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対談 中野信子 × 福武英明(全2記事)

「ビジョンを説明しすぎるのは危険」 ベネッセ・福武氏と中野信子氏が”時間軸”で読み解く、アートとビジネスの関係性

ロジカルであることが求められるビジネスや経営の世界。最近ではそこに、「アート」「美的感覚」といった、従来重視されることのなかった視点が必要とされています。本記事では、「遅い判断に価値がある」「ビジョンの明文化は危険」など、これまでの価値観を反転させるような話が繰り広げられた、ベネッセ取締役・福武氏と脳科学者・中野信子氏による対談の模様をお送りします。

ベネッセが本社を岡山に置き続けるワケ

福武英明氏(以下、福武):今、中野さんの話でそうだなと思ったのは、アートの役割や汎用性は担保できないよねという話。瀬戸内や直島の活動をしていると、よく批判にあがるのが、「とにかく不便だ」「行くのに疲れる」と(笑)。

瀬戸内国際芸術祭などの繫忙期になると、「人」の積み残しが出るんですよ。でも船には定員があるので「島に行ったけれども帰れない」ということもけっこう発生しているんですよね。そういうとき、僕らとしてはけっこうジレンマがあって、もちろん利便性を改善させる必要性を感じつつも、非効率性による価値をどれぐらい保てるか、と。

経済活動をずっとやっていくと、最終的にスピード、コスト、効率性を極限まで追求していくというのがどうしてもあります。今の資本主義の世の中だったらそうなるじゃないですか。そこに対するアンチテーゼのような活動をしているのかな、というのがあって。「より不便にしよう」という、結果的にそうしてしまっていると。実は今、大型観光バスを島から締め出そう、と言う話もあるんです(笑)。

(一同笑)

要は時間の使い方、今の常識的な効率性、スピード、合理性というのは本当に正しいんでしたっけ? というのに対して、ちょっと揺り戻すような活動を直島などでしているんですよね。

中野信子氏(以下、中野):おもしろいなぁ。すごく似た話で今はもう笑い話なんですが、まだ列車が日本に入って来たばかりの頃に、「特急列車はどうしてふつうの電車の半分の料金じゃないんだ」というクレームがあったらしくて。

福武:へぇー。

中野:「半分の時間しか乗れないのに」と(笑)。輸送手段ではなくて、乗り物として楽しむ料金と思っていたわけですよね。一周回って再びそういう意識が来ているな、と思いました。

川原崎晋裕氏(以下、川原崎):確かに。

福武:うちも、会社として本社はずっと岡山に残していて。昔中野さんにも話したように、わざと東京から距離をとっている。ずっと効率性を追求していくと見失うものがある、というのが僕らの仮説としてあるので、ちょっと田舎に本社を置いておきましょうと。次は直島に本社を移そうかという話もあるんです(笑)。

そういうふうに物理的に移しながら、発酵期間というか、次の新しい価値を生み出すための時間をとる。一定期間寝かせるというのは重要で。でも、今の時代で寝かせるのは難しいんですよ。そういう部分のアンチテーゼとしてアートを使いながら、強引に時間を戻すという役割を果たしていると思っています。

「早い判断」と「遅い判断」

中野:時間軸の話でいうと、アートって、みんなが価値がないと思ってたものが時間が経って評価されることがある。誰もが知っているゴッホの絵だってそうですよね。

福武:さっきの草間さんだってそうですよ。今でこそ世界の草間彌生ですけれども、数十年、ずーっと丸を描いている人ですからね。当時の美術批評家も意味がわからない。それでもひたすら毎日、憑りつかれたようにドットを描いていると……「なにかあるんじゃないか?」と(笑)。

(一同笑)

「なにか俺らにはわからない価値があるはず。そうじゃないとそこまで狂気じみて作れないし」というので、彼女はそうやって価値を創ってきた。

中野:今の時代にもてはやされる人は、すごく速い判断ができる人のようですね。速い判断は、経営判断にも求められるところですし。いろんなところからせっつかれるし。その判断をより早く・正確にできる人がすごいと思われがちで、モテたりもするんですが、実は人間の知性としては片手落ちです。

本当に重要なのは……というか人間しか持ち得ない知性は、”遅い判断”なんですよ。より多くの要素を複合的に考えるから遅くなってしまうんですが、もっと時間軸も長く、空間軸も広くとることができる。

ただそっちは早い判断に負けてなかなか言語化できないから、理屈では早い判断のほうが正しいと思っていても「なんか嫌な予感がする」というようなあいまいな表現になりがちです。「これを選んではいけないのではないか」というブレーキが働いたりしても、気が進まない、という言い方しかできなかったり。

その遅い判断のほうを重視できるだけの時間軸を持っておくというのは、生き残る上で必要なことなんじゃないかと思うんですよね。

福武:ビジネスでいうと、よく「差別化」「競合優位性」というものが出てきますが、それは言語化できればやっぱり真似されてしまうというのがあると思うんです。さっきの「文化活動は長い時間軸でやったら会社のためになりますか?」というのは、やっぱり時間をかけて価値を出したものは、なかなか真似されないじゃないですか。

例えば僕らは30年間直島のプロジェクトをやっていますが、中国や東南アジアで、今すごく直島モデルが流行っていて(笑)。

中野:(笑)。

福武:中国やフィリピンの大金持ちや不動産ディベロッパーもやり始めています。不動産ディベロッパーは広大な土地を自分たちで持っているので、5年くらいで一気に美術館を15くらい作ってしまう。

だけど結局、一部の文脈だけ切り取ってやっているので、中身があまりなかったり、地域に根付いていなかったりしている。見た目だけを模倣しても、あまり価値を生み出せないんですよね。

ビジョンを明文化しすぎるのは危険

川原崎:ちなみに、ベネッセで働いている方々は、みんなそのあたりの思いは共有されているんですか? たとえば「よく生きる」という企業理念を掲げていらっしゃいますが、これって解釈の仕方がかなり広いと思うんです。

私たちのいるスタートアップ業界は、もっとこう、具体的というか。「支払いを便利にする」みたいな。でもベネッセさんをはじめ、大企業の理念ってもっと抽象的なものが多いですよね?

中野:それはスタートアップが短期決戦だからではないですか?

川原崎:たしかにそれはありそうですね。100年後も企業が続いているようなことは、想定していないからかもしれません。

福武:例えばなぜ直島をやっているのかというのは……あまり説明できないんですよね。

「よく生きる」とはなんですか? と言われても、「それは人によって違うから自分で考えて」と言っているし。そういう余地を与えないと、「これ」となったら「これ」になるじゃないですか。

中野:あぁ〜、おもしろい。

福武:そういう意味で、意識はしているというか、気にはなっているのはやっぱり……強いコミュニティや強いつながりというのは、なんとなく謎があるじゃないですか。

中野:明文化されない領域?

福武:そうそう。謎なのか、謎だからちょっとわからない怖さなのか。宗教でもたぶんそうだと思いますし、カリスマもそうじゃないですか。何を考えているのかわからない。説明はつかないのですが、なぜかみんながついていきますよね。ビジネスとアートを綺麗につなぎ合わせようとすると齟齬が生じるので、そこは恐怖や謎で(笑)。

(一同笑)

中野:でもうまいなぁ。

福武:けっこう、ビジョンやミッションを解りやすく言語化している会社は多いじゃないですか。それは僕、危険だなと思いますね。長持ちしないのかなと。例えば日本も、ほかの国からするとやっぱり謎じゃないですか(笑)。

中野:わからない国(笑)。

福武:なんなんだこの天皇制というのは、というのも含めて。中国もそうだし、インドもそうだし。翻って言うと、アメリカはすごくわかりやすいじゃないですか。だから、そういう意味ではある程度謎がないと、魅力も出ないし。それは今のアート界のトレンドで言うと、バンクシーが人気です。事業で言うと、上場企業よりも未上場の会社のほうがやっぱり謎があって怖いし、面白いんですよね。

川原崎:DMMさんとか(笑)。

福武:そうそう。情報開示もしていないし、何を考えているかもわからないし。

中野:顔も見せていないし、というような(笑)。

福武:そう、だから、中野さんもたぶんよく言われると思うんですが、「変態」はやっぱり強いですよ……褒め言葉です(笑)。

中野:うんうん、わかってますよ(笑)。

最後は「ストーリー性」で選ぶ

川原崎:でも社員はやっぱり、言葉にして安心したい、というようなことを求めてきますよね?

福武:それはあるでしょうね。答えを求めるようにずーっと教育されてきているので。「なんのためにやっているんですか」というのはやっぱり聞かれるし。「このアート作品はどういう意味なんですか」というのもよく聞かれる。

でも僕らは、都度それらに対して明確な答えは示さないし、持ってもいない。直島の美術館でも、作品の説明プレートは一切付けないように意識的にやっている。ミステリアスな要素を作りたいんですよね(笑)。

中野:ミステリアス、大事ですよね。

福武:僕はよく外人に……この前買収をした植物の会社でも「とにかくヒデアキは何を考えているのかがわからない」と(笑)。それはそれで、僕はわざとそうしている、という要素もあるし。Slackでも、僕はすごくランダムに「イイネ」しているので(笑)。

川原崎:(笑)。

福武:「あいつは何をしたら喜ぶか」というのが、みんなわからないわけですね。

川原崎:福武さんがそうやっているというのは、今のお話ですごくイメージできるんですが、会社全体としてそういう感じなんですか? 「よく生きる」の意味なんて自分で考えろ、みたいな。とくに新卒採用でそれが通用するのかな、とか。

福武:うーん、会社としてはやっぱり……もちろん理念は重要視しています。事業計画を出すときには、常にその理念に紐づいているのかどうかを必ず最初に説明してもらっていますし。でも、どこまで深く理解してやっているのか、どこまで効用があるのかはわからないですね。

川原崎:では経営陣の間ではどうでしょう? 意思決定が膠着したり、判断基準が見つからないときに、どういう決め方をしているのかというのはすごく気になりますね。調査は尽くしたし、議論も尽くした。でも最終的にAかBかわからない、というときに、どうやって決めるシステムになっているのか。

福武:会社としては、もちろん合理的な判断というのはあるんですが、もし僕が最終判断しろと言われたら、それはもちろん悩みに悩んだ上で判断します。でも、基本的にそこまでいったら、どちらでも正解なので(笑)。

(一同笑)

福武:基本的には絶対にそうですよ。そこまで徹底的に考えて最終が二者択一だったのであれば、どちらに転んでも誤差の範囲内なので、いいんじゃないの、と。そのときに思うのが、やっぱり自分が好きなほうだったり、心地がいいほうを選びます。「こうやって判断したら、あとからすごくカッコいいストーリーになるかな」という(笑)。語り継がれるようなストーリー性があるほうが、個人的にはいいですね。

ものの見方がリッチな人のほうが、良い判断ができる

川原崎:社内の、マネージャー、リーダーのような、限定的ではあれど意思決定をするポジションの方たちがいるじゃないですか。そういう人たちの任命基準として、そういうちょっと……福武さん好みじゃないですが(笑)、美的感覚が優れてるかどうかを見たりもするのですか?

中野:(笑)。

福武:会社の規模などにもよりますね。上場企業だったら明確にジョブディスクリプションがあって、こういう役割で、という基準はあります。でも小さい会社だと、ものの見方がリッチなほうが絶対に良い判断ができる、というのはあります。

なんて言うんだろう……友人のデザインオフィス「nendo」というのがあって、その作品で僕が好きなのは、雨(rain bottle)。いろんな雨を作っているんですよ。

川原崎:「あめ」って、雨?

福武:そう、降る雨。瓶の中で、これは五月雨、霧雨、にわか雨、しぐれ、みぞれ、というようなものを作っていて。20種類の雨があるんですね。それは日本語だから成立するんです。アメリカ人は「Rain」なんですよ(笑)。

(一同笑)

福武:もちろん英語にも「Heavy Rain」などはありますが、要は言語やものの見方が多ければ多いほど、対象物への感度も違ってきます。そういう意味では、自分にはないものの見方をできる人、言語能力の高い人を小さい会社ではピックするようにはしていますね。

川原崎:なるほど。「リッチ」という表現、おもしろいですね。

中野:言語の網の目に乗らないものは、私たちは認知できない、という。ミシェル・フーコーが言ってましたね。

福武:そう、それはもったいないですよね。

川原崎:それは、言語化できないものは理解できないということですか?

福武:そもそも認知しない。

中野:認知し得ない、見えないんです。有名なのは、虹の色みたいなもの。2色だの7色だのってうんざりするほど使われてる例ですけど、1677万色かもしれないわけじゃないですか。

川原崎:解像度が高いということですね。

福武:そうですね、解像度が高い。それは拾い集められる感じがします。選択肢が多ければ、また絞るときにも漏れがなくなるし。

お金はあっても、価値はつくれない人

川原崎:最後に、ログミーの読者である30代前後のIT・スタートアップ業界のビジネスパーソンに向けたメッセージをお願いします。

中野:そういう方たちって、すごく賢い人も多いし、私などよりずっとずっと勉強もしていて、ガッツもあって、すごいなと思うことが多いです。でも、残念だなと思うのは……すごく目先の利益を追う感じ。

確かにそれで成功もしているんですが、生き急いでいるように見えてしまって(笑)。フランスのバカロレアで上がってくる子たちなどを見ていると、日本人はもしかしたら30年も40年もずっと変わっていないね、と思われているのかもしれない。お金はあるけれど、自分で価値を作らない人たちだね、と。

今はそんなこと言っていられない、必死なんです、という人も多いと思うんですが、ちょっと余裕ができたら、ランボルギーニなどを買う前にアートフェアなどへ行ってみてほしいんですよね。

川原崎:ランボルギーニではなく、アートを。

中野:そう。もしかすると今この20万円のアートは、20年後に1,500万円になるかもしれないんですよ。もっとかもしれない。例えばイヴ・クラインだって、50年前には数万円だったものが、今は何億円もしたりするわけです。

そういう現場をもっと見てもいいのかなと思うんですよね。「(株式会社スタートトゥデイ代表の)前澤友作さんがバスキア買った!」というのに右往左往するのではなくて、「俺だって未来のバスキアを買えるわい」と思ってほしい。

「この作家が育つ」という目を育てると、事業に対する目とか、人に対する目も変わってくるんじゃないですかね。

見たくないものを敢えて見る

福武:僕はさっきの、ものの見方を増やすというのは大事かなと思います。今の中野さんの話に近いんですが、人間は見たいものしか見ないようになっているじゃないですか。見たくないものは現実ではない、というふうに(笑)。

つまり、よっぽど意識しないと見方を増やすというのは難しいんです。評価軸の違うところに身を置いてみるというのがたぶん、1番イージーなやり方です。僕は先週初めてフジロックへ行きました。人生で初めてで、ちょっと今までバカにしていたんですが、「すごいな」と思って(笑)。

(一同笑)

「なんだこれ!?」「すごくおもしろい!」と。あと僕は毎月1回か2回くらい日本に来ていますが、機内でヒマなのでとにかく1番見たくない映画を毎回見ているんですよ。効果があるかどうかはちょっとわからないんですが、一応、「脳を鍛える」という感じで(笑)。

そうやって、できるだけ物理的に評価軸の違うところに身を置こうと意識しています。そういう意味で、アートは損することはないし、見ていても美しいし、メンタルが良くなるかもしれないし、買ったら資産価値も上がるかもしれないですし。悪いことはあまりないと思うので。

会社が大きくなってグローバルになったりすると、インフラにもなるというか……アートをやっていると、向こうの偉い人や政府系にもアクセスしやすくなるんですよね。免罪符のようなものです。

中野:共通言語として使えますしね。

福武:そうそう。それで良いんじゃないかな、と思いました。

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