2024.10.10
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オハイオ州立大学 2020 卒業式スピーチ (全1記事)
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ティム・クック氏:ドレーク学長、感謝の念を申し上げます。オハイオ州立大学のみなさん、こんばんは。
みなさんの大切な未来の活躍の話をする前に、少し時間を割いて過去を考察しましょう。
1918年が明けた時、当時弱冠36歳だった一人の若き官軍次官補は、いまだ試練を知らないアメリカの同盟軍が、ヨーロッパの大戦に参戦する備えができているかを確認する任務を負って海外に派遣されました。
わずか30歳の型破りな詩人かつ知識人は、高校教師や銀行員などの職を遍歴した後、世界大戦の終焉後に、研究を続ける望みを打ち砕かれました。
20歳のうら若き看護師は、トロントの軍事病院で負傷兵の看護にあたっていました。戦闘による負傷と並行して未知の疫病が姿を現し始め、彼女はかつてないほどの長時間を職務に費やすこととなりました。
スペイン風邪がこの3人の国、コミュニティ、そして身体を通り過ぎっていった頃には、3人は永遠に変貌を遂げていました。
フランクリン・デラノ・ルーズベルトは、軍艦から担架で運び降ろされました。郷里のニューヨークで回復した彼は副大統領の候補者となり、後に歴史の道筋を変えることとなる、国政のキャリアをスタートさせました。
T.S. エリオットは、後に傑作として知られることになる詩『荒地』の執筆を、病床で開始しました。「四月は残酷な月」という一節から始まるこの詩は、文学のモダニズム運動の先駆けとなり、エリオットはノーベル文学賞を受賞することとなりました。
アメリア・イアハートは、患者の一人からインフルエンザ(注;いわゆるスペイン風邪)を感染しました。回復には長い時間がかかり、たいへん苦しみました。隔離とソーシャルディスタンスの長く退屈な時間の中で、彼女は行き来する飛行機を眺め、いつしか職を変えることを考えるようになりました(注;アメリア・イアハートは、女性として初めての大西洋単独横断飛行をした飛行士)。
卒業生のみなさん。みなさんと一緒に今日を祝えないことをお詫びします。みなさんの年度は、特別なものです。オハイオ州立大学150年の中でも数少ない、歴史に残る年度です。オハイオ・スタジアム、愛称「ホースシュー」にて肩を並べ、満場で祝うわけにはいきませんでしたが、みなさんのご両親、愛する人、友人、先生方が、みなさんとみなさんが成し遂げたことに抱く誇りとは、それに勝るとも劣らぬものです。
異変の只中にある時に全体を俯瞰することは難しいかもしれませんが、この滅多にない状況を、みなさんが名誉の勲章として受けてくれることを願ってやみません。
目と心を開いて歴史的な試練に対面する人は、常に活動的であり努力を惜しまず、さらには他者の人生に大きな影響を残す人です。
どの年齢においても人生は、いらだたしい手段で、自分の物語の著者が自分一人ではないと思い知らせてきます。私たちは、好むと好まざるとにかかわらず、現状という気難しく身勝手な共著者と執筆しなければなりません。
よくあるように、光輝く計画が瓦解したとしても、時に起こるように、大切にしてきた希望が打ち砕かれたとしても、私たちには選択肢があります。達成できなくなった何かを失って呪うこともできますし、襟首をぐいと引かれ、執筆中の自分の物語から目を離し、新生の世界に目を向けえたことに感謝する理由を探すこともできます。
私が1998年にAppleに入社した時には、自分の幸運を信じられませんでした。私は専門職としての人生のすべてを、スティーブ・ジョブスに捧げるつもりでいたのです。しかし、暗い運命は夜盗のように忍び寄ります。スティーブを失った寂しさは、人が他者に与える影響以上に永続性と力があるものは無いことの証明でした。
この時代を後から振り返り、被った不便や退屈さを思い出すことのできる人たちは幸運です。さらに多くの人は真の困難と恐怖を経験するでしょう。生活をぎりぎりにまで切り詰めなければならない人も出るでしょう。
愛する人や友人の顔を見て心の平安を得る時には、みなさんの生活に遠くから影響を与え、それでいて重要性はまったく劣らぬ人々のことを強く想ってください。
滞在許可証を持たない父親たち。コミュニティから無視され軽蔑されながらも、自分の家族やみなさんの家族が糧を得るために、外でリスクを冒して働いてくれます。
シングルマザーたち。夜は商品を陳列し、朝には市バスを運転してくれます。彼女らの存在がなければ、世の中の多くの事象が回らないでしょう。
病院の清掃員のみなさん。病院の大部屋の床を、両手両ひざをついて磨いてくれます。今日のその働きは、寺院を清める高僧のように孤高で聖なるものです。
そして何よりも、自分自身について思いを馳せてください。世界レベルの教育を受けたみなさんが、この現状で数多の言葉が話され行動が行われた後に、どのように変わり、行動し働いていくかを考えてください。
この時代が、本当に大切なものは何かということを顕わにしたことを、よく心に刻んでください。愛する人々の健康と幸福、コミュニティのレジリエンス、多くの人々による自己犠牲―――医師からごみ収集担当者に至るまで―――、他者のためにその身を捧げる人々です。
みなさんは、自宅を出ることができないことで、埋めなくてはならない異例の隙間時間を手にしたはずです。私は、この時間を読書に充てています。とくに繰り返し読むのは、エイブラハム・リンカーンの著作です。この時間を利用して、今の時代の大局観を得たいという人には、ぜひお勧めします。
リンカーンの思考が、現代においてもなお、いかに賢明でユーモアに溢れ生き生きとしていることか。控えめで謙虚なリンカーンが、騒乱の時代においていかに人々の心に希望を呼び覚ましたかを知って驚くと思います。
オハイオ州立大学150周年を祝うにあたり、この大学が、リンカーンが署名し発効した法制度、ランドグラント大学システム(注;モリル・ランドグラント法。南北戦争中の1862年6月に制定され、農学、軍事学及び工学を教える高等教育機関を設置するために、連邦政府所有の土地を州政府に供与することなどを定めたもの)がなくては存在しなかったであろうことを想い起こす価値は十分にあります。
リンカーン以上に、困難な現状に直面することにより、自らの運命を決定した人は思いつきません。祖国が燃え上がった時、リンカーンは自ら炎に身を投じることを選びました。混乱し小競りあいを続け、根本的な欠陥を持ち、根本的に善良なる国民に、すべてを捧げ寄り添いました。
『平和な過去のドグマは、嵐のような現状には相応しくない』。『現状は困難が山積みだが、現状の元に立ち上がらねばならない。まったく新たな局面を迎えたからには、新しい考え、新しい行動が必要だ。自分自身を束縛から解き放つべきであり、そうすれば祖国を救うことができるだろう』。
卒業生のみなさん。みなさんの直面している現状は、まったく新たな局面なのです。
みなさんには、旧いドグマは選択肢には入りません。束縛に囚われている暇はないのです。
試練に満ちた世界に、しっかりと目を見開いて踏み込んで下さい。必ずしも自分が選んだ物語ではないかもしれませんが、それでもなお、依然として自分の物語であり、それを紡ぎゆく責務があるのです。
みなさんは、両親や祖父母、叔父や叔母、講師のみなさん、陰に日向にみなさんの成長を支えてくれたコミュニティ、すべての人々の誇りです。
みなさんは、卒業の日を何もせずに迎えたわけではありません。その手に勝ち取るために、うんと努力してきたはずです。そして今、みなさんは卒業します。
新しい考え、新しい行動を起こしてください。こうだと思い込んでいた未来よりも、よいものを創ってください。恐怖の時代の中で、今ひとたび、希望を呼び覚ましてください。
ご卒業おめでとうございます。これからもがんばってください。そして健康でいてください。ありがとうございました。
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