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広告業界のみなさん、いい「働き方改革」していますか?(全3記事)

中学校教員の6割が過労死認定時間で働いている 小室淑恵氏が説く、業界の常識をくつがえす働き方改革

2019年5月27~30日、「Advertising Week Asia 2019」が開催されました。マーケティング、広告、テクノロジー、エンターテイメントなどの幅広い業界が集い、未来のソリューションを共に探索する、世界最大級のマーケティング&コミュニケーションのプレミアイベントです。本セッションは「広告業界のみなさん、いい『働き方改革』していますか?」と題し、クリエイティブディレクターの佐々木宏氏、株式会社ワーク・ライフバランス社長の小室淑恵氏、人事コンサルタントの小西元紀氏、株式会社松田康利事務所代表の松田康利氏が登壇。さまざまな業界の工夫や失敗例を取り上げつつ、広告業界の働き方改革についてパネルディスカッションを開催しました。本パートでは、小室氏が働き方改革を取り巻く現状と、長時間労働が当たり前のようになっている中学校・小売業・調剤薬局の改革の事例を紹介しました。

働き方改革を理解するキーワードは「人口ボーナス期・オーナス期」

松田康利氏(以下、松田):広告業界では働き方改革がちょっと遅れているかもと思っています。私はライフワークバランス社のアドバイザリーボードのメンバーをやらせていただいていて、小室さんたちが本当にいろんな業界の改革をなさるのを見ながら、横で応援させていただいてきました。「そもそも働き方改革って何?」というあたりからご説明をいただきます。

小室淑恵氏(以下、小室):ありがとうございます。今日もよろしくお願いいたします。ワークライフバランスの小室です。働き方改革というのはどういうものなのかということをすごく大きい観点で、でも、すごくコンパクトな時間でお伝えしたいと思います。

人口ボーナス期・オーナス期、という考え方が、実は働き方改革を理解する上でとても重要なんです。人口ボーナス期は、日本でいう60年代半ばから90年代半ばの若者たっぷり、高齢者がちょっとしかいないという人口比率の時期です。

今は人口オーナス期と言って、若者がちょっと、高齢者がたっぷりという時期なんですね。このボーナス期であれば当たり前ですが、労働力がたっぷりあり、支えられる側の高齢者は少ないわけですから、税収がジャブジャブ流れてきて、使い先があまりない。それが全部インフラ投資やいろんな所に回せるので、国が爆発的に儲かって当たり前の時期です。

それがオーナス期になると、支えなきゃいけない人だらけになるわけですから、国としては税収が足りない、支えなきゃいけない、支出が多いというので、国の発展がすごく難しくなるというように言われているんですね。

少子高齢化社会でも、働き方を切り替えさえすれば再浮上できる

これだけ聞くと、なんとなく経済的にオーナス期にある日本の現在というのは悲観すべき時期、というように思うかもしれませんが、実際はボーナス期に経済発展しやすい方法と、オーナス期に経済発展しやすい方法が違うだけです。

働き方を切り替えさえすれば、再浮上できる。今、ヨーロッパの多くはオーナス期にいるわけですが、見事にオーナス期のやり方に切り替えて再浮上しているという状態になります。

少し乱暴に、端的に言っちゃうと、人口ボーナス期であればなるべく男性だけで長時間働いて、均一性の高い組織を作るとビジネスとしては成功します。これはお客様が同じようなものの大量生産を望んでいて、人件費が安くて、労働力が余っているという条件があったからなんですね。

ただ、オーナス期になるとそれが真逆になるんです。オーナス期になると、なるべく男女両方フル活用できるような職場環境にして、労働時間をなるべく短くする必要がある。なぜなら、ほとんどの労働者は、育児中か介護中だからなんですね。頭数が少なくなる、労働力が足りなくなるという話ばかりをされるんですが、人員が少なくなるだけじゃなくて、一人当たりが労働時間に割ける時間も少なくなるんです。

育児か介護をしながらの仕事。ですから、なるべく短い時間で仕事をして、かつ多様な人が職場にいる方が、ビジネスとして発展する。なぜなら、お客様はもう人と同じようなものを欲しがらないんですね。かつ、人件費が高いとイノベーティブなものでしか利益が出ない。前回出した新商品の2倍くらいの金額でも「次の商品を買いたい」と思わせないといけないわけなので、イノベーションを起こしていかないとダメ。

サボっている企業は1社もないのに日本が停滞している理由

イノベーションは同質性の高い組織からは生まれないので、オーナス期になると男女で、短時間で仕事をし、なるべく価値観の違う人を取り込んでビジネスをしなきゃいけなくなる。今までの日本がすごくもったいなかったのは、いろんな考え方の人たちを取り込もうとしても、基本長時間労働なので、“24時間に耐えられる人”というふるいにかけるので、見事に均一化する。

ですから、そのふるいを通った人が役員になると、基本的に意思決定者は全員が24時間型男性になるんですよ。これは誰も差別的な意識がないのに、気づいたら性別も価値観も同じ人で経営をしているという現象。

私は1,000社の企業をコンサルしてきましたが、サボっている企業は1社も見たことがないんですね。決して今の業績がサボっているから悪くなった、この国の停滞が、日本人のやる気がなくなったといったことではまったくなくて、せっかくいる多様な人が、どこかでソートされて、同じ考えの人たちだけで生み出すから同じ発想の商品や広告しか生まれないといった、すごくもったいないことが起きているということ。そこを変えていけば、まだまだ再浮上できると思っています。

あと、今は脳科学がすごく発展してきているからわかってきたことですが、人間の脳は、朝起きてからたった13時間しか集中力がもたないらしいんですね。会場にいる皆さんは、朝5時から6時ぐらいに起きた人が多いと思いますが、そうすると本日午後6時には脳の集中が終了。そこから先は、酒酔い運転と同じ集中力しかありません。だったら、絶対にお酒を飲みに行ったほうがいいんですよ。

(一同笑)

そうした時間帯に無理して仕事をするからミスが発生して、それをカバーするために長時間労働がさらに発生して。かつミスが発生すると、たいていはクレームが増えるので、好きだったはずの仕事がすごくつらいもの、クレーム対応という、ぜんぜんおもしろくない仕事になってしまっている。

「労働時間に上限をつけたほうが必ずこの国は発展する」

だから一度、集中力マックスの時間帯だけで最高におもしろい仕事をしようよ、と私は言いたい。実は、これで日本が再浮上したら、かなりおもしろい国になるんじゃないかと思いながら、私は働き方改革をやっています。

最後のスライドですが、2016年に政府が労働時間の上限をつけるかどうかで、一番揉めていた時期(笑)。そのとき、政府の中央のいわゆる、総理の直下にある産業競争力会議の民間議員だったんですが、私以外の経済界の人たちが全員が「労働時間の管理なんて外してしまって、好きなだけ働けるようにすれば、この国の経済はもっと発展するんだ」という論調でした。私は「上限をつけたほうが必ずこの国は発展する」と申し上げたんです。

そのときには総理を含めた官邸の中枢メンバーには、働き方を変えたほうがいいという話は、ぜんぜん話が通じなかったんです。そのときに、1社1社、さっきのボーナス期・オーナス期の考え方で口説いていって、「労働時間に上限をつけたほうがいい」ということを理解していただいた経営者の方に、「俺は労働時間の上限をつけても構わないよ」という宣言をしていただいたのが「労働時間革命宣言」です。サントリーの新浪さんをはじめとして、そうそうたる経営者に宣言してもらいました。

経営者の一人ひとりを集めていって、全員の顔写真とロゴの入ったシートを持って総理のところにいって、「これだけの経営者が賛成しているので、思い切って労働時間に上限をつけてはどうか。そのほうが経済も安定するということで、賭けてみませんか」と説得をしていったのです。そんな進捗です。その話や事例なども、また後ほどお話しできればと思います。以上です。

時短には工夫の余地とチャンスがある

松田:労働時間の短縮が、すごく大事なのだということはわかります。でも、そればかりが注目されているんじゃないかと。とくに広告業界にいる友人と話していると、時短、時短でもう「22時に帰れ」「残業するな」と言われているような声をすごくよく聞くんですよね。それはまだ工夫の余地があるというか、やっぱり逆にチャンスじゃないかと僕は思っています。

小室さんの会社のアドバイザリーボードの場で、いろんな業種で「働き方改革は大事だし、残業は少ないほうがいいけれど、そんなことをやったら売上利益も減っちゃうじゃん」と思われそうな会社が、知恵と工夫と愛情で、最後はクライアント側の経営から現場までみんなが納得してやって成功して、残業が減るだけどころか売上の利益増ということが、すごくたくさんあるんですね。

売上も利益も上がる。残業は減る。それでみんなが非常にハッピーになると。そういうことをどうしようかというのを、一問一答に近い感じで聞いていきたいと思います。

けっこう難しい案件では、例えば公立の中学校。これがなかなか、子どもも大切だし、親ともコミュニケーションをとらないといけないし、残業を減らすな、なんていうことはまるでできないよ、と。たぶん多くの人が思っているし、職員の人もみんなそう思っていますよね。

中学校教員の6割が過労死認定時間で働いている

小室:働き方改革が難しいであろうと言われる業界がいくつかあると思いますが、とくに学校というところは、利益や売上を狙っていませんから、なにでそこを計っていくのかということがすごく難しい。

みなさんご存知のとおり、中学校教員の6割が過労死認定時間で働いているという状況なんですね。何が解決策だったかというと、大変意外だと思いますが、留守番電話の導入なんですね。ちょっと脱力しますよね(笑)。

留守番電話なんていうテクノロジーは何十年も前に開発されていて、日本社会では普通です。けれども、学校という場所では、親からかかってくる電話は何時まででも出て、常に対応するべきなんだという風土があったがために、そこに「留守電を導入しましょう」という。

私たちがいつも働き方改革をやるときは、みなさんに働き方改革のアイディアを付箋で出していただく「カエル会議」というものをやるんですが、その付箋出しの中で、ある教員が1人、「留守電は必要だ」と出したんですね。

でも、その留守電は、「ないないない」とみんなから否定されてなくなったんです。コンサルタントが「いいんじゃないですか、それを検討してみたらどうか」と言ったときに、もう散々検討して、それでも留守電を入れるなんていうのは緊急事態があったときにどうするんだということで流れそうになったんです。

教職員の残業を減らしたのは、たった3,000円の留守番電話

最後に試しに、「もしだめだったら、もし保護者からすごいクレームが来たらやめるということで、1回やってみよう」ということで、留守電を導入したんですね。たった3,000円の留守電1台を入れるのに、大議論だったんです。

ただ、それを入れても、親からのクレームはゼロでした。親たちもずっと長時間労働をしていて、いつ電話してもいる、その先生たちが子どもたちのことを笑顔で見ることができていないということを一番心配していた状態で、何時までと言われたらその時間までに電話すればいいんだ、と。

親たちも今、会社で働き方改革が始まっているから、早く帰って、そしてその時間までに電話をするということを親が気をつけることが、子どものためになる。ベクトルが一緒ですね、子どもに笑顔を向けられる社会に向かっている。

どうしたら子どもに一番いい教育ができるか、ここはベクトルが一緒なんだからということで、そこの合意もできましたし、ぜんぜんそれが親から責められる話ではなかったということと、結果として集中力が増して仕事の持ち帰りが減ったのです。

それまでは教職員室で電話の音が鳴るだけで、クレームではないかと先生は思うんですね。心臓が冷えてしまって、ぜんぜん集中して採点ができないから、結局集中したい仕事は家に持ち帰る。家で採点の山を片付けていたというような状態でした。

集中して仕事を終えて帰れるようになって、今は労働時間も減っています。先生たちに取ったアンケートでは、「子どもに向き合える実感がある」というように答えた人が3割以上増えています。

向かう先が一緒、そこで合意ができれば、お互いに不可能だと思っていたものもできるんですよね。ぜんぜんみなさんとは違う業界だと思いますが、不可能を可能にした事例としてはいいかと思います。

小売業の長時間労働の最大かつ本当の要因を明らかにする

松田:次はけっこう難しい案件、超忙しいアパレルの小売です。だいたい人手不足で残業が当たり前になっているという状態から。

小室:小売の難しさは営業時間の長さですね。これはSHIPSさんなんですが、SHIPSさんが入っている店舗はだいたい21時まで営業している。朝は早ければ9時ぐらいから営業を開始している。そもそも9時~21時まで仕事をしているところに、残業削減なんていうのは無理なんじゃないかということが、もう最初のSHIPSさんの店長さんたちの言い分。

それから、もう一つは、「うちのスタッフはお客様のことが大好きで、お客様のために残業をしているんだから、残業を減らしたいなどとは思っていない」というものが店長さんたちからの回答でした。ところが先ほど話した「カエル会議」ですね。実際にやってみたら、付箋が出るわ出るわで。

しかも、その付箋の内容は、店長が思っていたようなお客様理由でどうしても残業しなきゃというものではなくて、店長の指示や店舗スタッフ同士のコミュニケーション不足。これが最大の要因でした。とくに多かったのが、店長が「接客が手薄だから、店舗に出ろ」。「バックストックが荒れているから整理に入れ」というふうにキビキビと出す指示。これが一番迷惑だ、と(笑)。

自分は集中して接客をしているのにそれが疎かになったり、タグのつけ忘れが起きたりするから、「どうか朝にシフトを決めたら、そこから動かさないでくれ」ということなんですね。何時に何人ぐらい人が来るかなんて、POSレジデータを見れば、今どきAIでわかるんだからということで、そこのデータを使って朝イチで決めて変えない。こんなふうにしたら、ものすごく集中できるようになった。

今、残業時間はこのグラフにあるように大きく減って、いわゆる年末年始のセールの時期でも、前年比80パーセント以下の労働時間でこなすことができているのに、売上はぜんぜん落ちていない。今はアパレル冬の時代ですから、売上がすごく大事なことなんですが、そこでもこんなに成果が出ているよ、というSHIPSさんの例でした。

地方の調剤薬局が「属人化」から抜け出せた驚きの結果

松田:じゃあ最後に3つ目。人手不足の調剤薬局。

小室:ここは、54人の会社なんです。大企業の事例であればいくらでも持ってこられるんですが、たぶんそれは「その企業だからできたんでしょ?」と思われることが多いんです。ここは三重の54人の調剤薬局です。1店舗には4人ずつしか配置されていないお店なのですが。

結論からいうと、売上が40パーセントアップして、有給消化率が76パーセントアップして、残業時間が激減しました。その翌年から、結婚数が2倍、出産数が2.5倍になったという事例なんです。

この会社さんのそれまでの一番の大きな課題は「属人化」です。人に属している仕事、その人しか知らない仕事・情報・やり方。それをそれぞれの方たちがプライドを持って属人化させてしまっていたんですね。

店長は「そもそも私は結婚する気はない、別に休みも取りたくない」とおっしゃっていて、働き方改革に自分の意欲がないという状態からのスタートでした。でも、一番最初にやった「カエル会議」で、「有給が取れたら何がしたい?」という付箋出しをしたら、自分以外のメンバーはみんな「ディズニーランドに行きたい!」「ライブに行きたい!」など、いっぱい出したんですね。「なんだ、みんな休みたかったんだ」ということに、彼女は初めて気づいた。自分には休むモチベーションはないけれども、スタッフのためにやってあげようというスイッチが入ります。

そこから、店長自身が一番(仕事を)属人化させていたので、それをマニュアル化して店舗スタッフみんなが今よりも高いレベルの仕事ができるように教えていくということを初めてやっていって。その結果として、この事例が出たのと、コンサルティングには8か月入ったんですが、なんと8ヶ月後に結婚したのはその店長だったんですね(笑)。

「自分が一番変われた」と驚いていましたし、その結果を発信したら、翌年の会社説明会が満席になるという、54人の調剤薬局では今まではありえなかったことが起きて、それまでの5倍のエントリーが来ました。

11人に内定を出したんですが、内定辞退をする人は0人だったんですね。そのうちの3人は大阪の企業を蹴って、この三重の調剤薬局に来てくれた。それぐらい、今の採用において、若者には働き方というPRが非常にパワフルだということが言えるのだろうということです。以上です。

はぁ~一気に話して、疲れたー。

(会場笑)

松田:最初に聞くと、よくやるなという(笑)。もうだいぶオンタイムに戻ったので、OKです。

(会場笑)

業務の流れや内容をどのぐらいきちんと聞いた上で変えられるかですね。たぶん、それぞれの会社が「これがうちのやり方だ」と思っているところにメスを入れて、アイディアを出して、みんなが納得したやり方で成果を出すと。「だめだったら、またやればいいじゃん」というノリでやっていく感じかと思います。

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