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気鋭のベンチャー複数社でCOOを務めてきた井村氏の実体験をここだけで公開!大企業と中小企業の良さを組み合わせたハイブリッドマネジメントとは?(全4記事)

新卒でSE→経営企画→名だたる会社でCOOを歴任 組織の土台を支える「優勝請負人」のキャリアが激変したきっかけ

中小・ベンチャー企業が成長していくなかで必ずぶつかる「組織の壁」。本イベントでは、組織成長のために必要なエッセンスを大企業のやり方から吸収する「ハイブリッドマネジメント」について、株式会社Piece to Peace COO/G-Spec合同会社 CEO井村雄大氏と、株式会社O: 代表取締役谷本潤哉氏の対談形式で解説しました。本記事では、経営企画畑を歩み、“優勝請負人”とも言われる井村氏の珍しい経歴とキャリアが激変した背景を語ります。

Piece to Peace COOの井村雄大氏✖️株式会社O: 谷本潤哉氏が対談

金子新太郎氏(以下、金子):ゲストの井村さん、簡単に自己紹介をよろしくお願いいたします。

井村雄大氏(以下、井村):「CARRY ME」というサービスを提供している、株式会社Piece to Peace COOの井村と申します。実は自分でも会社を持っていまして、G-Spec合同会社の代表をやっております。

私は東証一部(上場)の鉄鋼会社に入社し、キャリアはSEでスタートしています。そこで3年くらいやりまして、経営企画に異動になってからは、ずっと経営企画畑です。それから事業開発畑を歴任してきました。

SEとしてキャリアをスタートさせたあとは、1年だけコンサル会社にいました。某印刷会社で、IRをお手伝いするコンサルをやりました。そのあとはITベンチャー企業に転職して、IPO担当でジャスタック(JASDAQ)に上場しました。

中堅の法律事務所で管理部長からCOOになりまして、そのあとはSaaSのベンチャー企業で事業統括の役員などをやっておりました。今は独立し、G-Spec合同会社を本格稼働して複数社でPdMやCOOとして参画しています。その中で、CARRY MEさんにも入らせていただいています。よろしくお願いします。

金子:ありがとうございます。よろしくお願いします。続きまして、谷本さんもよろしくお願いします。

谷本潤哉氏(以下、谷本):よろしくお願いします。株式会社O: (オー)の谷本と申します。井村さんには私も日頃、大変お世話になっています。

COOって、言葉ではよくお聞きするんですけど、理想のCOOについて体系的に語られる機会はあまりないと思っています。今日はそういったところをお聞きできることを非常に楽しみにしています。

私は前職で日本一のブラック企業かもしれないことで有名な広告代理店におりました(笑)。その時から広告を作りながら、まさに今日のテーマであるマネジメントや組織開発に従事してきた人間です。井村さん、今日はよろしくお願いします。

井村:よろしくお願いします。

最高のCOOは「ドラえもん」

金子:あらためて、本日のテーマは「ハイブリッドマネジメントとは?」ですが、今回は対談形式で井村さんと谷本さんにお話しいただくので、ハイブリッドマネジメントの話もしつつ、井村さんの今までのご経歴や取り組んでいらっしゃることにフォーカスを当てて楽しんでいただければと思っております。

ちなみに2人は、昨日の夜も遅くまで飲んでいたということです(笑)。

井村:いやいや、真面目な話ですよ。夜中の2時くらいまで飲んでいました。

金子:ラーメンと一緒にですよね(笑)。

井村:はい、そうです。

金子:ありがとうございます。ではまず、リアルタイムで質問に回答できればと思うので、積極的に質問しながらご参加いただければと思っております。井村さんに今までのいろんなご経験のお話をしていただくんですけれども、その中で、たぶんみなさまが感じていらっしゃる課題はそれぞれ違うかと思います。

では、さっそくコンテンツに移っていければと思います。先ほど井村さんにざっくり自己紹介をしていただいたんですけれども、「そもそもなぜSEとして始めて、そこからどんなキャリアチェンジしたのか」、谷本さんと井村さんに対談形式でお話しいただければと思います。

谷本:なぜ背景画像がドラえもんの部屋なんですか(笑)?

井村:僕は、最高のCOOはドラえもんだと思っているんです(笑)。

谷本:(笑)。

井村:のび太くんの願いをちゃんと叶えましょうということです。「空を自由に飛びたい」と言われたら、タケコプターを作って出すとか。そういうのができたらいいなと思っているので、それを意味して僕はいつものび太の部屋にいます。

SE→経営企画→事業開発という井村氏の珍しい経歴

谷本:ありがとうございます。(井村さんは)いろんな名だたる会社でCOOを歴任されていらして、かつ掛け持ちをしていらっしゃるので、信じられないと私は感じています。先ほどご経歴のご紹介がありましたが、最初はまさにSEからやられて、そこから経営企画に行かれて、事業開発とかもやられているのはけっこう珍しいじゃないですか。

そういった方は、なかなかいません。最終的には今みたいなことをやられたいと、もともと思われていたんですか?

井村:いや、まったくなかったです。もともと僕は、大学も工学部の情報系でした。(入社した会社の事業である)鉄鋼にもまったく興味がなくて、本当に家から近いというだけだったんです。

実家から近くて車で行けるところがメイン工場だったので、「そこに入るかな」みたいな感じだったんですけど、「お前、本社ね」と言われて、「マジか」みたいな。右も左もわからないまま東京に出てきた感じです。

谷本:なるほど。

井村:社内のインフラ整備や人事評価システム、予実管理システムを作る担当だったので、それをやっていました。

谷本:「社内のシステムを作る」みたいな(ことですか)?

井村:そうです。社内の基幹システムをずっといじっていました。

谷本:なるほど。最初に入られたのは、まさに今日のテーマの1つとなっている「大手企業」ですよね。

井村:そうですね。新日鉄系の会社にいたんですけど、まったく興味はなかったですね。

谷本:(笑)。

井村:1ミリもなかったです。

谷本:そうなんですね。最初の会社さんって、大手の特徴みたいなのはあったんですか?

井村:最初に入った時は、言われた仕事をこなすのに精一杯でした。みなさん今はプログラムが当たり前だと思うんですけど、僕が入ったのは20数年前なんですね。その時は今ほどシステムが大事にされていないというか。ウェブサイトさえない会社なんていっぱいありました。そんな状況で入っているんですよ。

谷本:ええ。

井村:鉄鋼会社でSE(エンジニア)とかをやっても、ぜんぜん出世街道に乗っているわけでもない状態でした。「鉄がわかる」という人が出世街道に乗っていたので、もともと夢もまったくない感じでした。

新卒で入った大手企業でキャリアが激変

谷本:なるほど。大手さんではシステム系をやられて、そこからITベンチャー(企業)に転職されたんですか?

井村:そこへ行く前に、実はその会社は東証一部(上場)の会社だったので、当時「IRや投資家向けの説明会に力を入れていく」という話になったんですよ。

「分析ができて、パワーポイントでかっこいいやつが作れて、スピード感があるやつ、社内で誰か出して」みたいな通達が、部長周りにブワーっと行ったらしくて。うちの情報システムの部長が、「うちにイキのいいのがいますよ」と言って、僕は差し出されたんですよ。

谷本:(笑)。

井村:そのIRプロジェクトから延長して、「お前、そっち専属でやって」みたいな(かたちです)。

谷本:うんうん。

井村:「でも、僕が作っていたシステムはどうなるんですかね?」という話をしていたら、「それは代わりを連れてくるから」と言って、僕の同期がそこにやられた感じでした。

谷本:なるほど。まずはそこでキャリアが激変したと(いうことですね)。

井村:激変ですね。経営企画なんて、まったく興味がなかったですけどね。ただ、IRでパワーポイントの資料を作るのは、ちょっとおもしろかったんですけど、そのくらいですね。分析なんてまったく興味がなかったです。

谷本:じゃあ、そこからしばらくそういう(仕事をしていらしたんですか?)。

井村:そうです。そこから4〜5年やって、30歳の時に「ここの会社にいてもしょうがないな」と。実は、この会社でいろいろ激動があって、「真面目にやるのがバカを見る」といった出来事があったので、「なんじゃそりゃ」と思って辞めました。「こんな会社のために僕の人生を費やす時間がもったいない」と思って辞めたかたちです。

谷本:なるほど。そこからITベンチャー企業に(行ったんですか)?

井村:実はITベンチャーに行く前に、1年間コンサルをやっているんですよ。

谷本:印刷会社ですか?

井村:印刷会社です。他の会社さんに行って、IRのコンサルをしていました。

谷本:なるほど。

井村:これは大手だったんですけどね。

30代後半での転職、1年後にはCOOに

谷本:ここまでの経歴的に言うと、延長線はCFO(最高財務責任者)とか、まさにIPO(新規株式公開)ですね。

井村:そうです。

谷本:それで、今度は有名な例の法律事務所さんに入られた。

井村:そこからITベンチャー(企業)に行っています。

谷本:なるほど。

井村:某印刷会社さんに行って、そこからITベンチャーの電子マネーの会社に行っていて、そこが買われたんですよ。

谷本:ええ。

井村:IPOをしたあとにTOB(株式公開買付け)されて、大手の某通信会社の100パーセント子会社になったんですよね。「やっぱり合わないな」と思って辞めました。そこから法律事務所の管理部長になるって感じです。

谷本:一応その時点でも、経営企画系のところで法律事務所に入られたんですか?

井村:その時、僕は新規事業や「既存サービスを伸ばしてくれ」とか「海外事業部をちょっと見てくれないか」とか「海外展開したいから、ちょっとやって」とか、攻めのほうばかりをいろいろやっていたんですよね。

30代の後半だったんですけど、「管理系が弱いな」と思ったから、その時から転職したら「管理系をやらなきゃいけないな」みたいな感じでした。だから、お声がけをいただいたので「じゃあ、受けます」と言いました。

谷本:なるほど。そこからあれよあれよと、最終的にはCOOになられたんですよね。

井村:そうですね、最終的にはそこで1年くらい経ったらCOOになっていました。

谷本:そこがすごいですね。キャリアの激変はどういう経緯で(なられたんですか)?

井村:管理系がぐちゃぐちゃで、数値管理が弱かったのを直したら、代表がいろいろとされててとても忙しい方だったので、「経営はちょっと任すわ」と。

谷本:すごいです。それこそ、それまで担当してない営業とかマーケティングとか全部を見るわけですよね。

井村:そうですね。営業部長とかもいましたし、マーケの部長もいましたけどだんだん抜けていった感じです。

谷本:それがすごいですよね。

井村:はい。最初は横並びで僕が管理部長でいたので、そこから経営全般に(行きました)。

数字や人の管理がしっかりしないと、会社は伸びない

谷本:なるほど。基本的にそこからは、まさにCOOのキャリアといいましょうか。

井村:そうですね。COO系が多いですかね。

谷本:COOって、どちらかというと営業やマーケの人の最終地点みたいなイメージなんですけど、そことはぜんぜん違う。

井村:そうですね。やっぱり、僕が持っているイメージはちょっと違いますよね。これはあとの話でも出てくるかもしれませんが、やっぱり一番は数字や人の管理といった土台がしっかりしていないと、会社は伸びないと僕は思っているんですよ。

谷本:なるほど。

井村:ベンチャーとかに行くと、イケイケで「営業部門にめっちゃ力入れて営業を伸ばそうぜ」というのがあるんですけど、後ろを振り向いたらぐちゃぐちゃになっています。システムも同じで、要はつぎはぎでいろんなことをやったら、ベースから全部作り直さなきゃいけないんですよね。

なので、僕がSEをやっていた時から気をつけていたのは、ベースはあまり変えないけど、いいようにしっかり計算して作り、データベースもちゃんと作った上で、そこに乗せていく。組織もそんな感じで作っています。

谷本:今日はそのあたりも、このあといろいろお話しできる感じですかね。金子さん、次の質問に行きますか?

金子:はい。この質問(「ぶっちゃけなんで大企業やめたんですか?」)は出たので、次に行きます。

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