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「ジョブ理論」による破壊的(ディスラプティブ)新規事業の創り方【玉田氏講演】(全4記事)

「いつかはクラウン」から、カーシェアで十分な時代へ 多くを望まない顧客に向けた「破壊的イノベーション」とは

一般社団法人ウェブ解析士協会のスピンアウトの研究会「Flashセミナー研究会」。マーケティングを中心に、ビジネスパーソンや経営者に今必要なスキルを紹介する同会のセミナーに、『日本のイノベーションのジレンマ』の著者で、関西学院大学教授の玉田俊平太氏が登壇。本記事では、顧客にとって「いらない性能」や、「破壊的イノベーション」が伸びる理由などが語られました。

イノベーションの2つのタイプ

玉田俊平太氏(以下、玉田)経営の優劣によって勝負が決まっていないとなるとこれまでの、「経営が優れていれば勝つ」という法則が、ここでは破れているんです。既存の物理法則とかいろんな理論の法則が破れていたら、求められるのは「新しい理論」です。

そこでクリステンセン先生が「破壊的イノベーションの理論」を提唱するわけです。それはどんなものか。はたして破壊的イノベーションとは、そんな言葉どおりの恐ろしいやつなのかどうかを、これから見ていきたいと思います。

ということで、これらの歴史ある大企業が負けた多くの事例に共通することを見てみましょう。実はIBMだって、競争の感覚を研ぎ澄ましていたし、顧客の意見にだって注意深く耳を傾けていました。

そして新技術にも積極的に投資しています。IBMは、世界で36ヶ所研究所を持っていて、そのうち4ヶ所は、明日にもノーベル賞が取れそうな基礎研究所だったんですね。それぐらい、新技術にも積極的に投資をしていた会社です。

持続的イノベーション、すなわち既存のお客さんに見せると喜ばれるようなイノベーションはうまいIBMが、特定の種類のイノベーション(日本語だと破壊的イノベーション、英語だとディスラプティブなイノベーション)にはうまく対処できずに打ち負かされてしまう現象が、あちこちの業界で繰り返し見られます。

こういう現象、つまり持続的イノベーションがうまいイノベーターが、破壊的イノベーションにはうまく対処できずに窮地に陥ってしまう板挟み的な状況のことを「イノベーターのジレンマ」と呼びます。ジレンマとは、「板挟み」とか「窮地」という意味です。

顧客にとって「いらない性能」とは?

では、歴史ある大企業は、どういうタイプのイノベーションに弱いのかをご説明します。このグラフ、イノベーションのジレンマを読んだ方はすでにご存知だと思いますが、横軸は「時間」、縦軸は、既存製品の主要顧客が重視する「性能」です。

これ、書き順が大事なんでよく見ててくださいね。最初に引くのはこの赤い点線です。ここには「顧客が利用可能な性能」と書いてあります。

直感的にイメージしてもらえる例として、例えば時速400キロ出る車が、時速200キロ出る車の2倍の値段で売っていたとしたら、みなさんは買いますか? どちらも時速1キロあたりの価値は同じですね。

私のこれまでの経験だと、例えば時速200キロの車は200万円で売られていて、時速400キロの車が400万円で売られていたら、400キロの車を買う人は、まぁ40~50人中2、3人です。よっぽど車が好きな人は、確かに時速400キロの車を400万円出しても欲しいとおっしゃいますけど。ほとんどの人は、時速200キロ200万円のほうが欲しいと言って手を上げます。

つまり多くの消費者は「性能が低いほうの車」を選ぶんです。その理由は、この「顧客が利用可能な性能」という、目に見えない赤い点線が存在しているからです。これはいろんな理由によって決まります。

例えば、日本で時速100キロ以上を出すと、まず警察に捕まります。他にも、私みたいに運動神経の悪いやつだったら、400キロ出したらまぁ10分もたたないうちに運転を間違えて壁かどこかに激突してあの世行きです。つまり普通のユーザーの能力では、そこまで使いこなせません。

さらに言えば、日本の高速道路には設計最高速度があります。それの2倍とか3倍の速度でカーブに侵入したら、何人たりとも物理法則には逆らえないので、コーナーから飛び出してしまって絶対にあの世行きです。

つまり、法律とかインフラとか、ユーザーの能力とかそういう理由によって、実は顧客が利用可能な性能には上限がある場合が多い。それを超えた性能は、ひどい言い方をすれば「いらない性能」です。これ、エンジニア出身の人には、にわかに受け入れ難いことかもしれません。

今の製品より性能が上がる「持続的イノベーション」

例えばみなさんの中で、何人の人が自宅に8Kテレビを持っているか手を挙げてもらったら、たぶんほとんどおられないと思います。8Kテレビはフルハイビジョンの縦に4倍、横に4倍解像度が多くて、4倍近くまで近寄ってもその映像の粗がわからないテレビですけど、たぶんほとんど誰も持っていないですね。なぜでしょう? 高性能イコール高付加価値だったら、みなさん8Kテレビを買っている「べき」ではないですか? 

ちろんこの赤い点線の上下には、実はユーザーの分布があって、ほとんどの人はこのぐらいの利用性能で十分だけど、もうちょっと欲しがる人も少しだけいる。

つまりこのベースラインから、このくの字の出っ張りまでがユーザーの数だとすると、点線より性能が上がっていけばいくほどユーザー数が減っていき、また、点線より性能が下がっていけばいくほど、逆にまたユーザー数が減っていく。

こういう分布が、多くの商品やサービスであるだろうと推定することができるわけですね。

それに対して、このように技術進歩のペースは今日より明日、明日より明後日と、徐々に徐々に、時々は画期的にドーンと進歩することもありますけれども、年々性能が向上していく場合が多いです。このような、既存製品の主要顧客が重視する性能が上がるタイプのイノベーションは、持続的イノベーションと言います。

英語だとSustaining Innovation。例えばハイブリッド車は、燃費が2倍良いガソリン車ですよね。だから持続的イノベーションです。あるいはクォーツ時計は、機械式の時計よりはるかに精度が高い時計ですから、これも持続的イノベーションです。

LED電球は、やはり白熱電球や蛍光灯から比べると、省エネ性能が何倍も高い。しかも寿命もはるかに長い。そういう製品ですから持続的イノベーションです。こういう勝負では既存企業がほとんど常に勝利すると言われています。

要求が厳しくない顧客にアピールする「破壊的イノベーション」

それに対して、例えば大型コンピューターに対するミニコン、ミニコンに対するマイクロプロセッサー。マイクロプロセッサーに対するスマートフォンみたいに、一時的にとはいえ、既存製品の主要なユーザーから見た性能、重視する性能が下がるタイプのイノベーションがあります。

これが、技術の軌道が断裂したり破壊したりするので、ディスラプティブイノベーションと呼ばれます。ディスラプトが「破断する」とか、「断裂する」とか、「破壊する」とかそういう意味で、この種類のイノベーションでは新規参入者がほとんど常に勝利すると言われています。

実際あれだけ強固な競争優位を示した、インテルのプロセッサーとWindows OSのPCが、今やArmアーキテクチャとiOSやAndroid OSのスマホやタブレットに襲われて、ユーザーを多く奪われつつありますよね。これもまさに、破壊的イノベーションの典型例になります。

ということで、まず今日のメッセージその1をまとめます。クリステンセン先生の定義した2つのイノベーションです。持続的イノベーションは、従来製品よりも優れた性能で、要求の厳しいハイエンドの顧客を狙うものです。その中には少しずつ性能が進歩するイノベーションもあれば、一気に性能が向上する革新的なものもあります。

それに対して破壊的イノベーションは、既存の主要顧客には性能が低すぎて魅力的に映らないが、新しい顧客やそれほど要求が厳しくない顧客にアピールする、シンプルで使い勝手がよく、安上がりな製品をもたらすイノベーションです。

「破壊的イノベーション」が伸びる理由

絵にするとこんな感じです。まず主要顧客が求める性能の矢印を引きます。

今の既存製品がどんな性能かは、製品の歴史にもよりますが、主要顧客が求める性能よりも低いものしか提供できてない場合もあれば、もうすでに主要顧客の求める性能を超えている場合もあります。

いずれにせよ、現在提供されている製品の性能よりも上がるタイプのイノベーションは漸進的なイノベーションも、画期的なイノベーションも、すべて持続的イノベーションです。

それに対して一時的とはいえ、現在提供されている製品の性能や主要顧客が求める性能から下がるタイプのイノベーション。これが破壊的イノベーションです。

当然、こんな性能のものを見せても、既存製品の主要顧客は「なんだそれ」「そんなおもちゃいらない」と言うに決まっていますよね。じゃあどうするのか。多くの場合、新しいお客さんとか、あんまり高い性能を求めないお客さんに売れ始める。

そうすると、次にムーアの法則が起こります。

つまり、半導体関連の製品が、1年半で性能が2倍になる法則。あるいは同じ性能の製品であれば、値段が2分の1になる法則です。これが10年累積すると、性能が約100倍になります。20年累積すれば1万倍になります。そういう感じでどんどん性能が向上していくとどうなるか。

これまでは性能が足りなかった、既存製品の主要顧客が求める性能をついに満たすようになるんです。こういう時に、銀行業務に進出しようとしたのが新生銀行です。当然これまでどおり他行と同じ大型コンピューターで銀行業務をすることもできましたが、それではコスト構造上、他社と差別化が図れません。

「最近性能の伸張が著しい、Windowsベースのサーバーで銀行業務をやったら、すごいコストダウンになるよね」と考えた。新生銀行は当初Windowsサーバーベースのコンピューターで銀行業務を開始し、その圧倒的な低コストで、他の銀行の顧客をどんどん囲い込んでいったそうです。

「いつかはクラウン」から、カーシェアで十分な時代へ

この破壊的イノベーションの事例はいろんなところで起きています。例えば、車。みなさんは、「車が欲しいから」車を買うんでしたっけ? 違いますよね。車を買うと、「何かができる」から買うんですよね。抽象的に言うと、何かなし遂げたい進歩があるから、車を“雇う”んですよね。

こういう考え方を「ジョブ理論」と言います。顧客が何か叶えたがってる進歩。それに対して製品やサービスを雇う。その雇われた製品やサービスが、もしそのジョブをうまくこなしてくれれば、雇われ続けます。

だけど、もしもそのジョブをうまくこなせなかったら、Fire(クビに)します。クビにして、別の商品やサービスを雇うわけですね。こういう考え方です。

例えば、買い物、通院、子どもの送り迎えがありますよね。あるいは運転自体を楽しみたい(Fun to drive)。実は無視できない要因として、ステータスシンボルもあります。『半沢直樹』で敵役の大和田常務がカローラに乗っていたら、かっこ悪いじゃないですか。やっぱり彼はマセラティに乗ってブイブイ言わせていないと、悪役として、味が出ないんですよね。

当然、クラウンとかレクサスとかそういうブランドの車だったら、ある程度すべてのジョブをうまくこなせますよね。買い物だってできるし、Fun to driveだし、ステータスシンボルだし。

だけど「俺、ステータスシンボルは、別にいいんだよな」という人だったら、例えばトヨタ86を代わりに雇うと、200万円台からあります。十分以上に運転も楽しいし、買い物とか通院もできる。

よく考えてみたら、「俺、Fun to driveも別にいいんだよな」という人だったら、軽自動車で十分です。最近の軽自動車、自動ブレーキも電動スライドドアもついています。もうこれで十分です。

さらに言うと、ご家庭の車は稼働率5~6パーセントです。つまり100万円で買った車は5~6万円しか稼働してないんですよ。残りの95万円ぐらいは置いてあるだけ。それだったら、「近所にタイムズの駐車場あったよね。あそこにコーンが立ってるあの車、スマホで15分単位で借りられるらしいよ。タイムズカープラスって言うらしい」と。

これだったら必要な時に必要なだけ車を借りて、使い終わったら返せばいい。5万円の用事をするのに5万円で足りるわけですよ。だからこうなるともう、軽自動車すらいらない。

昔は収入が増えて偉くなったら乗りたいと、「いつかはクラウン」というキャッチフレーズもありましたけど、今はいつになっても「クラウンはいらないんだけど」という状況になっている。これも破壊的イノベーションの例ですよね。

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