2024.10.10
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心理的安全性と人的資本経営〜『心理的安全性を高めるリーダーの声かけベスト100』田中弦氏インタビュー(全1記事)
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ーー田中さまが『心理的安全性を高めるリーダーの声かけベスト100』を書いたきっかけについておうかがいしたいです。なぜこの「心理的安全性」、それから「声かけ」に注目されたのでしょうか?
『心理的安全性を高めるリーダーの声かけベスト100』(ダイヤモンド社)
田中弦氏(以下、田中):当社は従業員同士が感謝・称賛のメッセージと少額のポイントを送り合う「Unipos」というサービスをやっております。業種・業態を問わず360社以上の企業さまにご利用いただいており、さまざまな「称賛」のやり取りを見てきました。累計1,000万件以上のデータが溜まっています。
感謝・称賛のメッセージは、どれもとびきり心が動いたり、やる気になった声かけばかりです。しかし時には、「もう少し工夫したらもっと相手に伝わるなぁ」と思う声かけもあるのです。要は褒めるのが上手い声かけと、もう一工夫必要な声かけがあると気づいたんです。
実は、単に褒めるだけでは心理的安全性のある環境は作れないので、「声かけ」は学習のしがいがあります。みなさんの珠玉の声がけの中から、僕が「これは心理的安全性が高まるな」と思ったものも集めると、世の中の学習スピードはけっこう上がるんじゃないかなと思って、この本を作りました。
ーーなるほど。私自身、書籍にあった、新人の方に向けて「早く一人前になってね」という言葉が、実は間接的に「まだ半人前だよ」と受け取られる危険性があるという指摘は驚きでした。良かれと思って褒めているつもりで、逆に場の心理的安全性を下げてしまうこともあるんですね。
田中:誰しも働いている中で、先輩や上司の方から言われて心に残っている言葉があると思うんです。そういった心が動くような声がけをうまく学んで、真似して使えばいいと思うんです。我流だと良し悪しの判断をしづらいので。
ーー田中さまご自身がたくさんのリーダーの経験を積まれてきた中で、メンバーの方への声かけで失敗されたことはありますか?
田中:ありますね。僕は28歳の時に会社を初めて作っているので、経営経験が長いんですよ。この17年でも、上司に求める理想像がずいぶん変わったなと感じています。
これは、2009年から2019年の「理想の上司」の変化です。2009年の理想として挙げられていたのは、リーダーシップと情熱を持っていて、場合によっては叱ってくれる人でした。それが実はこの10年で大きくランクダウンして、労いと褒め言葉を忘れない人が「理想の上司像」になっているんです。
僕も28歳ぐらいの時は「俺についてきてくれればいいんだよ」「ベンチャーなんだから徹夜なんて当たり前だ」という「叱るリーダー」でした。15年前は、アメリカのインターネット業界で流行っている仕組みを活用すれば、日本でも応用が利く。もう「答え」はあるから、あとはがむしゃらにやるだけで「勝てる」時代だったから、そういうリーダーの方が“お得”だったんです。
ところが今は、災害や戦争など「世の中の不安定さ」がより増してきました。正解のない時代になった今、上司は「答え」を持っていません。そんな中で企業が成長するには、多様な価値観を持った一人ひとりの力を集結させて乗り越えることが大切です。そのためにも、上司は声かけなどを通じてや心理的安全性のある環境づくりを行った方が“お得”な時代に変わったんだと思うんですよ。
田中:僕も10数年前は多くの離職者を出してしまうなど、失敗だらけでした。そうした「しくじり」を経て、組織を良くするために「社員のことを知りたい」と思って、約8年前にUniposの原型を作ったんです。
ーー経営者だからこそ、熱量が高すぎたんですよね。
田中:そうそう。自分もその時は「徹夜なんて平気だよ」という感じで、一緒にいる同僚にも「俺が熱いんだから、お前らも熱くなるべきだ」と求めてしまって。10年前とか15年前のやり方は、もはや今となっては非常識です。しかし、これを変えるのが難しいところなんですよね。
ーー「叱る経営者」だった田中さまが、心理的安全性の重要性をここまで語る理由をもう少し教えていただきたいです。
田中:心理的安全性はアメリカで生まれた考え方ですが、実は日本にこそ必要であると考えています。日本の労働人口に占める「若手(34歳以下)」の割合は23パーセントしかいないんですよね。10代、20代は15パーセントしかいない。マジョリティは50代です。
日本の若手はマイノリティで味方が少ないわけです。こんなに年代ギャップが出てしまうと、「たくさん失敗しろよ」と言われても、自由に挑戦なんてできないですよね。ちなみにアメリカは若手がボリュームゾーンなので、味方はたくさんいます。
20年前に社会人になった方は、ちょうど今課長や部長になっていると思うんですよ。20年前の自分が受けたスタイルで今の部下のマネジメントをすると、価値観がまったく違うため、ボタンの掛け違いが起こってしまうわけです。
ーーなるほど。実は著書の中で、私が一番印象に残っているのは、メンバーがミスした時の声かけで、「君以上に失敗してきた私が言うのもなんだけど、こうやってみるのはどう?」というものです。
私も以前の上司から、ミスを報告した際に「〇〇さんのミスなんて、僕も何度も経験してきたやつだから大丈夫」と言われたことがあって、「報告してよかったな」と安心して、そこから早めの相談ができるようになったんです。
田中:それはいいですね。
ーーはい。そして、田中さまが著書でミスした時の声かけとあわせて「人的資本経営」の考え方を紹介されていたのが印象的でした。声かけと心理的安全性と人的資本経営に、どんなつながりがあるのか教えていただけますか?
田中:はい、もちろんです。例えば20〜30年前の人事制度では、基本的に人が辞めても労働人口が多いので追加採用できるため困らないか、ほとんど辞めないことが前提でした。それで優秀な人をどんどんふるいにかけて、最終的に役員を選ぶというレースがあって、常に競争していました。
人が辞めないので、生産性が高い人とそうでない人をしっかり分別していくのが今までの経営だったと思うんですね。これが人口が減っていくと採用ができなくなっていきます。かつ不安定な社会となると、もう全員のパワーを使わないと生き残れなくなってくる。
人的資本経営の基礎的な考えとしては、別に誰もが違っていていいんです。だけど「お互いの強いところや弱いところと合わせて、全員の力を合わせて生き残っていこうね」というものなんです。
要は人が資本なので、投資すれば伸びます。今までは人は資源だったので、投資しようが投資しまいが別に伸びない。この考え方がだいぶ違っているんだろうなと思っています。
田中:だから、先ほどの「君以上に失敗してきた僕が言うのもなんだけど」という声かけは、20年前だったら別に言わなくていいと思うんですよね。
でも「すごくよかった」とおっしゃっていただいたとおり、そこでミスをけなしてようなマネジメントをするのは、現状にそぐわなくなっているかなと思います。
「弱みを潰そうとするのではなく、活かして経営していきましょう」と考えるのが人的資本の経営になります。そういう意味では、心理的安全性は人的資本経営の土台だと思いますね。
ーー確かにそうですね。強み・弱みを活かすというのは「君以上に失敗してきた私」という経験値がある人が、経験値の少ない若い人を補強するようなイメージなんでしょうか?
田中:長く生きているからこそ、たくさん失敗しているはずです。10年長く生きていたら、10年分の失敗がたっぷり溜まっているわけですから、それをオープンにしながら一緒に知恵を絞っていくスタイルの方が、若手層とコミュニケーションが取りやすいのではないかと思います。
ーーおっしゃるとおりですね。心理的安全性が高い組織のリーダーの特徴は、他にも何かあるでしょうか?
田中:それは「柔軟性」がある方でしょう。世の中も働く人の価値観も変わっている時に、「時代が変わってきたのかもしれないな」と考えられる人だと思います。
ーー柔軟性を身につけるにはどうしたらいいんでしょう?
田中:僕は、損得勘定だと思うんですよ。Googleさん含めいろんな学術的な研究も出ているとおり、今の時代においては20〜30年前の「ついてこいスタイル」よりも、心理的安全性の高いチームのほうが明らかにパフォーマンスが出ることがわかっています。
パフォーマンスが良くなり、売上や競争力が上がるなら、その時代に合ったマネジメントのスタイルを選んだほうが得だと思うんです。
例えば「褒め合うカルチャーを作りたい」「組織風土を変えたい」というのもわかるんですが、まずは「競争力や売上をちゃんと上げるために、全員の価値観を変えようぜ」「そのほうが得だよね」という考えが合意されていることが必要です。
心理的安全性って、そのチームに置かれている環境なんですよね。環境は、誰でも作れるし壊せるじゃないですか。でも、みんなが「上司が作るものだ」「会社が作るものだ」と思っていたら、途端に「じゃあ部下は黙っていればいいや」というふうに、自ら黙ってしまう方も増えてしまう。
ーーリーダーだけではなく、組織の一人ひとりが環境を良くしていこうと思うことが大事なんですね。
田中:そうなんです。
田中:残念ですけど、今の日本は風土が傷んでいる組織がほとんどだと思います。ただ、そこに対して心理的安全性を高めるアプローチをすると、やはり会社は変わります。
最近は人的資本開示についての話題も多いですが、「うちは女性がすごく活躍していて」「うちはすごくフラットな会社で」というふうに自慢したくなるんです。でも、僕はどんな会社でも組織課題がない会社はありえないと思っています。
特に女性活躍にはまだまだ多くの課題があります。女性管理職の割合が2割しかないというデータもあるんです。人口の半分は女性ですから、もっと多くていいはずですよね。労働人口減や女性活躍など、大きな課題に真摯に向き合えるかどうか、これからの経営において重要だと思っています。
本当は風土が傷んでいるのに、人的資本開示で良いところしか出さないということをやってしまうと、実態とかけ離れてしまいます。すると実態を知っている社員のエンゲージメントスコアは逆に下がると思うんですよ。
やはり、自分たちのことを客観的かつ柔軟に、真摯に捉えて「うちはこの課題に対して、こういうふうに対処していくんです」と言える会社は、心理的柔軟性があるんだろうなと思います。
ーー人的資本開示は、社外だけではなく社員にとっても重要なメッセージになっているんですね。おもしろいです。
ーー最後に、田中さまから読者の方に向けてメッセージをお願いします。
田中:柔軟性ってとても重要だと思います。僕の著書が100パーセント正解で、「これをすべて覚えないと心理的安全性が高まらない」という話ではないです。この本の要素の良いところを取り入れて、より良くしていこうって思えるかどうかを大切にしていただきたいです。
何事もそうで、時代が変わるたびに柔軟性を持ってマネジメントスタイルを変えればいいと思っています。やはり、この心理的安全性の根底にあるのは「何事もしなやかであれ」という話だと僕は考えています。
読者のみなさんのふだんのお仕事も困難の連続かと思います。この本を手に取ってくれる方は、おそらく柔軟性が高めだったり、柔軟性を高めたいと思っていらっしゃる方だと思うので、ぜひこれをきっかけに軽やかに、しなやかな心で働いていただけたら嬉しいです。
ーーそうですね、本日はお話をいただきありがとうございました。
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