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インターネットにおけるコンテンツビジネスの市場化について(全3記事)

ネット時代におけるコンテンツの"最適解"とは? 『もしドラ』編集者・加藤貞顕氏が語る

出版不況の現代において、異例の270万部を売り上げた『もしドラ』こと『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの“マネジメント”を読んだら』の編集者であり、現在はコンテンツプラットフォーム「cakes」などを運営する加藤貞顕氏。コンテンツの表も裏も新旧も知り尽くした氏が、インターネット時代のコンテンツビジネスのあり方について語ります。

『もしドラ』ヒットの仕掛人のこれまで

加藤貞顕氏:加藤と申します。ちょっと簡単に自己紹介をさせていただきます。

今ご紹介いただいたんですけれども、横浜市大を出て、大阪大学の大学院で経済学を勉強してました。ちょうどこの間ノーベル経済学賞になった、マッチングだったりとか、オークションとか、そのへんの話をやっていて、市場を効率的にするにはどうしたらいいのかな、みたいな部分に興味があったんです。

同時にその時にLinuxとか、そのへんのオープンソースソフトウェアのムーブメントが盛り上がり始めた時で、ちょうどLinuxのカーネルのバージョン1が出た時なんですけども、僕そこに大変萌えてしまいましてですね。プログラミングも多少していたんですね。

勉強はそれほど好きでもないことがわかったので、大学院を卒業してから就職することにしました。コンピュータが得意で、本が好きという特性だと、アスキーが一番入りやすいかな、ということで受けました。アスキーでは、おもに雑誌を作っていて、あとから書籍をやってみたくなってやるようになりました。(画面)左端の『英語耳』という本はアスキーで担当した本です。

そこで、書籍編集っておもしろいんだなということで、ダイヤモンド社に転職して、それで単行本を主に作るようになりました。ここに出ているものが作ったやつで、たくさん作っているんですけども、このへんがわりと売れたやつとか、わかりやすいやつを出しています。

一番売れた本は、その右下の『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの“マネジメント”を読んだら』という本で、これは270万部売れてるんですけれども、同時に電子化も、電子書籍のプロジェクトもこの時一緒にやりまして、ここで得た経験も今日ちょっとシェアさせていただければ、と思うんです。それを元にいろいろ思うところがあって、会社を作ったっていう、そんな流れになっています。

出版業界の課題と『もしドラ』ヒットの裏側

具体的なところに進んで行きたいと思いますが、出版業界には大きな課題があって、こちらの会社でも関わっている人がいらっしゃると思うんで、良くわかると思うんですけども、毎年すごい勢いで市場が縮小していて、理由はもうものすごく簡単で、ネットに負けてるんですよね。コンテンツは相当おもしろいものがいっぱいあると思うんですけども、ネットにあんまり上手にコンテンツが載せられていない、っていう現状があるのかな、と思っています。

それで、デジタルの話に入る前に、ちょっとだけ、『もしドラ』の話をさせてください。これは実はこの後にも関係あるんで、最初にまず、この本がどうやって生まれて、どんなふうに売れたか、っていう話を少しだけします。後からデジタルにもつながってきます。

『もしドラ』は2009年の12月に出た本なんですけれども、2009年の12月なんで、主に2010年にワーッと売った訳ですね。読んだことある方は挙手いただいてもいいですか? おー、すごいですね。たくさんいる。ありがとうございます。

これだとほとんど説明の必要はないと思うんですけども、この本はドラッカーの『マネジメント』という本を読んだ女子高生マネージャーが、野球部を、ネタバレしちゃいますけど、甲子園まで導く、っていう話なんですね。すごくおもしろいんで、まだ読んでない方はぜひ(笑)。

この本を僕、編集担当して、紙が250万部、正確に言うと258万部だったかな。デジタルでも17万ダウンロードされて、合計で270万部とか売れた本なんですよ。

もともとドラッカーの『マネジメント』も、『もしドラ』が出た当時は、ドラッカーの『マネジメント』は10万部ぐらいの売れ行きだったんですけども、最終的にこれも100万部を超えました。

だから、『もしドラ』を買った人の3人に1人が『マネジメント』を買うという、非常に商売として効率のいい出来事があったんですね。あと、ドラッカーの本って99%ダイヤモンド社が版権を持っていて、それも全て増刷しています。わりと社会現象に近い状態になったといっていいと思います。で、実は会社としてもすごくマーケティングに努力をしたのでその話をしたいと思います。

「もしドラ100万部プロジェクトチーム」を結成

どうやって売ったのかという話をさせていただきます。たぶんここにも編集者の人が何人かいるので、おわかりになるかと思うんですけれども、本のマーケティングって、担当編集者を中心にしてやるんですね。

なぜかというと、出版社ってすごくアイテム数が多いところで、しかも一個一個のアイテムがちっちゃいビジネスだからです。宣伝を担当する部署もあるんですけど、個別の宣伝の中身を考えたりとか、あるいは取材のセッティングをしたりとか、献本を配ったりとか、そういうことは編集者がやることが多いです。

で、そうなると、20万部ぐらいで限界が来るんですね。理由は、単純に忙しくて手が回らなくなるからです。20万部というのは、テレビの取材が来始めるぐらいの部数なんですよね。5万、10万ぐらいから新聞から依頼が入り始めて、その後雑誌が来て、テレビが来る。これくらいでほぼ編集者の対応能力に限界にきます。

なぜかというと、他の本の編集もしていますし、単純に一人で出来る作業量を超えてくる、っていうのがあるんですね。そして、やっぱりそういうマーケティング活動を止めると、売れ行きってすごく落ちるんですよ。

『もしドラ』というのは、ドラッカーの『マネジメント』という普遍的な価値があるものと、青春という、日本人全員、いやそうじゃなくて、人間なら誰でも共有できるテーマが内包されている本なんで、これはもしかしたら100万部いける可能性がある本だな、と。そこで、100万部売りましょう、ということで社内に声をかけて、『もしドラ』を100万部売るためのチームを作りました。

発売して1カ月目くらいのときでした。この本は将来がありそうだし、そうなると一人でやるのは無理だな、ということで、そういう集団体制に移行したんです。具体的には、営業部長だったりとか、営業の若手、宣伝部長、宣伝の若手、あと編集の、ドラッカーの本の他の編集している人たちとか、あとは出版担当の取締役ですね、そういう十数人のチームを作って、毎週マーケティング会議をして、そこでいろんなアイディアを出し合って、それをPDCA(サイクル)で回していくっていうことを1年以上続けました。

「マスマーケティングが効かない」時代のマーケティング戦術

今、出版で何が困っているか、っていう話をさせていただくと、これデジタルにつながってくる話なんですけど、マーケティングが非常にやりにくくなっているんですよ。何でかって言うと、マスマーケティングが効かなくなってきているからですね。

ここで話すのは逆に恥ずかしい話なんですけれども、出版のマスマーケティングと言えば、新聞広告なんですけれども、新聞広告に前は「何とか先生の最新作」ってバーンと広告出すと、バーッと売れたんですね。これが効かない。

何で効かないかっていうと、当然の話ですけど、新聞読んでいる人が減ってますし、市場がセグメント化されているからです。顧客みんながバラバラになっていて、見てる場所が全然違うし、届く言葉も違う。だからマスマーケティングが効かない。

じゃあ、『もしドラ』ではどうしたか。これも普通の商品では当たり前の話なんですが、マーケティング会議ででっかい表を作って、横軸に時間、縦軸に顧客セグメント。10代女性、10代男性、こう分けてセグメントをワーッて作って、それで時期に応じていろんなマーケティングプランを実行していくってことをずっとやってました。

最初は20代、30代の男性中心で、男女比7:3、男7割、女3割、っていう売れ方をしていたんですけれども、最終的に、年齢構成が9歳から90歳まで、男女比も半々まで持っていってまして、かなり幅広く、そうしないと270万いいう数字にはいかないんですね、そこに売るっていうことをマーケティングチームでやっています。

プランニングは一人で統括すべき

そういう細かなマーケティングをやるっていうのは、僕がやるしかないんだな、っていうのが、その時にわかったことです。どういうことかと言うと、細かいマーケティングを、顧客セグメントごとにやるっていうのは、商品に対する深い理解と、顧客に対する深い理解の両方が必要で、しかもそれに基づいた判断を、たくさんやらなきゃいけないんですね。

最初はなぜか、何でこんなにいっぱい俺がやらないといけないんだ、と思って、怒りながらやっていたんですけども、途中でこれを誰か他の担当者に投げることは無理だな、ということがわかって、これ実はこの後のデジタルの話にもつながるんですけども、それが一つ大きな気づきです。

もちろん、あくまでも判断の部分だけの話で、アイデア出しとか、実行についてはまったく別です。そこは完全にチームで行います。チームでやってるからこそ、すごくたくさんのプランを考えて、実行できました。言いたいのは、マーケティングのトーン&マナーを決めたりとか、そういうプランニングの根幹の部分ですね、そこは作り手がやるしかないんだな、っていうのがわかったことです。

メディアごとに売り込み方を変える

あとはもうひとつ、これが何でこんなに上手くいったかというと、メディア露出を相当意識したマーケティングをしてるんですね。これはマーケティングよりはPRの話ですけれども、僕、メディア側の人間なんで、雑誌にいたときとか、普段プレスリリースがたくさん送られてくるのに、ほとんど載せられないという経験をしているわけです。

でも、メディア側の人間って載せるものをすごく欲しているんですね。だから、たくさん載せるものが必要です。そして、載せたい人がいっぱいいるのに、上手くマッチング出来ていない。でもしょうがないんですよね。多くのプレスリリースには大抵、僕はこんなにすごいです、って話しか書いてないわけで、突然告白されるようなものなんですよね。

それはやっぱり載せられない、と。我々はそこはわかっていたので、何をしたかっていうと、メディアごとに違う売り込み方をしているということですね。もう番組ごとに提案をしてますし、そのための材料を集めるってことを僕は大体1年間ずっとしていました。それで「とくダネ!」なら「とくダネ!」向けの提案をするし、「報道ステーション」なら「報道ステーション」向けの提案をしています。

こんなことをしてですね、わりと全社体制で売ってます。ドラッカーという、ダイヤモンド社の全社で共有出来るコンテンツだったのでそれが出来た、っていうのが非常に大きいかな、と思います。

これは掲載された記事をスクラップしたものです。本当は写真の倍ぐらいあるんですけども、結局、新聞・雑誌に千回以上出てますね。同時にマルチメディア展開ですとか、映画、雑誌、マンガ、アニメ化、全部時期をずらして、そしてそれに合わせてキャンペーンを別々に行って、本とのキャンペーンで本と映画も同時に売れるようにするみたいなこともずっと行いながら売って、その中の一つとして、電子書籍というものをやりました。さっきも言いましたけど、本自体は2009年の12月に出たんですよ。

ビューワー作りからスタートした電子書籍プロジェクト

2010年っていうのは、いわゆる電子書籍元年と言われる年ですよね。なんで電子書籍元年って言われる年かっていうと、iPadが出たからなんですね。やっぱりこれは非常に大きなエポックかな、と思うんです。

我々というかダイヤモンド社で、電子書籍をそろそろやらないといけないよね、っていう話になりまして、先ほどのマーケティングの話と同時並行で電子書籍をどうしようか、っていうプロジェクトチームをやってまして、僕はわりとコンピュータに詳しかったということで召集されて、じゃあ担当本の『もしドラ』でやりましょうか、という話で、電子書籍をやることになりました。

電子書籍っていうのは、ビューアーのソフトウェアと、その上に載るコンテンツの、この2層で構成されるんですけれども、いろんな当時出ているビューアーを見てみたら、非常に出来が良くなくて、ここに僕の作ったコンテンツを載せるのはいやだな、と思って、じゃあビューアーを作るところからやろうか、というふうにして実は始まったプロジェクトです。

たまたまそっち界隈にも、友達とかが多かったこともあって、フリーのエンジニアの方に、友人なんですけども、「ちょっと一緒にやんない?」って声をかけて一緒にやり始めてます。今まであったビューアーに何が不満だったかって言うと、たぶんエンジニアの人が何となく作ってるんですよね。コンテンツの人たちの視点が入っていないんですよ。

例えば、これは編集系の人じゃないと通じにくいかもしれませんけど、「倍角ダッシュ(――)」っていうものがありまして、倍角ダッシュっていうのは全角のダッシュ(―)を2個並べた状態で、よく対談とかの聞き手の頭のとことかにあったりとか、あと村上春樹さんの小説のモノローグのところに前後についたりとかしてる、あれが倍角ダッシュです。

あれっていうのはコンピューターで入力すると、全角ダッシュを二つ並べるんですけども、そのままWebとかに表示すると、電子書籍もそうなんですけれども、離れて見えるんですよね。でも倍角ダッシュって、組み版をちゃんとエディトリアルでやるとですね、くっつけて間を必ずつなげた状態で出すんですけど、やっぱりその時出ている電子書籍リーダーは倍角ダッシュが離れてるんですよ。

もうこれはかなり我慢ならないな、と思っていて(笑)、ほかにもいっぱいあるんですけど、そういう細かい美しさっていうのは、やっぱり僕、編集畑の人間なんで、非常に気になると。だからそういうことをまず満足させたい。「編集者の視点を盛り込んで」っていうのはまさにそれなんですね。

あとは、すごく不満だったのが、やっぱりコンピュータのソフトウェアとリーダーのソフトウェアっていうのは、黒子でなければいけないから、使い方が気になるようではいけないですよね。使いにくいのはもちろん論外ですけど、ちょっとでも気になっちゃいけないので、使っているのを気づかないぐらいのソフトウェアに、操作性にしなければいけないってことで、それもなかったんですね。

あともう一個不満だったのは、デジタルなのにデジタルならではの良さを活かしたビューアーというものが全くなくて、今はかなり進化しているからいいんですけど、検索だったりとか、ラインを引いておいて後からジャンプするとか、ツイッターの連携とか、動画とかですね、そういうものが全然無かったので、じゃあ作ろう、ってことで作りました。

コンテンツのフラット化とテキストの可能性

この段階で『もしドラ』でまずやったというのも実は画期的なことだったんですよね。人気商品は電子化しないのがトレンドだったので。それと、他にもう一個すごく売れた本があるんですよ。高田純次さんの『適当日記』っていう本です。これは、特に左側が結構いい絵なんですけれども、App Storeの「総合」でファイナルファンタジーをぶち抜いて1位になってるんですね(笑)。

この間スクエニ(スクウェア・エニックス)の会長さんにお会いした時にこれを見せたら大いにウケて、「送ってくれこの画像」と言われて送って、たぶん社内でお説教に使ったんだと思うんですけれども(笑)。でも本が、(画像を指さして)こんな感じの売れ方をするわけです。

これ僕らがやった時にすごく思ったのは、「ゲームと勝負をしなくちゃいけないのか」と、これはえらいことになったな、っていうのが一つと、もう一つは、同時に「テキスト意外とやれるんだな」とこの二つが思ったことですね。『もしドラ』と『適当日記』が日本で一番売れた電子書籍っていうのが今のとこ、そういう位置を保っています。まあKindleがオープンになったらまた変わると思うんですけど、そんな感じの状況です。ちなみに、『適当日記』は紙が3万部なんですが、デジタルが17万、っていう非常に変わったアイテムです。いろんな可能性を秘めている話かな、と思うんですね。

※続きはこちら!「有料課金はコンテンツを"自由"にする」 cakes加藤氏が語る、コンテンツビジネスの本質とは?

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