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武井浩三氏 インタビュー(全2記事)

「権限委譲」が失敗する原因は、既存の従業員からの反発 波風を立てずに、自社の意思決定を分散する「一番ラク」な方法

ビジネスの現場において、若手に権限委譲を進めることはイノベーションや組織の新陳代謝に欠かせない重要なポイントですが、権限委譲のプロセスや方法に悩む企業は少なくないのではないでしょうか。ログミーBizの2月特集では、権限委譲を成功させている企業や組織論の専門家の方々に、権限委譲の課題や具体的なノウハウをお聞きします。 今回は、社会活動家/社会システムデザイナーとして権限と責任を分散させる自律分散型組織を研究・実践されている武井浩三氏のインタビューを前後半にわけてお届けします。前半では、日本の企業で「権限委譲」が求められるようになった背景や、権限が組織内の特定の人に偏ることのデメリットなどが語られています。

日本の企業で「権限委譲」が求められるようになった背景

ーーなぜ今、権限委譲が注目されているのでしょうか。

武井浩三氏(以下、武井):一番の理由は、社会の複雑性が増していることです。VUCAの時代と呼ばれていますが、5年後や10年後にどうなるかがわからない時代です。なぜ複雑性が増しているかというと、社会は情報でつながっているので、インターネットが社会基盤として広まっていくほど情報の流通や伝達がいくらでも自由にできるようになります。そうなると、物事を局所的に分解することができなくなるわけです。

ビジネスの世界では競合他社の概念も大きく変わりました。例えば、東京ディズニーランドの競合はユニバーサル・スタジオ・ジャパンといった同じ業種業態だったものが、可処分時間の獲得という観点でみると、スマホのソーシャルゲームが競合になり得ます。

業種業態も、アパレル業者かIT業者かがわからない事業者が出てきたり、僕がフィールドとしてきた不動産業界も、不動産会社かIT会社かわからない会社が出てきたり(笑)。インターネットを使うと業種業態も跨いでしまうんです。

ヒエラルキー型組織(ピラミッド型の縦型階層構造を持つ組織)でのトップダウンの意思決定は、未来が見通しやすい状況に適しています。「来年は会社を1.5倍に伸ばそう。そのためには人員を1.5倍に増やしてがんばれば、売上も1.5倍になるよね」という方程式がある程度成り立っている時は「がんがんいきましょう」でいいんです。

でも、複雑性が増した状況では都度都度で意思決定や判断をしなければなりません。その時にいちいち上が指示命令を出すよりも、状況に詳しい現場の人がその場の感覚や情報で意思決定をするほうが理にかなっています。なので今、権限を委譲する風潮が強くなっているのかなと思います。

「権限委譲」と「権限移譲」の違い

武井:ちなみに「けんげんいじょう」には大きく分けて、ヒエラルキー型組織での「権限委譲」と、自律分散的な組織での「権限移譲」があり、この2つは扱い方の前提が異なります。

前者は権限を持つ人が「お前らにここまで渡す」という、上から下への権限の委譲になります。後者では、そもそも権限は誰か特定の個人が持っているものではありません。権限は「真ん中に置いてある」という感覚です。それを使いたい人が使いたい時に使う感じなので、前提が大きく違います。

ただ、世間一般的にはヒエラルキー型の組織が多数派で、その組織に対していきなり自律分散型になれと言うのも酷な話というか、大変です(笑)。なので、今の社会フェーズで向き合うべきは理想論がどうこうではなく、現実問題として今の状況を「どうやって変化すべき方向に流していくか」とか「できるだけハードランディングをせず、どう滑らかにシフトさせていくか」ということです。今それが大企業や中小企業で問われています。

ヒエラルキー型組織で、権限委譲を進めるカギ

ーー現状、日本の企業に多いヒエラルキー型組織で、前者の「権限委譲」を進めるためには、どういった工夫が必要でしょうか。

武井:組織がこれからさらに権限委譲の方向に進んでいくのは、間違いありません。今はITが社会基盤の根幹を担い、コロナの影響で多くの企業でDXが進んでいます。そうなると複雑性がより増していくので、権限委譲はもう避けられません。この潮流の中で、どうやったら権限委譲がしやすいのか? 答えはものすごくシンプルで、今申し上げたように「企業のDXをとにかく進める」というのが1つです(笑)。

結局のところ、組織における権力とは「金」と「情報」と「権限」です。今まではそれらを誰が持つかを、役職などで規定していたわけです。ですが、自律分散型組織では特定の人が「金」「情報」「権限」を持つのではなく、Wikipediaみたいに真ん中に置いてあるイメージになります。

組織は形が先にあるのではなく、情報の流通や伝達が先にあります。その流れに合わせて形ができていきます。なので、「自律分散的な、現場が意思決定できる組織を作ろう」と考えるよりも、例えば会社の業務の回し方を全部IT基盤にして、チャットコミュニケーションにしてしまう。情報を全部オープンにして自由に確認できる状態にすれば、自然と権限は委譲されます。

そしてこの形態は、「ITなくしては絶対に作れない」というのが僕の考えです。逆説的ですけどね(笑)。IT化が進むと自然と組織は自律分散化します。

権限委譲の流れを後押しする、リモートワークの普及

ーーヒエラルキー型組織でも、今はほとんどの会社でITが普及し、DXも進んでいます。そうなると、自律分散型に通じる要素が自然と社内にできるということでしょうか。

武井:そうです。僕は不動産テックの人間でもあるので、不動産関係の一次情報が入ってきますが、今はリモートワークを中心にしてオフィスを極端に縮小する企業が増えています。当たり前ですが、出社しないのであればオフィスはそんなに必要ありません。

企業のコストには大きく原価・固定費・人件費がありますが、ワークスペースとしてのオフィスがいらなくなると固定費が大きく減ります。賃料がかからないぶんサービスを安くしたり、マーケティングコストをかけられるようになり、資本市場においても競争市場においても優位性を保てるようになります。

今まではオフィスの通勤圏内に暮らす人を採用対象にしていましたが、リモートワークであればそれが全国に広がります。採用対象の母集団が増えると、採用コストが下がります。業務委託もそうですが、遠隔地の人を雇う場合は基本的にはBring Your Own Device方式で、企業側がパソコンを用意する必要がなくなります。福利厚生にもそんなにコストをかけなくてよくなります。

また、オンラインでSlackのようなチャットツールを使って仕事を回すと、時間を共にしなくてもある程度のコミュニケーションが取れるようになり、主婦の方や副業の方なども遜色なく働けるようになります。

競合他社がこのように力を増すのであれば、自社も同じようにやっていかないといけません。ですので、リモートワークでオフィスを手放す流れは雪だるま式に拡大し、採用対象を広げたり、業務委託での採用も増えるでしょう。

また、リモートではマネジメントが付きっきりで意思決定をするのは難しく、任せるほうがラクです。それが部署として、チームとして機能しているかは、情報をオープンにしていけばある程度は誰でもわかるようになります。そして、先程申し上げたように情報をオープンにすればするほど自然と権限は委譲され、マネジメントコストも下がります。

権限の偏りは従業員の納得感を下げ、優秀な人材の離脱にもつながる

ーー組織において、権限が特定の人に偏ることのデメリットを教えてください。

武井:特定の人に権限が偏ると、専門外のこともその人が意思決定しないといけなくなります。なによりも、現場の人たちの納得感が低くなります。「あの人が言ったことをやっただけ」というスタンスで仕事と向き合っていると、単なる作業になり、仕事の質も低下します。作業になると仕事としておもしろくないわけです。そういうところに優秀な人は残りません。

また、作業だと企業側も「安くやってくれる人を見つける」というスタンスになりますよね。コアコンピタンスな部分(得意分野)は自社内でやりがいを持って取り組み、ノンコアな部分はできるだけアウトソースしてコスパ重視で回していく。実際にそういうクラウドソーシング的なサービスも増えています。

ーーヒエラルキー型組織で権限委譲を進める時、それを阻害する要素としてはどういったものがあるのでしょうか。

武井:本質的ではないですが、一番大きいのは上の立場の人たちの「自分より優秀な人が出てきたらどうしよう」「自分の仕事がなくなってしまう」という意識です。これは「ピーターの法則」(注:活躍が認められて昇進したものの、次の役割では期待された活躍ができていない状況)と呼ばれ、ヒエラルキー型組織では、「人は無能になるまで出世する」と言われています。

出世を続ける中で、「あ、こいつはもうダメだな」となると、そこで出世が止まります。優秀な営業マンなどがマネージャーになると「マネージャーとしてはイマイチ」で止まります。つまり、無能なマネージャーになるわけです(笑)。無能になった人は保身に走るので、他者の足を引っ張ったり、嘘をつくこともあるでしょう。このような構造的脆弱性があります。

このような変な力学を発生させずに組織を変えていくのは、本当に難しい。特に既存の組織を変えることが一番難しいので、自律分散型組織はゼロから作ったほうがラクなんですよ。

社内の“副作用”を抑えながら、権限委譲を浸透させるコツ

武井:ただ、僕もいろんなところから相談を受ける中で、「この道筋が一番ラクだな」というものがあります。いきなり人事考課制度を変えたり、上司をなくして一気にフラットにすると、ものすごいハレーションが生じます。逆に面倒なことが起こったり人が辞めたりするので、お勧めしません。

一番良いのは、部署やチームを立ち上げて、そこのメンバーの半分くらいを新たに採用したプロフェッショナル人材や副業人材にすることです。そうすると、その部署やチームでは従来の給与テーブルが機能しなくなり、「適宜判断すればいいんじゃない?」という感じになったりします(笑)。

チーム内に働く時間帯の異なる人がいると、チームを回すための新しいルールが自然と生まれます。どんな組織でも、既存の正規雇用の人たちを変えるのはすごく大変なので、まず外から人を入れるほうが比較的やりやすいです。

あとは、例えば今社内にいる人はヒエラルキー型組織で自分の役割を担うことを前提に採用されているので、「いきなり意思決定していいよ」と言われても、「そういうつもりはなかった」という人が多かったりします。でも「週2~3回の勤務で、新しい部署の専門人材を募集します」と言って迎えた人材は、意思決定をする前提で来ます。「ここは任せてください」となるので、比較的権限を渡しやすいんです。

今までのヒエラルキー型組織では、採用される側も自分で意思決定をするつもりがなかったし、管理職の人たちも権限を渡すつもりがなかったし、前提がぜんぜん違うんです(笑)。この前提を変えるのが大変なんですね。

「ラクな道筋」にはもう1つあります。特に大企業がやりやすいかもしれませんが、出島のように別会社を作ることです。「ここの部分は特区として実験しよう」というコンセンサスをあらかじめ取っておいて、今の企業の力学の外側に会社を作るんです。この予算の中だったら好きにやれる場を作るというやり方も、自律分散型組織の要素を入れやすいと思います。

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