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文化人類学者×計量経済学者が語る資本主義のフロンティア(全6記事)

国の規制が厳しい中で、イノベーションが起こるわけがない 文化人類学者×経済学者が指摘する、日本社会の「寛容性」の問題点

代官山蔦屋書店にて、『アイデア資本主義』(実業之日本社)刊行記念イベントが開催されました。本セッションでは、『アイデア資本主義』著者で文化人類学者の大川内直子氏と、計量経済学者の山口真一氏による対談の模様を公開します。「脱成長」や「新しい資本主義」といったキーワードが話題となる昨今、大川内氏はモノではなくアイデアに資本としての価値が生まれるという「アイデア資本主義」を提唱しています。本記事では、「アイデア」と「寛容性」や「規制」の関係について、アイデア資本主義の前提となる「資本主義」と「独裁主義」などの関係について、参加者の質問に登壇者が回答しました。

日本社会の失敗が許容されない風潮が、新しい取り組みを阻んでいる

白戸:ありがとうございます。今オンラインのお客さんから質問が1個きまして、ちょっと読み上げますね。

「アイデア資本主義だと、新しいアイデアを試すことへの国や社会の寛容性が必要になると思いますが、新しいアイデアに対する規制が厳しい国はどんどん衰退するようにも思います。その点はどのように考えられてますか?」

先程の心理的安全性や多様性の組織づくりがこの質問への回答なのかなと思いますが、あらためて大川内さんのほうから、その辺の話はいかがでしょう?

大川内:ありがとうございます。おっしゃるとおりだと思います。もちろん、無尽蔵に予算をみなさんに与えるにはいかないと思うので、どういう仕組みにするかがすごく難しいと思うんですけど。

日本社会はなかなか失敗が許容されなくて、つらい社会だなという気が個人的にもしています。新卒の時は“良い会社”にいっぱいエントリーをして、“良い会社”に入らないといけないとか。つらくなって休職したり、辞めてしまったらよくないと思われてしまうとか。

例えば会社を立ち上げてダメになったら「失敗した人」と思われちゃうとか、そういう風潮が新しい取り組みを阻んでいると思います。セーフティネットであったり、どう社会の寛容性を高めていけるのかについては、おっしゃるとおり重要ですが、まだまだこれからかなと思います。

白戸:山口さん、いかがでしょう?

山口:そうですね。まさにこの「寛容性」はすごく重要だと私も思っています。私もネット炎上の研究をやっていると、不寛容な言説ばっかり見るわけなんです。やっぱりその不寛容な言説、一部の言説によって、いろんなものがポシャっていたり、いろんな人が心を痛めたりするわけですよね。

社会の寛容性を高めることがこのアイデア資本主義にとっても重要だし、我々の心にとっても重要なので。そこは非常に大きな課題としてあるなと思うところですね。日本は特に同調圧力とかが強いので、そこは変えてく必要があるかなと思います。

規制が厳しい国で、イノベーションが起こるわけがない

山口:もう1つ、「規制」という話がありますね。国の規制がどう影響するのか。「規制が厳しい国はどんどん衰退するように思います」って書いてあるんですが、まさにそのとおりだと思います。

例をあげると、ドローンがよく言われますよね。日本はものすごく規制が厳しいんですね。最近やっと議論が進んで、若干緩くなっているんですけど、元がものすごく厳しい。

厳しいと何が起こるかというと、そこでイノベーションが起こるわけがないんですよね。だから日本は、ドローンがかなり遅れてる分野だと思います。他の国はかなり進んでしまう。その規制がどうあるか1つで、かなりイノベーションに影響を与えるのは間違いないと思っています。

この規制議論でよく出てくるのが、「ゼロにしよう」って話ですね。危険性をゼロにする。例えばドローンだったら「無事故にしよう」って話とか、あるいはSNSもよく私は質問されるんですけど、例えば法規制の話で、最近侮辱罪の厳罰化とかが検討されてたり、あるいはプロバイダ責任制限法が改正されて、被害者が訴えやすくなったりしてるんですけども。

「こういう法改正でゼロになりますか?」って聞かれるんですけど、ゼロになるわけないじゃんって思うんですよね。さっきも少しお話ししましたけども、交通事故と同じように、減らすことはできます。でも、ゼロにすることって極めて難しい。

ゼロにするってどういうことかというと、車の走ってない社会にするとか、ドローンの1つも飛んでない社会にする。もちろん、「事故ってもいいじゃん」と言ってるわけじゃないです。人が亡くなるような事故はあってはならないと思います。

でも、ゼロ神話をあまりに突き詰めすぎて、それに合わせて規制をすることがはたしていいのかというところは、少し冷静になって考える必要があるんじゃないかなと思います。

検索エンジンの事例からわかる、法律とイノベーションの関係性

山口:また、日本のもともとの法律がどうしてもイノベーションの妨げになる例はかなり見かけます。有名な事例でいうと、検索エンジンですね。よく「日本でなぜグーグルが生まれなかったのか?」とか言われるんですけど、それは著作権法上の問題が大きなかせになってたと言われています。

例えばアメリカだったら「フェアユース制度」があります。検索エンジンでいろんな「著作権的にどうなの?」というものは、けっこうグレーで処理できるんですね。ところが日本だとそういう制度がないので、著作権違反でダメですよってことになっちゃう可能性がある。

そうするとどうしても、その分野に投資したり人がいっぱい行ったりってことが起こらないので、結局限界が来てしまう。最終的には、日本では検索エンジンはGoogleがほぼ一強。Yahoo!も強いんですが、Yahoo!のアルゴリズムはGoogleのアルゴリズムですので、実質Googleなんですよね。

一方で、例えば韓国で一番使われてる検索エンジンは「NAVER」なんですよね。国産が強くなってる。やはり法規制はすごくイノベーションに影響を与えます。

もちろん人々の安全とか著作者の利益とか、そういったものとのバランスを考えながら、イノベーションを阻害しないような点をより一層考えていくことが、今のアイデア資本主義には求められてるのかなと思います。

インセンティブ設計によって、環境保護と経済成長が両立できる点がある

白戸:ありがとうございます。次の話題にも進みたいのですが、もし会場の方でなにかご質問ある方はいらっしゃいますか?

質問者1:お話ありがとうございます。今の話のところで関連してくるんですけど、序盤のでは、資本主義には良い面と悪い面があって、その悪い面をうまく規制する。具体的な例でいうと環境税とか炭素税とか、そういった部分で規制して悪い面を取り除いていくことが重要だという話がありました。

そういった規制もまた、イノベーションの妨げになるのか、あるいはそのへんのバランスをどう見ているのか。話の中にちょっと答えもあったかと思うんですけど、どう考えられているのかお聞きしてみたくなりました。

山口:じゃあまず私から。ありがとうございます。結局そのバランスを見極めろって話にしかならないですね。例えば環境の話でいえば、今おっしゃっていただいた炭素税とか、いろんなインセンティブ設計によって、環境保護と経済成長が両立できる点があると思うんですよね。

ポイントは、今後の社会において環境を意識して、持続可能な社会にしましょうっていう価値観は、膨らむことがあっても消えることは絶対にないんですよね。ですので、それは「前提」になるわけです。

その中でインセンティブ設計をすることは、一見すると規制に見えるんですが、むしろ逆で。環境に優しい技術を開発するインセンティブがものすごく付与されるんですよ。これはむしろイノベーションを促進するというようにも捉えられます。

これは実は昔から言われてるんですけども、資本主義という枠組みの中で、うまくインセンティブ設計を法律でしていくことによって、イノベーションも保ちながら、これまでの資本主義の問題も解決する。これはたぶん両立できます。

そういう法設計を考えてくのが、これからの時代には求められてるのかなと思ってます。

質問者1:ありがとうございます。

大川内:おっしゃるとおりだと思います。今例に出ていたようなインセンティブ設計って、内部化とか言われますね。経済原理を利用しながら問題も解決していくというアプローチが、とるべきアプローチとして非常に重要だなと思っています。

質問者1:ありがとうございます。

社会主義や保守主義と資本主義は両立する

質問者2:お話ありがとうございます。質問なんですけど、独裁制と資本主義は必ずしも矛盾してないんじゃないかなと思っております。資本主義の1つの側面として、その都度ある生産要素を新しいかたちで組み替えて、より新しい価値を生み出していく。それでまたその都度違う生産様式が生まれるんですけど。

その「新しい生産様式」って、まさにパラダイムシフトを起こすことだと思うんです。それで言うと、独裁制のほうがより多くの生産要素を投入できるので、最終的により資本主義の発展という面では、むしろ独裁制のほうがより親和性があるんじゃないかなと考えているんですけど。

アイデア資本主義というのは、たぶん資本主義と民主主義がベースになってると思うんですけど、逆の方向から考えるとどうかなと思いました。

大川内:ありがとうございます。じゃあまず私から回答をすると、両立すると思っています。実はこの本に「民主主義」という言葉は出てこないんですけど、おっしゃるように、基本的には日本であったりアメリカだったりの事例を紹介しているので、民主主義を前提に想像しながら書いた部分があります。

独裁主義とはちょっと違うんですけど、例えば中国の事例をひもとくと、インターネットの規制をして、国内だけで使えるインターネットサービスをまず育てます。そうすると、アリババとかさまざまなサービスが出てきて、中国国内の需要が海外のGoogleとかじゃなくて、国内のサービスに向かいますね。

そうすると、そこでマネタイズができて、ユーザーもどんどん増えていきます。そうして育ったところで海外に出す。こういった手法がすごく有効であることが、中国におけるインターネット産業の発達で事例として裏付けられたなと思っています。

閉じた社会において富を集中させて、もしかしたらオリジナルじゃなくて国外のサービスを真似したものかもしれないですけど、とりあえず国内の需要を取り込むかたちでサービスを発展させる。こういうことは有効なのだなと感じているところです。

なので、必ずしも経済が開放されて自由なものではないとしても、資本主義的な動きはありうるんだろうなと思っています。実際に資本主義自体、保護主義みないなものとの相性は悪いと思っていませんね。

先進国の国々も、今は自由貿易を前提に掲げていますけど、黎明期には保護主義的な政策をとって経済成長をしてきたという側面があるので。独裁とは言えませんけど、社会主義や保護主義と資本主義は両立しうるのかなと個人的には思っています。

中国の影響で、独裁と資本主義を両立する国が増えるかも知れない

山口:ありがとうございます。私からも概ね同じような意見なんです。ここでいう「独裁」っていったいなんなのかにもよると思うんですが、中国の事例は重要だなと思います。

中国は共産主義体制ですけども、同時に資本主義経済を導入してる国なのは間違いなくて。ある時からそれを導入してるわけなんですけども、今見る限り、成功してますよね。かなり両立してるなと思います。

また、資本主義や民主主義をとっていても、ほとんど独裁になってるような国家もけっこうあるもので。そういった国でも経済破綻はしてないので、そういう意味でいうと資本主義と独裁主義の両立はありえると思うんですね。

特に中国の事例って、私はすごく興味深いなと思っています。ああいうケースでもすごい経済発展するってことが証明されてしまったので、ある意味これからさらに発展していくであろう途上国のみなさんは、今かなり中国から支援を受けていると同時に、中国を見て「これ、いけんな」と思ってるわけですよね。

その途上国にとってみれば、民主主義なんてものよりも圧倒的に独裁するインセンティブがある。そのほうがやりやすいはずです。これからはそっちに流れていって、独裁と資本主義が両立してる国が増えてくんじゃないかなという予感がしています。それが良いか悪いかは別として、増えてくんじゃないかなと。

さらに、ちょっと突拍子もない話をすると、よく資本主義の対比に「計画経済」という話がされますけども。計画経済って理論的にはユートピアといいますか、うまくいきそうなんだけども、これまでうまくいった国はなかったんですね。

ところが、今のAIの能力を総動員すれば計画経済がうまくいくんじゃないか説を言ってる人もいるんです。これは私はちょっとわかんないんです。今日の話と若干反するかもしれないんですが、いずれもしかしたらそういう計画経済というのも出てくるのかなと思っています。

経済格差のある国との「自由貿易」は持続可能なのか

山口:あともう1つ、先ほど大川内さんがおっしゃっていた「保護主義」の話。保護主義と自由経済は反するように見えますけども、国内産業を保護する戦略はありうる話です。

グローバル化が進みすぎると、どうしても格差が広がる社会になるということを、ありとあらゆる統計が示しているんですよね。なのでおそらく、私の予想では、今後ちょっと保護主義寄りになってくんじゃないかなと思ってます。

つまり、WTOができて「自由貿易万歳!」って話だったんですけども、言ってしまえばそれが若干異常な世界だったんじゃないかというのが私の思ってるところです。いかんせん、経済的にあまりにも差があるような相手国と自由貿易が云々っていうのは、持続可能なのかという点で甚だ疑問なところもあります。

保護主義的な部分も出つつ、でも自由な部分もという、これも結局いいところのバランスに落ち着いていくんじゃないかなと思っています。以上です。

質問者2:ありがとうございます。

『アイデア資本主義』(実業之日本社)

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