2024.10.01
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工藤勇一氏(以下、工藤):校則問題が出てきたので、校則問題について少しお話しします。校則問題の難しさは、なかなか校則問題で民主主義を学びづらい点ですね。つまり、基本的に民主主義は「みんなが自由に生きること」を尊重しようとしますよね。
そうすると、価値観や考え方も違うし、利害の対立も起きるから、みんなが自由に生きようとすればするほど当然対立が起きますよね。「俺はこれをやりたい」「これはやりたくない」も含めて、「これはやるべきだ」「いや、それはやっちゃいけないと思う」とか、いろんなことが起きますよね。
校則問題だと、例えば服装・頭髪に限ってもいいんですが、多くの学校のルールメイキングを「靴下はもっと自由にしませんか」「色を増やしませんか」とか、もうちょっと自由にしたいですよね。
女の子もズボンを履きたいですよね。「それを増やしましょうよ」みたいなことをやるわけですよ。結局それを決めていくためには、生徒総会にかけて多数決で決めていくみたいなことが起こるんですね。これはまったく民主主義ではないと思うんです。
苫野一徳氏(以下、苫野):まったくですね。
工藤:まったく民主主義ではないんですね。結局「マイノリティを切り捨てろ」と、大人の社会と同じようなことを真似しているだけです。
工藤:僕は麹町中学校でも、それから前の学校でもやったことがあるんですが、麹町中で全校生徒に1回聞いたことがあって。就任1年目には全校集会が毎週あったので、校長は全校に語ることができたんですね。
そのチャンスを逃さず、いつも子どもたちの価値観が揺らぐ話をしていたんです。必ず、今まで教員たちに習ってきたこととちょっとずれている話をするんですね。その中で、校則問題を1回取り上げたことがあります。
「学校の校則を厳しいと思う人、手挙げてごらん」と言ったら、ドワーっと8割ぐらいの手が挙がるんですよ。「これ、みんな見てごらん」と生徒たちに言いました。次に「学校の校則が甘いと思う人」と言うと、2割くらい手が挙がるんですよ。そうすると8割の生徒たちは「2割も手が挙がった」ということに驚くわけです。
でも子どもたちの中には、校則を厳しいと思っている子が8割がいて、数の度合いで、「みんな(校則が)厳しいと思っている」と感じたかもしれないけど、校則を甘いと思っている2割の子がいるのは驚きですよね。
つまり、全員が厳しいと思っているんだったら違う方向にすればいいんだけど、「甘い」と思っている子どもたちからも2割ぐらい手が挙がるんです。「校則を厳しいと思うんだったら、ちょっと甘くしようよ」と言って、みんなで「じゃあこういうのも許そうよ」と決めますよね。
これは実際にはやっていないんですが、しばらくしてもう1回同じことを聞くんですよ。「もう1回聞くと同じことが起こるんだよ」と、僕は麹町中の生徒たちに教えたんです。前の学校の時にみんなで校則を変えたんだけど、しばらくするとやっぱり忘れてしまって。「学校のルールが厳しいと思う人」と聞くと8割が手を挙げた。
苫野:(笑)。
工藤:「甘いと思う人」で、2割の手が挙がる。それだけのことです。
工藤:民主主義とは、みんな自由で生きたい。でも、人の自由を損ねない方向でみんなでルールを決めようとするなら、誰1人置き去りにしないようにして、多数決で決めるものではないとこの本にも書きました。
この本に書いた3つの視点でいうなら、感性、つまりデザイン性ですね。服装のデザイン性は感性じゃないですか。「私はセーラー服がいい」「僕は詰襟がいい」「僕はブレザーがいい」「こんな色がいい」というのは、みんな感性ですよね。
一人ひとりあまりにも感性が違うから、「こんなのにしたい」という感性をみんなで話し合ったら、みんながOKなのは「自由」しかないんです。
だから「自由にするか・しないか」の話し合いをするんだったらOKです。でも制服を変えたいと思うんだったら、「デザインは考えるのをやめようね」と言ったらみんながびっくりするわけですよ。デザインにこだわって服装を変えたいと言っているのに、校長は何を言っているんだと。
「いやいや。だってデザイン自由でいいと言ったら、民主的に考えたら私服もOKにするしかないじゃない。でも、制服を変えたいんでしょ」「変えたいんだったら、デザインを考えるのはやめて。最上位に据えるのは経済性と機能性だけだよ」と言ったんですね。
こうなったら、ようやく話し合いができるんですね。だって、全員がOKな方向に向けた経済性はきっと折り合いがつくだろうし、できるだけ安ければいいんですからね。機能性でいうと、誰も着づらくないとか、アレルギーにならないとか、苦しくならないとか、人にとって優しいことを考えるんだったらこれもできそうだと。
でもデザインを入れた途端に、校則問題はもう語れないんですよ。このことに気がつかないといけないんですね。この研究を子どもたちと保護者がしていった間に「経済的で機能的なのは『自由』ではないか」と気がつくわけですよ。
工藤:結局、自由を選んだほうが経済的にも機能的にも安いものを選べるし、そのほうがいいのではないかと気がつくんだけど、民度が成熟していないために子どもたちは実験をしてみないと気がつかないわけですよ。「じゃあ夏に私服でやってみよう」と言ったら、大評判だった。
半袖短パンで、女の子もキュロットを履いたりして自由に服を選んで登校した。お母さんも大喜びですよ。アイロンをかけなくていいし、安いし、気軽だし。子どもたちも校長室に来て「先生、やっぱり自由が一番でしょ」と、みんな言うわけですよ。
「いやいや。冬にもう1回実験をしてみなよ」「冬でも1ヶ月ぐらい実験してみて、本当に私服がいいかやってごらん」と言ったら、初日は8割ぐらい私服だらけだったんですね。「今日から私服OK」となったら、みんないろんな服装を着て来たんですよ。
それでも制服は(最初は)2割ぐらいだと思うんですが、だんだん制服に戻っていくんですね。その上、学校にクレームの電話が来るわけですよ。「うちの子がセンスがダサイと傷つけられた」とか、そんなもの知ったことではないんですけど(笑)。
苫野:(笑)。
工藤:「保護者と子どもたちで『自分たちで実験する』と決めたんだから、これは実験じゃないですか」と言うんですが、当事者意識がないから学校に「なんとかしてくれ」と言うんです。
工藤:(私服登校を)やっていくと、子どもたちがどんどん制服になっていく。それはそうですよね。重ね着が必要だから服を買わなければならず、経済的ではない。さらに、朝忙しい中でいろんなコーディネートをしないといけない。
じゃあ制服がいいのかというと、それでも私服を楽しんでいる子どもたちがいて、2割ぐらいずっと残っていったんですね。子どもたちも保護者も「そうか、制服って便利だ」と気がついたんですよ。やはり安上がりかもしれないし、機能的で経済的。じゃあ、そういう制服を作ればいいんだと。
だから、デザインよりも機能的で経済的で、それも汎用性があって、学校だけではなくてどこかで着てもいいし、みんなが簡単に選べるものがあることは自分たちにとってもすごく楽だね、ということになった。
「でも、私服を認めればいいじゃない」という発想になって、私服も認めた上に制服も決めようというおもしろい結果を作ったわけですよ。このプロセスがまさに民主主義で、アンケートは取りましたが、多数決は1回も取っていないんです。
工藤:でも僕も「アンケートの得票数で決めるな」と言って、徹底して話し合って、誰1人置き去りにしないでくださいと言ったら、結果的に3年かかったんですよ。自分たちの後輩のために制服のルールを作って、みんな卒業していったんです。
苫野:(新しい制服のルールが)決まった時には自分たちがいないとわかっているけど、それも納得の上ですもんね。
工藤:そうそう。初めからそう言いました。「これは時間がかかるよ。でもやるかい?」と聞いたら「やりたい」と言うから、じゃあやろうと。彼らはものすごく良い勉強をしました。「民主主義とはこういうことだ」と知ったんですね。
苫野:本当にそこですよね。今おっしゃっていただいたのは、民主主義的に対話をして合意形成をしていくこと。校則や制服という超難問でも、みんなが納得するようなかたちで合意形成できた本当にすばらしい実例だと思うんですが、だからこそですよね。
ぜひ多くの方に今のような実例を、その時の工藤さんの考え方を、あるいは子どもたちと共有された考え方をインストールしていただきたい。
さっきも言ったとおり、私たちは方法論のほうにばかりすぐ目がいってしまうので。校則や制服の見直しだって、「やっぱり性別は関係のない制服にすべきなんでしょうか?」「やっぱり靴下はもうちょっと自由でいいんでしょうか?」とか、方法にばかり目がいってしまうわけです。
けれども、大事なのは、何のために・どんな校則や制服ならいいんだろうかという最上位を、常にみんなで考えて合意することなんですね。
工藤:そうですね。
工藤:今の話に加えると、基本的にフランスでは制服が自由な公立学校が多いらしいんですよ。でも、1つだけやってはいけないことがあるんですね。BS2に鴻上尚史さんがやっている『COOL JAPAN』という番組があって、そこにフランスとかいろんな外国の方がいて、制服問題になった時にフランスの方が言ったんですよね。
基本的にフランスは自由で、金髪だろうがなんだろうがそれは当然なわけですよね。もともと金髪の子もいるし、服装も全部自由なわけです。けれど唯一、宗教的なものを身につけることはやってはいけない。
苫野:フランスで徹底されているライシテ(政教分離)ですね。
工藤:つまり、十字架とかヒジャブなんかも含めて、宗教のことがわかるものを付けてはいけない。なぜ、子どもたちにとても良く民主主義を教えられる国が、その自由はないのか。より平和であるために、宗教を持ってこないことを優先したのは、僕らにはわからないけど、彼らなりの文化で得たものだと思うんですよね。
苫野:フランスは本当に政教分離が徹底していますよね。そこはやはり、長い長い、それこそ宗教戦争等の歴史を通して得た知恵です。
苫野:そういう意味では、私たちはいろんな文化を背負っているので、一言で民主主義社会と言っても、その内実が国によって違うのは当然です。
でも、「対話を通した最上位目標の合意」ということの大事さは、どんな国であっても文化であっても、民主主義社会においては変わることがありません。
「やはり工藤さんは哲学者ですよね」という話を、本の中にも書いたんです。ちょっと難しいかもしれませんが、私はいつも「哲学とは、本質洞察に基づく原理の提示である」という言い方をしています。
物事の本質ですね。それを徹底的に洞察して、みんなが合意できる本質を目指すことができれば、「じゃあどうすればいいか」という原理や考え方をちゃんと一緒に考えあっていくことができる。
工藤さんがおっしゃっているアプローチと、哲学の考えてきたアプローチはまったく一緒です。特に教育はそれがないと、信念、というよりもほとんど趣味の次元で対立が起こってしまう。
「これは好きだ」「これは嫌いだ」「お前のやり方が気に食わない」「制服はこういうものでないと認めない」「合唱コンクールはやるのが当然」とか、それぞれがそれぞれの背負ってきた主義主張、趣味で語ってしまうんです。
そんな時はいったん抽象度を上げて、「それってそもそも何のためだっけ?」と、より本質的なところを問うて、合意して、そこから議論をする。そういう対話の文化、仕組み、経験を、学校の中にしっかりとインストールしていきましょうねという点が、今回の私たちの本の肝なのかなという感じがしますね。
工藤:そうですね。
工藤:木村泰子さんがとっても重要な言葉を言っているんですが、彼女の言葉を借りると「人権という言葉を使わずに人権を説明しなさい」。これが教員に足りないんだと思いますね。
だから、「民主主義という言葉を使わずに民主主義を説明しなさい」と言った時に、「多数決を使わないのが望ましいですよね」とか、置き換える言葉をどれだけ持っているか。もし民主主義が「みんなで決めたことをみんなで守ろう」という考え方だったら、とんでもない話なわけです。ぜんぜん違うんですよね。
苫野:工藤さんも木村泰子さんも、お話ししていて「なんて哲学者なんだ」といつも思います。まさにそうやって「本質を言葉にできる?」と、常に問うているんだなと思います。
本(子どもたちに民主主義を教えよう)の中でも紹介しましたが、一般的なリーダーはいつもHowばかり考える。「どうやったらいいんだろう」と考えて、右往左往してしまう。けれども優れた結果を出すリーダーは、常にやはりWhyを考える。
「何のため?」という本質の部分からものを考えることの重要性は、ある意味当たり前ですが、いろんなリーダー研究でも言われています。けれども、これはリーダーに限らずですよね。
学校をより民主主義的な場にしていくのであれば、Howばかり問うのではなくて、「これって何のためだっけ?」「本当に民主主義にかなうんだっけ?」「自由とその相互承認にかなうんだっけ?」とWhyを問う。「何のため?」「本質は?」と問う姿勢を癖にすることも、すごく大事だなと思いますね。
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