2024.10.10
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ーーコロナ禍以降、リモートワークなどで働き方がかなり変わってきています。制度だけの問題とは言えないと思うものの、「評価しづらい」「ちゃんと評価してもらえているのか」といった声もあるなかで、評価の問題をどう解消していけばいいのでしょうか?
坪谷邦生氏(以下、坪谷):リモートでもリアルでも、マネジメントの原理原則は変わらないんですよ。
リモートになった時に、私もたくさんの企業の方から「困っている」というご相談をいただきました。その状況を聞いていると、リモートになったからうまくいかなくなったというよりは、今までもあった問題が誤魔化せなくなって、明るみに出たという感じがするんです。
その問題とは、ズバリ「目標管理」ができていないこと。目標管理と言うと、目標管理シートなどを思い浮かべてしまうかもしれませんが、人事制度やツールの話ではなく、実際にメンバーとマネージャーの間で「これをやろう」と握れているかどうか、ということです。
例えば、「この3ヶ月はこの仕事でここまで行こう」と本人も思っているし、マネージャーも「それをやってくれればオッケー」と思っていること。実は、そうしたシンプルな合意がなされてないことが多いようです。目標が握れていない中では、メンバーの状況がわからなくて当たり前ですよね。
ーーそういう状態になる要因は、「伝えたつもり」になってしまうからでしょうか。
坪谷:そうですね。例えば、マネージャーの方々に、「メンバーと目標を握れていますか?」「メンバーは理解していますか?」とアンケートを取ると、だいたいのマネージャーは「握れている」「伝わってる」と答えます。
一方、メンバー側にアンケートを取ると、だいたい「何も聞いていない」とか「理解していない」と答えるんですよ。それで、マネージャーに「あなたが見てらっしゃる5人のメンバーの方は、『何も聞いてない』とおっしゃっています」と伝えると、初めてハッと気づくんですね。
ーーなるほど。目標管理というといろいろな用語があり、定量的な数値が提示されるKPIはわかりやすいですが、MBOやOKRはもうちょっと定性的な気もします。
坪谷:MBOとOKRは、元来同じものなんですよ。MBOは「Management by Objectives and Self Control」、客観的な目標と自己管理によってマネジメント(経営)を行うという、ドラッカーの提唱したマネジメント哲学のことです。
それをインテル社が実践的に落とし込んだものがOKR(Objectives and Key Results)という手法なんですね。ですのでMBOという哲学を実現する一つのやり方がOKRだと思っていただくとわかりやすいと思います。
そして、KPIはKey Performance Indicatorなので、パフォーマンス、成果を測るための指標です。売上や利益、それ以外にもいろいろなパラメータがある中で、「どれが鍵(Key)なのか」を1つ決めること。それがKPIです。
OKRやKPIという言葉はうまく使われていない気がしますね。「MBOはもう古い、これからはOKRだ」という不思議な主張がなされていたり、いくつもの指標をKPIとして設定して一番重要な鍵(Key)がわからなくなったりしています。正しく使われている時は、その根底にあるMBOという哲学が生きているように思います。
ーー評価制度がうまくいっていない時は、目標を握れている・握れていないという問題、そもそも正しく設定されているかという問題など、いくつか原因がありそうですね。
坪谷:複層的に要因が重なっているので一概に言えませんが、流行の手法に踊らされずに、目的に沿って考えていただきたいと思います。そのためにMBOという哲学が有効だと私は考えています。
MBOは、Management by Objectives and Self-controlですので、目標・目的を手がかりにしたマネジメントが「Seil-control(自己管理)」によって行われるべきだと教えてくれます。しかし、実際にはそうなっていないことが多いようです。
ーー「これを追いましょう」と掲げられた目標について、内容は理解していても、現場は内心「無理じゃないか」と思っていることもよくありそうです。
坪谷:そうですね。無理じゃないかと思っている現場に対して「うるさい、やれ」としてしまうノルマ管理は、MBOの原則から大きく外れています。
目標を握る時のイメージは「握手」です。メンバーは「これをやります」、マネージャーも「これをお願いします」という関係ができているかどうか。納得してないけど飲み込まざるを得ない、そんなことが続くと、前向きに仕事をしようとする気持ちがどんどん減っていって、心の火が消えてしまうと思います。
ーーそこは制度設計の問題なのか、マネジメントの問題なのかでいうと、やっぱりマネジメントの問題なんでしょうか?
坪谷:そうですね、すべてはマネジメントの問題なんですよ。マネジメントとは「なんとかすること」ですから。制度はツールでしかないので、その会社がマネジメントする上で便利なものを組み込んだものでしかありません。何もなくても普通にマネジメントはできるんですよ。
例えば、創業期で社長とAさんしかいなかったら、制度がなくてもAさんに「ここ頼みます」と仕事をふりますよね。組織が少しずつ大きくなっていった時に、どんなツールを使うとマネジメントがよりやりやすいかを考えよう、という話です。
だから、「制度に問題がある」という問題意識自体がズレているとも言えます。「おいしい料理を作る」というのがマネジメントの目的だとすると、「包丁が悪いから料理が作れない」というような感じです。良い「包丁」だけあってもおいしい料理は作れないですよね。
ーーああ、わかりやすいですね。関係なくはないけど、肝心なのは包丁じゃないと。マネジメントしやすくするためのツールが人事制度ということなんですが、「なんとなく使い勝手が悪いな」と感じる時は、どうすればいいんでしょうか?
坪谷:そこはマネージャー、つまり料理をしている人たちに聞くしかないですよ。作りたい料理によっては、中華包丁とか果物ナイフとか、違う道具が必要かもしれない。
ーーマネージャーに話を聞いてみて、「ちょっと問題がある気がします」という意見が出たら、経営層や人事はどう受け止めて、対応していったらいいのでしょうか。
坪谷:あなたが人事制度を変える権限がある人、例えば人事役員であれば、自社で活躍している部門のイケてるマネージャーを数人ピックアップして、人事制度の評価シートなどを一緒に見ながら、「どうですか? やりやすい?」と普通に聞いてみてはどうでしょうか。
それで「ああ、別に問題ないですよ」という答えだったら大丈夫です。仕組みは問題ない。でも、「この部分は書いてもあんまり使ってないので、意味ないですね」と言われたら、そこはみんなの工数を奪ってるだけだから削除する。
現場で活躍しているマネージャーたちと、人事側が書いてほしいと思っていることは、多くの場合ずれているんです。「あれ、人事としてはこう思ってたけど、そんなふうに使ってたの?」という発見があると思います。その時は現場のマネージャーたちが「使いやすいです」と言えるように変えたらいいんですね。
「評価面談で毎回使うんだから、メンバーごとにソートできないとしんどいんですよね」と言われたらソートできるようにしてあげるとか、細かい使い勝手をチューニングしたり。普通のマネージャーは、仕組み自体には意味を感じていないので、「軽ければ軽いほど良い」と言うと思います。人事都合でいろいろなことをやらせようとしてる仕組みはだいたいうまくいかないですね。
ーーいろいろさせようというのは、評価の基準が多すぎるということですか?
坪谷:基準もそうですし、評価シートにたくさん書かなきゃいけないとか、ログのためだけに大量に書かされるというのもしんどいと思いますね。あと、基準の意味自体がわからないというのもつらいです。
ーーそれでいうと、「360度評価」などは関わる人が増えるので、かなり人的コストがかかるという話も聞きます。でも、組織によってはそういった仕組みが合うところもあるんでしょうか? 自社に合った評価制度を、どんな観点で選べばいいのかなと思いまして。
坪谷:そうですね。360度は人事評価で使うのか、育成ツールで使うのかで意味が変わってきます。元来、360度は自己成長のための育成ツールですので人事評価には使わないほうがいいと、私は思います。人事評価として導入しているなら、本当に効果があるのか聞いてみてはいかがでしょうか。
結局、マネージャーが使いやすいものを渡すという「決め」ができるかどうか。それはつまり「現場を信じる」かどうかという、経営者への問いでもありますね。
「評価をするのは経営者であって、マネージャーではない」と思っていたら、彼らの声は聞かないで、無理にでもやらせることになるでしょう。でも、現場のマネージャーたちを信じて、「彼らが使うためのものだ」と位置づけることができたら、使いやすい評価制度を作れるのではないでしょうか。
また360度評価を本人に返すのではなく、人事評価にだけ使うという仕組みは、現場を信頼していないのと同じだと私は思います。
ーーみんなが評価に関わるほうが公平感があるのかなと思っていたのですが、逆に信用していないんじゃないかということですね。
坪谷:はい。私は「データは本人のものである」という思想を持っています。360度で集まったデータは、本人が受け取って自分で活用して成長するためのものなんです。データを本人の成長のために使うのではなく、会社側の「管理」に使用することは、組織にマイナスの影響が大きいのではないでしょうか。
ーー確かに、お互いに監視し合う感じになってしまう気もします。『図解 人材マネジメント入門』を拝読して、人事制度は、歴史的にさまざまな変遷を辿っていると感じたのですが、評価制度に関して今何か注目されているものはあるでしょうか。
坪谷:やはりMBOを前提にしている会社が多いと思います。呼び方がOKRなのか目標管理なのかは別として。ただ、使ってうまくいってる会社と、そうではない会社があるという感じですね。
ーー違いは現場と目標を握れているかどうかでしょうか?
坪谷:そうです。MBOを導入する際は、この四象限(下図)のうちの「葛藤克服型MBO」を目指してほしいんです。本人が納得していないのに目標が下りてくるのが、右上の「ノルマ管理型MBO」ですね。
そして、左下の「人間性偏重型MBO」。本人が書いてきた自己目標だけを是としてしまう。「本人がこれがやりたいと言ってるから、やらせなきゃいけないんだよね」と勘違いしてしまっている状況です。
「ノルマ管理型MBO」と「人間性偏重型MBO」が、世の中には溢れています。あと「形式重視型MBO」、導入自体が目的になっているという最悪なパターンなんですけど、実はかなり多いと思います。先ほどの「仕組みを入れればなんとかなる」と思っている人たちが陥るのが、「形式重視型MBO」なんです。立派なパンフレットを作り、説明会の実施をする。
ーーめちゃくちゃ良い包丁を買ったからなんでも作れるぞ、という感じですね(笑)。
坪谷:そうそう。「この包丁さえあれば」と思い込んで買ったものの、放ったらかして錆びていく。制度に合わせるためにみんなが無駄に時間を費やして、現場が苦しむことになります。
ーーなるほど。組織と個人の関係も変わってきて、今は働く人を重視するという観点で、「人間性偏重型MBO」も増えてきている気がします。
坪谷:そうですね。本当は業績も重視しなきゃいけないんですよ。会社の利益や組織目的を達成するために企業があるので、所属する人もそこに向かわないと組織は成り立たない。
会社として組織目的を達成することと、一人ひとりのやりがいやキャリアといった、本人の幸せにつながるものであること。この2つが握手をしないといけないんですよ。それを諦めずにやるのが「葛藤克服型MBO」ですね。
そここそが、マネージャーの腕の見せどころなんです。この一番難しいところを「現場マネージャーに任せる」と信じられる経営者は、良い経営者ですよ。「お前たちにはそんなのできないだろ? だから型を与えてやるよ」と考えると、「形式重視型MBO」になっていくんですね。
ーーMBOがうまくいくかどうかは、そこが違いなんですね。4通りのうちの3つが失敗となると、なかなか厳しい道のりだなと思います。
坪谷:「人と事の同時実現」という概念を持てるかどうかだと思います。ほとんどの人が自分のいる会社や前にいた会社のパラダイム(ものの見方)に引きずられます。人事部長やCHRO(最高人事責任者)でも、前にいた会社でやっていたことを、そのまま引きずってやっている人が多い印象ですね。
パラダイムシフトはすごく難しい。なかなか変わらない。私の経験ではクライアント企業と半年くらいじっくりお付き合いする中で、「やっと、わかりました!」という声が聞ける、そんな感覚です。
ーー既存の人事制度について、坪谷さんのような人事の専門家の方の手を借りて改善する時は、どんなふうに関わられるんでしょうか?
坪谷:「こうやったらコンサルがうまくいく」という正解はないんですけど、私のやり方の特徴は「ぜんぶ入る」ことでしょうか。ぜんぶの目標設定面談に入って、メンバーが何をやろうとしているのか、マネージャーは何をお願いしようとしているのかを見ます。
そこで、マネージャーに「いや、それだと経営層の言うことを伝えているだけですよ。あなたから要望しないとダメじゃないですか」と言ったり、メンバーに「本当にその目標を引き受けてできますか? 重すぎるノルマになってるように見えますよ」「この仕事はあなたのキャリアにどうつながりますか?」と言ったりします。
お互いのやるべきことを同じ場に出して、握手する1点をデザインするところまで、ぜんぶのプロセスに入ります。100人の会社だったら、100人の目標設定面談、100人の中間フィードバック、100人の評価面談にそれぞれ入ります。
ーーなるほど、そこまで徹底してやるんですね。本当はマネージャーが葛藤の克服ができたらいいけど、それができない時に外部の方に入っていただくという。
坪谷:そうなんです。本を読んだり仕組みで担保しようとしたりしても、今のパラダイムで見ていると、気がつくことができない領域があります。多くの場合は「今まではノルマ管理ばかりやってたから、人間性偏重にしなきゃ」とか、「人間性偏重だったから、ノルマ管理にしなきゃ」というふうに、どちらかを往復してしまう。
まじめなマネージャーほど「人間性偏重」に偏りがちで、メンバーの声を聴き続ける傾向にあります。しかしあまりの大変さに、最後は「型どおり埋めればいいんでしょ」と諦めてしまう。「書いてるとおりにはやりました」と。「葛藤克服型」という見方は、実例を見せないと、マネージャーにもわかりようがないのかも知れません。
ですので、実例となるやり方を併走して一緒にやり続けるのです。評価期間を3周、つまり1年半ぐらいで、理解できるようになります。いったん理解できると、新しく入ってきた人たちもその評価の波に乗るようになるため根付いていくんですよ。
ーーやっぱり、どこかで土台を作らなきゃいけないということですね。
坪谷:そうです。一度、土壌を耕す。だから、目標設定面談と中間フィードバック、評価面談にはぜんぶ入ります。
あとは、評価のすり合わせ会議も入ります。すり合わせ会議も、やっている会社とやっていない会社があるので、やっていない会社には「やりましょう」とおすすめします。マネージャーたちを集めて、「何をしたら評価をAにするのか」「この等級の人たちは、本当にこの期待でいいのか」ということを、1つずつ確認してすり合わせていきます。
ーー業界も個々の企業の置かれている状況も職場の空気もぜんぜん違う中で、すり合わせて着地させられるのはすごいことだなと思います。『図解 人材マネジメント入門』で、サイボウズさん、アカツキさん、リクルートさん、トヨタさんの事例が紹介されていましたが、すごくわかりやすいなと。
近い業種やスタンスが似ている企業にとっては、自社に合った制度設計にするうえで、1つのお手本や手がかりになるなと思います。
坪谷:そうですね。私が人事だった時に悩んでいたことがあるんです。100人のIT企業で、人事担当者になったばかりの頃、人事の経験がある先輩や上司がいなかったんですよ。知識をどこから入れていいかわからなくて、いろんな本を読み漁ったり、レクチャーを受けたりセミナーに出たりしていたんです。
例えばGoogleの人事の方が書いている本は、すごく良かった。しかし「自社では使えないな」とも思ってしまいました。すごく良いことが書いてあっても、1社の事例だけだと「その会社だからできること」だと思えてしまって、「うーん、真似できないなぁ」と。そして専門書は複雑で難しすぎて、何が書いてあるのか正直よくわからなかったんですよ。
ですので、四象限でタイプ分けして、「自社に近いのはこの会社かな」と思って読んでもらえる仕立てにしてみました。自社とまったく同じではないと思いますし、そのまま真似してもうまくいかない部分も多いと思いますが、ほかの3つの事例よりは近いと思うので、道しるべになると思っています。
——東西南北のどこに向かえばいいかというイメージで拝見していましたね。
坪谷:確かに。方位磁針なのかもしれませんね。まったく指針がない状態よりはずいぶん歩きやすくなったのではないでしょうか。
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