本企画、「キャリアをピボットした人の哲学」では、インタビュイーにこれまでの人生を折れ線グラフで振り返っていただき、その人の仕事観や人生観を深掘りしていきます。
今回は、
『記憶に残る人になる トップ営業がやっている本物の信頼を得る12のルール』著者の福島靖氏に、今までの人生を振り返っていただきました。本記事では、営業のテクニックよりも大事な「あり方」や、売り込む自分に嫌気が差したら見直したいことについてお伝えします。
30歳でリッツ・カールトンを退職しパイロットを目指す
——前回、福島さんのあり方を形作ったリッツ・カールトンでのご経験についておうかがいしました。30歳でホテルを退職しパイロットを目指されましたが、なぜこのご決断をされたのでしょうか?
福島靖氏(以下、福島):僕はずっと平社員だったんですが、ある時、上司から「福島、もう5年目だぞ。さすがにちょっと今後のことを考えないといけないんじゃないか? 選択肢を2つ与えるから選んでみなさい」と言われたんですね。
1つは、僕がいたザ・リッツ・カールトン東京でスーパーバイザーになって、アシスタントマネージャーになって、と出世していく道。もう1つは、当時は世界63ヶ所くらいに拠点があったので、例えばシンガポールのリッツ・カールトンに行って、その後はカリフォルニアに行ったりして、いろんなホテルに行きながら出世をして箔をつけていくか、「どっちがいい?」と言われたんです。
僕はリッツ・カールトンに入社して半年後くらいに、上司から「君はどうありたいんだ?」と言われて以来、「お客さまを喜ばせたい。じゃあ、何のために?」とか、自分のあり方をどんどん掘り下げて考えて、抽象的な視点をすごく持てるようになっていました。そういうところから考えると、「ホテル or ホテル」というめちゃくちゃ具体的な選択肢に疑問を持ったんですよ。
もうちょっと視座が高くなっていたので、瞬間的に「ホテルで得た知識や能力をホテルの中で使って終わるんだろうか。両方おもしろくない」と思いました。それだったら、ここで培ったホスピタリティの力を、他の業界で使ってみたいと思ったんです。
そこで「一見ホスピタリティ業界っぽいけれども、ぜんぜん浸透していない職業って何だろう?」と考えた時に、たまたま僕が好きだった飛行機のパイロットが思い浮かんだんですね。世界で最初の“ホスピタリティ・パイロット”になってやろうと思って、ホテルを辞めたという経緯でした。
ただの「経験」はその業界でしか使えない
——リッツ・カールトンで昇進していく道ではなく、まったく異なる業界を選ぶという思い切った選択をされますが、どんな判断軸を持っていたのでしょうか?
福島:おそらく当時の僕は、今までの経験をある程度ノウハウ化していたんですよ。例えば「ホスピタリティが好き」とか「リッツ・カールトンで働きました」とか「ディズニーで働きました」という方の中には、すごい経験を持った方もいらっしゃると思うんですけど。
(ノウハウ化していないただの)経験は(再現性がなく)、その場所でしか使えないと僕は思っています。なのでホテルで働いた経験は、ホテルや飲食業では役立つと思うけれど、営業で直接活かせるかというと、活かせないと思います。
僕の場合、「リッツ・カールトンで働いて何を学んだんだろう?」と考えた時に、あり方を学びましたと。じゃあ今度は、「あり方って何なんだろう?」「どうやってアプローチしたら手に入るんだろう?」「どうったらそれを社員に浸透させられるんだろう?」と考える過程で、自分の中の経験を完全にノウハウとして蓄積していたんですよね。
例えば「人当たりが良い」というのは、ふんわりとしていて根拠がないですよね。けれども、「どうやったら人当たりの良さを手に入れられたのか」がノウハウ化できている人は、ほかの業界にも持っていける。これが経験をノウハウ化させる大きなメリットだと思っています。
僕がピボットできた最大の理由でもあるんですけど、僕は経験を言語化していたので、ホテル以外でも(能力を)使える確信があったんですよね。
なので、ホテルや飲食業界以外で働いたことがないくせに、その能力をほかの業界で使ってみたいと思ったんです。それから、僕はもともと「リッツ・カールトンで働きたい」と思って入社したので、ホテル自体にすごく関心があるわけではないというのもあったのかもしれませんね。
アメリカン・エキスプレスに入社するも成績は最下位
——なるほど。その後リッツ・カールトンを退職され、パイロットの養成学校に入学されますが、身体的な理由でパイロットの夢を諦めたと拝見しました。そして、31歳の時にアメリカン・エキスプレスに入社されます。営業というまったく異なる業界ですが、当時はどんな状況でしたか?
福島:そうですね。やはり想像すらできなかったぐらい、もうひたすらノルマに支配されていましたね。2014年の7月に入社した当初は成績が最下位だったので、どうにか成績をあげるべく、いろいろな営業の本を読んだのですが、どの本もだいたい2つのことが書かれていました。
1つが、「売れている先輩の真似をしろ」ということです。なんだ、簡単じゃないかと思いました。たまたま同じチームにいた先輩が売上断トツNo.1の方で、元サラ金のエリアマネージャーという筋金入りの営業マンだったんです。
彼のしぐさを真似したり営業にも同行して、「こんなしゃべり方をするのか」「こんなクロージングをするんだ」ということを学んでいきました。
お客さまに「紹介してください」と言えなかった理由
福島:それをどんどんお客さまに実践しているうちに、だんだん成績が上がってきました。半年後には、成績最下位から中の中くらいになれたんですね。毎日成績のグラフが配信されるような会社だったので、自己肯定感も上がりますし、お給料も上がるわけなんですけど、一方で僕の心には隙間風が吹いていました。
「成績が上がっているのに、なぜ僕の心は満たされないんだろう」と思いながら年末を迎えた頃、本に書かれていたもう1つの方法を試したいと思うようになりました。
それが紹介営業だったんです。当時僕が通っていた書店には、『かばんはハンカチの上に置きなさいートップ営業がやっている小さなルール』とか、保険営業のようなフルコミッションの方の本が多かったので、必然的に紹介営業が載っていたんだと思います。
その本には、紹介営業のやり方として「『紹介してください』と言ってみてください」と書いてありました。なるほどと思って、当時の僕の70人ぐらいの契約者の方のExcelのリストを作りました。それで、年末のご挨拶と一緒に、電話で「ところで紹介営業を始めるので紹介してください」と言おうと決めました。
でも、結果的には確か2〜3名にしか電話できなかったんですよ。残りの67〜68名が不在だったのかというとそうではなくて、そもそも電話をかけられなかったんですね。
いわゆるメンタルブロックです。「あれ? なんで言えなかったんだろう?」と、逆に電話できた人の共通点を考えると、事前に何か問い合わせをもらっていた人でした。それに回答するついでに「紹介してください」と言えたということなんですね。
つまり、僕はずっと「契約が欲しい」としか考えていなかったので、契約が終わった後にお客さまのフォローをまったくしていなかったんですよ。それなのに、いきなり「紹介してください」なんて言えなかったんですよね。
「本当におもしろくない人だ」と言われて気づいたこと
——このことがきっかけで、それまでの仕事のやり方を振り返ることができたんですね。
福島:はい。「紹介してください」と言えない自分に気づいた時に、数ヶ月前にたまたま保険会社の支社長さんとランチをした時のことを思い出したんです。その方に「福島さんの仕事って何ですか?」と聞かれて、僕は「法人カードの営業をやっています」と答えました。
「本当にそれが福島さんの仕事なんですか?」と言われたので、「そうですよ。名刺にも書いているじゃないですか」と言ったら、その方が「福島さんは本当におもしろくない人だ」と言って、パッと食事を終えて帰っちゃったんですよ。
たぶんその人はきっと、もっと仕事の目的とかビジョンとかエモーショナルな話をしていたんだと思うんですけど、当時の僕はそこまで思い至らなかった。その時の記憶がよみがえってきて、「あれ、僕の仕事って何だろう?」と考えるようになりました。でも、そうやって法人カードの営業で契約をしないとお給料をもらえないですよね。
「じゃあ、お客さまの目的って何なのかな?」と考えてみたんですよ。そうした時に、「法人カードを作りたくて会社を興した人は1人もいない」という、超当たり前のことにようやく気づいたんですよね。
今までの僕は、「契約」を目的にしていたので、当然契約が取れた後はフォローしない。契約したお客さまは70人くらいいましたが、後ろを振り返ってみたら(契約後も付き合いのある)お客さまは0人だったんですよね。
四半期ごとの成績だったので、これを毎回繰り返していったら、いくら成績が積み上がっても、また四半期でゼロに戻ってしまう。成績もお客さまもすべてゼロにリセットされていく人生だと考えた時に、こんなむなしいことを続けるのかと思って愕然としました。
だったら1回、今のやり方を捨ててみたいと思って、もう1回、リッツ・カールトンで昔言われた、自分の「あり方」(を重視するようになりました)。
お客さまに営業トークをする自分が嫌いだった
福島:よく「アメックスとほかのカードの違いは何ですか?」と聞かれていたんですけど、正直サービスや限度額は大差ないんです。そうした時に、例えば、「コールセンターが自社採用しているのでクオリティが高いんです」というふうにお客さまにトークしていたわけです。
でも本当は大した差じゃないとわかりながら言っているので、そんな自分も嫌いだったんですよね。なので、「アメックスってどういう会社なのか?」「アメックスのあり方って何なのか?」と自分なりに考えてみようと思ったんです。
大晦日に始発で会社に行って、朝6時くらいから5〜6時間考えたんですが、もうまったく出てこないと。僕は当時入社して半年でしたが、アメックスはもう160年以上の歴史があるので、これはちょっと壮大すぎたなと思いました(笑)。
そこでもうちょっとボトムを落として、「僕はどんな営業でありたいんだろう?」と考えたんですよ。でもこれも5〜6時間考えてもまったく出てこなかったんです。
じゃあ、最終的に職業も会社も全部取っ払って、「福島という一人の人間としてどうありたいんだろう?」と考えてみたんですよね。そうしたら5分くらいで答えが出てたんです。僕はどんな会社でどんな仕事をしていても、目の前の1人の記憶に残る人でありたいなと思ったんですよ。
成果アップの秘訣はリッツ・カールトンでの学び
福島:その瞬間にざわざわっと寒気がしたのですが、それはその時に考えた言葉じゃなかったからなんですよね。もう6年前くらいに、リッツ・カールトンで上司から自分の「あり方」を聞かれて、必死に考えて出した答えだったんですよ。
「なぜ業界も職業も商材も違うのに、まったく同じことを考えているんだろう?」と考えた時に、パッとオフィスを見渡したら、壁紙やホワイトボードや蛍光灯が目に入りました。
世の中にあるものは、自然のものと人工でできたものの2種類なんですよね。「じゃあ、この人工でできているものって誰のためにあるのかな? 誰が最終的に買うのかな?」と考えたら、「全部、人で決まるんだな」と気づいたんですよね。
その時に、「すべての仕事がサービス業なんだ」と初めて腑に落ちました。僕は今まで、業界や職業、商品が違うだけで、ゼロから考えないといけないと思っていたけれども、本当はそんなことなかったんだと気づいたんです。
具体的な営業のテクニックばっかりに目が行っていたんですが、もう1回リッツ・カールトンの時みたいに抽象的な視点を持った時に、「そうだ、僕はお客さまを喜ばせることを、ただひたすらやってみたらいいんじゃないか?」と思えたんですよ。それが、(アメックスで成果を上げられた)大きなきっかけでしたね。
——最初はまったく成果が出せなかったところから、努力してテクニックを身につけられたけれども、ご自分の中での葛藤があったということですね。
それから、リッツ・カールトン時代に大事にしていた「記憶に残る人になる」ということを一番の軸に置いて営業をされるようになって、さらに成果が上がっていったんですね。テクニックではなく「あり方」を大事にするというのは、どんな仕事にも通ずる考え方だと思いました。