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京都大学iPS細胞研究所所長・山中伸弥教授「人間万事塞翁が馬」(全4記事)

ノーベル賞・山中伸弥教授「500匹のマウスを1人で世話してた」 iPS細胞発見までの苦労話

ノーベル生理学・医学賞を受賞した京都大学 iPS細胞研究所の山中伸弥教授が、「人間万事塞翁が馬」と題して高校生に向けて行った講演。山中教授は自身の人生を振り返り、整形外科医としての挫折がなければ研究者の道へ進むことはなかったという。研究者として、人生の先輩として、これからの日本を担う高校生にメッセージを送ります。

動脈硬化を防ぐ遺伝子治療

山中伸弥氏(以下、山中)これがその当時の私で、さっきの私とあんまり変わっていないかもしれませんが。これで15年前ですね。隣にいてるのがその時の僕の直接のボスというか上司で、トム・イネアリティ先生です。

やはり研究は一緒です、これはこうかもしれないという仮説があって、それを実験で確かめるという。この時僕はポスドクという半人前の研究者ですから、やっぱり仮説を考えるのはボスのトムです。僕はトムの作った仮説を確かめるというのが仕事でした。

三浦先生の仮説はさっき言った通りで見事に外れたわけですが、じゃあ、トムの仮説は何だったか。また遺伝子の名前は全然どうでもいいですが、この時トムは新しい遺伝子APOBEC1(アポベクワン)を見つけていました。

彼の仮説はその遺伝子を人間もネズミもそうですが、肝臓で一個の遺伝子をいっぱい作らせると、正常よりたくさんこの遺伝子が働くようになる。遺伝子が働くというのは、遺伝子からRNAができて、蛋白質ができるということですけど、いっぱいAPOBEC1の蛋白質が肝臓でできると、血液の中のコレステロール、脂ですね、その濃度が下がるんじゃないかと。

コレステロールが、血管を詰まらせる動脈硬化の原因です。アメリカは、すごくコレステロールが高くて動脈硬化になる人が非常に多くて、心臓の血管がつまって、心筋梗塞で早く亡くなってしまう人がすごく多いんです。日本より多いんです。

日本もだいぶアメリカに近づいてきていますけど。彼はこの遺伝子を肝臓でいっぱい働かせることによって、動脈硬化を予防できるんではないかという仮説をたてました。当時、今ちょっと下火になっていますけれど、遺伝子治療という新しい治療が、薬の代わりに遺伝子を送り込むという治療が非常に注目されていた頃でもありましたので、彼はこのAPOBEC1という新しい遺伝子が動脈硬化を防ぐ遺伝子治療に使える、そういう仮説を持っていました。

マウスに起きた驚きの変化

私がポスドクとして加わったので、これを確かめてほしいということで、私が行った実験は、さきほど遺伝子改変マウスという新しい技術を学びたかったと言いましたが、そのひとつにトランスジェニックマウスという方法があります。

これは、マウスの中である遺伝子の働きだけを強めるという、他の遺伝子は全然影響しないで、正常の何十倍も働くようにするという方法がトランスジェニックマウスです。この方法を使ってねずみの肝臓でAPOBEC1の遺伝子を正常の10倍20倍に働かせたらどうなるか。

トムの予想が当たれば、ネズミは健康なネズミ、動脈硬化になりにくいネズミになるはずです。非常に元気なネズミになるはずです。こういう実験をアメリカで行いました。アメリカでもたくさんの日本人のポスドクがいるんですけど、アメリカ人はさっきのVWの話で言うと、ビジョンを持つのが上手な人が多いんです。

ビジョンというのはある意味仮説に近くて、こういう実験をしたらいいとか、この遺伝子は遺伝子治療に使えるかもしれないという。それもビジョンのひとつなんです。アメリカという国は、ハードワークが苦手な人も多い。しかし非常によくできていて、日本から、中国から、韓国からハードワークが得意な若者がたくさんアメリカの研究所に行って、ボスのビジョンを達成するためにハードワークするという、そういうシステムに向こうは結構なっていて。

この場合は、ボスの仮説、ボスの持っているビジョンを僕がハードワークするという役割分担になったんです。それで、APOBEC1が肝臓でいっぱいできるトランスジェニックマウスを一生懸命、朝から晩まで、早朝から深夜まで実験して順調にこのマウスができました。

そのマウスをドンドン増やして、本当に健康なマウス、動脈硬化になりにくいマウスになるかなと、実験を始めようを思っていたある日、朝、グラッドストーン研究所に行きますと、僕と一緒に働いていた技術員の女性、もちろん白人の女性で彼女がマウスの世話をしてくれていたんですけど、彼女が朝、血相を変えて僕のところに来たんです。「シンヤ、シンヤ!」と。

最初「ジャマナカ」から始まって「やまちゅう」になって、アメリカでは「シンヤ」と呼んでもらえるようになっていたんですけど。「どないしたのあんた、朝から」と言うと、「あんたのマウスがいっぱい妊娠している!」と。まあ妊娠くらいするやろと思うんですけど、「それが、妊娠しているマウスがオスやねん!」とわけわからないことを言うんです。

もちろん大阪弁ではなくて英語だったんですけど、大阪弁に訳すとそういう会話があって。僕も医者をやっていたことがあるので、それはないやろと、いくら科学が驚きやといっても、オスが妊娠することはないと。と思いつつ、もしかしたらこの遺伝子はすごい遺伝子で、オスに妊娠させる遺伝子かもしれないと若干の期待もありました。

ということでネズミを飼っているところに行って、ネズミを見たら確かにオスのネズミが、メスもいましたけど、お腹がパンパンになって、明日にでも赤ちゃんネズミが生まれてくるんではないかというくらいパンパンな、こんなお腹のネズミが沢山いました。オスもメスも両方いっぱいいたんです。

えー! と思って、可哀想なんですけど、犠牲になってもらって何匹か解剖して、お腹を開けました。赤ちゃんが出てきたらびっくりだったんですけど、その結果他の意味でびっくりしました。出てきたのは赤ちゃんではなくて、巨大化した肝臓でした。

新しい遺伝子を発見

この左のCというのが正常のネズミの肝臓です。焼き肉を食べに行くとレバーというのがあって、これを見たらしばらく食べられないかもしれませんけど、正常な肝臓は赤くてツルツルしているんです。しかしAPOBEC1という遺伝子を肝臓でいっぱい作らせると、この左の写真のようにボコボコになってしまう。

これは調べたら肝臓の癌だった、肝細胞癌だったんです。びっくりしました。一匹だけではなくて、調べるネズミ全部そうだったんです。つまりこのAPOBEC1という遺伝子は癌遺伝子、癌を起こす遺伝子だったんです。遺伝子治療に使うなんてとんでもないですよね。

こんなん遺伝子治療に使ったら逮捕されると思います。患者さんに癌作ってしまうことになるので。これもさっきの三浦先生の最初の実験で学んだ3つのことの復習になりました。1つ目は科学、研究というのは本当に驚きに満ちている、予想できないということでしたね。

2番目は、新しい治療法、この場合は遺伝子治療でしたけど、治療法や薬を決していきなり人間で試してはダメだということです。こういうことが起こってしまうかもしれないから、実験動物で十分に安全性を試かめない限り、絶対患者さんに使ったらダメだというのが2番目。

それから3番目、あんまりボスの言うことを信用してはダメだと。僕はいまだにトムを大好きで尊敬しています。なんでかというと、この時も、彼の自分の予想は完全に外れたわけです。APOBEC1が効かない、効かないどころか、とんでもない癌を作ってしまう。いいと思っていたものが最悪だったわけですから、当然彼はがっかりしました。

同時に僕はすごい興奮したんです。なんでこんなことになるんだ! とコレステロールの調節をしていると思っていた遺伝子がこんな巨大な癌を作るんだと。ものすごくまた興奮したんですけど、トムも同じように非常に興味を持ってくれて、その後僕にこの研究をずっとさせてくれたんです。

なぜAPOBEC1というたったひとつの遺伝子があれだけ巨大な癌を作るのかと。それから2年くらいでしたけど、アメリカでの研究生活は肝臓の癌、先程の癌が何でできるかということを一生懸命研究して、その結果、新しい遺伝子を見つけました。

これはまたちょっとややこしいかもしれませんが、これ僕が生まれて初めて見つけた遺伝子なので紹介します。なんでAPOBEC1で癌ができるんだろうということを研究して、その原因かもしれないということ見つけた遺伝子がNAT1という遺伝子です。なんでこういう名前を付けたかというと、英語でNovel APOBEC1 Target 1 と、Novel(ナーボー)は新しい、APOBEC1のtarget標的遺伝子の一番目という意味で、APOBEC1という遺伝子が作用する新しい遺伝子を見つけることができてNAT1という名前を付けました。

こんな名前すぐに忘れてもらっていいんですけど。ただ、僕の仮説は、このNAT1という遺伝子はAPOBEC1によって制御されている癌抑制遺伝子。APOBEC1は癌遺伝子なんですが、もうひとつ癌を抑制する、抑える遺伝子が体の中に備わっているということがわかっています。

その遺伝子の機能がダメになると癌が起こるということがわかっています。NAT1は新しい癌抑制遺伝子ではないかと、APOBEC1をいっぱい作ると癌抑制遺伝子NAT1が変になってしまって、癌になるんではないかと仮説をたてました。今度は僕の仮説です。

奥さんと娘2人が日本に帰ってしまった

「NAT1遺伝子は癌抑制遺伝子である」この仮説を確かめるために、遺伝子改変マウスのひとつであるノックアウトマウスというものを作ろうと。

ノックアウトマウスというのはさっきのトランスジェニックマウスと逆で、いっぱいある遺伝子の中から、他の遺伝子は全く影響せずにあるひとつだけの遺伝子の機能をなくしてしまう。この場合はNAT1という遺伝子だけをつぶしてしまう、ノックアウトしてしまう。他の遺伝子はそのままにしておく。という方法で、僕の自分自身の仮説を確かめようとしました。

もしこの仮説が正しいと、このノックアウトマウスには癌がたくさんできる。APOBEC1の実験と同じような癌ができる。その研究をアメリカで始めました。この頃はアメリカに行って3年目に入っていてさらに研究が楽しくなっていて、自分の新しい遺伝子も発見して、その仮説をノックアウトマウスで実験するという、研究者にとっては、自分で遺伝子を見つけてその機能を自分で調べるというのは研究者冥利に尽きるといいますか。遺伝子って人間もマウスもそうなんですけど、3万個しかないんです。

ということは3万人の人しかその遺伝子を見つけて分析することができないんです。この時遺伝子は1万5千個くらい見つかっていて、残りは1万5千個しかありません。でも研究している人は10万人を超えているので、遺伝子は1万5千個しかありません。あと1万5千個しかない中でNAT1を自分で見つけたというのは非常に喜びなんです。

なぜかというとNAT1と調べると必ずシンヤヤマナカとでてくることになりますから。この頃、有頂天と言いますか、研究が楽しくて仕方ないと思っていたんですけど。その時家内と娘2人一緒にアメリカに来てくれていたんですが、家内がとんでもないことをしまして。

なにをしたかというと、家内が娘2人を連れて日本に帰ってしまったんです。僕は1人になってしまって。なんでそんなことをしたかというと、僕が嫌いになったわけではないと思うんですが、上の子どもが小学校に入る年齢になりまして、子どもの教育をそのままアメリカで続けるか、日本に帰って日本の小学校に入れるかという決断を迫られるようになって、家内は日本で受けさせたいと。僕はどちらでも良いかなと思ったんですけど。

ということで、日本に帰ってしまって、僕は一人残されました。やることが研究以外なくなってしまって、ボスはとっても喜びました。他にやることがないので、朝から晩までほとんど研究室に泊まって、ずっと実験していますから、トムはとっても喜びました。おかげで研究はどんどん進みましたが、やっぱり家族というのは、いるとありがたさがわからないんですけど、いなくなると水と一緒でこれはちょっと大変やなと、半年くらいでだいぶ寂しくなってきて。

もう1個あったことは、ボスの秘書さんがいてたんですが、その人が家内が帰ってとてもうれしそうになって、僕を何べんもデートに誘ってくれるわけです。「食事に行こう、食事に行こう」って。その秘書さんが女性だったら僕も良かったんですけど、男性だったんです。

(会場笑)

サンフランシスコはゲイが多いので有名で、同性で結婚もできるアメリカでも数少ない街だったので。あまり高校生にそういうことを言うのは良くないですけど。ということでだんだん怖くなってしまって。半年くらいで日本に帰ることにしました。

研究はノックアウトマウスができ掛かっていますから、後ろ髪をひかれるようにして、日本に帰ったのを覚えていますけど。トムは非常にいい人で、「じゃあわかった、シンヤ、君は日本に帰ってこの研究を続けたらいいやん」と、「ノックアウトマウスを日本に送ったる」と言ってくれて、日本でもこの研究を続けることができるようになりました。

約500匹ものマウスを1人で世話をした

トムはちゃんと約束を守ってくれて、日本に帰って、2、3カ月したら3匹のノックアウトマウスが送られてきました。すでに関空はできていましたが、このネズミは成田経由で送られてきたんです。成田から国内線に乗って、伊丹空港に飛んで来ました。伊丹の税関から電話がかかってきて、「山中さんネズミが来てますから取りに来てください」と。そこから送ってくれないんですね。

僕、その時大学で授業がありましたから行けないと。家内と小学生と幼稚園の娘2人に取りに行ってもらいました。その時、アメリカから帰ってきたばっかりでお金がなく車がなかったので、車で取りにいけないので、空港バスに乗って取りに行って、3匹のマウスを子どもたちが抱っこして連れて帰ってきてくれて、チューチュー泣いて大変だったと子どもが言っていましたけど、それくらい苦労して連れてきてくれました。

今はそういう風にはできません。法律が変わりまして、遺伝子改変したマウスをそんな風に普通のバスに乗せることはできないんですけど、当時はできたんです。娘に運んでもらった3匹のマウス、1匹はオスなのでトムという名前を付けて、メスはカニーという名前を付けてカニーはトムの奥さんですけど。

(会場笑)

3匹目は名前がなかったんですけど、大切に育てました。アメリカではマウスの世話をしている専門の人たちが何人もいるんで、僕たちそんなこと何にもしなくてよかったんですけど、日本はそんな人いません。全部自分で世話する必要があります。モルモットを飼っている人いますか? 

飼っている人手を挙げてください。いません。あら、猫飼っている人いますか? ペットを飼っていたら、自分で世話をしている人はしていると思います。ペットはとっても可愛いんですけど世話は本当に大変です。そのあたりでうんちとかしまくるし、餌とか水をちゃんとやらなきゃいけないし。1週間に2回くらい、床敷き、中のおがくずを入れているんで、うんちだらけになりますんで、全部捨てて、きれいに洗って新しいのを入れて、えさを入れて、週に2回くらいするんです。それを全部自分ですると。

最初は3匹だからよかったんですけど、ねずみ算って知っていますよね?1か月たったら20匹、3カ月たったら100匹になるんですね。怖いですよ。1年経ったら500匹くらいになって、何十個というネズミのケージに囲まれて、それを1人で全部世話をするというのが僕の仕事になったんですけど。

そのノックアウトマウスを作って一生懸命解析して、こういうことがわかりました。

NAT1はES細胞の分化に必須

NAT1という遺伝子を完全にノックアウトすると、その赤ちゃんが生まれてこないと。お母さんのおなかの中で死んでしまうと。非常に早い段階で死んでしまう、ネズミの形になる前に死んでしまうと。だから発生に必須であると。いまだに癌抑制遺伝子かどうかはわかっていません。ただ、いっぱい癌抑制遺伝子があります。

P53とか、聞いたことあるかもしれませんが、癌抑制遺伝子があります。考えてみたら、癌抑制遺伝子が本当に癌を抑制するためだけにあるのか。P53もNAT1もそうですが、ショウジョウバエから人間まで全部同じ遺伝子を持っているんです。

本当に癌を抑制するためだけに、こういう遺伝子があるのかというと、そうではないということがノックアウトマウスの研究でわかっていて、多くの癌抑制遺伝子は発生時、受精卵がどんどん赤ちゃんの形になっていく時にすごく大切な役割をしているということが今ではわかっています。

ですから、癌抑制遺伝子は決して癌を防ぐのが一番の仕事ではなくて、一番目の仕事はちゃんとした人間、動物の形になるのが仕事、ついでに癌の発生を抑えるというのが今わかっています。NAT1もマウスの発生に必須であるということがわかりましたから、癌の抑制遺伝子かもしれないといまだに思っていますけど、その研究は今はしていません。

なんでかというと、調べたら、NAT1は他の大事な仕事をしているということがノックアウトマウスを作ったら分かったからです。それがNAT1はES細胞の分化、多能性に必須だと分かったからです。これは何のことかわからないと思います。これで初めてES細胞というのが出てきました。

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