2024.10.21
お互い疑心暗鬼になりがちな、経営企画と事業部の壁 組織に「分断」が生まれる要因と打開策
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大福聡平氏(以下、大福):またアリの世界に1回戻りますが、逆にアリの世界には司令塔がいないという話がありました。
長谷川英祐氏(以下、長谷川):あんなに脳が小さい生きものが適切な状況判断をして、「誰がどうしろ」なんてできないじゃないですか。
大福:判断して指示なんかできるわけがないよねと。
長谷川:でも、集団としてはうまく動くわけですよね。難しい言葉だと「自律分散系」と言うんですが、アリの社会やハチの社会はまさに自律分散系なんですよ。だから、それがどういうメカニズムで動いてるかについて、AIなんかをやってる人たちは非常に興味を持っていて、僕の論文は非常にダウンロードされてるんです。
あの雑誌には年間1万本ぐらい論文が載るんですけど、その年度のダウンロード数が100位以内だったという賞をもらいましたね。
大福:おー、すごい。
長谷川:賞と言っても、単に「これはベスト100の論文なんだよ」って絵が1枚もらえるだけなんですけど。
(一同笑)
長谷川:でも、それだけみんなが興味持ってくれたことはよかったですね。
大福:そうですね。前回の「自由人博覧会」のゲストの方が武井浩三さんという、自然経営のマネジメントの仕方を提案されている方でした。「自然のかたちを組織の経営に活かせないか」ということで、まさに自律分散というキーワードも出ました。
本来の自然の考え方からしたら「管理しない組織」が、適切な組織のやり方、個人が活かされるようなやり方なんじゃないかとおっしゃっていたんですが、まさにそういう話なのかなと思いました。
長谷川:アリはそれでいいんですよ。なぜかというと、アリには女王アリがいて、ワーカーはみんな娘です。オスはみんなぜんぜん働かないので、娘が(仕事を)やってるわけです。母親が子どもをたくさん残してくれれば、娘が自分が子どもを産まなくても、それ以上の遺伝子が次の世代に変わります。
でも、人間はぜんぜん血縁関係のない集まりで会社を作ってるから、特定の人ばっかり働いてて、働かないやつがいると「なんで同じ給与なんだ」って揉めちゃうでしょ。
大福:ケンカになっちゃう(笑)。
長谷川:そこが、人間の組織をうまく動かすための問題です。目的としては、社員も幸せになって、会社も幸せになることを目指してるんです。まさに今も問題になっていますが、今の日本企業の経営を見ていると、儲かっても社員にぜんぜん給料還元しないじゃないですか。そしたら、社員は働く気がなくなりますよね。
テレビでやっているグラフとかを見ると、他の先進国がこの10年で何倍にも給料が上がってるのに、日本だけはずっと上がってないんですよね。そのぶん、全部会社が溜め込んでるんです。そんなことをやってたら、システムがうまく働くはずがありません。
関係というのは、常にお互いの関係がWin-Winになってる時だけうまく動くんです。今、そういうことを生物多様性と関連づけて考えてるんだけど、それはもうちょっと後にしましょうね。
大福:Win-Winの関係性、そうですよね。アリの話は一種の話でしたけど、種と種の関係性みたいな話ですね。違う種同士がWin-Winの関係性をうまく使って、一緒に共生・存続しているという話(がありました)。
長谷川:すべての関係がWin-Winだったら、誰も損をしないから絶対に長続きしますよね。誰も損しない関係を会社の中で作れるかというのが、会社経営の秘訣だと思います。会社自体も得をする、社員も得をする関係になっていること。
実際には社員に「給料を払う」ということですが、ケチで有名だったユニクロの社長さんが、給料最大40パーセント上げるっていう(ニュースがありましたよね)。
大福:すごくいい給料を出すみたいですね。
長谷川:そうしないと優秀な人のモチベーションを保てない。現場で働いてるような人たちの給料もちゃんと上げましたよね。「今までのやり方じゃもうだめなんだ」ということに気づいたから、やっぱり柳井さんって頭のいい人なんだな。
大福:すごい変革ですよね。
長谷川:そう。それと、あとは適材適所ができるかどうかですよね。
大福:適材適所。長谷川先生の中で、種同士の関係は研究されているんですか?
長谷川:生き物って、「群集」と呼ばれているものの中で生きてるじゃないですか。
大福:群集。「群れ」とかね。
長谷川:「種」というのは科学に必要ない言葉なので、なるべく使いたくないんですが、種は遺伝子型ですよね。遺伝子型みたいなものが、植物みたいにいろんな“生産者”からエネルギーを入れてくる。
あいつら(植物)は、太陽の光をエネルギーに変えるわけでしょ。その上に植物を食べる動物がいて、その動物を食べる動物がいるという、3段階ぐらいになってるんです。下には「分解者」という微生物がいて、死んだ動物の体を分解して、また土の中に栄養として戻していく生態系ができてるんです。
そいつらの「種間関係」と言われるものは進化するんですよ。だってすべての生物って、繁殖するための資源として何かに依存してますよね。
ダーウィンの進化(論)は効率しか進化させないんですが、例えば「食べるもの」と「食べられるもの」という関係がありますが、食べるものが一方的に有利なのかというと、そうではなくて。食べられるものがいなくなっちゃったら、食べるものは餌がなくなって滅んでしまうじゃないですか。
でも、自然選択で進化していると考えると、残りの資源が少なくなっても、それを「より効率よく食べられるやつ」と「食べることを少し抑えて存続しようとするやつ」だと、より食べちゃうやつだけが必ず進化しちゃいますよね。そいつのほうが、単位時間あたりに産む子どもの数が多いから。
「資源を使い果たして絶滅」が、自然選択の行き着く先です。実際に洞爺湖とか知床の鹿で調べられてるんですが、(生物が)急激に増えて、食べ物がなってどすんと減る、また増えてどすんと減る、というふうになっている。
長谷川:今まで人間は、「密度効果」と言って、密度が大きくなると繁殖に抑制がかかると考えていた。最初は指数的に増加するんだけど、あるところで頭打ちになって平行になるという「シグモイド(関数)」という考え方ですが、オオカミが滅びちゃった北海道では、鹿はそういうことをぜんぜんしていなくて。
できる限り(生物を)増やして、食べ物がなくなって子どもを生めなくなって、どすんと(個体数が)減るっていう、こういう振動を繰り返してるんですね。
だから結局、食べるものがいないと、食べられるものも滅びてしまうんです。食べるものがいて、自分たちをある程度減らしてくれるから続けていけるんです。
それも今シミュレーションで調べてるんですが、10個体ぐらいある小さい分子を作って、その個体間関係を最初に乱数で振るんですね。それで、タイムステップで相互作用の起こり方を組んでやって、そういうマトリックスを作って回す。すると、乱数で振ってるから、ほとんどの群集は2~3世代で滅びてしまう。
でも、時々ずっと長く続くやつがいるんですよ。今は突然変異を入れてないので、最初の10×10の相互作用マトリックスから始めて、うまく続くと爆発的に個体数が増えるので、1万×1万を超えた場合は各遺伝タイプの頻度に基づいて、その頻度でまた100×100に戻す。そこからまた増やすというかたちで、シミュレーションをやってるんです。
ある種に対して同じパラメーターを持ってるやつを「同種」と呼んでるんですが、主観関係のパラメーターって、最初は「プラスプラス」も「プラスマイナス」も「マイナスマイナス」もいるんですが、長く続いたやつを見るとすべて「プラスプラス」になるんです。
「プラスプラス」というのは、どっちの増え方に対しても、相手がいるほうがプラスになるってことだから共生になるんですね。一番世代を走らせると、すべての関係が共生になっちゃうんですよ。
長谷川:最初にランダム群集のセットを1,000個作って、スーパーコンピューターで走らせたんですが、10か20ぐらいは1,000世代続くものが出てきました。1,000世代続いたものを見ると、全部の個体の主観関係のパラメーターが「プラスプラス」なんです。これは我々の予測どおり、全部が共生関係になっているんです。
今は突然変異を入れて、主観関係が時々突然変異するパラメーターの場合どうなるかを調べてますが、こっちは計算がものすごくめんどくさいので、スーパーコンピューターを使ってもなかなかできないんです。
長続きしたやつが2例ぐらいできていて、それは種数が増えていく上に「プラスプラス」になります。現状の群集はたぶんそういうものですが、例をもう少したくさん集めて、どういう進化が起こったかを解明しようと思ってるんです。
種数が増えて、その種の中の「平均適応度」と言うんですが、子どもの生まれる数は高くなっていって、最終的には全部の主観関係が「プラスプラス」なものになるだろうと予測していて。今はまだ2例しか得られてないけど、(2例とも)結果はそうなってます。
大福:おぉ~。
長谷川:だから結局、自然選択という最も効率的なものを進化させる原理で進化してるのに、絶滅したら終わりだから、絶滅しないための選択がもう1つ関わっていて。それは「バイオダイバーシティがなぜ必要なのか」ということを表している。
さっき生態系の話をしましたが、世界のどこで見ても、生態系の構造には分解者がいて、生産者がいて、植食者がいて、捕食者がいて、3段階ぐらいしかないんですね。
それぞれの場所にいる動物(の種類)は違いますが、有名なのは、オーストラリアの有袋類が他のところにいる真獣類とまったく同じような、ニッチの生態系の構造を持ってることです。フクロオオカミは滅びちゃいましたが、要するに、植食者である鹿の代わりはカンガルーですよね。まったく似たような生態系なんです。
大福:有袋類だけで、そういう生態系になっていると。
長谷川:たぶん、その最適な生態系の構造の解がごく少数しかないからだと思っている。だから、そこにいる動物たちがそういうふうに分化して、植食者とか肉食獣ができてきちゃうんだと思うんですよね。
大福:なるほど。
長谷川:生物多様性がないと、生命は続かないことはわかると思います。たぶんこれは、海外の学者は絶対に認めないと思うので、それが本当だということがわかれば、辞める前に英語の本を書いてそれだけ残しておこうと思います。
川本まい氏(以下、川本):(笑)。
長谷川:僕自身は、アリとアブラムシのちっちゃい共生系を使って研究をしてるんですが、そこにいる生物たちの間を見ると全部がWin-Winな関係になってます。
大福:それを海外の方が認めないというのは、自然選択とか生存競争みたいなもの(を提唱しているからですか)?
長谷川:そう。「競争してる」という考えしかないわけですよね。
大福:「種は生き残る競争をしてるんだ」「今は競争に勝ったものが(生存)いるんだ」という世界観ですよね。
長谷川:そうですね。自然選択の他に、僕らは「永続選択」って呼んでるんですが、自然選択の上位構造として「滅びない」「滅びるものはだめ」という選択があって。どんどんそういうふうになっていくんだけど、そこに引っかかっちゃったやつは滅びていなくなる。
「残されるものは、みんなが共生するようなものしかない」というのが結論なんですが、これは絶対に常識的に聞こえるでしょ。誰に話してもみんな納得するんですが、たぶん海外の学者は絶対に納得しないです。彼らは一神教の人だから、「最高原理の自然選択を超えるものなんかない」って思ってるんですよ。
大福:それこそ、常識が覆せない。
長谷川:そう。常識で固められちゃってるから、(彼らからしたら「永続選択」は)非常識なことなんでしょうね。
大福:今の話を聞いたら、ちょっと長谷川先生にがんばっていただきたいですよね。
長谷川:いいんです。本を書いて残しておけば、誰かがそれを見つけますから。メンデルみたいなもんですよね。メンデルは遺伝の法則を見つけたけど、彼の(生きていた)時代には認められなかった。
大福:そうなんですね。
長谷川:メンデルがイギリスの王立協会に送った論文は、そのまま読まれずに棚の上に置かれて、90年ぐらいほっとかれたんですよ。3組の学者が同じものを90年後ぐらいに発見したら、実はメンデルがもう書いていたことがわかって。あれは「メンデルの法則」と呼ばれてるんですが、メンデル自身は失意のうちに死んじゃったんですよね。
大福:なるほど、生きてる間には認められなかったと。
長谷川:認められなかった。そういうことって、科学の中ではよくあるんです。
大福:そのためにも、書物をちゃんと残しておくことが重要だと。
長谷川:科学には「先取権」というものがあるので、(書籍として)残しておけば「あ、もう言われてた」と、一番最初に言った人の業績になるんです。本だったら別に審査があるわけじゃないし。ある英語の出版社からそういうシリーズ(の書籍)を出してる人が、この間学会で北大に来たので話をしたんです。
「じゃあプロポーザルを出して。急がなくてもいいよ」って言われてるので、論文が揃うまでもうちょっと待とうと思ってます。彼が自分のシリーズで書かせてくれるんだったら、あの人はダーウィニストじゃないので、たぶんOKって言ってくれると思います。それを僕の最後の仕事にしようと思ってますね。
大福:もう決まってるんですね。
長谷川:人間の社会でも、うまくいくためにはWin-Winの関係にすりゃいいのに、自分だけ得をしようみたいなことやるやつがいるから、そうなれないんですよね。
大福:なるほど。
大福:生物学の世界からも、なんとなく長谷川先生は真理を見つけていると。そういう生態があって、Win-Winの関係性があるからこそ長く続いているんだというところがあるんですが、一方で人間の世界はそうなっていない。そもそも人間って、自然の生態系の中ではどう位置づけられてるのかすごく気になるんです。
長谷川:人間の政策がうまくいかないのは、みんな性善説を採用してるからです。人間も生物だから、自然選択に従って進化してるので、本質的には絶対に利己的なんですよ
だけど人間には社会があって、社会を作らないと生きていけない生物だから、「性善的な行動のほうが価値が高い」というふうにしないと社会が回らなくなる。でも、政策で性善説を前提にしたら、絶対にうまくいかないんです。
今も問題になってるけど、フィリピンにルフィというボスがいて、組織的な強盗をやってたのが見つかってるじゃないですか。ルフィって『ONE PIECE』の主人公(の名前)なんでしょ?
大福:そうです(笑)。
長谷川:あの人は「俺は海賊王になる」と言ってるらしい。僕は『ONE PIECE』を読んでないので、「俺は盗賊王になる」という意味でああいう名前にしたのかなと思ってるんですけど。必ず、ああいう悪いことをする人が出てくるじゃないですか。
今の法律の裏をかいて、システムの裏をかいてやっているわけですよね。そういう裏切りを生物の世界では「チーター(cheater)」と言います。自分はコストを払わずに、社会の恩恵だけを受けようとするってことです。(性善説を前提にした社会では)それが起こるんですね。
長谷川:例えば、人間の社会だと脱税がそうですね。税金は社会をうまく回すために必要なコストじゃないですか。それを払わないで自分だけお金をもらっちゃうんだから、人間のチーターの代表例が脱税です。
大福:なるほど。
長谷川:生物でも、Win-Winの関係はメリットがあるからやっているわけで、維持のコストを払わなきゃいけないんです。維持のコストを払わないで、自分だけ群集や関係のメリットを受けちゃおうというチーターが入ってくるのは、避けられない。それをうまく排除するようなシステムがないとだめなんです。
「空間構造」「時間構造」って言うんですが、ある関係が起こるのは空間的に限定された場所で、全体で起こっているわけじゃない。あるいは関係が起こるのは、時間的にみんなの関係がずれて起こるという、時空間的な構造があるんです。
例えば僕が研究しているアブラムシとアリの共生系だと、ヨモギに寄生するタイプのアブラムシなんだけど、ヨモギはジェネットと言って根っこでつながっていて、群落が1つのクローンである構造になってるんですね。
大福:竹みたいな感じですか?
長谷川:そうそう。だから、ヨモギの地上部ごとに構造化されてるんですよ。チーターの遺伝子が入ってきても、「シュート」という地上部だけがだめになるわけですね。
大福:なるほど、根っこはぜんぜん大丈夫だと。
長谷川:穂の間同士でのインタラクションはあんまりないので、チーターが入ってきた穂の上の群集だけが滅びて荒廃しちゃうと、健全な群集が残りますよね。いっぺんWin-Winの群集ができてしまうと、チーターはそこに侵入できなくなる構造がある。入ってきたものは、必ず滅びちゃうからです。
大福:なるほど。チートされたほうも滅びちゃうから、結局共倒れになってそこで終わってしまう。
長谷川:そう。「構造化」というのは、もう1つのキーワードです。だから、グローバルっていうのはだめなんですよね。自然選択は、土俵を1つにしちゃうと一番利己的なものが生き残って、これも滅びてしまって終わっちゃうんです。
大福:そこに適した人だけは生き残るけど、他の人も生き残らないから共倒れちゃう。
長谷川:チーターだけが生き残って、全部潰れちゃうんです。
大福:みんな潰れちゃう。
長谷川:だから土俵を1つにするのはぜんぜん良くなくて、経済圏がいっぱいあったほうが、だめな経済圏だけ滅びるのでいいんですよね。「グローバリズム」っていうのは間違っていて、破滅への一直線だと思ってます。
大福:うーん、おもしろい。
長谷川:でもそれも、自然を見て見えてきたことですよね。
大福:滅びていく経済圏もありつつ、生き残っていく経済圏もあるという多様性が重要なんだけれども、生き残っていくものがどんどん統一されていくということではないってことなんですか。
長谷川:多様性がなきゃだめで、土俵が1つになってしまったらもう終わりなんです。「地産地消」という考え方があるじゃないですか。あれは非常にいいことだと思うんですよね。その中でいろんな工夫をして、チーターがチーターを排除できるように経済圏を作ればいい。
「経済圏のメリットは受けるけど、コストは払わない」というのを排除するようなシステムを作らないとだめです。アリ(の生態系)でもやっぱろチーターはいるんですが、そいつらを排除するためのシステムを非常に進化させている場合が多いですね。
大福:へー。アリにもチーターがいるんですね。
長谷川:います。協力のあるところには、必ずチーターは入ってくるので。
大福:ちなみに、排除する仕組みっていくつかあったりするんですか?
長谷川:いろいろあります。アリの場合は、見分けて殺すとか、女王だけに卵を生ませてワーカーが卵を産んだら必ずその卵は潰すとか。アリは仲間を匂いで見分けているので、チーターが同じ匂いをしているとわからないんですよ。
だけど、女王とワーカーは区別できるようになっている。そうじゃないと、女王だってことがわからないから。(女王とチーターは)必ず匂いが違うので、卵から女王の匂いがしなかったら、その卵を食べちゃいますね。チーターがいても、そいつは卵を埋めないから、結局生き延びつかないじゃないですか。
大福:本当にうまくできてるんすね。
長谷川:そうなんです。うまくできてないものは生き残れなかったはずだから。だから真理を見つけた場合は、必ずその真理の通りになるはずなんです。僕はアブラムシとアリの関係でその実証研究をやってますが、すべてがWin-Winになっているから、たぶん(その仮説は)正しいんだろうと思います。
シミュレーションとかWin-Winとか、性の問題もそうなんだけど、存続していくためには性が必要なんですよね。どんな生き物でも、ゲノムのサイズが大きくなると「機能領域」というタンパク質を作る部分の長さは長くなりますよね。
突然変異が起こる確率は10のマイナス8乗なので、起こる突然変異はほとんどが有害だということが、ショウジョウバエなんかの研究でわかっている。
大福:そうなんですね。
長谷川:機能領域の長さが10の8乗を超えるような大きさになると、前世代1個の突然変異が必ず入りますよね。できた突然変異はほとんど有害だから、無性生殖だと、生まれた悪い突然変異は必ず子どもに引き継がれて、どんどんその有害変異が溜まっていく。
マラーという人がこれを見つけたので、「マラーのラチェット」と呼ばれています。無性のままでずっといくと、ゲノムの大きい生き物は絶滅しちゃうんですよね。
染色体があるとより顕著になるんですが、我々でいう精子や卵子にあたる配偶子を作る時に、すごくたくさん有害変異が入っている配偶子がたまたまできちゃう。でも、その時にできるもう1つの配偶子のほうは、突然変異が少なくなるんですよ。
つまり、配偶子の突然変異がたくさん入っている配偶子同士が接合して子どもができると、そいつは生き延びられない。そうやって、自分の遺伝子ラインの中から有害なものを減らすことができる。つまり、マラーのラチェットを逆に回すことができるんですよ。
有性生殖はそういう長期的なメリットがあるんですが、有性生殖をするとゲノムの半分しか子どもに伝わらないので、それを「2倍のコスト」と呼んでたんです。
大福:コストはかかっていると。
長谷川:だけど、最近僕らが「そんなのは嘘だ」というのを見つけて。減数分裂って、2つあったゲノムがいっぺん自分のコピーを作って四量体になって、それが2nに分裂して、もう1回分裂してnしか持ってない配偶子になるんです。
その仕組みを考えると、一番最初に性の遺伝子ができた時に、その性の遺伝子を持ったゲノムが自分の、有性遺伝子を持つコピーを作るじゃないですか。そうすると、コピーを作ったほうにも有性の遺伝子が乗っていますよね。
そいつは配偶子を作るから、できた2つの配偶子は他にどこにも交配相手がいないんだから、自分たち同士でくっつくしかないんですよ。
性の遺伝子は1回繁殖しただけで固定しちゃうので、その後ずっと性は維持されるんです。無性に比べて性にはメリットはあって、減数分裂のコストは1回の繁殖で消失しちゃう。しかも性がなくなると、性を必要とする大きなゲノムの生き物は必ず滅びる。
性の遺伝子座に対しては、他の遺伝子座がどうであろうが、「安定化選択」という、一番その状態を強く保つような選択になるんですよ。確かに減数分裂の2倍のコストはあるかもしれないけど、なくなったら滅びちゃうから、あっても我慢するしかないんです。
大福:長期的に見ていかないと。
長谷川:そう。「永続選択」というのが効いてくるので。性には直接の利益もあって、ダーウィンが使ってる「算術平均適応度」と呼ばれるものが高くなる、必然的なメカニズムがあるんです。
「1回の繁殖で性が固定しちゃう」という論文は出して、最後に通ったのは、『Journal of Ethology』という日本の行動学会の雑誌でした。編集者の人が非常にちゃんとわかってくれて通してくれたんですが、いい雑誌ではまったく通らなかったですね。でも、(結果的に論文が世に)出ていればいいんですが。
大福:1つ(論文を)拾っていただけたところがあると。よかったです。
長谷川:画期的に新しいことを考えると、まず認めてもらえないですね。
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