
私が酒蔵を起業した上川町というまちは、人口3500人で年間平均気温が約5度という山岳地です。もしここで地域活性化を担った酒蔵をつくることができれば、他の地域で誰にでも真似ができると思ったんですね。
僕はあえて上川町で作ったんですね。条件が揃い過ぎていると真似ができなくなるからです。そういう条件下からスタートする。まずは真似をしてほしい。真似をされてナンボということがあります。
先ほど北原さんからありましたが、本当に偶然ですよ。今日の朝刊で「上川大雪酒造が北海道の帯広畜産大学の構内に酒蔵を作る」という記事が出たんですね。
農業系の大学で、47都道府県から受験者がいるという、北海道では貴重な国立大学で、国有地の上に校舎を建てて、そこで酒を造るというプロジェクトがスタートしました。
校舎に酒蔵があって、そこで醸造学を学べるコースがあると、それに触れて「こうしたものはなかなかいいね、おもしろいね」と言って、日本酒業界に入ってくれる若い人が増えたら良いな思ったんですね。卒業して地元に戻ってからも、そんな話をしてくれて、真似をする地域や大学が出てくればいいと。すると業界が盛り上がる。こういった論法なんです。
大企業の役員の方が本当にいっぱい上川町まで視察に来ているんです。連絡いただいたら、「どうせなら泊まっていってくださいよ」と言って、酒蔵で宴会してゆっくり意見交換をするために、視察の方には可能な限り泊まっていってもらっています。みなさんもぜひぜひお越しになってください。
北原:ありがとうございます。新しいものを生み出されて、それをカテゴリーとして成立させるためには、自分たちだけの成功で終わってはいけない。それを真似できる構造を作って、市場を盛り上げていき、市場が大きくなれば、自分たちも売上が大きくなって、そこに新しいカテゴリーができていく。そういったことをお考えということですね。
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