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最高の作品づくりに向けたNetflixの技術的な取り組み(全2記事)

Netflixの制作現場で浮き彫りになる「日本の遅れ」 「専門性の高い技術者不足」を招く、キャリア構造の問題点

コンテンツビジネスの最前線で活躍するリーダーたちから、これからの日本のエンタメコンテンツのヒントを得る『Contents Innovation Days』。第4回目の今回は、ポリゴン・ピクチュアズ塩田周三氏と、Netflix宮川遙氏が登壇し、世界で通用する品質を支える組織の在り方について語りました。本セッションでは、宮川氏の講演の模様を公開。世界各国で制作されるNetflixオリジナルコンテンツ。そこで浮き彫りとなる「日本の制作現場の課題」が語られました。

日本における、作品づくりに向けたNetflixの取り組み

宮川遙氏:みなさん、こんにちは。Netflixのプロダクション・テクノロジーというチームの宮川と申します。まず、簡単な自己紹介からさせていただきたいと思います。映像制作で使用する海外製品を、日本のみなさんに使っていただけるようなワークフローの提案や、技術トレーニングといった仕事に長年従事してきておりました。

Netflixには2016年に入社しました。現在は制作の映像や音声の技術に関する支援を行う部署で、アジア統括として、日本や韓国、インド、東南アジアにいるチームメンバーとともに、作品の品質向上に向けてさまざまな取り組みを行っております。

今日は私の今までの経験をもとに、日本における「最高の作品づくりに向けたNetflixの技術的な取り組み」というテーマでお話しさせていただきます。

「Netflixと言えばオリジナル作品」と思ってくださる方が最近は増えてきていて、私もうれしいんですけれども。私が入社した2016年は、限定的な10ヶ国への配信から世界190以上の国と地域への配信へと移り変わった年でした。それまではアメリカ中心のオリジナル作品の制作を行っていたんですが、2016年から徐々に世界規模への制作に移行していきました。

私たちの会社のミッションとしましては、世界中のエンターテインメントファンを楽しませることにほかなりません。9月末に配信した韓国作品の『イカゲーム』は、これまでに1億4000万世帯以上のメンバーが楽しんだ、世界で最も視聴された作品となり、アジア発の作品としては大きな快挙を果たしました。

「世界同時配信」に向けた、制作手法のスタンダード化

このようにNetflixは、各国の素晴らしいストーリーを発掘して、どの国や地域に住んでいても、どんなデバイスを利用していても、最高の視聴体験をお届けすることを常に意識しています。

では、最高の視聴体験とは何かと言うと、もちろんどんな仕事をしているかによっていろんな切り口はあると思いますが、私たちのチームにとっては、品質の高い映像と音声を家庭にお届けすることが、最高の視聴体験につながると考えています。

私たちのサービスは、どの国で制作されたNetflix作品も世界同時配信されます。つまり、日本でつくられた作品も、同じ配信日にインドネシアやポーランドでも、彼らの言語の字幕や吹き替えがついた状態で観てもらえるということなんですね。これは、今まで日本だけを向いていた日本のコンテンツ制作の考え方自体を一新する、非常に新しいできごとではないかと思います。

その一方で、コンテンツの制作手法は国や地域によって大きな差があるのも事実です。例えば、高画質な4Kテレビが家庭に十分に普及しているのが日本だと思うんですが、ほかの国や地域では、いまだにテレビの納品形態が低解像度のところもあったりします。

あと、アメリカやイギリスですと、もうどんどん新しい制作技術を取り入れている国もありますし、今までどおり何十年も同じスタイルで制作している国もあったりします。

こういった差がある中で、どの国でつくられた作品も、世界中のメンバーにとって私たちの作品の視聴体験が素晴らしいものになるためには、グローバルスタンダードを制作工程に導入する必要があります。そのような理由で、Netflixの制作における技術的なガイドラインは世界共通で1つのものを採用しています。

「効率×クリエイティブ」を追求した、アメリカベースの制作フロー

私の所属するプロダクション・テクノロジーというチームは、この制作の技術ガイドラインに従って各国で制作が行えるように、映像や音声のワークフローのコンサルタントのような立場で作品づくりに関わってきています。

一方でこのガイドラインは、だいたい今、中堅どころのアメリカの映画やドラマ制作で一般的に行われるワークフローがベースになっているんですね。世界を見渡せば、もちろんまったく異なる慣習で制作が行われている国もありまして、ガイドラインの導入はなかなか簡単ではありません。

もちろん、アメリカの制作をすべて見習えと言っているわけではないんですけれども、アメリカの制作は、多くの作品をつくってきた経験の中から「どうやって効率よく、時間をよりクリエイティブにかけてつくっていくか」ということを、研究し尽くした結果の今のワークフローの確立なんですね。

日本を含むアジアの諸国では、まだその段階にはたどり着いていないことが多いので、学ぶことは非常に大きいかなと思っております。

ハード面の供給では、非常によい条件が揃っている日本

では、実際に日本においてどういった状況かをお話ししていきたいと思います。まず、弊社の制作のガイドラインは、実は一般の方も見ることができるようになっています。パートナーヘルプセンターというWebサイトがありまして、そこに記載されています。撮影から仕上げまで、多岐にわたって技術に関する情報が掲載されています。

弊社の作品の場合は、仕上げが4Kという非常に高解像度の映像であることがほとんどなんですが、撮影自体は仕上げの解像度以上で行っていただく必要があります。できるだけ高品質を維持できるように、さまざまな条件を加味した認定カメラリストというものを私たちはつくっています。

現在は45種類のカメラがリストアップされていまして、その中から使用するカメラを選択していただくかたちになっています。、アジアのほかの国では、認定カメラリストにあるカメラのレンタルそのものが困難であるケースもあったりします。

それから、安全な撮影を行うのに十分な枚数のカメラカードが入手できないというケースもけっこうあります。日本においては、そういう面での問題はほぼなくて、デバイスのハード面の供給は非常によい条件がそろっているなと感じております。

また一般的な映画制作でも、日本は仕上げは4Kではないことのほうが多いんですが、撮影・収録自体は4K以上で行うのが最近は普通になってきているので、そういう意味でも抵抗感、問題は少ないのかなと思いました。

日本の「専門性の高い技術者」が不足している現状

ただ、このようにハード面では問題がない一方で、ソフト面では大きな課題が多数見受けられるというのが日本の特徴かと思っております。特に、映像や音声の品質を向上させるためのさまざまな専門性の高い技術者の不足は非常に深刻な問題になっています。

他国では、専門職が育つように学校や業界の体系的なトレーニングの提供とか、ある程度経験のある技術者に対して、レベルアップのためにワークショップなどを実施することがわりと頻繁にあります。日本においては、どちらかと言うとやっぱり師弟制度を通じた実地トレーニングがメインになっていまして、それ以外のリソースは限定的かと思います。

もちろん、英語が理解できれば海外のリソースも活用できるんですが、やはりこの英語の壁が高いと感じています。なので、日本語以外のリソースは、多くの方にとっては存在しないも同然になっているかと思います。

海外の専門職ポジションが、日本ではキャリアの通過点でしかない

具体的な例として、みなさんご存じないかもしれないんですが、映像のフォーカスを合わせるためのフォーカスプラーという職種について触れたいと思います。海外ではプロのフォーカスプラーという専門職が存在していますが、なんと日本ではセカンドの撮影助手がフォーカスを合わせる役目を担っているんですね。

一方で、この撮影助手の所属する撮影部のキャリアパスは最終的にはカメラマンになることなので、セカンドというポジションはあくまでも通過点でしかないんです。つまり、3年ぐらいセカンドをして経験を積んだら、1つ上のチーフに上がる。となると、今までフォーカスをやったことがないサードの方がセカンドになって、また一から腕を磨くことになります。

さらにですね、仮にセカンドの方がフォーカスを合わせる仕事にすごく適性を感じていたとしても、そこに留まることができないと言いますか。フォーカスプラーという地位が確立されていないので、そこに留まることができなくて上に上がるしかないという側面もあります。

仕上がりの映像にフォーカスってすごく大事で、ピントがぼけていたら、どんなにお話がよくても伝わらないことってあると思うんですが、そういった大事なポジションでありながら、やっぱり現場の仕組みや構造上の問題があると感じています。作品単位で、例えば「アメリカ式のフォーカスプラーを導入しよう」という試みが、なかなか日本の作品では困難な状況でもあります。

カラーマネジメントに対する意識の薄さが招く「つじつま合わせ」の苦労

そして、撮影現場からポストプロダクションに関わる問題としましては、カラーマネジメントに対する意識が薄いというのも、専門性が高い技術者の不足につながる話題かなと思います。

(スライドを指しながら)この図は、みなさんに理解してもらうために出したというよりは、「これだけ複雑なことを撮影から仕上げまで工程が存在して、それぞれで映像を確認する必要があるんですよ」というのを、体感してもらうための図です。

各工程で映像をモニターで確認して、いい悪いという判断をしていくんですが、そもそも各工程で確認するモニターが、一律色再現がされるように調整されていないケースもあります。例え、色調整が行われていても、撮影した映像を正しく表示するためのいろんな設定を理解していなければ、各工程が異なった色を見て判断してしまうという危険性もあると思います。

各工程で同じ色を再現して、最大の作業効率を上げるためには、カラーマネジメントがとても重要になってくるんですが、正しいカラーパイプラインの設計には、どうしても知識や経験が必要になってきます。

日本においては、それを具体的に学べる場は限られていまして、専門的な知識を持った方が不在の場合も多いということもあって、カラーマネジメントの重要性がそもそも見過ごされているのも現状です。

カラーマネジメントは、撮影に入る前からのプランニングが大事になってきます。しっかりと話し合いをして検証して、問題ないことを事前に確認してから撮影に入れば、仕上がりの品質も効率性も上がってくると思います。

この準備を行わないことが、日本の制作においては一般的になっていますので、仕上げの際につじつま合わせで大変な作業を強いられたりですとか、余分な時間や費用が発生することも残念ながら多々あります。

日本の制作現場が「デジタル化」に積極的になれていない原因

そしてもう1つ大きな問題は、やはりデジタル化がかなり出遅れていて、効率よく作業時間を減らして最大限の仕事をするという取り組みが、あまり積極的になされていないかなと思います。

例えば、撮影現場で行われるさまざまな記録が、未だにかなり紙ベースというのは驚く話ではありません。現在は多様なデジタルデバイスも出てきますし、便利なアプリもいっぱいあります。デジタルを活用すれば、簡単な操作で情報を現場でデータとして入力することができ、後工程に共有がしやすくなります。

例えば、目には見えないんですが、メタデータと呼ばれる映像や音声のファイルの中に入れることができる情報があります。タイムコード、時間の情報とか、どんなレンズを使ったかという情報とか、各マイクどの俳優さんがしゃべっているかを音声チャネルに入れたりとか、そんな情報を入れることができるようになっているんですが、こういった情報が現場で入れられないケースもあります。

ポストプロダクションがこういう情報を自動的に受け取れれば、手動で入れる必要がなくなるので、空いた時間でずっと別の作業ができるんですが、そういうところが二重、三重と負荷になっているというのも、今起こっていることかなと思います。

なので、デジタルへの移行は始まっているんですが、紙からデジタルへ変わることへの抵抗感がとても強くて、その先にあるさまざまなメリットを享受できるように使いこなせていない。そのために、クリエイティブな作業に時間を回すことがなかなか難しいといった状況かと思います。

また、近年は非常にスケジュールがタイトで、多くの作品をこなすような流れになってきていることも原因の一端かもしれません。リスクを恐れて新しい技術への対応に難色を示すケースもありますし、逆にデジタルに移行したいんだけれど、新しいやり方に慣れるまでの助走期間に対する制作サイドの許容がないケースもあるように感じます。

「英語の壁」によって、技術の導入・活用が遅れている

そして、弊社のさまざまなガイドラインに合わせた作品づくりをすることに加えまして、私たちのチームが取り組んでいることとしましては、有益な新技術の導入です。日々技術は進歩していますので、どんどん新しい取り組みや技術が活用されていく中で、日本はやはりそういった導入が遅れがちになっています。

一因としましては、先ほど技術者の不足のところでも少し触れたんですが、思った以上に英語の壁が高いのではないかなと思っています。例えば、ここ数年で急速に広がっているのがバーチャルプロダクションです。インカメラVFXというんですが、今までは後工程だったVFXの作業を、撮影時に実現しようという試みです。その最たるものがLEDスクリーンの活用なんですね。

(スライドを指しながら)今までは上の写真のように、グリーンスクリーンという緑の背景を置いてあげまして、俳優がそれを背に演技をして撮影をして、下の画のように後工程のVFXチームがグリーンを抜いて、本来のCGで作ったものか実写なのかにもよりますが、それをはめこむ作業が必要になっているんです。

これが、グリーンスクリーンの代わりにLEDスクリーンを使って、予め合成したい下のような背景の映像を投射して、その前で俳優が演技して撮影されるスタイルも出てきています。

この写真は『Mank/マンク』という、デヴィッド・フィンチャー監督による弊社のオリジナル作品の撮影の風景なんですが。ご覧のように、LEDパネルを前や横、斜めに置きまして、1940年代の街並みを表示させて、あたかもそこを走っているかのように撮影しているシーンですね。

北米や欧州、さらにアジアでも、韓国では特にこういった撮影スタイルが年々増加していまして。それに対応した大型のスタジオですとか、専門的な技術者の育成もされているんですが、日本においては今、これからようやく規模・量ともに(導入が)始まったところかと思います。

インターネットで検索すると、バーチャルプロダクションに関するさまざまな情報も出てくるんですが、日本語ではとても限られています。基本的には英語ですので、そういった情報を活用して、自分たちの作品に活かすところにたどり着くまでに、少し時間がかかるのかなと思いました。

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