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パネルディスカッション(全3記事)

デジタル社会の旅の意味は「想定外の出来事」に出会うこと コロナ禍で加速する、モノからコトへの潮流

コロナウィルスがもたらすパラダイムシフトの中で、「旅」が本来持つ価値について科学的に検証する、「旅と学びの協議会」が設立されました。ANAホールディングス株式会社が各分野の専門家とともに、旅を通じた学びと幸せが人間の成長におよぼす効果を科学的に立証することに挑戦します。今回は、同協議会 代表理事 立命館アジア太平洋大学(APU)学長 出口治明氏、東京学芸大学大学院准教授 小宮山利恵子氏、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授 前野隆司氏、駒沢女子大学観光文化学類准教授 鮫島卓氏によるパネルディスカッションの模様をお届けします。デジタル化が進む時代にわざわざ旅に行く理由について意見を交わしました。

デジタル化が進む時代に、わざわざ旅にいく理由

小宮山利恵子氏(以下、小宮山):では、2つ目の問いにいきたいと思います。「ニューノーマル時代のオンラインとリアルの学びは、これからどうなっていくと考えていますか?」。

こちらでも1冊ずつ本を紹介していきたいと思います。鮫島先生が編著をされた『世界の絶景さんぽ』です。……なんか、本の紹介コーナーみたいになっているんですけども、「人・本・旅」ですので(笑)。

世界の絶景さんぽ

こちらでは、いろんな国・地域の絶景が、カラーで紹介されています。例えばラスベガスのアンテロープ。こちらは今年、私も初めて行ったんです。こういう素敵な絶景が、オンラインではAR、VR、もしくはアバターなどで体験できるようになると思うんですね。

そうなると「オンラインでの学び」と「リアルの学び」は、どう違ってくるのか。「旅の学び」はどうなってくるのか。そういうところを、まず鮫島先生からうかがいたいと思います。ごめんなさい。今、お話ししていただいたばかりなんですけれども……。

鮫島卓氏(以下、鮫島):ありがとうございます。ポストコロナのニューノーマルという言葉がいろいろ出ていて、意味するところは「三密がどうの……」という議論もあるんですけれども、ここでの議論はおそらく、いわゆるデジタルトランスフォーメーションという文脈で言っていると思うんです。

旅でわざわざ身体的移動を伴ってある場所に行くことは、想定外の出来事、僕はよく「セレンディピティ」と言っているんですけれども、偶発的な出会いといったもの、それから心を動かすことに意味があるのではないかと考えています。

旅行者はみな違った文脈でものごとを見ている

鮫島:一例として、以前僕が関わった「学ぶ旅」の「スタディツアー」というものを開発していたときのエピソードをお話します。(2011年の)大震災の直後、「福島の未来を考える機会に」ということで、チェルノブイリ原発ツアーを企画したんです。

そのツアーで、見学が終わったあとに、参加者の一人ひとりに印象に残ったことを話す機会を設けたんです。参加者の中にある建築家の方がいらっしゃって、当時石棺(注:1986年のチェルノブイリ原子力発電所事故で損傷した原子炉を封じ込めるための構造物)で覆う工事をしていたときだったんですが、それを見て「これは世界最大のアーチ建築物だ」ということをおっしゃったんですね。

また、ある写真家の方は(発電所の)ある司令室を見て「ロケットの打ち上げの司令室みたいだった」と表現されていたんです。

これは、僕にとってはまったく想定していなかった答えだったんです。つまり、「悲惨な事故が起きた原発」という事前のイメージしか僕にはなかったんですけれども、その発言によって想定外の気づきを得られたということなんです。それによって、訪れる前にイメージしていたものとまったく違うチェルノブイリの姿が見えるようになったという、本当に不思議な経験をしたんです。

背景の異なる人々が集うことで、同じものを見て同じ体験をしていても、実は持っている知識で「それぞれ違った文脈でものごとを見ている」ということに気づかされたわけです。社会学者のジョン・アーリという人が「ツーリストのまなざし」ということを言っています。旅行者は純粋無垢な目で旅行先を見ているわけではなくて、何らかのメディアを通して情報を得て、その規定されたレンズでものごとを見ているということなんですね。

実はデジタル社会は、事前に情報を得る選択肢がさらに増えていくことを意味すると僕は理解しています。

旅行のパッケージツアーは、顧客満足はあるが感動がない

鮫島:では「なぜ事前に知っているのに、わざわざ身体を動かして移動するのか」ということなんですけれども、まず1つには、やはり「事前に得た知識を確認するため」と言えます。

しかしデジタル社会においては、(移動の目的は)それだけではなく、さらにその先にある再現性のないセレンディピティや想定外の気づき、偶発的な幸福などを得ることにあると考えています。

「人間は知識の範囲でしかものごとや世界を見られない」とよく言われるんですけれども、その意味では、そういった偶発的な出会いがあることが創造性を生んだり、イノベーションに寄与したりということにもつながります。

遠くに行くことだけが旅ではなくて、実は地元にポツンと置かれたちょっとした記念碑でも、歴史を知ることで新たな知識を得たり、新たな感動を得て十分旅の目的地になったりします。個人的には『ブラタモリ』などは、その一番いい例だなと思います。

一方で、現在の旅行のパッケージツアーなどが衰退している1つの理由は、「期待されたものを期待通りに見せることに終始している」ことだと思います。そこには顧客満足はあっても、いわゆる「感動」がないということなんですね。旅行商品を機能としてのモノとして考えるのではなくて、もう少し人々の心・感性に目を向けた経験・体験としての「コト」に変えていく必要があると思っています。

だから、前野先生の「感動のメカニズム」や「意識と無意識の関係性」、「幸福学のフレームワーク」といったものを旅の中でどう応用していくのかは、僕も非常に関心を持っているところです。

小宮山:鮫島先生、ありがとうございます。「テクノロジーがいろいろ増えてきたことで、色眼鏡が増えてしまっている」という言い方がとても印象的で、大変興味深くうかがっていました。あと、「セレンディピティをどうやって作っていくか」というのもこれからの課題かなと思いました。ありがとうございます。

ポストコロナ時代は、旅が希少価値になっていく

小宮山:それでは次に前野先生、ニューノーマル時代の学びについて、いかがでしょう。

前野隆司氏(以下、前野):私はもともとテクノロジーの研究をしました。ロボットやAIの研究です。今は、これらもしながら、幸せの研究もしているんです。

今の4Kとか8Kの画像って、実は(人間の)網膜の解像度を超えています。つまり、バーチャルリアリティによって、実際の景色と同じくらいの美しさでものを見られる時代が原理的には来ているんです。まだ深さなどは違うのですが、かなりそういう時代が近づいて来ているんです。

今Zoomで会議をしていますけれど、こういうのも、かつては「こんなんじゃコミュニケーションできないよ」と言っていたけど、やってみると意外と我々は慣れましたよね?

我々人類は想像する以上に適応力があって、本来の狩猟採集生活をしながらものすごく感性を研ぎ澄ませて生きることもできたし、定住して農耕生活もできるし、こんな大都市のコンクリートまみれの美しくない地球ですが、美しくないと思わずに生きることもできるわけです(笑)。だから、けっこう慣れると思うんですね。

音楽の例を挙げましょう。音楽は、多くの場合、バーチャルで聴きます。リアルで聴くのとバーチャルで聴く割合は、1対99くらいですかね? コンサートに行くときもありますけど、行かないで録音された音楽のほうを頻繁に聴きますよね? そういう意味では、ポストコロナ時代というのは「リアルで旅をするためのコスト」が非常に上がった時代ですから、旅は希少価値になっていくというべきでしょう。

新しい時代の旅のかたちを模索していく

前野:けれども、じゃあみんなバーチャルでいいかというと、やっぱり行きたいですよね。……なんでしょうね。ネイティブアメリカンは、5キロメートル先に獲物がいるってわかるんですよね。これは別にスピリチュアルな話じゃなくて、五感を駆使するということです。我々の五感は本当はものすごく鋭くて、そういうものを感じる世界なんです。

そういう意味で、旅というのは希少価値になるけれども、がんばって(目的地に)行く時代になるというか……五感を研ぎ済ます時代に戻っていくんじゃないかと思います。昔、飛行機などがないころ、うちの大学の福澤諭吉先生はすごく苦労してアメリカやヨーロッパに行ったりして、それで大学を作りました。

山伏の星野先達(注:星野文紘氏。先達は、修験道で山に入る際の指導者のこと)は、新型コロナの緊急事態宣言を「江戸時代に戻っただけなんだよ」と言っていたんですよね。となりの県に行けない。外国に行けない。鎖国中の江戸時代と同じようなことが、たまたま急激にやってきただけなんです。そう考えてみれば、その時代の良さだってあるじゃないですか。

想像力を豊かにして、バーチャルの旅、リアルの旅、あるいは、オンラインの旅、オフラインの旅、ARの旅という、新しい時代の旅のかたちをいろいろやっていく時代なんだろうなと思います。

目の前の自然の美しさに気づくきっかけ

前野:その中で、私がウィズコロナ時代に感じたことがあります。私はもともとカメラが趣味で、キヤノンという会社に勤めていたくらいでして、一眼レフを持っているんですけど、忙しすぎて15年くらい趣味のカメラをやっていない生活をしていたんです。

だけど、コロナでいろんな仕事が減り、ずっと自宅にいて、毎日2時間の散歩をしていたんですよ。それで思ったことがあります。さっきの鮫島先生の話と近いんですけど。僕は大自然を見に行くのが好きで、(かつては)グランドキャニオンやヨセミテへ行って、「うお~っ! 金をかけて遠くまで来て、すばらしいー!」と思っていたんです。

だけど、ここ3ヶ月くらいで思ったのは、道端のたんぽぽの花やシロツメクサなども、接写レンズで見ていると美しいということなんですよ。飛行機に乗って遠くに行かなくても、家の前の雑草をじーっと見ていると、そこに大自然の美しさというのがものすごくあることに気づきましたね。1円もかからないんですよね。

うちの母は花がすごく好きで、小さい庭にいっぱい花が咲いているんですよ。「母さんはなんでそんなちっちゃいものが好きなんだ? 僕は世界を跳び回って大自然を見るが好きなのに、母さんはちまちましたものが好きなんだなぁ」と思っていたんですが、その愚かさに気づきましたね(笑)。旅のハードルが上がるからこそ、行く良さと、もっと目の前に目を向ける良さがあるなという意味です。

想定外のできごとが旅の楽しさ

前野:それともう1つ。やっぱりバーチャルの時代に気をつけなきゃいけないのは、「想定外のことが起きにくい」ということですね。Zoomで会議をしていると、予定どおりに人と会えますけど、リアルの会議だと思いもよらない人が通りがかって、偶然何かが起きるじゃないですか。

バーチャルの旅もきっと、想定外のことが起きにくいのはよくないので、いかに想定外を起こすか。鮫島先生もおっしゃっていましたが、やっぱり想定外が旅の楽しさだと思うんですよね。

僕も昔はナントカ聖堂を観に行って、そこで写真を撮ったりするのが好きだったんです。それもいいけれど、それよりもそこの人と出会って会話をして、文化について語り合って、もっと深い旅をすることが好きになりました。人との会話って、事前知識をはるかに超えています。そこでしか知り得ない旅じゃないですか。そのほうが深くておもしろい。

僕はもう20年くらい、観光旅行をしていないと思うんですね。誰か知り合いに会いに行ったり、知らない人に会いに行ったりする旅ばかりしています。そのほうが、単に、行って写真を撮ってすぐ去って行く観光よりも、100倍も、100万倍も豊かなんですよね。

これって何かと言うと、セレンディピティなんです。過去の知識は蓄積されているけれども、そうじゃないことを感じるのが人間の良さです。もっと言うと、過去の知識の蓄積に基づく問題の解決は、人間よりもAIのほうが得意じゃないですか。和文英訳とか、もう人間よりAIのほうが得意なわけですよ。

自分だけの個性的な体験をすることが大切

前野:そこで人間は何をすべきかと言うと、やはり自分だけの個性的な体験をすることです。自分だけの旅もそうだし、仕事もそう。「自分らしさ」を磨いていくと、AIに負けないんです。だけど、自分らしさがなくて「私は没個性なんですよ」と言っている人は、AIに負けていく。負けていくというか、仕事を奪われてしまうということです。

結局、セレンディピティとか、想定外とか、情報にはないものを求めることが、より大事な時代になってくる。コロナはそれを加速したと思います。

小宮山:ありがとうございます。今の前野先生のお話で、「最近、観光旅行をぜんぜんしていない」というお話がありましたけど、言われてみれば、たしかに私もそうだなと思っていています。観光というよりも、誰か人に会いに行くとか、その場に行くことがすごく自分にとって重要というか、観光がおまけになっているような状態だったなと思いました。

あとは、前野先生が最近出版された『無意識がわかれば人生が変わる』にも、違和感がすごく重要だとあります。違和感のセンサー。それはたぶん、旅を通してアンコンフォートゾーンに行くことで、すごく感じるものじゃないかなと思いました。ありがとうございます。

無意識がわかれば人生が変わる - 「現実」は4つのメンタルモデルからつくり出される - (ワニプラス)

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