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「伝え方を科学する」 中野信子☓佐々木圭一☓吉田哲(全3記事)

ヒラリー・クリントンは話し下手? 脳科学者・中野信子氏が語るコミュニケーションの科学

5月30日~6月2日にわたって開催された広告の祭典「Advertising Week Asia」で、脳科学者の中野信子氏とコピーライターの佐々木圭一氏、simpleshow代表の吉田哲氏が登壇。「伝え方を科学する」というテーマで、コミュニケーションについて語りました。米大統領選で対決するトランプとクリントン、両者の演説はどう違うのか? 科学的な側面から分析していきます。

脳科学者×コピーライターによるコミュニケーション術

吉田哲氏(以下、吉田):「伝え方を科学する」と題しまして、脳科学の中野信子先生と、コピーライターの佐々木圭一さん、そして私、動画制作をやっておりますsimpleshowの吉田で、お届けさせていただきます。

初めに自己紹介を簡単にさせていただければと思います。中野先生よろしくお願いいたします。

中野信子氏(以下、中野):みなさん、こんにちは。本日はお忙しいところ、たくさんの方にお集まりいただいて、緊張しておりますが。

先ほど佐々木さんから「真ん中が女性というのはいいですね」と言われて。嬲る(なぶる)という漢字がありますけれども、あの字のとおり、今日は2人に嬲られるかたちで、私がどんなボロを出すか楽しみに聞いていただくといいかなと思います。

脳科学者という、ポピュラーサイエンス的な響きがあるような感じの肩書きで活動しております。認知科学が本当は正確でしょうか。認知科学を研究しております。

活動の場としては横浜市立大学で客員准教授として、実験の場所を提供していただいていたりしておりまして。アカデミックなバックグラウンド、ベースとしては東日本国際大学というところで教授職を務めております。

経歴を簡単に述べますと、東京大学の工学部応用化学科を卒業しました。応用化学科の“カガク”は化学ですね。ケミストリーのほうです。そのあと、東京大学大学院医学系研究科の脳神経医学専攻というところに進学しまして、博士課程を修了しました。医学博士をここで取っています。

今は脳や心理学をテーマにテレビでお話させていただいたり、執筆させていただいたり、取材をお受けしたりという活動をしております。

吉田:ありがとうございます。中野先生は5月28日の『世界一受けたい授業』にも出られていて。あと、みなさんふだんは『ホンマでっか!?TV』などでお姿を拝見する機会が多いと思うんですけれども。今日はつっこむ人は誰もおりませんので、安心してお話しください(笑)。

中野:ありがとうございます(笑)。

吉田:続きまして、佐々木さん、よろしくお願いします。

佐々木圭一氏(以下、佐々木):佐々木圭一と申します。よろしくお願いします。僕はコピーライターを20年ぐらいやっています。

著書を知られてる方もいらっしゃるかもしれないんですが、『伝え方が9割』という本を書かせていただいていて、それが今シリーズで85万部です。

伝え方が9割

あと作詞をやらせていただいたり、いろいろ賞とかをいただいたりしています。

こういうところでお話をさせていただくと、伝え方の本を書いてることもあるので、「もともとこの人って伝えるのがすごい上手だった人なんだろうな」と思われるのが多いんですが、実は、伝えるのはもともとそんなに得意ではなくて。

もともと僕は理系だったんですね。大学では機械工学科でエンジンの分解とかをやっていて。

どちらかというと、人と話をするのが嫌だったからそういうことをやっていたのに対して、ただ人生のなかでずっと機械とコミュニケーションし続けるのは、好きなんですけど、でも本当は人ともっとコミュニケーションできるようになりたいと思って、コミュニケーションの業界にいくことにしました。

コピーライターになったんですけど、じゃあそれですぐコピーが書けるかというと、書けないわけですよ。

上司にコピーを見せると「なにもないな」と言われて、横にあるゴミ箱にバサって捨てられるというのを毎日3、4回ぐらい繰り返すんですね。それで激太りします。

これはもしかしたら脳科学的なものがあるのかもしれないですけど、人はストレスが溜まるとなにかにぶつけたくなって。お酒にぶつける人もいれば、趣味にぶつける人もいれば……まあ僕がぶつけたのはプリンで。1日プリンを3つ食べ続けて激太りをした、みたいなことがあったんですけど。

ある時、「伝え方には法則があるんだ」というのに気づいたんですね。その法則にしたがってキャッチコピーとか言葉を書くようになったら、例えば賞を取るようになったとか、あとは作詞の依頼がくるようになったとか、いろんなものが激変したという経験があります。

その法則というのをまとめて、『伝え方が9割』という本を出版させていただいたという経歴があります。今日もその法則について、少しみなさんにお話ができたらなと思っております。よろしくお願いします。

伝え方はセンスではなくて、科学技術

吉田:ありがとうございます。大学院時代、ロケット研究とかもされたんでしたっけ?

佐々木:ロケットじゃないですね。自動改札の効率化みたいな、そういうことをやってましたね。

吉田:渋いですね(笑)。今日は佐々木さんは理系なので、たぶん鋭い質問を中野先生にされるんじゃないかと期待しております。

佐々木:そっちを逃げた人間なのでどうなるかわからないですけど、はい、頑張ります(笑)。

吉田:私がパワーポイント作る時に入れ忘れてたので、すいません、手持ちで。(本を持ちながら)佐々木さんの『伝え方が9割』というのはこちらの本です。

100万部近く売れてるので、書店でご覧になられた方も多いと思うんですけど。まだ見たことがないという方がいたら、今日のセミナーのあとに本屋さんでぜひ購入していただければと思います(笑)。

最後に、私は、動画制作と書かせていただきましたが、simpleshow Japanという、ドイツに本社がある制作会社の日本法人代表をしております。

大学を出まして、テレビ東京、あとは電通で働いていまして。ずっとコンテンツ制作に携わっております。

私の場合には、話をするよりも動画で見ていただいたほうがいいかなと思いますので、simpleshowという会社の自己紹介を60秒で作らせていただきました。まずそれをご覧いただければと思います。

(解説動画)「simpleshowは解説動画のエキスパート。私たちは複雑なテーマを詳しく分析し、ポイントを整理。単純明快なメッセージにすることで、誰もが理解できるノウハウを持っています。

すっきりとしたモノクロイラストで製作するsimpleshow classic。カラーコーディネートを加えて作るsimpleshow custom。CGアニメでどんなオーダーにも答えるsimpleshow premium。

近年多くの賞を獲得している私たちsimpleshowは2008年に創業。これまで50を超える言語で作品を作り、世界中のお客様をサポートしてきました。

さあ、今あなたが伝えたいテーマはなんですか? 新商品の最新技術、組織改革の社内共有? 事業計画の発表? 全部おまかせください。

複雑な事柄をシンプルに映像化することで、誰もがわかるものにする。それがsimpleshowです。あなたの悩みを私たちがsimpleに解決します」。

吉田:というような動画制作会社でございます。なので、今日は脳科学、あとはコピー、言葉ですね、そして映像という観点から伝え方の科学的なノウハウについて迫りたいと思います。

今日は最初で最後、ここだけの話をいっぱいしたいなと思うんですけれども。この3人が実は一緒にしゃべるのも今回初めなので、どんな化学反応が起きるのか楽しみにしております。

我々3人には共通認識があります。どういうことかというと、「伝え方はセンスではなくて、科学技術ですよ」ということです。

今日は45分しかないので、本当にいくつか絞ってですけれども、みなさんが仕事でもプライベートでも、動画を作らなくても、普段のプレゼンテーション・レジュメ製作とかでもすぐに使えるノウハウというのを時間いっぱいお伝えしたいと思っております。

まず中野先生からよろしくお願いします。

ヒラリー・クリントンに対する男女の反応の違い

中野:よろしくお願いします。今のsimpleshowの動画というのは、実は私は初めて見たんですけれども、クリントンの写真の話をする前にね。

ごちゃごちゃいろんな図があるのを、1つの方程式にしてみなさんに図示するというメソッドを使って、世界各国で活躍されているというのがsimpleshowの骨子ですかね。

あれを見た時に、「これはヒラリー・クリントンとドナルド・トランプの差だな」と私は思いましたね。なんでドナルド・トランプがあんなに人気があって、民衆に訴える力が強いのか……。私はヒラリー・クリントンは今回、危ないのではないか思います。

というと、反論をたくさんいただくかもしれません。私は政治評論家でもないし政治学者でもないので、予想が外れるかもしれませんが。

これ(スライド)は2007年『ニューヨーク・タイムズ』に載ったもので、ピアレビュー(査読)を通っているものではないですし、それだけでけっこうな議論を巻き起こしてた写真なんですけれども、ヒラリー・クリントンの写真を見せた時に、男性の有権者と女性の有権者それぞれの脳がどんな反応をしたかというのを比べたものです。

女性の場合はけっこうな強い反応が出るんですね。わりと共感の領域だったりとか。好意的に思っているとか。そんな領域が活性化します。

佐々木:これ、赤いのが多いほうが反応しててポジティブな印象があるということなんですかね?

中野:ポジティブと言っていいと思いますね。とくに前頭野の場合、前頭野というのは女性の……。

佐々木:(画像の)どっちが前なんですか? すいません。

中野:ああ、どっちが前かも説明する必要がありますね。脳の絵を見慣れてない人はわからないかもしれませんよね。これ下にでこぼこが2個ありますね。このでこぼこのうち大きいほうが小脳、と思っていただければすぐに見分けがつくかなと思います。この図では、左側が後ろ、右側が前になっています。

右の図、「女性の反応」と書いてある丸のなかの右側の中央部といいますかね。右から3分の1ぐらいの位置にある、赤く示されている領域が、これが下前頭回と言いまして。ミラーニューロンとかそういうものがあるだろうと言われてる部分なんですね。

なので、女性は「自分の意見を代弁してくれてる人じゃないのか、この人は」というようなことを感じているのではないかと推測がなされるわけです。一方で、男性はこの部分は反応していませんね。むしろ冷ややかなようにも思える。

じゃあ、ここで示されているような表面から見える部分だけではなく、脳のもっとなかの方はどうなのか、ということが次の写真で示されているんですけれども。

これ、conflictと書いてありますが、男性の場合はこの領域が反応してます。これは脳を縦横水平にそれぞれ半分に切って、8分の1の部分を取り去るように、ぱかっと開けた図ですね。

この部分、ACCと書いてある、前帯状皮質、Anterior Cingulate Cortexというところなんですけれども。この部分、顕著に活性化してますよね。ここがどういう機能を持ってるかというのが、矛盾とか不条理を検出する場所で、葛藤や痛みを感じる領域だと言われています。

また、2000年代後半ぐらいにわかってきたことなんですが、どうもこの場所は妬みを感じている領域で、妬みを感じるところが活性化するんだということがわかった。

佐々木:つまり、男性がヒラリーさんの演説を見ると、「なんか矛盾あるんじゃないの?」とか「なんか羨ましいな」とか。

中野:「女のくせに」とかね。

ヒラリー・クリントンは「伝え方が意外と下手」

佐々木:ポジティブじゃない、そんなイメージが頭のなかで起こるということですよね。

中野:おっしゃるとおりです。ヒラリー・クリントンが写真に出ていると、どうも男性はネガティブな反応を取るようになるということが、このMRIの画像ではわかるんですね。

ただ、このデータはピアレビュー通ってないので、これはそのことを念頭に置いて読み解いていただきたい、『ニューヨーク・タイムズ』が勝手にやっていることなので、という性質の話ではあるんですけれども。

しかしながら、このデータを信用するとして、こうした反応が見られたということは注目してもいいものがあるんじゃないかと私は考えています。この反応は女性にはないわけですよね。ヒラリー・クリントンを見たときにそんなに嫌な感じはしない。

男性の場合は「なんだあの女」と思うわけです。「俺のほうがもっとできるんじゃないの?」とか「女にまともな政治なんかできるわけないじゃないか」「大統領なんかやれるわけないじゃないか」というような。

おそらく男女同権というのは日本よりもアメリカのほうが進んでいると、一般的には思われていると思いますが、むしろ男女同権をあれだけ声高に叫ばなければならないほど、実は差別的な社会だと逆説的に言うこともできるわけですね。

アメリカでご経験のある人もたくさんいらっしゃるでしょうから、ご自身の実体験も思い出していただけるといいかなと思いますけれど……。

しかしながら、こういうような性差があるにもかかわらず、スピーチを聞くと、ヒラリー・クリントンのスピーチをきちっと聞いたあとには、賦活範囲というんですけども、この活性化してる範囲が男性でも女性並みに増えました。葛藤の領域も減りました。

これはなにを表してるかというと、スピーチをきちんと聞かない状態、つまり、写真だけとか、テレビに切り取られるワンフレーズだけが膨大な量で流されて、きちんとスピーチを聞いて支援を決定するプロセスが阻害される状況が続く限り、ヒラリー・クリントンは不利だということなんですね。

どういうことか、つまりもう一言いうと、ヒラリー・クリントンは佐々木さんのおっしゃるような「伝え方が意外と下手」だということになります。すくなくとも、一言で伝えることがドナルド・トランプと比べると下手だと。

脳を制するものは政治を制するかもしれない

佐々木:ぱっと見の印象みたいな部分で、一言で伝えるのはすごい下手だけど、スピーチ、長めのものを聞いて、彼女を深く知ると男性でもいいと思われる。

中野:心が満たされて「やっぱりクリントンいいじゃないか」ということになるわけですね。政策なんかみたら、「実はいいじゃないか」というふうに考えたりするんです、男性でも。

だけども、そういう性質がクリントンにあるために、オバマに負けたんではないかと思っています。

これはちなみにですけど、(ルドルフ・)ジュリアーニ氏の場合は、この反応は逆の傾向があったようですね。2007年当時ですけど。

この研究の写真に対する批判もあって。反応部位の広さというのは、我々は好意と解釈したけれども、本当はなにを示しているのか。解釈が多様だから、なにを示しているのか、もっと慎重に考えたほうがいいんじゃないのか、という批判はある。

もっと重要なのは、「選挙前にこんなデータを公表していいんですかね?」ということですね。

佐々木:影響があるんじゃないかと。票とかね。

中野:おっしゃるとおりです。これ、例えばヒラリー陣営の選挙プランナーなんかがこれを見たとしますね。そしたら男性に対するアプローチを精力的に変えて、結果が変わってくるかもしれませんね。健全な政策論議はますます行われなくなり、有権者たちの脳をどうコントロールするか、という競争になってしまいかねない。

想定されうる影響はけっして小さいものではないわけです。

日本でこんなことやったら、どうでしょうね? 参院選前だからこれ以上深堀りするのはやめておきましょうね(笑)。

(一同笑)

佐々木:なるほどね。でも、世の中的にいうと、ヒラリーさんになるだろうと思われているなかで、脳科学的に言うとそうだということですね。

中野:逆張りのようですけれど、あえて私は、トランプが有利なんじゃないかなと言ってみようと。

佐々木:脳みそはそんな変わらないと。7~8年前と比べて。

中野:そう大きくは変わらないはずです、8年前と。そんなに早く人間の集団は変化しないです。

変わろうとする意思があるのを否定するものではありませんけれども、人間が「変わろう」と強く思うのは、なかなか変えられない自分自身がある、ということの裏返しですから。特に集団になればなかなか変えられない。わかりやすいものにわかりやすく反応してしまう、という行動を無意識的にしちゃう人間の特性というのは、もうしばらくの間、厳然として存在するんじゃないですかね。

佐々木:つまりこういうことですよね。脳を制するものは政治を制するかもしれない。

中野:かもしれない。国そのものを動かす可能性を孕んでいますよね。

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