2024.10.10
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“Soup Stock Tokyoらしさ”を創るデザイン(全1記事)
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中神美佳氏:よろしくお願いいたします。これから第6回目の「クリエイティブの密談」を始めていきたいと思います。
私から「クリエイティブの密談」の趣旨について、最初にちょっとご説明したいと思うんですけれども、せっかくなので先に乾杯をしたいと思います。皆様、お酒またはソフトドリンクを手に持っていただけますでしょうか。
今日はこの後、となりにいるデザイナーの上村がトークをして、その後はトークセッション形式で8時半ぐらいまでお話をさせていただき、その後懇親会となります。学びあり笑いありで、ぜひ皆様と一緒に盛り上がっていけたらと思います。それでは皆様よろしくお願いします。乾杯!
(全員で乾杯)
スマイルズはSoup Stock Tokyoや、セレクトリサイクルショップのPASS THE BATON、泊まれるアート作品の檸檬ホテルというようにさまざまな業態、ブランドを持っているんですけれども、クリエイティブ本部というのはそれらのブランディングやプロデュース、クリエイティブを、すべて担っている部署になります。
その中には「このメンバーがいると、1つお店が作れてしまう」というメンバーが揃っています。今日登壇するデザイナーもいれば、Webのクリエイター、店舗の空間やインテリアデザインをやる店舗開発、プロジェクトマネジメント、私のような広報という各分野のプロが集まっています。
「クリエイティブの密談」は、皆様と一緒に、「クリエイティブのあり方」や「クリエイティブの考え方」を一緒に考えていく場です。
この場からなにか新しいものが生まれたり、「こんな企みをしてみませんか?」と我々と皆様の間や最近では参加者同士の横の繋がりも生まれていると聞きます。
Soup Stock Tokyoは2018年が19年目で、2019年に創業20周年を迎えますが、今回は「Soup Stock Tokyoらしさ」を創るデザインということで、Soup Stock Tokyoのデザインを10年以上担当してきたデザイナーの上村が話をさせていただきます。では、バトンタッチしますのでよろしくお願いします。
上村貴之氏(以下、上村):では、よろしくお願いします。上村と申します。
まず、私の話の前に皆様にちょっとリラックスしていただくために、おとなりの人と自己紹介をしていただきたいです。チェックインと呼んでいますけれども、今日は「らしさ」の話ですのであなたの「らしさ」を3つ、おとなりの人に伝えてください。
司会者:小さい付箋がそれぞれテーブルの上にあると思うので書いてみてください。「1らしさ、1ポストイット」ですよね?
上村:そうですね。「1らしさ、1ポストイット」で書いてみてください。おとなりの人、いますか? いない場合は3人でお願いします。書いた人は「らしさ」を、となりの人と共有してください。
(参加者同士で自己紹介)
上村:はい。では終了! 場も和みましたかね。 緊張しているのは僕だけかと思いますが、まだ緊張されている方は飲んでリラックスしてください。
ではまず、私から自己紹介をさせていただきます。上村貴之と申します。紹介いただいた通り、スープストックトーキョーのブランディング本部ブランドコミュニケーション部というところにいます。一言で言えば、ブランディングを担当しています。
あと、兼務でスマイルズのクリエイティブ本部でグラフィックデザイナーもやっております。スマイルズ、スープストックトーキョーは(自身のキャリアの)3社目でして、11年前に入社し、それからずっとSoup Stock Tokyoのデザインをやっています。
僕が入った頃はスマイルズにはSoup Stock Tokyoしかなかったので、スマイルズ=Soup Stock Tokyoだったんですけれども、その後からネクタイブランドのgiraffeやセレクトリサイクルショップのPASS THE BATONなど、様々なブランド、業態ができてきました。僕は入った当時からずっとSoup Stock Tokyoのグラフィックを担当しています。
グラフィックを担当していると言っても当時は(従業員の)人数が多くなかったので、デザインだけではなく、企画もやっていました。
上村:今日のテーマでもある「Soup Stock Tokyoらしさ」ですが、5つあります。でも、「らしさ」って、そもそもなんなのでしょうね。皆様に質問です。あなたが思う「Soup Stock Tokyoらしさ」はなんですか?
それをまた、付箋に書いていただきたいと思います。付箋に、「あなたが思うSoup Stock Tokyoらしさ」、「Soup Stock Tokyoってこんな感じだよね」をいくつでもいいのでぜひ、書いてください。1分ぐらいでお願いできますでしょうか。よーい、スタート!
なんでもいいです。「あなたが思う」なので、すべて正解です。では、何名かに発表していただきたいと思います。
発表者1:スタッフの方の笑顔。
上村:笑顔。では、おとなりの方お願いします。
発表者2:「秋野つゆ」さん。
上村:「秋野つゆ」さん! (Soup Stock Tokyoのことをよく)知っていますね。
司会者:すごい。
上村:知らない方は「ぽかーん」と思われるかもしれませんがと思いますが、後で出てきます。では、その後ろの方お願いします。
発表者3:型にはまらない。
上村:おお!なんかいい感じですね。ではそのおとなりの方。
発表者4:時代の先端。
上村:おお。ありがとうございます。
司会者:時代の最先端! 嬉しくなりますね。
上村:それじゃあ、おとなりの方。
発表者5:都心のイメージ。
上村:都心のイメージ。じゃあ、おとなりの方。
発表者6:健康そう。
上村:健康そう。
発表者7:オシャレな空間。
上村:オシャレな空間。おとなりの方お願いします。
発表者8:アーティスティック。
上村:アーティスティック。もう少し聞いてみようかな。発表者9:シンプルだけど他にはないデザイン。
上村:シンプルだけど他にはないデザイン。はい、おとなりの方。
発表者10:女性に人気。
上村:ありがとうございます! (あげて)ほしかったやつです!
上村:すべてみなさんが思っている「Soup Stock Tokyoらしさ」なので、すべてが正解だと思います。では、そもそも「らしさ」ってなんなのでしょうか?
(スライドに)書いてありますが、ブランドの「らしさ」というのは、人が人に思う「この人らしさ」と同じではないかと思っています。自分自身がこうであるというよりは、それを受け手・相手がどう思うかで成り立つもの。言い切られないことで余白ができて、余白があることによって受け手・相手は自分の解釈で捉えることができます。
要は「私ってこうですよ」「こうなんです」と(本人が)主張することよりも、(相手が)どのように感じるか、解釈するかによって「らしさ」が形成されるんじゃないか。それくらい「らしさ」っていうものは、ぼんやりしたものだと思っているんです。
僕は今回、その「らしさ」を考えた時に、(スライドを指しながら)この図を思い出しました。皆様、なんとなく見たことがあると思いますが「カニッツァの三角形」と言います。真ん中に三角形が見えますが実際にはないですよね。本当はそこに三角形はなくて、丸や線分しか存在していないのに、まるで三角形があるように見える。「らしさ」もそれに近いんじゃないかと思っています。「らしさ」という「見えない三角形の部分」が「らしさ」だとしたら、それを作るのは周りに置かれているもののではないかと。
つまり、「らしさ」を作るというのは「僕は何々らしいです」「何々っぽいです」ということではなく、らしさを形作る周りのものをどうやって作るか。それこそが「らしさ」の作り方だと思っております。
では、「Soup Stock Tokyoらしさ」を紐解いていきます。スマイルズやスープストックトーキョーではブランドを人に例えるのですが、その時に「Soup Stock Tokyoさんが人だったら」ということで「秋野つゆ」という1人の架空の人間を作りました。これは「ペルソナ」って意味ではなくて、ブランドそのものを人に例えています。
さきほど出てきた「健康そう」はこの中に(イメージとして)入っていたり、「アーティスティック」という言葉ではないですが「こだわりが強い」とか「知的」というパーソナリティも、秋野つゆさんの人物像に入っています。皆様が思っていた「Soup Stock Tokyoらしさ」みたいなことはわりと、もしかしたら「最初から少し考えられていたなにか」かもしれません。
上村:ではその「Soup Stock Tokyoらしさ」を形作るものとして、今回は4つ分解してみようと思います。さきほどもありましたが、まずその1、「女性が入りやすい」。
僕は10数年スープストックトーキョーで働いていますけど、その僕でさえ「Soup Stock Tokyo、入りにくいな」って思う時がありますね(笑)。
それを形作っている1つが「量が少なそうに見える器」。(スライドを指しながら)ちょっと薄くて見えにくいかもしれないんですけれども、Soup Stock Tokyoの器って植木鉢みたいな形になっていて、量が少なそうに見えるんですね。
(お店に)来たことがない方は「あれで本当にお腹いっぱいになるの?」と言う方が多いです。けれども、実際に来たことがある方は(わかると思いますが)、男性でも十分にお腹いっぱいになるような量を提供していると思います。
「少なく見える」ということがネガティブに捉えられることもあると思いますが、女性にとっては「いっぱい食べているように見える」よりは、「少なく食べているように見える」という方がよくて、女性の心理として実はそう見られたいんじゃないかなと思います。
(スライドに)「ハードルがある店舗デザイン」と書いてあります。「おしゃれで入りにくい」みたいなことを言う方もいらっしゃるんですけれども、(スライドの写真は)これ恵比寿店なんですね。僕も「入りにくい時がある」って言いましたけれども、この恵比寿店は特に視線を感じやすいです。社員である僕ですこし気になる程ですから、世の男性は入りにくいかもしれないんですけど、1人の女性にとって入りやすいデザインかどうかがポイントなんですよね。
もう1つ。男性でも女性でも、「汁ものが食べたい」っていう時があると思うんですそんな時、昔は(候補は)立ち食いそばとかラーメンしかなかったですが、女性はそのようなお店は入りにくい。
けれどもSoup Stock Tokyoというスープの専門店の登場によって、女性が汁物やファーストフードを気軽に愉しめるようになりました。
上村:その2、「食へのこだわり」。
「健康そう」という意見もいただきましたけれども、(スライドを指しながら)ここには、「料理とはそういうものです」と書いてあります。これは我々が商品開発を依頼している工場の方に言われた一言です。
たとえば同じトマトソースを作るにしても、同じ素材を使ったとしても工程によってもちろん出来は違いますよね。我々は素材のおいしさを大切にしているので、手間暇かかる作り方でトマトソースを作ってほしいという依頼をしました。その時に工場の方に「そうそう。昔はこうやって、手間暇かけて料理していたんだよ。懐かしいな。料理とはそういうものだ」と言っていただきました。
これはなにかっていうと、「価値は簡単にはできない」ということなんですよね。手間暇かければかけるほど、とは言わないですけれども、手間暇かけないとできない価値もある。手を抜いてできるものと、手をかけてできるものとの違いというのは明らかにあって、そこで手間暇を惜しまず作るっていうのが、我々のこだわりの1つだということです。
2008年10月、当時ニュースでも取り沙汰されましたが、事故米といって、本来食用でない用途のものを意図的に食用と偽装されたお米が食用のものに混ざってしまっていたということがありました。うちの会社だけじゃないんですけれども、それに引っかかってしまったんですね。スープの一商品の原材料の一部に事故米が混入するという事が起こってしまいました。
それはもちろん私たちの意図したことではないんですけども、ただ「出所がわかっている材料を使おう」というところまで(管理が)行き届いていなかった結果、こういうことが起きたんですね。それをきっかけに購買食材の購入や加工条件全てを見直すことにしました。結果、作り貯めていた100個以上のレシピをすべて作り直しました。
上村:たったひとつ素材が変わるだけで料理の味は全く違うものになる。例えば唐辛子が国産か外国産かだけでも全然味が変わってしまうんです。
そういうことが起きていたので、すべてのレシピを変えなきゃいけない。もちろん原価も跳ね上がる。これをきっかけにやっと踏ん切りがついて、「さらにクオリティを上げるための努力をしよう」と決断ができました。
今日は「密談」ですので裏話がいくつかあるんですけど、(スライドを指しながら)ちょっと見にくいですが、さきほど言ったように昔私が入社した当時は「無添加食べるスープ」という言葉を使っていました。僕が11年前に入社した時に、入社の課題で作ったのが(スライドの)左のポスターなんですけども、僕はSoup Stock Tokyo(のお店)に入ったことがなかったんです。お店で食べたことがなくて、調べてみたら無添加と書いてあった。
「Soup Stock Tokyoは聞いたことあるけど、無添加なんて知らなかったなあ」「それ(無添加)は1つの価値になるはずなのに、ちゃんと伝わっていないなあ」と思ったので、「これしか入っていません」というキャッチコピーを付けました。
「こんなに入っているんですよ」とか、「100種類のなにかが入っています」とか、「何10種類のスパイスが入っています」じゃない。「これしか入っていない」ということを表すのに、こういうポスターを作ってみたらどうかという提案をしたんです。
けれども当時は採択されず、それが入社して何年か経った後の事故米のタイミングで、余計なものは何一つ入っていないことを伝えるために、こちらのグラフィックを作ったというのが裏話の1つです。
上村:「食へのこだわり」のもう1つ。(スライドを指しながら)「数量限定のカリフラワー」と書いてあります。食べたことがある方もいると思うんですけれども、「カリフラワーの冷たいポタージュ」という商品があります。
カリフラワーって、なんて言うんですかね……「大好物です」って言う人はあまり聞いたことがないかと思います。それぐらい目立たない存在だと思うんですけども、商品開発をしているチームが「カリフラワーを主役にしたスープをぜひ作りたい」と思いついてから、試行錯誤して1つのレシピを作り上げました。
そのスープを実現させるためには、新鮮なカリフラワーを使わなければいけない。収穫したカリフラワーを加工する工場は静岡にあったんですけれども、近くでとれるカリフラワーしか使えない。加工工場の近くの農家さんに「スープのためのカリフラワーを作ってください」と頼んで実現したのが、このスープです。
一般的に流通しているカリフラワーを使っているのではなくて、指定したものだけなので数が限られているんですね。なので、今年売った時は1週間ももたなかった。5日間ぐらいしか販売できなかったんですけれども、これってすごく非効率じゃないですか。
たとえば「オマール海老のビスク」は1年を通してずっと販売していますけども、それを開発する労力と、「カリフラワーの冷たいポタージュ」を開発する労力。イコールではないかもしれないですけれども、同じぐらい手間暇かけて、時間をかけて作っている。なのに、かたや1年間売っていて、かたや5日間しか売れない。
数字だけで言ったら非効率なんですけども、「ぜひ食べていただきたい」っていう思い、ただそれだけで私たちはこれをやろうという決断をしました。
上村:「Soup Stock Tokyoらしさ」その3、「ただの飲食店じゃない」。
さっきも「時代の最先端」と言っていただきましたね。「最先端」かどうかはちょっとわかりませんが、「普通の飲食店じゃない印象」を受けている方もいると思うんですけども、さっきのカリフラワーに近いかもしれません。「1日しか販売しない商品」があります。
さっきの(「カリフラワーの冷たいポタージュ」)は1年間のうち1週間とか5日間ですけど、1日しか販売しない商品があります。1月7日にみなさんは七草粥を食べると思いますけども、Soup Stock Tokyoでも1日限定で提供しています。「今年も1年、元気で過ごせますように」という思いをお客様に伝えたくて、一言添えて。そもそもこういう節句の食べ物っていうのは、だいたい意味合いとして「無病息災」っていうのがありますよね。
「せっかくやるんだったら、その思いを伝える」っていうことをやりたい。この商品もかなり非効率ですね。この日に来たお客様、注文されたお客様にはすべて提供したい。要は、品切れさせたくない。
そうなるとこの日だけでも、七草をどっさり買い込まなければいけない。それも、余ってしまってももったいないですし、足りなくてもお客様に迷惑をかけるので、食材を調達している担当者は本当に大変なんですけども、毎年その精度を上げています。
実は僕、3年前ぐらいは「余らせてしてしまうことの方がもったいない。品切れしてもしょうがない。『数量限定で販売しています』ということでいいんじゃないか」って思っていたんですけども、「皆様に七草粥をお届けしたい」とみんなが言って、ちゃんと閉店まで販売できるようにいろいろ工夫をしています。
たとえば、名古屋の数店舗であれば、1店舗に多めに(七草粥を)入れておくんですね。なくなりそうなお店にはエリアマネージャーとかが運搬して、ちゃんと販売できるようにする。そういう工夫をしながら販売しているというのが、この七草粥です。
(スライドを指しながら)「スープのない1日」と書いてありますけども、Curry Stock Tokyoというイベントを毎年やっています。この中にも行ったことがある方がいると思うんですけれども、スープ専門店なのにスープがない、カレーしか販売しないっていうイベントを毎年やっています。今年で3年目ですね。
「ハンバーガー屋さんでハンバーガーを売らない」みたいな(ことです)。「なに食べるの?」みたいになりますよね(笑)。コーヒー屋……例えばスターバックスさんで、「今日はコーヒーなしです」「どうする?」みたいな(ことですから)。
普通はそう思ってしまうのかもしれないんですけど、おかげさまで各店、行列ができるくらいお客様に来ていただいて、すごく楽しんでいただいたっていうのがCurry Stock Tokyoです。
もともと、僕が入社する前からカレーの商品はあったんですけれども、スープ専門店ですのでカレーの存在自体を知らない方がいらっしゃったり、もしくは知っているけれども「私はスープしか食べません」という方も大勢いたんです。そういう状況を変えたいということで一人のエリアマネージャーが「じゃあ振り切って、カレーだけを販売する日にしよう」ということを企画してやったのが、このCurry Stock Tokyoですね。「ただの飲食店じゃない」の1つだと思っています。
上村:私は一応、グラフィックデザイナーなんですけども(笑)、デザインの裏話もしますね。
(スライドを切り替えながら)Curry Stock Tokyoというのは、黄色いテープをモチーフに店舗の装飾をしたりしているんですけれども、全店舗でその1日のためだけに装飾をするんですね。前日はもちろん営業していますので、前日の営業が終わってから店舗のスタッフが自ら装飾するっていうのがベースでやっています。
ただ店舗のスタッフは、装飾に慣れているわけではないので「どうやってやろうかな」というのがわからないんです。「こうやって装飾してね」とサンプルを1店舗ずつ作り、約60店舗の内装にあわせて指示書を作りました。
とはいえ、指示書はあってもやはり現場判断が多くなるんです。なので、チェックをしなければいけない。私は1人しかいませんので、全店舗は回れません。なので、社内のツールを使って写真をアップしてもらいました。
「○○店、OKですよ。お疲れ様でした」という時もあれば、(スライドの写真を指しながら)「このテープを一本をとってください」というような具体的な指示をするなどただ地道にやるということでしかないですけども、そんなことをやって成り立たせています。
上村:「ただの飲食店じゃない」のもう1つは、「アートからスープを作る」。
「ゴッホの玉葱のスープ」という商品があります。2010年に国立新美術館で「ゴッホ展」というのがあったんですけども、その時にゴッホの作品にインスパイアされて商品を作りました。
それが今年(2018年)まで続いていて、今年は上野の森美術館で「フェルメール展」が10月5日から始まるんですけれども、フェルメールの「牛乳を注ぐ女」という作品をモチーフにスープを作っております。
(発売前で)乞うご期待なんですが、最初(のアートスープ)からもう8年経っているので、社内だとなんかわりと「普通」な感じなんです。店舗のスタッフが集まるエリア会というものがあるんですが、この前そこで僕が「こういうことをやるよ」っていうのを説明させてもらったんですけども、その時に「すごく特殊っていうか、おかしいというか、特別な取り組みんだよ」っていう話をしました。
たとえば、「『セザンヌの肉じゃが』とかないよね?」とか、「『ピカソのレモンサワー』は……」とか。……「ピカソのレモンサワー」はありそうですね(笑)。(普通は)「ピカソのレモンサワー」とか、ないじゃないですか。そもそも、「食べたいものを作る」「食べてほしいものを作る」のが普通の飲食店のメニュー開発だと思うんですけど、このアートスープは「この作品を作っていたこの人はどういうことを考えていたんだろう」「それをスープにしたらどうなるんだろう」っていう発想で作っています。
(そこが)普通ではないんじゃないかなと。「ただの飲食店じゃない」を形作っているひとつの要素だと思います。
上村:その4、「スープを売りたいんじゃない」。
「ただの飲食店じゃない、スープを売りたいんじゃないんだ!」「じゃあ何屋だ?」、みたいな話です。我々Soup Stock Tokyoは、本気でこんなことを言っています。社員同士の会話でも「Soup Stock Tokyoはスープを売っているんじゃないんだよね」「スープを通して何々だよね」。
その「何々」っていうのには、「世の中の体温をあげる」っていう言葉を使っていますけれども、我々は「スープを売る」ことじゃなくて、「スープを通して世の中の体温をあげたい」と言っているブランドなので、そこに紐づくなにかということをちょっと紹介します。
(スライドを指しながら)「商品のこと言わない商品リーフレット」。大体1ヶ月に1回ぐらいお店でリーフレットを配っているんですけれども、去年まではだいたい、商品のことを伝えていました。「今出ている『参鶏湯』というのはこういう商品で、こういう食材を使っていて、こういう手間暇をかけていて、だからこんなにおいしいんです」っていうことを伝えていました。
でも、もう今年はほとんど(商品のことを)言っていません。唯一言っているのはCurry Stock Tokyoの時ですね。Curry Stock Tokyoの時は「こんなにいっぱいカレーがあるよ」ってお伝えしましたけれども、それ以外の回ではほぼ言っていないですね。
ではなにを伝えているかっていうと、さっき言った「世の中の体温をあげる」っていうことを、スープを通してじゃなくて、この読み物としてのリーフレットを通して実現させるためのことを書いています。
(スライドのリーフレット画像を指しながら)たとえば今、ここに書いているのは花の話です。道端に咲いている花に気付くでもいいですし、花を買ってきて自分の部屋に活けるでもいいです。なんか「そんなことをする心の余裕を持つということ自体が、あなたの生活をもっと豊かにしてくれるかもしれない」ということ……そこまでは言いませんけれども、そういう気持ちを込めてやっています。
(会場でリーフレットを)今配っていますけども、今週から配っているのが「本の特集」ですね。本の中にはきっと、自分にはないアイデアだとか、想いだったりだとかが入っていて、そこからもしかしたら自分の生活のなにか、自分の生活が豊かになるヒントがあるかもしれないということで本を特集しています。
この前、「クリエイティブの作品集」というような本に掲載してもらって、そのページタイトルがたしか「商品リーフレット」みたいに書いてあったんですけども、花の特集の号を載せてもらっていて、「私たち、あんまり商品のこと言ってなくて……。なんか、すいません。」みたいな感じになっちゃいましたが(笑)。「世の中の体温をあげる」ということを伝えるためのツールとして(リーフレットを)使っているというのが現状です。
上村:(スライドを切り替えながら)「新潟産ハートを射抜くお米のスープ300円」。そういうタイトルのアート作品を、私たちは作りました。2015年、新潟の越後妻有で開催している「大地の芸術際」という大きな芸術祭です。当時は(Soup Stock Tokyoが)分社化していませんのでスマイルズとして、企業でありながらアーティストとして作品を出品しました。だからアーティスト名には「株式会社スマイルズ」って書いてあったんですね。
知らない人に(作品の内容を)伝えるのは難しいんですが…(スライドの写真を指しながら)あの、真ん中に女性がいますね。その両脇にロボットアームがあります。これはデンソーさんが作ったロボットアームで2台あるんですけれども、そこにスープを置いてからいろいろなアクションがあるんですけども、最後に真ん中の人がそれを受け取って、お客様にお渡しするんです。
お渡しする時に、一言添えるんですね。「いつもありがとうございます」ではなくて、(来場者を見つめながら)渡す時にこうやって目を見て「ズキュン」って(笑)(会場笑)
ぜひ(インターネットで)映像を見て頂きたいんですけども(スライドを指しながら)あの名前で検索すると出てきます。当時、僕はよく意味が分からなかったんですね。今日これをちょっと紹介するにあたって、その当時の映像を見ました。
(株式会社スマイルズ)創業者の遠山がこれをやろうって言い出したんですけれども、「『この作品を機にSoup Stock Tokyo、スマイルズが変わったよね』って言われるようになっていたらいいな」って言っていたんですけれども、僕はまさにそうだと思っています。
上村:この作品がなにかって言うと、(スライドの)最後に書いてありますけれど、さっき言ったみたいに「いつもありがとうございます」とかじゃなくて、「おもてなし」っていうのをもっととがらせていくと、「その人の心をどれだけ震わせられるか」ってことだと僕は解釈しているんです。そこで出てきたのが「ズキュン」っていう言葉じゃないかなと思っているんです。
たとえばさっき出てきた、七草粥。一言添えて「今年も一年、健康でありますように」ということと、これはほぼイコールなんじゃないかなと僕は思っています。本当に遠山が言っていたとおり、これを機にSoup Stock Tokyoが少し変わってきたんじゃないかなって思いました。ちょっと、過去の映像を見て「震える」っていう感じでしたね。
(スライドを切り替えながら)「母の日のギフト」っていうのを我々は販売しています。ご家庭で楽しめるように、冷凍スープっていうものを売っているんですね。その時、「スープを届けるんじゃなくて、思いを届ける」っていうことをテーマにしていました。
なので「なんならスープを送らなくていいから、お母さんに『ありがとう』っていうメッセージだけでも伝えてほしい」なんていう言葉が出てきて、ボツになってやっていないんですが、「メッセージカードを付けないと売らない」みたいな案も出てきたんです。でも本当にそれぐらい本気で「思いを届ける」ってことに執着してやろうっていう話になりました。
(スライドを指しながら)ちなみにこれがポスターなんですけども、「ギフト」とか「冷凍スープ」みたいな言葉が入っていないんですね。実はこれの前に(ポスターの)ボツの案としてあったのは、冷凍スープの写真を入れて「母の日に冷凍スープのギフト」みたいなコピーが入っていたんですけれども、社長にまた「お前はまだスープを売ろうとしている!」って言われたんですね。
(会場笑)
我々は「スープ屋」じゃなくて「世の中の体温をあげる」っていうことを使命としているので、「それをやるためには、そこまで振り切ってやるってことが大事だ」っていうことを言いたかったじゃないかなと思っています。「スープを売りたいんじゃない」とは、まさにこういうことですね。
上村:ちょっと今、事例を紹介しましたけれども、(スライドを指しながら)「Soup Stock Tokyoらしさの創り方」と書いていますが、なんて言うんですかね。我々独自でやっていることなので、これがすべての人に当てはまるとは思わないんですけども、施策を考えたりとかデザインしたりとかするときに、どこか頭に残っているものとしては(スライドにある)こういう言葉があるんじゃないかなと思っています。
たとえば、「誠実である」。誰かが言っているからじゃなくて、自分がそう思うから。誰かが言っているからじゃなくて、自分がお母さんに思いを届けた方がいいと思っているからやる。自分に嘘をつかないとはそういうことですね。
あと、「人の土俵に乗ろうとしない」。たとえば販促ってことをあまりしていないんじゃないかなと思います。値引きとかもしないし、流行っていることは、やらない。流行っているからやるというのは、僕らの中では理由の1つにならないということですね。
あとは、「やりすぎる」。(現在、みんながやっていないことは)人がやらないから、きっと非効率なことです。だから、(差をつけるためにそれを)誰よりもやるってことですね。「やりすぎる」っていうことはそういうことです。だから自信がある。誰よりもやっているから、誰よりも勉強しているから、僕はテストに受かるんだっていうのと同じだと思います。
誰よりも思っているからこそ、やっているからこそ自信があるのです。そこで他の人との差がつく。さっきの「人の土俵に乗らない」っていうのも一緒ですけれども、人との差をつけるっていうことはそういうことじゃないかなと思います。
僕らは大きい会社ではないですし、資金がすごくいっぱいあるっていうわけでもないです。なんでやるかっていうともう、泥臭く「やりすぎる」ってことが1つのやり方なんじゃないかなと思っています。
上村:最後に、「らしさ」の貯め方と使い方。「らしさ」ってものを考えていくうちに1つ、見えてきたことがあります。
事例からになりますが、たとえばCurry Stock Tokyo。
(スライドに)「貯めたらしさ」って書いてありますけれども、そもそもカレーもスープと同じようにこだわって作っているし、数10種類のラインナップもあるし、今まで守ってきたデザインとかトーン&マナーというものがあった。
けれども、お客様には「カレーを売っている」っていうことさえあまり伝わっていなかった。そういうことをきっかけに、その「貯めたらしさ」を使いました。スープ専門店がスープを売らず、カレーだけを販売するイベントを実施しました。カレーだけでも成り立つクオリティとラインナップを持っていた。貯めていたんですね。
あとはさっき言っていましたけれども、今まで守ってきたデザインとかトーン&マナーを裏切る。今まで、ロゴにカラフルなテープを貼るなんてありえなかったのに、それをあえてここでやったっていうことで、裏切りがうまく効いてきた。この10数年、守ってきたものを裏切る。要は、今できたものを明日に裏切ったとしても、それは「裏切り」じゃないですね。ただころころ変わっているだけ。
あともう1つの事例として、さっき話したカリフラワーですが、「食にこだわっている」っていうイメージを持ってもらっていたりとか、「おいしいスープを常に提供している」という自信を貯めたりしていたので、あの美味しいカリフラワーのスープができた。
だけど、量が少ない。どうしようかってなった時に「数量限定でも売ってみよう」ってなったのは、そういう事をした時にむしろ「希少なものを使っている」とか、「こだわりの食材を使っている」って(お客様が)受け取ってくれるんじゃないかとか、これまで「貯めてきたSoup Stock Tokyoらしさ」によってお客様の解釈が生まれると想像できたから開発に踏み切れたじゃないかなと思っています。
上村:もう1つだけ。商品のリーフレットですね。去年まで貯めていたのは、既存のファストフードとは違う「知的好奇心を満たしてくれるブランド」っていうイメージだったんじゃないかなと思います。たとえばさっきの「アートスープ」とか、「七草粥」みたいなことをやっていたから、そう思ってもらっていたんじゃないかなと思います。
「『世の中の体温をあげる』という理念を、生活が豊かになるヒントとして伝える」とか、「食だけではなくて生活を豊かにする、お客様の感性に響くブランド」っていうことをずっと思ってはいたんですけれども、ちゃんと言えてなかった。
だけどもう(「らしさ」が)十分貯まったから、言えるんじゃないかっていうのはいくつか見てきたうちに気付いたことですね。
「らしさ」には貯めるフェーズと、使うフェーズっていうのがあるんじゃないかと思っています。どうやら「らしさ」は短期では作れないようです。
ブランドの人格やそこに属している人間が、本当にやりたいこと・やるべきことを続けていき、やり切っているのになぜかそれが伝わらない。「カレーはこんなに美味しいのに、なんで知られていないんだろう」「そうだ、思い切ってカレーだけ売ればいいんだ!」みたいな時。そういう時はきっと「らしさ」が貯まっていて、それを使うタイミングなんじゃないでしょうか。
上村:それはもしかしたらブランドだけじゃなくて、個人にも置き換えられる話かもしれません。
上村:ちょっと1つ、違う事例。「表現者採用」というものを僕らはやっています。
お店だけじゃないですけど(Soup Stock Tokyoで)働いている人たちを「表現者」と呼んでいて、(スライドの)下に書いてある「好きなもののプレゼン」「本の読み聞かせ」「私の舞台を見に来てください」の3つの中から(テーマを)選んで最終面接をするというのが「表現者採用」でやっていたことです。
これを初めてやるときに、プレスリリースを出したいという話になったんですけれども、まだ始めたばかりのところで、(「表現者採用」で)採用した人がどうなるかなんてわからないじゃないですか。なのに「やります」ってことだけ伝えるのはちょっと、なんか腑に落ちないなと思いました。
たとえば2年後、3年後に「Soup Stock Tokyoのお店で働いている社員の人ってすごく素敵ですね。どういう秘訣があるんですか?」と聞かれた時に「いや実は、『表現者採用』をやっていたんですよ」と言えば、きっと聞いてきた人も「なるほどね」ってなるでしょう。
逆に、(始めたばかりのタイミングで)「『表現者採用』をやっています」とだけ言われても、「はあ…」となるんじゃないかなと思います。要は「興味を持ってもらうぐらいまで貯めてから発信していく」ことが重要なんじゃないかなと思ったので、1つの気付きとして、「らしさ」の貯め方・使い方をお伝えしました。
以上で、一旦私からは終わりです。
司会者:はい、ありがとうございます。
(会場拍手)
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