2024.10.10
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経営者、事業責任者、マーケターからPRパーソン、デザイナーまで、業界業種を問わず、企画職の誰もが頭を悩ます「ブランディング」をテーマに、じっくり向き合う音声番組『本音茶会じっくりブランディング学』。今回のゲストは、スタジオジブリ作品『千と千尋の神隠し』『ハウルの動く城』などのプロデューサーを務めた、アニメーション映画プロデューサーの石井朋彦氏。第一部の後半となる本記事では、宮崎駿監督から学んだ「想像力を信じること」の大切さを語ります。 ■音声コンテンツはこちら
工藤拓真氏(以下、工藤):石井さんがどうやってアニメーション、あるいは映画に関わっていって、プロデューサーとして働いていくに至っているのか。その原動力や原泉になってたりするようなものって何なんだろう? というのをちょっと聞きたくて。
毎回ゲストの方に3冊、「あなたの仕事、ブランドを作るということに対して、かたち作ってるものを教えてください」とお願いしてるんですが、石井さんにもすばらしい3冊を選んでいただきました。
石井朋彦氏(以下、石井):はい。けっこう悩みましたね。
工藤:(笑)。
石井:僕も本が大好きなので。工藤さんほどじゃないですが、本の虫なので。
工藤:いやいや。
石井:ただ、やはり掘っていくと、昔読んだ本になってきますね。
工藤:ありがとうございます。その3冊をぜひご紹介いただければと思うんですが、タイトルをいただいていいですか?
石井:はい。今日お持ちしたのは、まずは芥川賞作家の開高健の『新しい天体』という本と、『ネバーエンディング・ストーリー』の原作者のミヒャエル・エンデの『モモ』。あとは、藤原新也さんという作家・写真家の『乳の海』。『印度放浪』や『東京漂流』が有名ですが、僕はこの『乳の海』という本にかなり大きな影響を受けたんですよね。
工藤:不勉強なから『乳の海』を読んだことなくて、それも含めて非常に魅力的なご紹介をいただいたなと思っています。
工藤:時系列というか、出会ってるタイミングとかは?
石井:『モモ』が一番、子どもの頃ですね。
工藤:まさに児童書として(読んでいた)。
石井:そうです。僕、ドイツで育ったんですよ。
工藤:そうなんですか。
石井:親父の仕事で2歳から5歳ぐらいまでドイツにいたんです。その頃に読んだわけではないですが、お袋が児童文学が大好きだったので、家中ファンタジー小説だらけだったんですよね。
工藤:なるほど。そこも、意図せずジブリにつながってるところというか。
石井:僕、ドイツにいた時に自分のことを「マルコ」(※『母をたずねて三千里』の主人公の名前)と言ってたんですって(笑)。
工藤:(笑)。
石井:マルコと同じ格好をして、キンダーガルテン(幼稚園)へ行っていたらしくて。その時は、高畑さん・宮崎さんが作ってるということは、うちの両親も知らないし。
工藤:知らないんですね(笑)。
石井:あと、おそらく間違いじゃなければ、アカデミー賞を受賞した時に聞いたんですが、ヨーロッパでは日本人が作ったというふうに放送されてないんですよね。
工藤:そうなんですか。
石井:『ハイジ』も、おそらくマルコも、外国人スタッフが作ったという体で放送されてるんですよ。
工藤:なるほど。日本(発の作品)だという感じにはなってない。
石井:そうそう。だから、当時の僕は向こうのアニメとして見ていたんでしょうけど、後々に「これが高畑さん・宮崎さんが作った作品なんだ」ということを知るわけですけどね。
工藤:すごい縁ですね。
工藤:数ある作品の中で、いろんな影響が今に至ってるとは思うんですが、その中でも『モモ』だというところは、いったい何があるんですか?
石井:まず、読んだことがない方のために簡単にお話しすると、時間泥棒というのがいて、ある日人々の時間を盗み始めるんですね。
工藤:灰色のね。
石井:そうです。「灰色の男たち」が。盗み方も巧妙で、「こうしたら効率的に働けますよ」「こうしたらもっとお金が貯まりますよ」「こうしてビジネスすれば得をする」とか。「自分の時間を奪う人はどんどん切っていき、自分に必要な人とだけ付き合いなさい」と言う灰色の男たちがその街に現れ始めると、だんだん人々の心がささくれ立っていく。
その中でモモという、浮浪児と言っていいんですかね。生まれも育ちもわからない、ただただ人の話を聞くことだけが得意な女の子。彼女が世の中が大きく変わってるってことに気づき始め、そして時間泥棒がこの世界を蝕もうとしていることに気づき、そこに立ち向かうという物語です。
子どもの時にはファンタジー本として読んで感動しましたし、20代、30代、40代で読んでも、「自分が置かれてる状況がこれだ」というふうに思ってしまう小説なわけですよ。
工藤:そうですね。
石井:言葉を選ばずに言えば、今この2024年ほど、ミヒャエル・エンデが警鐘を鳴らした「ヤバい時間泥棒」に蝕まれてる時代はないわけですよ。
工藤:ないですね(笑)。
工藤:ご紹介いただいてから、めちゃくちゃ久しぶりに読んだんですが。
石井:ヤバくないですか?
工藤:本当ですよ。「ビジネスニュース勢、全員刮目せよ」みたいな(笑)。
石井:(笑)。スマートフォンもそうだし、YouTubeもいろんなメディアもビジネスメディアも、もちろんみなさん正しいことをおっしゃってるんです。ただ、そこに巻き込まれてしまう自分のメンタリティそのものが、モモから見たらどうだろう? ということを常に問いかけてくれる本です。
だから工藤さん、「YAMAP」とかって『モモ』的なことだと思うんですよ。忙しい日常からちょっと離れて、自分の時間を取り戻そうと。
僕が最近写真を撮ったり、文章を書いたり、ラジオドラマの脚本をやったりしてるのも、傍から見ると「いろいろやってますね」なんですが、僕からすると深刻で。
いかに自分の時間を取り戻すかということが、残りの人生が47歳になって見えてきた時に必死になり始めた。「わかっていたのに、やっぱり俺は時間泥棒に時間を盗まれてた」と。その時間泥棒から時間を取り戻すために、残りの人生を使おうと思ってる感じですかね。
工藤:そうなんですね。傍から見ると映画のプロデュースのような仕事って、すごくクリエイティブな仕事で、業務というより創作があったりするように見えて。
「それは(時間が)逃げたりするものなんですか?」と、言われちゃったりすることもあるかなと思うんですが。今おっしゃってる「とらわれちゃっているもの」って、ご自身の中ではどういうところですか? 自分の純粋な創作活動と仕事に、何か差分があったりするんですか?
石井:差分がないように生きていきたいですね。
工藤:なるほど。意識しないと、そこに差が出ちゃったりとか。
石井:気づくと本が読めてないとか、今はそういう本がベストセラーですが、気づくと疲れてるとか、気づくと心を病んでるとかね。
工藤:なるほど。ということは、『モモ』は折を見て読み返してる。
石井:何十回読んだかわからないですね。
工藤:忙しくなったり、あるいは創作活動の中でも、創作活動と言いつつ壮大なルーティンみたいになっちゃっていたりとか。
石井:そうなんです。やはり映画って巨大なプロジェクトですから、作るのに3年、4年かかる中で、やることをこなしていきがちになるんですよ。『君たちはどう生きるか』という作品で、宮崎さんと3年半ぐらいずっとご一緒させていただく中で、やはり宮崎さんって非常にストイックな生活をされてる方なんです。
イチロー並みに、日々がルーティンワークに一瞬見えるんですね。ルーティンって言っちゃだめだな。自分のペースを崩さない。出社する、コーヒーを飲む、ちょっと雑談をする。席に着く、作画をする。ちょっと煮詰まったらスタジオの中を歩き回って、同じお弁当を食べ、また夜まで仕事をして、同じ時間に帰る。
極論だとそれを50年やり続けてきた人なので、そういう宮崎さんのほうが、逆に日々のちょっとした変化や新鮮な出来事に敏感なんですよ。
工藤:なるほど。おもしろい。
石井:僕らで言えば当たり前のことにも、目をキラキラさせながら食いついてくるし。宮崎さんの言葉が「ジブリの外で起きていることは、ジブリの中でも起きている」。
だから最近だとテレビも見ないし、新聞もほぼ読まないし、本も自分が手に取ったものだけを読む。でも、その半径3メートルぐらいの中のことに耳をすませていれば、世界で起きていることもわかるんだということなんですよね。
工藤:おもしろい。なるほど。そのルーティンの中で、例えば社員の方がちょっと変わったり、「10年前と比べたらこんな景色なかったな」みたいなことにパッと気づくと。
石井:そうですね。
石井:あと、宮崎さんってロケハンや映像にあまり頼りたがらない人です。例えば「あそこを見てみたい」「ここを見てみたい」と言うから、「じゃあ行きましょうよ」って言うわけですよね。
工藤:普通はそうですよね。
石井:普通だったらね。それこそ、ファーストクラスに10人ぐらいで乗り込むような監督なわけですよ。でも、「いや、俺は行かないからみんなで行ってきて。ただ、写真を撮ってきて。俺には1枚の写真でいいんだ」と。
工藤:へ?
石井:つまり、「その1枚の写真を見て、その外側に何があるかを想像して俺は描くから」。実際に『君たちはどう生きるか』の時も、本当に名もない、誰が撮ったかもわからない……昭和30年代ぐらいのどこかの街の写真をずっと見てるんですよ。あの作品の舞台は戦中なので(実際の時代は)もっと後なんですが。
工藤:それも、たまたま見つけた何かというか。
石井:どこかで見つけたんだと思いますね。「この建物の裏はどうなってると思う?」「ここを歩いてる人の服装、どう思う?」とか、1週間も2週間もずーっと同じ写真を見ながら想像している。
工藤:へぇー、おもしろい。
石井:だから、映像やロケハンで自分の目の前に立ち現れてしまうリアルよりも、限定された情報から広がる脳内メタバースのほうが、宮崎駿という人のイマジネーションの中ではずっと豊かなものが生まれるわけですよね。
工藤:むしろ情報量を少なくして、そこでばーっと広がる余白を持っていたほうが羽ばたくって感じですね。
石井:そうです。
石井:だから、僕の写真の先生は宮崎さんだと思っていて。宮崎さんの描くレイアウトというものを、僕ら制作進行は全カット見るんですよね。
工藤:そうですよね。
石井:しかも、アニメーターが描いたものを宮崎さんがどう直したかも見られるわけですよ。そうすると、どのレイアウトがかっこよくて、どこに人がいて、どういうものが映っていたらいいかということを、僕も何千枚と見てきたので、写真を撮る時に宮崎さんのレイアウトを探して撮ってるんですね。
工藤:それは最強すぎますね。世界一の構図と、赤ペン先生までセットで見てくれている。
石井:そうです。それがたぶん、僕が最近写真のお仕事をいろいろといただけてる理由なんです。要は、撮った写真に「物語がありますね」「撮った写真の外側が見たくなります」というふうに言っていただけるのは、まさに宮崎さんの教えです。
『モモ』からちょっと話が飛びましたが、いかにフレーム外を想像するかということを、宮崎さんは今もやられていて。あともう1つは『毛虫のボロ』というジブリ美術館の短編映画です。
工藤:見ました。
石井:あれは僕のよく知っているCGアニメーターが動員されて、宮崎さん初めてのCGと作画のハイブリッド作品なんです。CGって毛虫を1個作ったら、基本はそれを動かすわけですよ。
ところが宮崎さんの絵コンテは、カットによって毛虫の大きさがバラバラなんです。大きい時もあればポツンとちっちゃい時もある。だから極論だと、シーンごとに毛虫を作り直す必要があるぐらい、手で描くことによるバリエーションがあるんですね。
石井:あるアニメーターががんばって、葉っぱの上に毛虫が落ちて、葉っぱが「ぽわん」と柔らかくへこむカットを上げてきて、それを宮崎さんはとても喜んで褒めたんですよ。「これはいいじゃない」と。それで、みんなに「これが正解なんだ」と。
工藤:思いますよね(笑)。
石井:そう。それで、がんばってそれ以降のカットも同じことをやろうとすると、「それやめて」って止めるんです。「良い意味で手を抜きなさい」と。
工藤:手を抜く。
石井:つまり、アニメーションというのはもともと作り物なんです。だから最初の1カットでふわっとした感じを出せれば、そのあとはあえて手を抜いたほうが、見る人は「本当に毛虫がその葉っぱの上を歩いてる」というふうに見てくれるんです。
工藤:めちゃくちゃおもしろいですね。
石井:ところが全部リアルにやると、見てる人は作り物だということに気づいてしまうんですよ。僕、なるほどと思って『トトロ』を見直したら、トトロに最初に出会った時にメイちゃんが「ぽにょん」って跳ねるじゃないですか。
工藤:ありますね。
石井:あそこは本当に緻密に描いてあるんです。
工藤:そうですね。「柔らかそうだな」っていう。
石井:そのあとはけっこうさらっと描いてる。
工藤:そうなんだ! 見返してみたい(笑)。
石井:これは宮崎さん流の「見る人のイマジネーションを信じることがアニメーションであり、ものを作ることの根本である」という教えだと思うんですよね。
工藤:めちゃくちゃおもしろい。
石井:ミヒャエル・エンデの描く、人々がどんどん現実的になりリアリズムになり、イマジネーションを忘れてしまうと、生きている意味どころか……まさにエンデの代表作の『はてしない物語』というのは、人々が想像する力を忘れてしまったら、世界が虚無に飲み込まれていくという話じゃないですか。
だから宮崎さんがリアルにやっていることが、僕にとってはミヒャエル・エンデ作品の中に描かれているっていうリンクがある感じですかね。
工藤:めちゃくちゃおもしろいですね、ありがとうございます。だからこそ、よかれと思っていろいろ根詰めてやっていても、実はそれが想像力を阻害するものになってたりとか。そういうことが日常的にも起こっちゃうから、こうやって日々読み返すことに価値があるという。
石井:そうですね。もう爆笑したのがね、最近のテレビアニメはスーパー作画でオープニングとエンディングに全精力をかけるじゃないですか。
工藤:やりますね。
石井:宮崎さんにもその話をしたんです。そうしたら「なんてバカなことをするんだ。オープニングとエンディングでがんばったら、本編の手抜きがバレるだろう」って(笑)。
工藤:(笑)。
石井:「オープニングとエンディングというのは、ちょっと動きを描いたらそれを増やすだけでいいんですよ」と。
工藤:そう言われると、確かにそういう動きをしてますね(笑)。
石井:そうそう、『トトロ』とか。宮崎作品のオープニングって基本、素材の繰り返しなんです。「オープニング・エンディングなんて手抜きじゃないと、本編が引き立たないでしょう」っていう。これもなるほどなぁと思いましたね。
工藤:全体感でちゃんととらえると、「そこってそういう役割だよね」というのが(見えてくる)。
石井:つまり、どこで手を抜き、どこに力を入れるかということがクリエイティビティの本質であり、手を抜くというのは「楽をする」とか「クオリティを下げる」ではなくて、「見ている人・読者の想像力の力を信じなさい」という、とてもポジティブなもの。
工藤:おもしろい。だから、むしろそれが自然ってことですよね。
石井:そうです。
工藤:「ぽわん」って葉っぱに落ちたシーンを、人間は確かに初めてのシーンだからバッと見るけど、そのあともずっと凝視するはずないですもんね。
石井:ないんです。
工藤:だから、むしろちょっと解像度を下がったほうが、自然と入ってくる部分がある。
石井:そうです。
工藤:おもしろい。ちょっと、この話だけであと2時間ぐらいいきますか(笑)?
石井:ぜんぜん大丈夫ですよ(笑)。
工藤:ありがとうございます、すみません(笑)。チャプター2に移っていければと思うんですが、次回もまたお話をうかがわせてもらえればと思います。
石井:よろしくお願いします。
工藤:ということで、本日のゲストは石井さんでした。石井さん、ありがとうございました。
石井:こちらこそ。よろしくお願いします。
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