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緑の珈琲がアリで無色のコーラがダメな理由 (全2記事)

「透明なコーラ」が、1年で生産中止の“大コケ”で終わった理由 行動経済学から見る、消費者に理解されない商品のメカニズム

株式会社スパイスボックスが主催したセミナー「行動経済学の視点を切り口に紐解く、消費者の新たな行動様式」。本セッションでは、「緑の珈琲がアリで無色のコーラがダメな理由」と題し、行動経済学研究の第一人者である、東京大学大学院 経済研究科・経済学部 教授、阿部誠氏の講演の模様をお届けします。本記事では、わずか1年で生産中止になった「透明なコーラ」の事例をもとに、消費者に受容されにくい商品の特徴について、行動経済学の視点からひもときます。

価格を上げることで、むしろ需要が上がる商品もある

阿部誠氏:東京大学経済学部の阿部誠です。「緑の珈琲がアリで無色のコーラがダメな理由」という今日のタイトルを、行動経済学とマーケティングに絡めてご紹介したいと思います。

行動経済学は、最近よく聞くバズワードのようになっていますが、比較的新しい学問です。1980年頃に、伝統的な経済学に心理学を導入して始まったと言われております。

KahnemannとTverskyという2人の心理学者が立役者なんですが、Kahnemannは2002年にその貢献でノーベル経済学賞を受賞しております。

行動経済学がなぜ始まったかと言うと、経済理論による説明に限界が出てきたことが挙げられます。例えば経済理論だと「価格を上げれば需要が下がる」。専門的に言うと「需要曲線」なんて言いますが、それが常識ですね。

しかし実際のビジネスで見た場合に、価格を下げると売上が下がってしまうような商品があります。例えばラグジュアリーな高級品とか、そういうものです。

「なんでそうなるんだろう?」と考えてみると、「価格は安ければ安いほど良い」というもの以外にも、「値段が高いということはプレステージがあるだろう」「人に自慢できるだろう」「価格が高いということは品質が良いんだろう」ということで、需要が上がることもあるんですね。

だから行動経済学は、実際のビジネスで経済をより有用にするためには、このような心理的な要素を組み込む必要があろうということで、始まったものです。

したがって関連する分野は、特に社会心理学や認知心理学。あるいは行動意思決定理論という、ものを買うとか、ブランドを選択する行動意思をどうやって人間が決めているのかを研究する分野も関連しております。

行動経済学とマーケティングの関係性

では、経済理論による説明ということで、伝統的な経済学は人間に対してこのような仮定を持っています。これは日本語で言うと「ホモエコノミカス(経済人)」と言うんですが、人間は超合理的に、超自制的に、超利己的にふるまうことを前提として、経済理論は始まりました。

「超合理的」とはどういうことかと言うと、人間はすべての選択肢を知っていて、そこから瞬時に最も高い効用や利益をもたらすものを選ぶことができる人間、経済人のことです。

「超自制的」は、現在と将来を秤にかけて、将来得られる利益が大きければそちらを優先する。つまり、先延ばしはしない経済人です。

それから「超利己的」は、意思決定にあたって自分の利益しか考えないことです。これまでは、このような仮定のもとに経済理論を進めてきたわけですが、これを和らげる必要があるというのが行動経済学です。

では、行動経済学はマーケティングとどう関連しているのでしょうか。もちろん、最初に言った「価格を上げると売上が上がるような状況」でおわかりのように、ビジネスでは消費者の行動原理を知ることが非常に重要です。

実際に、ノースウェスタン大学のマーケティングの巨匠(フィリップ・)コトラーは、日経新聞の「私の履歴書」で、「実は行動経済学は『マーケティング』の別称にすぎない。過去100年にわたり、マーケティングは経済学とその実践に基づく新たな知識を生み出し、経済システムが機能する仕組みに関することに役立ててきた」と書いています。

ということで、行動経済学が始まる前から、マーケティングあるいは消費者行動学、消費者研究のような分野では、このようなことがされておりました。

わずか1年で生産中止になった「透明なコーラ」

さて、簡単に行動経済学とはどういうものかを紹介したんですが、「革新的新製品に対する消費者の製品評価・受容可能性を高めるためにはどうすればいいのか?」ということに関する、ケーススタディをご紹介します。

ここでは具体的なわかりやすい例として、革新的新製品の「Crystal Pepsi」を挙げています。ご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、1992年にペプシ社が「Crystal Pepsi」という、透明なコーラを大々的に発表して売り出しました。

これはアメリカと、日本でも同じ頃に発売開始になったんですが、売上がさっぱり伸びずに1年間で生産中止になってしまいました。今日はその事例に基づいて、行動経済学の事例を見てみましょう。

まずは「革新的新製品」ですね。直訳になりますが、これをマーケティングの分野では「Really New Product」と言ったりします。

これの定義は「新しい製品カテゴリーを創造する便益が包含された新製品」ということで、既存の製品カテゴリーでは分類することがなかなか困難なイノベーションを伴った製品のことを言います。

消費者にとっては理解をするのがかなり難しくて、消費行為の変化を要求します。そして製品の便益に対する理解が乏しいことから、費用対便益が不確実であって、消費者としては「どんなものなのか?」と、考えてしまうんですね。

透明なコーラが消費者に受容されなかった理由

一方で革新的新製品に対して、「漸進的新製品(Incrementally New Product)」というものがマーケティング研究では定義されています。これは、既存製品をベースに改良が施された新製品、革新的新製品に対してインクリメンタルに改良が加わった製品のことを呼んでいます。

そしてマーケティングの研究では、革新的新製品(Really New Product)よりも、漸進的新製品のほうが、およそ4倍の確率で採択されやすいことがわかっています。革新的新製品が提供する便益を理解するには、既存製品のカテゴリーに関する知識を用いることが難しいからです。

例えば、透明なコーラ。「これって透明だけど、本当にコーラのような刺激的なリフレッシングな爽快感が得られるんだろうか?」というふうに、疑いを持ってしまうわけですね。

そして消費者は、既存製品によって形成された消費習慣があるため、革新的新製品が提供する便益に対して懐疑的にならざるを得ず、受容されにくい。

したがって革新的新製品は、漸進的新製品よりも優れた便益を提供するんですが、消費者の便益に対する効用が不確実なので、その潜在的便益を享受するためには、従来の消費行為を大きく変えなければいけない。

そのために、漸進的新製品よりも採用が非常に低くなってしまうという理由があるのです。

「刺激」と「スキーマ」の不一致がもたらす影響

これを心理学の観点から見てみましょう。ここで有用な理論が「スキーマ一致理論」と呼ばれるもので、英語では「Schema Congruity Theory」と呼びます。

まず、スキーマとは何か。スキーマというのは、ある対象や出来事に関して記憶されている情報や知識(意味的ネットワーク)のことで、頭の中にあるいろいろな印象のことです。

そして、対象とカテゴリースキーマの一致・不一致に対する知覚がどのような効果をもたらすかを表したのが、「スキーマ一致効果」です。スキーマが不一致であるほど、逆U字型のパターンを見せます。

これはグラフで見たほうがわかりやすいので、見てみましょう。x軸が「刺激とスキーマの不一致レベル」で、縦軸が「注意のレベルおよび情報処理の量」となっています。赤線が注意のレベル、黒線が情報処理の量です。

刺激とスキーマが不一致になればなるほど、刺激に対する注意は高くなるんですね。しかし一方で、不一致があまりに極端になってしまうと、頭の中で理解しようとしたり、考えて消化しようという努力が、だんだん低くなってしまう。これが、スキーマ一致効果と言われるものです。

したがって、透明なコーラは非常に極端な不一致です。最初は「あ、おもしろいじゃないか」と注意を払うんですが、「コーラは黒いはずだ。これは透明だし、コーラと言うほど刺激的じゃないんじゃないの?」「コーラじゃないよね」ということで、情報処理を諦めてしまうんですね。

インパクトはあるのに、ブランドを覚えてもらえない事例

例えば、この例を見てみましょう。数年前に日本のコマーシャルで流れたもので、「ソフトクリームの上だけ」という商品です。こういう画像(顔は中年男性、身体は若い女性の服装)がテレビコマーシャルで流れると非常に違和感を感じるので、スキーマと刺激が不一致になって注目は高まるんです。

だから、恐らく「あの広告見た?」「あ、見た見た」となることはあるんですが、あまりにも(スキーマと刺激が)不一致なので、考えて理解しようとはならないわけです。

したがって、恐らく多くの人はおじさんの画像は覚えているんですが、このおじさんが出ていたアイスクリームのブランドの名前はぜんぜん覚えていないと思うんですね。これが、さっきのスキーマ一致効果の例になります。

革新的新製品が、なぜ漸進的新製品よりも受け入れられづらいかということですが、このスキーマ一致効果に基づいて「結合推論」というメカニズムが働くわけです。

つまり、人間というのは「同化」と「調節」を繰り返しながら物事を理解しようとする。既存の製品カテゴリーに対して不一致な事象に対峙した時、人は新しい情報に注目して、既存の知識と同化させたり調節したりすることによって、情報処理をして理解しようとするわけです。

「同化」というのは、新しい情報を既存知識に取り込もうとする認知機能。「調節」というのは、既存知識を再構造化して新しい情報を解釈しようとする認知機能と定義されています。

頭の中にある「コーラは黒いものだ」という概念

したがって、例えば透明なコーラが出てきた時に、今まで頭の中で思っていた「コーラとは黒い刺激的な飲み物だ」というスキーマに対して、どうにかして透明なコーラを「コーラなんだ」と、理解しようとする努力をするわけです。

しかし、コーラは黒い。「コーラは黒いものだ」という既成概念を若干調節しながら、「透明なコーラもあるのかな」と、入ってくる刺激を理解しようとするメカニズムが働くわけです。

マーケティングに基づいて、こういうメカニズムでスキーム一致効果が働く場合に、「Crystal Pepsi」はなぜ受容されなかったのか、どうすれば受容されるのかを考えてみましょう。

完全に不一致な製品が、透明な「Crystal Pepsi」です。革新的新製品の機能・特徴が、既存カテゴリーにおいて非典型的な場合、完全な不一致が起きます。

つまり、既存製品カテゴリーである「コーラ」に対して、「透明」が非典型的であるがゆえに、「コーラ」というカテゴリースキーマではなかなか理解ができないため、受け入れられなかったと考えられます。

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