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世界最高齢現役プログラマー若宮正子氏に学ぶ 〜IT大国エストニアで、今起きていること〜(全3記事)

高齢者の8割が電子サービスを利用するエストニア “シニアの本音”から読み解く、電子政府の成功の背景

ITの世界に関わっている人なら、一度は耳にしたことがある、エストニア。この国では、世界初の電子国民プログラム「e-Residency」を運用しており、行政手続きの99パーセントは自動化されています。国民は15歳になるとIDが発行され、これが日本で言う運転免許、保険証、診察券などとして利用できるようになっています。どの国もやりたくて仕方がないのに遅々として進まない、電子政府の実現。さまざまな問題が立ちふさがる中で、なぜエストニアでは成功したのか。世界最高齢の現役プログラマー、若宮正子氏がエストニアを訪れて知った“すでに始まっている未来”について語りました。本パートでは、シニア世代が電子政府を受け入れられた背景を深掘りしていきます。

エストニアのシニアの9割以上が電子政府を高評価

若宮正子氏:(私はシニア自身が電子政府をどう見ているかが知りたかったので)、エストニアでお会いして、今ここにいらっしゃる齋藤アレックス剛太さんに、「こんなのってアンケートか何かをやれたら、シニアのホンネがよくわかっておもしろいのにね」って言ったら、「やりましょう! 明日、打ち合わせをしましょう」ということで、すぐに計画していただきました。「若宮さんが聞きたいことを、みんな言ってください」とおっしゃって、どんどん進めてくださった。そしてアンケートを作って、あちこちにお願いをして、一緒にやることができた。

回答も集まってきまして、今は100件を超えているんですが、一応100件のところでとりまとめてくださいました。その結果をお伝えする前に、1つの前提としてお話をします。最初は、英語でだけやったのね。だけど、エストニアは1990年までロシアの属国で、ロシア語が第一外国語だったので、やっぱりシニアには英語が苦手な人が多いわけですよね。

だからどうしたかというと、Webアンケートですけれども、息子さんとか娘さんとかお孫さんなんかに、代わりにアンケートに打ち込んでもらってもいいことにしました。(子どもたちには)お父さんに「Yes」か「No」で聞いてもらい、代わりに「No」なんて打ち込んでもらったのね。「代筆」ならぬ「代入力」です。そういうこともありました。後半はエストニア語のアンケートも作って、両方でやったんです。

回答してくださった方は、「今、電子サービスを使っていますか?」ということでは、84パーセントの人が使っている。かなりの利用率だと思うんです。その中で「使ってみて、あなたは今のデジタル化というもので幸福度が向上したか?」「今の電子政府を使って前より便利になって、幸せになったか?」ということに対しては、93パーセントが「使って良かった」と、前向きにおっしゃっているんですね。

銀行取引、納税、電子署名、選挙、健康保険などで電子サービスを利用

それではどんなサービスを主に使っていらっしゃるかと言うと、やっぱり一番使われているのがe-Banking。要するに銀行取引なんですね。銀行というのは、別に役所がやっているわけではないんですけれども、ここでヘンドリックさんの「銀行のお偉いさんを口説いて成功に導いた」という言葉の意味がやっとわかったんです。

銀行も、オンラインバンキングはすごく助かるわけです。日本だって、いろんなかたちのオンラインバンキング、Webバンキングがありますよね。みなさんで、オンラインバンキングを使っていらっしゃる方?

(会場挙手)

あ、さすがですね。若い人はみんな使っていらっしゃるのね。だけど、中年以降の人はなかなか使っていない。日本の場合は「二段階認証」とかあって、振り込みは「ワンタイムパスワード」とかあって、確かに面倒があり、なかなか使っていない。だけれども、ここ(エストニア)で一番使われているのがバンキングなんですね。

もっとも、日本は口座振替とかで公共料金は自動引き落としでしょう? だけど向こうはガス代はいくら、電気代はいくらって、いちいち振り込みをしているわけです。だから、利用頻度が高くなるのも無理はない。

それとキャッシュレス社会ですから、どうしても後で確認しなければいけない。だから「支払い明細も見たい」ということがあると思うんです。ということで銀行がダントツだったんですね。

(スライドを指しながら)その次が、納税ですね。それから、Digital Signature。電子署名なんですけれども、これはいろんなところで本人確認とかの手続きに使っているようです。それから、Voting、選挙ですね。それから、健康保険。それから、これは処方箋ですかね。Prescription。そういうものを、もろもろ使っていました。

ということはやっぱりかなり使われていて、しかも使っている人が満足しているということは決して嘘ではない。調査結果は、例えば一部の地域だけとか、エストニア語で返事した人と英語の人とか、都市部の人と地方の人とかで、あんまりばらつきがない。だいたいにおいて、みんな同じような傾向の答えが出ていたような感じがします。

情報の消費者ではなく「情報の生産者」になるにはパソコンのほうが効率的

そのとき、電子サービスそのものに対する調査と一緒に、その背景にあるところをいろいろうかがったんですね。例えば「電子政府の利用方法、要するに『ITのいろんな知識』を誰に教わったんですか?」と聞いたんです。

日本だと「パソコン教室」みたいなのがありますよね? ところが向こうは「パソコン教室」みたいなのはあんまりないらしくて、家族から教わったというのが多い。一番多いのが、自己学習。By myself。独学したということなんですね。

日本はとても高齢者を大事にする社会だということもあるんですけれども、例えばパソコン教室に行ってみても「同じ質問を3回しても、ニコニコして親切に教えてくれる先生」がいい先生ということになっているんですよね。だけどそういうふうに、そのたびに操作手順を教わるから、なかなか頭の中のバージョンアップができない。

「そもそもなんでこういう間違いが起こったのか」という「どうして」を教えないで、「ほら、ここをクリックしなきゃだめですよ」みたいな教え方をしている。そのへんも、問題があると思います。

それから、持っているデジタル機器ですけれども、この頃、日本では若い人もパソコンを持っていない人が非常に多いですけれども、年寄りも(パソコンを持たず)スマートフォンを持っている人が多いですね。

ところがエストニアでは、自前のパソコン、自分用のパソコンを持っている人、それから共有して家族と一緒に使っている人、父ちゃんが出かけているときに母ちゃんが使うというのもありなんですけれども、パソコンを持っている人が多い。

(エストニアには)スマホ・ガラケー・タブレットというような機器を何も持たないというような人ももちろんいるわけですけれども、たいていの人はパソコンを使っているんです。もちろん電子政府を使うにはパソコンは必要なのです。

スマートフォンでも部分的には使えますが、何か特別なSIMを入れなきゃいけないらしいです。だけれども、それはあくまでも家にいるときじゃなくて、お出かけしているとき、出先で何かをチェックするときに使うんです。

それでパソコンであるか、スマホであるかということは、私はずいぶん違うと思ったんです。日本ではあまりそういう考え方はないですけれども、アメリカでは前の大統領のオバマさんが、子どもたちに「頼むから、君たちは情報の消費者じゃなくて、情報の生産者になってほしい」と言いました。アプリを作るのもそうだし、YouTubeで何かを発信するのもそう。要するに「情報を提供する側に回ってほしい」ということを言われたそうです。

やっぱり私はそれにはパソコンが必要だと思うんです。スマホがあると、どうしてもいじくりまわしちゃいます。だから消費者になっちゃうんです。もちろんスマホだってアプリを作ろうと思えば作れるそうですし、YouTubeのアップもやればできるそうですけど、やっぱりいろんな意味で効率とかそういうのを考えたときに、パソコンのほうがいいのかなという気がします。そのへんのことがあります。

STEM教育への注力や自国のセキュリティへの信頼

もう1つは「おもしろい」と言うとおかしいですけれども、PISA(OECD生徒の学習到達度調査:Programme for International Student Assessment)ですね。つい先日、「国際学力コンテスト」のようなものの結果が出ていました。

中国がダントツでして、それから韓国とか日本とか、アジアの国の学力が優秀ということなんですけれども、エストニアはめざましい躍進をしてきたわけです。今いわゆる理数系の教育を中心にSTEM教育("Science, Technology, Engineering and Mathematics")をガンガンやっているということも、やっぱり1つの要因かなと思うんです。そんなことでした。

それで私は、もう1つにはやっぱり「安心」ということもあると思うんですよ。X-Roadはブロックチェーンと同じような原理を使っていると言われています。最初に安全なものを構築してもらっているという安心感というか、信頼度というのがある。

だけど、どこの国でもそうでしょうけど、今の日本は百鬼夜行(注:悪人らが時を得て勝手に振る舞うこと)の状態で、いろんなメールも、見るたびに眉唾物(注:真偽が疑わしいもの)です。うっかりすると、プロの人でも乗っかってダウンロードしそうになるとか、指が触れちゃっていつのまにかダウンロードしちゃうとか、そういうのがあります。やっぱりエストニアの場合は「自分の国でやっているものが安全なんだ」という確信があったりするんですね。

日本人でもエストニアのマイナンバーカードを持つことができる

あと、もう1つ気がついたことがあります。本で読んだりネットで調べたりいろいろして、そういうもの以外に、背景として、この国としての、この国ならではの発想があるんじゃないかと思いました。

気がついた点は2つあって、1つはe-Residency制度による仮想市民。要するに、私たち日本人でもエストニアのマイナンバーカードを持つことができるというものです。私も持ちました。

(スライドを指しながら)あとはもう1つ、真ん中の「データ大使館構想」というのがあるんです。国民の健康情報などの大事なデータがどこかになくなっちゃったら大変ですよね? そこで、もうすでにルクセンブルクにあるエストニアの大使館にデータを預けています。どこの国でも国交のある国に大使館を置いていますが、そこに何かの変事に備えて「エストニアの国民のデータ」に預けておくんです。もちろん海外からの攻撃に備えるということもあるでしょうが、日本に多い自然災害みたいなものに備えることも考えているのですね。

まず、私はエストニアの仮想市民になりました。申し込むのは簡単で、15分ぐらいでパスポートとクレジットカードがあればできます。けれども、受け取るのがけっこう大変でした。指紋なんかも10本指で採り、何度もやり直しをさせられました。写真も高感度カメラみたいな装置で写したりします。しっかり本人確認をやっているという感じがしました。

これを持つことで内側から電子政府を眺めることができるということで、私は持つことにしたんです。おもしろいですね。差し込むとそのままUSBに接続するカードリーダーみたいなものも一緒にくださって、それで、カシャンとやるとすぐに電気がパッとつきます。アクティベーション(注:正規のライセンスを保持していることを確認するために行われる認証処理)をすると、もう使える。そのへんもけっこう難しくなくて、使えるんです。

日本とエストニアのマイナンバーカードの違い

それから「えっ?」と思ったものがあります。日本のマイナンバーカードというのは、自分の番号を見せちゃいけないとか、すごく厳重です。だけどここの場合は違います。(スライドに写したカードを指しながら)ここに「4」って書いてあるのが、ジェンダーです。私は一応女なので……一応じゃないですね。完璧に女です。続く「350419」が、生年月日(1935年4月19日)ですね。その次の数字は、受付番号みたいなものらしいです。

もしも私が落っことしていて名前がわからなくても、拾ったら「女で1935年生まれ」と言われたら、たぶんここにいらっしゃる方では私ぐらいしかいない。このカードを拾っただけで、「これ、マーチャンのじゃない?」って言われて、すぐわかる。そんなものです。このカードの番号をそんなに大事にするということはないみたいな気がしました。

(スライドを指しながら)申し込みをするときにおもしろいと思ったのが、「正当な理由」とかそういうのは、例えば「学術研究のため」とかいう「もっともらしい理屈」をつけなくても、だいたいやってもらえる(申請を受け付けてもらえる)みたいです。単なるEstonia Fanでもいいわけです。

今のここ(エストニアのe-Residency)の実態ですけれども、やっぱりフィンランドとかロシアとか近くの国の人が多いです。けれども、日本でも安倍(晋三)首相も持っておられるということです。かなりの人が持っています。

だけれども、年齢層で見た場合の中心は、やっぱり30歳未満、40歳未満、50歳未満で、60歳以上というのはすごく少ないです。だからおそらく84歳の女性というのは、エストニアのe-Residencyの中でも一番の高齢なんじゃないかと思いました。100歳にはなってないけど、ということです。

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