2024.10.10
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坪谷邦生氏(以下、坪谷):今日はよろしくお願いいたします。今回のきっかけを少しお話すると、私は人事マネージャーからリクルート社の人事コンサルに転身したばかりの頃に、当時の大阪支社長から「これを読んで勉強しろ、ここに本質が書いてある」と、五十嵐先生の『目標管理の本質——個人の充足感と組織の成果を高める』を薦めてもらいました。ですので、私にとって目標管理の教科書は先生のご著書なんですよ。
五十嵐英憲氏(以下、五十嵐):ありがとうございます(笑)。
坪谷:MBOから最も重要なセルフ・コントロールが失われているという話がすごく響きました。そして何よりも目標管理における葛藤を克服するという「MBOとMBOもどき」の4象限に感動しました。
(坪谷邦生『図解 人材マネジメント入門』)
拙著や講演でも先生の4象限をもとに説明をさせていただくことが多いのですが、いつも反響が大きいのです。この4象限のおかげで、それまで自分が人事として取り組んできたことが何だったのかもわかりましたし、目標管理について真剣に取り組んでいこう、そう志したのが、もう14年前です。先生との今日の対談は、人生のすごく大事な瞬間だなと思っています。
五十嵐:いやいや、僕もバージョンアップし続けないと、化石になっちゃうような怖れもあるので(笑)。今日のテーマである、日本企業における目標管理のあり方について、今すごく脚光を浴びている坪谷さんと対談しながら、今までの自分をもう1回振り返れるのは、僕にとってもすごくありがたい機会だなと。
坪谷:うれしいです。これまで何度か先生とお話しさせていただきましたが、毎回ご自身が学ぼうとされているのを感じました。さっき「怖れ」とおっしゃったんですけど、まさに「葛藤克服」を延々と繰り返していくことが生きるエネルギーでもあると思うので、それこそスパイラルアップですよね。
五十嵐:そのとおり。でも、昔からそうだったわけではないですね。今振り返れば、相当天狗になっていた時期もありました。人生の仕上げの時期のような年齢ですが、遅まきながら、改めて「誰からでも学ぶネタが必ずある」と自分に言い聞かせているんです。
坪谷:私は先生とお話しすることで、自分の中で「なるほど、こういうことだったのか」と思考がつながり、先生の学ぶ姿勢に私もつられて前に進んでいるように感じています。今日のテーマで言うと、マネージャーとメンバーの間の目標設定面談が、まさにそうあるべきじゃないかなと。
五十嵐:そうですね。僕が「MZ」と呼んでいる「まじめな雑談スタイルの対話」でも一般的な1on1でも、リーダーは部下を「支援してやる」というよりは、「部下から学ぼう」という姿勢で接することが成功のポイントだと思っています。言葉では上司はみんな「部下の目線に合わせて……」と言うけれど、上司側に学ぼうとする「それなりの意識」がなければ、実際は上から目線になってしまいがちなんですよね。
五十嵐:「他者からの学びの意識」を高めるためには、きっかけとなる出来事が必要です。僕の例で言えば、だいぶ前、研修窓口だった、大手ビールメーカーの事務局の方からの「MBO(目標管理)で大事なのはセルフ・コントロールじゃないんですかねぇ」という一言でした。
実は僕は、ドラッカーの問題提起にもとづく目標管理(MBO)の研修を、その会社で何十年もやらせてもらっているんですが、最初の頃は「目標の連鎖」に主眼を置いた研修を自信満々でやっていたんです。そんな中で、先程の「一言」との出会いがありました。それはつぶやくような静かなトーンでしたが「あっ、そうか!」と僕は強く感じたんですね。
それで、今までやってきた研修の中身を振り返ってみると、確かにセルフ・コントロールの話はしているが、実務にどう落とし込むのか、そもそもどんなふうにその言葉を定義しているのか、「そこが極めて曖昧だ!」と気がついたのです。
そんなわけで『目標管理の本質』を書く時は、6ヶ月ぐらい1人で考えました。セルフ・コントロールと「単なる自主性」との違いを明確にするために、悪戦苦闘しながら、最終的には自分なりの定義を作ったんですね。それが「セルフ・コントロールとは、内発的動機づけによる意欲的かつ自律的な考動」という定義です。
その後、その大手ビールメーカーさんからの助言もあって、僕はMBOの名称変更に踏み切りました。セルフ・コントロールの「S」を強調する意味で「MBO−S」にしたんです。研修でも、経営層から現場までの「チャレンジ目標の連鎖」だけじゃなく、「セルフ・コントロールとのセット運用が大事だ」と意識的に発信するようになりました。それもこれも、あの「一言」から得られた気づきがあったからこそ、と当時の研修事務局の方には手を合わせているわけです。
坪谷:なるほど、その一件が「他者から学ぶ」ことを意識するきっかけとなったのですね。
五十嵐:ただ、1人だけで、あるいは同類項の人だけでMZ(まじめな雑談スタイルの対話)をやっていると、やっぱり新しい着眼点が欠落しちゃう気がします。坪谷さんはどうですか?
坪谷:まったくそう思います。内省とMZのどちらも両方大事ですよね。
五十嵐:MZで気づきの拡がりを促進し、それを深掘りしたり発展させるために個人の内省努力を組み合わせることが必要ですね。今振り返ると、6ヶ月間1人でウンウン悩むんじゃなくて、誰かとの「内省のMZ」も混ぜながら思考作業を進めたら、セルフ・コントロールの定義はもうちょっと早く固まっていたのかなという気はしますよ(笑)。
坪谷:私は今まさに、目標管理の本を書こうと、先生をはじめ10人の方々との対談を繰り返しながら構想を煮詰めています。各回1時間の対談の中でも、「そういうことだったか!」という、何年分もの学びをもらいながら進んでる実感があります。
五十嵐:そうですよね。坪谷さんなりに、自分の型にはまらずにいろんな要素・情報を収集しながら、次の書籍を執筆されようとしていることが伝わってきますね。そんな坪谷さんに触発されて、今回、改めて自分の来し方を振り返ってみたんです。それを今からお話ししようと思います。
僕は脱サラして35歳で教育の世界に飛び込んで、試行錯誤の結果、45歳の頃にたどり着いたのが、ドラッカーの目標管理という世界でした。そこで、目標管理についてもっと深く勉強したくて、日本における草分け的存在だった、住友金属鉱山元常務の猿谷雅治さんという方のところに行って、強引に“押しかけ弟子”になっちゃったわけですね。
坪谷:はい(笑)。五十嵐先生が目標管理にたどり着き、猿谷さんの弟子になったのが45歳。私はいま46歳でこうして五十嵐先生から教えを受けています。なんだかご縁を感じてうれしいです。
五十嵐:それ以来、猿谷先生がおやりになってきた歴史を聞きながら、 一緒に研修をやりながら、猿谷先生の取り組みを超えることを夢見て、今日まで励んできたというわけです。それで、今回の坪谷さんとの対談に際して、改めて自分が猿谷先生とどんな話をしてきたのかを復習してみたんです。
富士短期大学の月刊誌(『FUJI BUSINESS REVIEW 第13号1997年』)の中に、住友金属鉱山における「ドラッカーのMBOとの出会いから制度設計に至るまでの生々しい風景」が対談記事として収録されています。
時代は1964年(昭和39年)頃です。当時の住友金属鉱山さんは不況に喘ぎ、8,100人いた社員を5,000人にリストラせざるを得なくなった。これはよくある話じゃないですか、経営が行き詰まるともう絶対やらなきゃいけない。
ところが当時の社長は「このままじゃダメだ。縮小均衡に陥るよ」と。猿谷先生はその当時、九州の子会社に出向中で人事的な仕事をやっていたんですが、急遽「本社に戻れ」という辞令を受けました。戻った先で社長から、「今まで8,100人でやっていた仕事を残った社員5,000人でやれるような組織にしなきゃいけない」という命題が与えられたんですね。
つまり、「効率的に業績を上げるための組織開発をやれ」というテーマなんです。でも、当時の組織論は硬直的な「官僚制組織論」しかなかったんです。頭のいい官僚がロジックを組み立てて「このとおりやればうまく行く」というものを、一糸乱れず上から下まで徹底的に落としていく。それしかなかった時代に、もっと動態的な組織論を創り出せという、めちゃくちゃチャレンジングなテーマでした。
新しい組織論が必要なのに、使い物にならない官僚制組織論しかなく、なんにも材料がない。昨今も組織開発ブームみたいなものが起きていますが、現実には「手掛かりとなる考え方」なしでは、掛け声倒れに終わってしまいますよね。坪谷さんも、組織開発の手掛かり情報として『図解 組織開発入門 「理論と実践100のツボ」』を書かれたのではありませんか?
坪谷:まさにそうなんです!
五十嵐:それともう1つ、組織開発には「切実な目的」が必要だと思います。当時の住友金属鉱山さんには、8,100人でやっていた仕事を5,000人でもできるくらい、生産性を上げるという「鋭く明確な目的」があったわけですね。僕は、最近の組織開発論には、このあたりをもうちょっと強調してほしいと願っています。ただ新しい組織を作って活性化するというような抽象的な目的だと、あまりにもインパクトが弱いような気がするけど、どうですかね(笑)。
坪谷:確かに。猿谷先生の名著『黒字化せよ!』でも感じましたが、業績や生産性というものに「切実さ」をリアルに感じます。本当にやらないと会社がなくなるという前提が置かれている。今の組織論においては「心理的安全性」などの人間尊重の側面がクローズアップされることが多いのですが、Objectives(目的・目標)の「切実さ」がなければ物事は前進しないというのは、人間の真実ではないかと思います。
五十嵐:そうなんです。そういう問題意識は、今後の「組織開発上の重要課題」になりそうな気がしますので、後日改めてMZ(まじめな雑談)させていただきたいと思います。
坪谷:そうですね。ぜひ。
五十嵐:では、ここでもう一度、さっきの住友金属鉱山さんの話に戻りましょう。同社でまず着手したのは、当時の日本企業のどこにもなかった「組織教育課」という名前の組織の立ち上げです。「教育課」はあったけれど、組織教育課は存在しなかったのです。
その組織教育課は課長1人と課員3人〜4人のチームであり、猿谷先生も課員の一人になりました。手始めの仕事は「新しい組織論のネタの探索」です。自分たちで新しい組織論を作るには、まず情報収集が大事だということで。とにかく、がむしゃらに研究事例や先行事例を探しまくったそうです。そうしたら、見つかったんですよ。執念ですねぇ~(笑)。
それが昭和33年(1958年)に出版された、松井賚夫(たまお)先生という有名な学者の『リーダーシップ』(ダイヤモンド社)という名著です。当時の松井先生は立教大学の教授で、その本には「目標を持つことによって、人間は能力の発揮度を高めることができるという相関が証明された」と書いてあったんです。
さらに同書には、「目標があるほうが結果への満足度も高まる」という記述もありました。それを読み、「これはわが社の生産性の向上に使えそうじゃないか!」という感触を得たそうです。
そうこうしているうちに、社長から1冊の本が示されます。偉大な名著、ドラッカーの『現代の経営』です。その邦訳初版本(自由国民社1956年)は、原書(英語版)を留学のお土産として日本に持ち帰ったキリンビールの社員たちが学者と共に翻訳したと言われています。「これお土産です」と上司に渡したら、「なんだ英語じゃねぇか。お前ら全部翻訳して持ってこい」って、無茶ぶりされちゃってね(笑)。
坪谷:(笑)。
五十嵐:その『現代の経営』を社長が持ってきて、「みんなで読んでみてくれ」。アメリカの会社では、社長を含め現場の主任級(ロワーマネージャー)まで、みんなが一気通貫の目標連鎖体系に則って仕事をすることで生産性が上がったと書いてある。
「アメリカの会社にできたことが、日本でできないことはないだろう!」と、まことにシンプルでおもしろい話を真顔でされたと聞いてます(笑)。これがドラッカーとの出会いとは……。アカデミックではないが、現実直視の想いが滲み出た「親しみのあるドラッカーへの共鳴の仕方」だ、と僕は感心しきりの面持ちで猿谷先生の話を聴いていました。
また、住友金属鉱山さんでは、企業の人事系の担当者たちと学者たちとの研究会を積極的に仕掛けて、ドラッカーの考え方の現場適応について、活発な情報交換を試みます。そういう、外部の人たちとの勉強会への積極的な参加促進は、今では常識かもしれませんが、当時としては極めて革新的な取り組みだったのではないでしょうか……。
ともあれ、そんな努力の結果、「住友金属鉱山流の”目標による管理”」という新しい組織開発的マネジメントの仕組みができあがり、それが危機に直面した会社の再建に一役も二役も貢献したのです。
ここで忘れてならないのは、その制度が機能したのは、制度設計者である「組織教育課」の人たちの「経営者感覚、現場への役立ち意識、それと学術的知見の採り入れ姿勢」が濃密に練り込まれた制度だった、という点ですね。今、「嘘っぽい目標管理(MBOとMBOもどきの図表Ⅱ・Ⅲ・Ⅳの象限)」に陥っている企業さんには、とくに強調したいと思います。
以上が猿谷先生からお聞きした、住友金属鉱山さんにおけるMBOの創出と制度構築の歴史ですが、いかがだったでしょうか。
坪谷:キリンビールさんが原点に関わってるのがまたおもしろいですね。
五十嵐:そうなんですよ。キリンビールさんは1990年から、それまでのマネジメントのやり方をアンラーニングするために、MBOの全社導入に踏み出しました。「留学生のお土産がようやく日の目を見た」と言ってもいいのではないでしょうか。
坪谷:30年弱も眠っていたわけですね。
五十嵐:それにはやっぱり理由があるんですよね。つまり、変革や新たな知恵の創造への本気の取り組みは、業績が悪くならないとダメなんだという人類の経験則(笑)。
坪谷:(笑)。それも真理ですね。
五十嵐:この類のことは、あんまり強調しすぎるとマイナーな話になるかもしれないけど、組織開発にとっては、非常に重要な要素だと思います。そういう意味で、坪谷さんがよくおっしゃっている「意図的に揺らぎを起こす」ということが大事なんじゃないのかな。
坪谷:人間の回復力というか、レジリエンスの話でもありますよね。
五十嵐:そうそう。順調な時でも意図的に経営陣が揺らぎを起こして、変革を促進したり、その過程で回復力の素を養うのはとても大切なことですね。
坪谷:まさに私のいたリクルートという会社はそこを意図的にやり続けてきた歴史があります。リクルート創業メンバーの1人の大沢武志は「カオス理論」と言っています。「一に採用、二に異動」と常にカオスを起こし続けることが組織活性化につながるんだと。
五十嵐:これからの組織開発を考える時にも大事だし、目標管理の大命題である「何を目標にするか」を考えるうえで、業績が良い時でも小さな揺らぎから新たな課題を発見して、その目標化が図られるということですね。
坪谷:はい。
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