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Sansan 寺田社長に訊く、「起業家を育てる」(全4記事)

マーケットを調べ、ニーズを定量化して……は、ほぼやらない 時価総額約4,000億円企業、Sansanの事業の立ち上げ方

10月19日に開催されたログミー主催のイベントに、Sansan株式会社の代表取締役社長/CEOの寺田親弘氏が登壇。ログミー代表の川原崎晋裕がモデレーターを務め、クラウド名刺管理サービスの誕生の経緯や、学校がキャッチコピーを持つことの重要性を聞いています。

起業は、「プロダクトを作る能力」と「お金にする能力」の総合格闘技

川原崎晋裕氏(以下、川原崎):寺田さんの中では、同じ経営をやっていても起業家、事業家、経営者でタイプが分かれているような感じなんですかね。

寺田親弘氏(以下、寺田):そうですね。特に会社が始まって10年くらいの間は、色濃く出るかなと思いますね。創業した代表だったりその人たちがどういう志向かによって、会社の色も強く出てくるのかなという気がします。

川原崎:私は1981年生まれで、周りに起業家がいっぱいいるんですけれども。たぶんVCの環境とかが良くなってきた頃に、みんな創業している連中で。寺田さんの時と違って(笑)、私もそうなんですけど、「インターネットが好き」みたいな感じのタイプが多いんですよね。

寺田:あぁー、確かにね。それはありますね。「インターネットが好き」世代っていますよね。

川原崎:どっちかというと「プロダクト」寄りというか。なのでユーザー数をめっちゃ集めるのは得意だけど、「お金」にするのが超苦手。それで、我々より前の世代だとそれこそサイバーエージェントの藤田(晋)さんだったり、めっちゃギラギラしているタイプで、入りがけっこう違うなと思っていたんですけれども。

でも結局「プロダクトが好き、お金はわからない」だと結果が出ないですし。お金(にする能力)だけでも、少なくとも寺田さんの好きなタイプの経営者ではないということなので。全部持ち合わせたようなかたちなんですかね。

寺田:そうですね。やっぱり起業・事業・経営、どの言い方をとっても総合格闘技的なところはあるじゃないですか。だから、人間成長にとってはそれ(プロダクトを作る能力とお金にする能力の両方を身につける)がすごくいいよな、とは思います。どこか1つだけやっててもなかなかうまくいかないじゃないですか。

「お金なんてよくわかんない」と青臭いことを言っていても、だって給料払えないじゃん、という話になるし(笑)。ユーザーさんに対してサステナブルなサービスを作れないじゃん、という話にもなるし。逆に金、金と言っていたって誰もお金を払ってくれないわけだし。

自ずと総合格闘技になってくるので、タイプの違いはあれど結局同じ間尺で戦うというか、同じ間尺の同じルールの中でやっているという、シンプルな良さはありますよね。

川原崎:結局全部触らなきゃいけないってことですね(笑)。

寺田:本当にそう思います。その弱いところをチームプレーで補うのも1つのやり方ですしね。そういう、本当に総合格闘技の総合格闘技みたいな(笑)。

川原崎:総合格闘技の総合格闘技(笑)。わかりました、ありがとうございます。

今のSansanは「マーケットイン」を志向しない

川原崎:今回、「起業家を育てる」というテーマなんですけれども。ふだんの仕事の中で、寺田さんが直接起業家を育てることはあんまりないかなと思っているんですけど。

寺田:そうですね、はい。

川原崎:起業してほしくはないんでしょうけど(笑)、社員に対して起業家マインドみたいなものを求めたり、あとは子会社を作らないのかな、とか。

寺田:そこは非常に矛盾しますよね(笑)。

川原崎:(笑)。出て行ってほしくないってことですか?

寺田:会社として見た時にはやっぱり優秀な人は残って、社内で活躍してほしいというのはすごく強くあるし。「辞める」って言ったら辞めないでほしいと思うやつは普通に止めますしね。ただ、「起業します」と言われると、「止めらんねぇな……」といつも思います(笑)。

川原崎:(笑)。

寺田:だから、その時はなかなか止められず送り出しますけど。じゃあ起業に類するものとして子会社を作って、そこの経営者としてやっていく話も、リクルートでもサイバーでもGMOでも、そういうやり方もあるし。あれはあれでいいんだと思うんですけど。

うちもそういう時期がくるのかもしれないですけど、今のところもうちょっとサービスドリブンというか。プロダクトドリブンでやっていった結果、会社が生まれてもいいし生まれなくてもいいし、という意識が強いかもしれないですね。

川原崎:ちょっと怒られちゃうかもしれないですけど(笑)、サイバーエージェントさんとかGMOさんの場合はマーケットごとに会社を作って、その分野でナンバーワンを取りに行くっていう。

既存マーケットに対して投資するというところで言うと、DMMさんとかもそういうイメージになりますし。デカいところにヤマを張ってドンといく、みたいな。子会社をたくさん作る、グループ企業群にするみたいな発想だと、どちらかというとそういう感じになるんですかね。

寺田:そうですね、やっぱりマーケットインになりますよね。クリプト(仮想通貨)がきそうだっていったらクリプトを初めに作っておくとか。ソシャゲがきそうだったらソシャゲの会社を作っておくとか。ビジネスとしては王道だと思うんですけど、結局会社をいっぱい作っていくことはそういう動きですよね。

そこにリソースを投じて、マーケットの伸びに対して一定のシェアを取っていく感じなので。経営として正しいと思うんですけど、うちが今そういうのを志向するかというと、ちょっと違うかなと思いますね。

マーケットの大きさばかりを気にしていたら、起業が難しくなる

川原崎:逆にマーケットインじゃなくて起業するって、めちゃくちゃ難しいイメージで、うちもそうでしたけど(笑)。「何から始めればいいの?」と思われる方がたぶん多い。

寺田:僕は新規のサービスを作る時もそうですけど、身近なペインとか、普通に空気感とか肌感でわかる何かを大事にしていますけどね。例えばSansanのクラウド名刺管理サービスも、別にマーケットがどうのこうのって話は……あとからいろんな人に説明するようには言いますけど。

「だって困るじゃん」みたいな感じ(笑)。クラウド請求書受領サービスのBill Oneもそうです、「だってそれ困ってるじゃん」みたいな。学校にしたって「こういうのあったほうがいいじゃん」ぐらいシンプルで。それって意外に、僕がパッションで押し切っているのもあるかもしれないですけど、あんまり反論できないですよね。「そうだな」って話じゃないですか(笑)。

「名刺はデジタル管理して、人脈として共有したほうがいいじゃん」。わかったふうな人が「それってマーケットあるのか」とか言う会話ってよくあるんですけど、僕はぜんぜんピンとこなくて。「だって困ってて、それを解決できるものを作ったらみんな使うじゃん」みたいな(笑)。

最近、若い起業家の多くがTAM(​​獲得可能な最大市場規模)とか、マーケットの大きさみたいなことを日常会話的に言うようになって。すごい進化だなと思う一方で、そのへんだけだとそもそも立ち上がらないんじゃないの、と思うこともいっぱいありますよね。

川原崎:そういうタイプが親会社の経営者でよかったです(笑)。

寺田:(笑)。

川原崎:「強みを分析しろ」とか言われたら本当にお手上げになってしまうので、やらなきゃいけないんですけど(笑)。

寺田:別にツールとしてやるぶんにはいいと思うんですけどね。僕らとか何人かで地域情報を作っていて、「これってどのくらい奥行きあるのかな、じゃあちょっとせーので考えてみっか」「せーの、100億!」「あ、そんぐらいかね!」とか、そんな感じですよ(笑)。

川原崎:本当にそうなんですか(笑)。

マーケットを調べ、ニーズを定量化して……は、ほぼやらない

寺田:フェルミ推定(正確に把握することが難しい数値を、論理的に概算するもの)みたいなものじゃないですか。「どうやってやったの?」「このぐらい掛けて」「俺もこうやって掛けたな、似たようなもんだな」みたいな。よくマーケットリサーチしてニーズを捉えて、それを定量化して……みたいなのは我々はほぼやらないですね。

川原崎:取締役の塩見(賢治)さんがおっしゃっていましたけど、名刺が嫌いな人間なんて世の中にそんなにいないと思っていたら、寺田さんが「世の中から紙の名刺をなくそう」と言うのでけっこうびっくりしたっていう(笑)。

寺田:(笑)。そんなことも言ったかもしれないですね。人と人の出会いをとらえるとか、名刺が持っているものは好きなんですね。でも紙のままだと、「なんだっけ、これ」みたいな。創業の頃は、「ちょっと冷静に考えてよ」と人を口説いてましたね。「名刺は、世界中で年間100億枚流通するって言われてるんだよ」と。今言っちゃいけないけど、そう言い出したの僕なんですけどね。だいたいそのぐらいかなと思って……(笑)。

川原崎:(笑)。

寺田:「100億人の人と人の出会いだよ。それが記録されている紙なんだよ」と。みたいな大きな話もあるし、「しかも溜まってんじゃん!」みたいな。さっきの学校の話でいったら「だってデザインとテクノロジーの両方が使えたら、モノ作れるじゃん!」「確かにな」みたいな感じじゃないですか。僕は良いか悪いかというより、そういうシンプルなものが好きですね。

川原崎:なるほど。最初は「名刺が不便だからデジタル化しよう」に集中されていたんですけど、抽象化していって「これは紙と紙の交換じゃなくて出会いの記録である」と。要はビジネスデータの蓄積があればやっていける、そこからマッチングだけじゃなくていろんなビジネスに派生していける、みたいな。その抽象化的なところとか、それこそデザインだと思うんですけど。

寺田:そうですね、うん。

川原崎:身近なところから始めても結局、そういう未来を描けるかどうかが……。

寺田:おっしゃるとおり、それはそうだと思いますね。そのへんは僕は見よう見まねである程度できたから今があるとは思うんですけど、これも教えられると思っています。身近なところと、それをスケールさせていくとか、大きなビジョンを宿していくところも、訓練である程度できると思いますけどね。

川原崎:デザインもそうなんですけど、私は抽象化が一番難しいと思っていまして。

寺田:この学校も自分がやっていることもすべて、ある種仮説なのでやってみなきゃわからないですけど……。

慶應SFCの創設30年記念イベントで気づいた、言葉を共有することの重要性

寺田:あとは言葉の力ってけっこう効くなと思っています。

僕は慶應SFCの卒業なんですよね。この話ちょっと寄り道しちゃいますけど、今年30周年でこの間オンラインでイベントがあって。教育って30年ぐらいして、ようやく社会的にそれなりに意味があった場所だなと思ったんですね。

川原崎:学校ってことですか。

寺田:そう、SFCができて30年経って、卒業生がそれなりに活躍していて。「あのSFCという仕組みには意味があったよね」という感じに長い時間をかけてなるんだなと思ったんですけど。今言いたかったのはそこよりも、卒業生の仲間とかに「SFCといえば?」と聞くと、みんな「未来からの留学生」って言うんですよ。

川原崎:「未来からの留学生」?

寺田:「未来からの留学生」、これが当時のキャッチコピーだったんですね。みんなそれを覚えているんですよ。だから意識しているかしていないかは抜きにして、この「未来からの留学生」って言葉をたぶんどこかで意識しながら生きているんですよね。だから「モノをつくる力で、コトを起こす人」って100万回聞かされたら、みんなそうなるんじゃないかなっていう……(笑)。

川原崎:(笑)。刷り込み的な。

寺田:そういうのはけっこうあるかなと思いますけどね。

川原崎:確かに、言葉の力は強いですよね。

寺田:強いですよね。だから「俺たちはモノをつくる力でコトを起こすんだ」「私たちはそうするんだ」と思って5年過ごしてもらったら。教育として知識や何かを教えていくことの完成度はどんなものかわからないですけど、その言葉がきっと自分たちの人生の1つの目指すべき道しるべにはなると思うんですよね。(学生は)それを見ながら入ってくるわけですし、そうなってほしいなと。それ自体に何か教育的な意味があるのかなとは思いますけどね。

他の経営者からの相談に向き合うことが、自身の成長になる

川原崎:これもちょっと今日聞いておきたかったんですけど。ふだんお仕事をされている中で、起業家を育成する機会があるとしたら子会社の投資先がわかりやすいかなと思って。

最近ではUniposさんへの出資だったり、他にも複数社、ステルスも含めて会社として投資をされている。投資先の企業に対してふだんのコミュニケーションであったり、何か育成みたいなものを意識されているのかどうかをお聞きしておきたかったんですけど。

寺田:さっきの話じゃないですけど、あんまり意識してないかもしれないですね(笑)。ただイシューとかコト、コトっていうのも小さい意味でのできごとに対して一緒に解決したり、そこに対して僕なりの意見とか考えを乗せていくのはいつもやっていますし。お互い経営者なので、そういうものでしか成長はないんだろうなと思っていたりはしますね。

あと仮に例えば僕が親会社の社長で、川原崎さんが子会社の社長だとした時に、だからといって僕が川原崎さんに対して「君を育成しよう」みたいなのって何か違うかなと思っているんですよね。僕にそんな能力があるんだっけな、と思っちゃうし。

川原崎:確かにいつも世間話で終わっちゃって申し訳ないなと思いつつ、あんまり細かいことを相談してもなと遠慮する気持ちも正直ありますし。

寺田:ぜんぜん、相談していただけることは何でも相談してもらえれば。僕なりに一緒に考えますけど。でもそれが一番、問題とか課題に向き合っている状態で、一緒に考えたり自分なりに意見を言っていくことでしか、経営者の成長は最終的にはないのかなと思うんですけどね。

川原崎:確かに、それはすごく感じます。

寺田:すみません、もうちょっと僕が育成能力とか高いほうがいいのかもしれないですけど(笑)。

川原崎:いやいや(笑)。私の友人とかも会社を100パーセント売却したような人とか、めちゃくちゃ多いんですけど。その先でうまくいった例をあんまり見たことがなくて。みんな2年したらロックアップ(M&A後に、売り手側の経営陣が一定期間は会社の経営に携わることを義務付ける期間)が切れてやめちゃうんですよね。それは悪循環だなと思っていて。

グループに入った時に、「これだけやれ」みたいにガッと強制されるのもイヤだし、「何をやっててもいいよ」と言われてもそれはそれで困るし。そのへんの子会社のマネジメントだったりグループ会社のマネジメントって、すごく難しいんだろうなって。

寺田:僕らも手探りで、正直ぜんぜんわからないですけどね。

川原崎:もともと自分で起業した、多少なりクセのある人たちを集めて……。

寺田:力のある人たちだなと、本当に思います。何がベストかはわからないですけど、ただこうやって話したりすると普通に刺激にはなりますね。そういうのは大事にしたいなと思います。

メッセージは、「起業してください」

川原崎:何かを作る工程だったり、成功体験じゃないと結局成長しないから。カリキュラムを組んで育成するようなのは本当に学生の時に……。

寺田:そうですね。僕は極端に考えすぎるので。もちろん研修とかの力って大事だし、学校なんかはそれそのものなので、そこでできることもあると思います。対経営者と言われるとそことはちょっと違う次元で。一方で、矛盾するようですけど、教育にできることはもっとあるというのは信じていることでもあるので。

川原崎:逆に今、起業家と話すことで寺田さん自身にも成長体験をもたらせたらいいってことですよね。

寺田:おっしゃるとおりですね、僕が刺激をもらいたいといつも思っていますからね。

川原崎:ちょっとそこは心を改めて接するようにします(笑)。

寺田:いやいや(笑)。いつも楽しくやらせてもらっています。

川原崎:ではそろそろお時間になりましたので。寺田さんにちょっと怒られるかもしれないんですけど……どっちに言いますかね。起業してけっこう困ってる方もいらっしゃると思いますし、これから起業しようとしてる方がたぶん、こちらを見ていただいてると思うんですけれども。メッセージ的なものを……(笑)。

寺田:メッセージ的なやつですか(笑)。そうですね……起業しないリスクのほうが高い状況って、いっぱいあるなと思います。なのでもし何か考えているんだったら、やったほうが絶対いいよと。

本当にフェアに見たら「しないことのリスク」、オポチュニティコスト(機会コスト)は意外に高いぞというのは、よく言われることだし。もしメッセージとして意味があるとしたらその一言かなと思ったので、「起業してください」と(笑)。

川原崎:(笑)。起業したほうがリスクは低い。幸せになれる期待値が高いと、私もそう思います。ということで1時間にわたってお送りいたしましたが、寺田さん、本日はありがとうございました。

寺田:ありがとうございました、楽しかったです。

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