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今の制度を見直すべき?——「人事評価制度」の健康診断(全2記事)

行き先が曖昧なままの「誰バス問題」は、全員を不幸にする 組織の方向性がブレる前に見直したい「12の価値軸」

人事評価制度の改革は非常に大がかりで困難です。大きな変更によって、かえって組織が混乱してしまうリスクも少なくありません。リモートワークの普及や仕事観が変化する中で、人事評価制度を見直すべきかどうかで迷った時の判断軸や、既存の評価制度に血を通わせるための方法は、どんなものがあるのでしょうか。 今回は、『図解 組織開発入門』『図解 人材マネジメント入門』の著者で、長年に渡り人事制度設計や組織開発支援を行う株式会社壺中天(こちゅうてん)代表 坪谷邦生氏に、制度の改善につながるマネジメントや、組織の目線を合わせるためのノウハウをお聞きしました。

▶前編の記事はこちら

人事制度を改善したい時は、まず何から着手すべき?

——坪谷さまは、著書の『図解 組織開発入門』でも「組織に血を通わせる」というお話をよくされていらっしゃいます。

制度(ハード)とマネジメント(ソフト)の両輪がうまく回ることはとても大事だなと思います。人事制度も人事担当や経営層だけで改善できるものではないと思ったんですが、ハードとソフトの両輪がうまく回っていない組織は、まず何から着手すればいいんでしょうか?

坪谷邦生氏(以下、坪谷):経営者や人事の方は、まずはマネージャーの声を聞くといいと思いますね。そして、読者の方がマネージャーであれば、ご自身がどうマネジメントするかを考えるところからでしょう。

マネジメントを行うときに、現状の制度が使いにくいものだったら、経営や人事に「使いにくいですよ」とちゃんと言うべきです。会社にあてがわれたものだから、と渋々使いにくい制度を使ってしまうと、ずっと状況は変わらずコストがかかり続けてしまいます。

現場のマネージャーから「使いにくい」と言われた時に、経営者や人事が「確かにそうだな」と言って改善できる会社は、マネジメントがうまくいく会社だと思います。

そこで「うるさい、わしの指示したとおりにやれ」という社長の下では、マネジメントは機能しないかもしれないですね。そうやってトップに従ったほうがいい会社もあるので、全否定はしないですが。

——自社がどういう事業やカルチャーかということですね。

坪谷:そうです。もし現場マネージャーにマネジメントを任せたいのであれば、という話ですね。

行き先を曖昧にすると、全員が不幸になる「誰バス問題」

——現場のマネージャーの資質も問われる部分だなと思います。適性がない人をマネジメントに置くとうまく回らない一方、日本企業は人を異動させづらいという難しさもあります。『図解 組織開発入門』の「誰をバスに乗せるのか」という話は、経営層が相当な危機感を持っていないと、なかなか難しいのでしょうか。

坪谷:逆に「経営者の方さえ意志を持てばできる」ところでもありますね。一社員の方にとっては「自分がバスに乗るかどうか」を決めることが大切です。降りる権利は自分にあるわけですから。「なんか違うな」と思いながら、気づいたら40歳になるまで行き先の違うバスに揺られていたら、幸せにはたどり着けないですよ。

本人のためにも会社のためにも、「誰バス」は徹底したほうがいいと思いますね。「やりたいことはラーメン屋なのに、建築の会社にいる」というメンバーには、「ラーメン屋になる道を真剣に考えたほうがいいんじゃない」と言ってあげて欲しいなと思います。

——そこもMBO(目標管理)の話とつながる気がします。「どこに行きたいか」をちゃんとすり合わせていると、「このまま行っても、自分がラーメン屋になる道はないな」とわかるから、適切に動けますよね。その辺りを曖昧にして、「そのうち行けるかも」と言うのは、やっぱり本人にとっても会社にとっても良くない。

坪谷:まさしくそうなんですよ。昔は終身雇用が前提だったから、「いいから信じて、このバスに乗っていけよ」と言ったほうがお互いにハッピーだったんです。会社も「あいつもあれだけがんばってきたから課長にしてやるか」とか「あの部署に異動させてやろうか」ということができたじゃないですか。

今は「生涯面倒見る」というのは嘘になってしまうので、マネージャーはその人の人生が望む方向にいくように、向き合ってあげてほしいですね。

根幹で求められているのは、経営者のパラダイムシフト

——マネージャー本人が、そういうふうに向き合ってもらえた経験がないと難しい気もしますが、そこは研修などを通して身につけられるものなんでしょうか。

坪谷:そうですね。私の接している範囲では、30代~40代ぐらいの感度の高いマネージャーが、自ら学んでそこに踏み出しているように見えます。会社としてキャリア研修などの後押しをしてあげる方法もありますが、経営層が自社のメリットを感じていないと、そういう動きは取りにくい。

つまり根幹では、経営層のパラダイムシフト(当たり前だった認識や価値観が大きく革新すること)が一番求められていると思います。私がいたリクルートやアカツキという会社には、働く人たちの意志を大切にする風土が強くありました。それはやはり経営層がそういったパラダイムで組織文化を作っていたからできたことだと思います。

日本企業ではまだ珍しい形かもしれませんが、これらのおもしろい会社で、若い人たちがイキイキと輝いている姿、そして自らバスを降りて新しい環境を切り拓いていく姿を見てもらうことで、「あぁ、自分たちもパラダイムを変えなきゃいけないな」と多くの経営者に感じて欲しいと思っています。だから、がんばって成功事例を増やしていきたいですね。

——なるほど、確かにそうですね。もう1つ「誰バス」問題で言うと、今は先行きが読みにくいので、経営層も自社の方向感に悩んでいる気がします。「今は建築をやっているけど、将来うちはラーメン屋になるかもしれない」ということも、わからないと言えばわからない。

現場に対して「うちはこう行くぞ」というものをなかなか示せないのも、今の時代の難しいところなのかなと思ったりもします。

ミッションは変えてはいけないが、ビジョンは変えてもいい

坪谷:そうですね。「組織」というのは「共通の目的」があって、人が集まったもの。「共通の目的」が何なのかはクリアにしておきたいです。そこに建設と置くのか、人々の暮らしを豊かにすると置くのか、最先端の技術と置くのか。目的をどこに置くのかによって、集まる人たちも変わるじゃないですか。

誰だって未来には責任が持てないですし、世の中が変わっていく中で、ドメインが変わることもあると思います。ただ、組織の目的がブレてはいけない。「これをやるよ」と言って集めたのにやらないなら嘘になってしまうし、それなら組織として解散したほうがいいと思うんですよね。

状況が変わり、目的が達成できないことがわかった、もしくは当初の目的を達成した。その時には、新しい目的を再セットして「それでも一緒にやろう」という人がいるなら残って続ける。そして元の目的のほうが良かった人たちは出ていく。それがお互いが幸せになる道だと思います。

——著書の「ミッションは変えてはいけないけど、ビジョンは変えてもいい」というお話ですよね。あらためて、人事評価制度について考えるには、やはり在り方が大事だなと思いました。いかに現場と経営層の目線を合わせるかという時に、『図解 人材マネジメント入門』の「12の価値軸」がおもしろいなと思ったんです。ミッションまではいかなくても、価値観が近いかどうかは見えるんじゃないかなと。

組織の目線が合っているのかどうかがわかる「12の価値軸」

坪谷:おっしゃるとおりです。これは診断型組織開発のツールとして使えます。例えば私のクライアント企業では、5人の経営者に「あなたは今、自社がこの12軸のどのポジションにいると思いますか?」と聞きました。

この12軸への回答をもとに四象限にマッピングできるんですが、「今どこにいる」というポイントと、「これからどこにいきたいか」というポイントを結ぶと矢印になりますよね。例えば、社長は今、四象限の左上にいて右上に行きたいと思っている。専務は左下にいて、左上にいきたいと思っている、というそれぞれの方向性が見えるようになります。

みなさんに質問に答えてもらったあとに、その矢印をマッピングして対話したところ、とても盛り上がりました。「社長はそっちにいこうとしてたの? 自分は真逆のことを言ってたな」ということがやっとわかった、と。

その会社の経営者たちは、お互いを信じていたし、お互いに会社の未来を作る「良いこと」を言っていたはずだったのだけれども、実は真逆のことを言っていた。そのことに気づいていなかったんです。

それを可視化し俎上に乗せて、「じゃあどこに行くんですか?」と全員で話しながら、現時点と行くべき未来の「方向性」を矢印で書き直してみたのですが、すごくおもしろかったですよ。この大きい方向性ができた後に、「さあ、これを実現するためには、どんな人事制度が必要ですか?」という話が、やっとできるんですね。

——やっぱり、方向性が定まっていることがすごく大事だなと思います。いきなり「制度を変えましょう」と言ってもうまくいかないですもんね。

坪谷:方向性についてまったく考えずに、突然「人事制制度を変えよう」というお題に取り組むのは無理な話です。直近で起きている不具合を少し抑えるくらいならできますが。

「経営者が悪い」「制度が悪い」という他責に陥らないために

——自社の状況的にどこまでやるかですね。著書にあった、平時は「人」に投資をするけど、危機的な状況になると「こと」に向かうというのが印象に残っています。今は危機が続いていて、将来的に人手不足になると言われていても、企業がなかなか「人」に向かう余裕がない気がします。

日本には昔から「三方よし」という言葉があって、人を大事にしてきたはずですが、どうすればそこに立ち戻れるんでしょうか。現場でハードとソフトの両輪を回そうとするのは、その1つかなと思うんですが。

坪谷:私は、どの立場の人にも、それぞれの責任があると思うんです。経営者には経営者のやるべきことがあるし、マネージャーにはマネージャーのやるべきことがある。人事も一般社員の方も、そしてアドバイザーとして関わっている私にも、それぞれやるべきことがあると思っていて。

これは『7つの習慣』で言うインサイド・アウトですね。人には「関心」を持ってなんとかしたいと思う「関心の輪」の領域と、実際に自分が「影響」を及ぼせる「影響の輪」の領域があるんです。著者のスティーブン・R・コヴィー氏は、関心の輪ではなく影響の輪に着目せよと言っています。

つまり、自分が影響を及ぼせない範囲には着目しても仕方がないということですね。政治が悪いとか会社が悪い、経営者や上司が悪いとか。その最たるものが「仕組みが悪い」「制度が悪い」ということなのかもしれません。

——責任転嫁の行き着く先ですね。

坪谷:自分には変えられないと思っているから、そう言ってしまうんですよね。だから、「本当に変えていいよ、どうやって変える?」と言われると、キョトンとするんですよ。「仕組みが悪い」と言う人に「どこをどんな風に変えたいの?」と聞くと、答えられないことが多い。

つまり、誰もが自分に影響を及ぼせる範囲で、いいことをするしかないんです。関心の輪にのみフォーカスすると、ただの他責になってしまうので。そんなに仕組みに問題があると思うなら、本気で仕組みを変えればいいだけなんです。でも、多くの場合は仕組みの前にマネジメントの問題があるように思います。

「表面的な制度改革」は本質的ではなくても、効果がないとは言えない

——仕組みのせいにしないということ。『図解 組織開発入門』でとても良かったのが、人事担当・管理職・経営者・現場の方が、それぞれにできることが書かれていたところなんです。どの立場にいても、自分の影響の輪を見つけられるなって。

坪谷:そうなんですよ。まさに自分の影響範囲が見えないと、ただ文句を言うだけになってしまうので、「ここはあなたにできることですよ」とお伝えしたかったんです。

ここまでが本質論だと思います。そして、ちょっとこれまでの主張とは逆に聞こえるかもしれませんが、表面上の制度を変えることにも、実は効果はあるんですよ。つまり目先の気分が変わるから。

——ああ、それはそれですごくよくわかります(笑)。

坪谷:MBOをOKRと言い換えているのは、目先の空気を変えたいだけ、という実態もあると思います。「よく切れる新しい包丁です」とテレビショッピングでやっていたら、つい買ってしまった。そしてその時は楽しくて気分も上がってるから、1回料理する。そこから本当に料理する癖が身につく。こんなストーリーも本質的ではありませんが、決して悪いことではないのです。

目先の制度を変えることは本質論ではないが、実はそれなりに価値がある。だから、自社の制度を変えると決めたのなら、いい制度にするために力を尽くしましょう。おまけとしてお伝えしておきますね。

——制度の問題となると、経営者や人事の領域と考えていましたが、それ以外でできることもやるべきこともある。とてもいいお話がうかがえたなと思います。

坪谷:「貢献」という言葉を大事にすると、だいたいうまくいくと思います。本気で貢献しようと思うことで、本人も周囲も幸せになるんですよね。貢献というのは、影響の輪を関心の輪に向けて広げる行為なんです。貢献にフォーカスすることが元来、人の幸せなのだと心理学者のアドラーも言っています。

——なるほど。制度があるだけじゃなく、そこに貢献しようという人がいることで、本当に組織に血が通っていくんですね。根本的なパラダイムシフトから、そこまで大がかりでない方法論まで、たくさんのヒントがあったと思います。貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。

坪谷:ありがとうございました。

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