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2017年5月12日 講義「脳科学と世界の中の日本」(全4記事)

不安傾向が高い人ほど成績優秀? 脳科学でみる日本人の特徴を中野信子氏が解説

上智大学で行われた脳科学者・中野信子氏の講義「脳科学と世界の中の日本」。不安傾向に大きく関係する物質・セロトニンについて解説するとともに、その数を左右する遺伝子の数を世界と日本で比較しました。

日本人は不安感情が高い人が多い

中野信子氏(以下、中野):では、脳の機能の話に徐々に入っていきたいと思います。

DLPFCという人間の知的、社会的活動を担うような脳機能領域があります。DLPFCは日本語では背外側前頭前皮質といいます。合理的に判断して損得を計算する、なんていうことをやっている領域です。知能が高い人ほどよく発達していると考えられています。

ところで、不安感情がDLPFCを活性化するのかもしれない、という話があります。

不安感情がある時、人はその不安を潰すために努力したりとか、なにか力を身につけようとしたりとか、自分でできないことは誰かに頼むというネットワークを作ったりだとか、いろいろな工夫をします。そのときには、DLPFCが戦略を立てているのです。

この不安感情が高い人が日本人には非常に多いというデータがあります。不安感情が高いというのは成績優秀者の特徴でもあります。日本では、組織が長続きするという特徴があります。たとえば、全世界における創業200年を超える会社の8割は日本に集中していると言われます。

これはいったい何なのか。もちろん、日本に独特の起業家への融資の仕組みを作った人が明治時代にいただとか、そういう歴史的な要素は大きいのですが、日本において大勢を占める遺伝的な脳の性質として、不安傾向の高さは無視できず、これが現代の日本社会を形作っている源にあると考えてさまざまな現象を読み解いていくのはおもしろい試みだろうと思います。

先ほど知能の高さとDLPFCの発達には相関があると言いましたけれども、この部分は25歳ぐらいまでかけて発達していきます。最近では30歳といっている人もいます。それでは、「発達」とは一体何なのかというと、先ほど神経細胞の図をお見せしましたが、びっくりしたときのセリフの吹き出しのようなかたちの細胞体から脚が伸びていますよね。この長い脚の部分に脂肪の層が巻きつくことが、発達、成熟ということなんです。

巻きつくこの脂肪の層のことを「ミエリン」といい、このミエリンの鞘のことを「ミエリン鞘」といいます。このミエリン鞘が徐々に徐々にできあがっていく。この過程が、前頭葉では25歳ぐらいまでかかるということなんです。

それでは、ミエリン化するメリットはなんなのか。生まれた時は神経細胞は軸索というこの脚の部分が、いわば裸電線、何も覆い被さっていない状態です。この状態では、電気信号の伝達速度はあまりあがりません。各駅停車の電車のようなイメージで良いかと思いますが、これがミエリン鞘ができると……このミエリンの鞘は単調にのっぺりと覆い被さっているのではなくて、ところどころくびれているんです。

昔風のキャンディの包み紙の、ねじってあるあの部分のようにくびれがあります。跳躍伝導といって、ミエリン鞘のくびれのところを、電気信号が飛び飛びに伝わっていくようになります。各駅停車がいきなり新幹線並みに速くなるようなもので、だいたい50倍から100倍ぐらい伝達速度が変わると考えられています。

そんなわけで、DLPFCが発達すると、子どもの頃はなかなか時間が掛かって遂行できなかった合理的な判断や損得の計算が、大人になると比較的容易にできるということになります。

「まだ半分ある」と「もう半分しかない」の違い

元の話に戻りましょう。

日本人に特徴的な傾向と考えられる、「不安傾向が高い」「幸福度が低い」「空気を読む」の3点について話をします。

まず、「不安傾向が高い」ことについてのお話からしたいと思います。

たとえば、古くからある設問ですが、コップの中に水が半分ある時、「まだ半分ある」か、「もう半分しかない」と考えるか。みなさんそれぞれ違うだろうなと思います。ただ、こういうところで聞いても実際のふるまいは違ったりします。「自分はもう半分しかないと思って焦るタイプです」とお答えになる人が、締め切り前日までレポートを書いていなかったりということがたまにありますね(笑)。

「まだ半分ある」と思う人のほうが楽観的、どちらかといえば「もう半分しかない」と思う人のほうが悲観的ということになりますか。

実は、こうした楽観性については、基本的にその人の持っている性質としては大きくは変わらないものです。「まだ半分ある」と思う人、これは楽観的に物事を見る人でしょうけれど、プラスの部分もありつつも、マイナスな部分もありますね。満足してしまって成長や工夫がなくなってしまいがちだというのがデメリットでしょうか。

一方で、「もう半分しかない」と思う方は焦って努力や工夫をするので、その人の仕事の質は高いし、信頼できる仕事ぶりを見せてくれるかもしれない。しかしながら何事にも悲観的なので、ちょっと毎日がつらいかもしれません。どちらにもプラスとマイナスがあります。

聞いてみましょうか、そんなに正確にはでないかもしれませんが。「まだ半分ある」と思うタイプかなと思う方、どれくらいいらっしゃいますか?

(会場挙手)

少数派かな? 3分の1、4分の1ぐらいか。「もう半分しかない」と思う方。

(会場挙手)

どっちとも言えないかなという方(笑)。

(会場挙手)

「もう半分しかない」と思う方のほうが多そうですかね。さすが、上智大学の優秀な学生さんというべきでしょうか。成績優秀者には悲観的な傾向が高い人が多いと考えられています。

ただこれは、どっちがいいということはないんですね。環境よって適応度が変わります。準備を怠らない方がいい、比較的厳しい環境では「もう半分しかない」と思う人のほうが適応的だし、とっさの判断力が試されるような環境では「まだ半分ある」と思う人のほうが、生き残る率が高いということになります。

「不安遺伝子」の正体

不安傾向に大きく寄与しているのがこの物質です。セロトニン、名前を聞く機会も多い物質だろうと思います。人の気分に大きく影響しています。

セロトニンは神経細胞の末端部からこのように放出されて、次の神経細胞に受け取られていきます。余ったやつが前の神経細胞に吸い込まれていきます。この吸い込むやつを「セロトニントランスポーター」と言います。いわばリサイクルポンプですね。セロトニンのリサイクルポンプです。

これをいっぱい持っている人と、中ぐらいの人と、あんまり持っていない人がいます。そして、その数は遺伝子で決まります。

この、セロトニントランスポーターの数を決める遺伝子の、S型、これが俗な言い方で「不安遺伝子」と呼ばれるものの正体です。これはセロトニントランスポーターを「少なく作れ」と指令する遺伝子のことです。「多く作れ」というのはL型です。そのS型とL型の組み合わせでみなさんの持っているセロトニントランスポーターの数が決まっています。

Sを2セット持っている人と、SとLミックスの人、Lを2セット持っている人がいます。SSの人はセロトニントランスポーターが少ない、ミックスの人は中ぐらい、Lを2つ持っている人は多いということになります。そして、日本人が世界で一番S型を持っている人が多い、ということがわかっています。

SS型の人は、不安や不公平感を感じやすく、緊張しやすいようです。危機に直面したりすると焦って、「あんなことをしなきゃよかった」となったり、「みんなの前でしゃべってください」といきなり言われたりすると、緊張してあがってしまってしゃべれなくなってしまったりします。心配性という側面もあるようです。

逆にLL型の人は、不安を感じにくい。勝負に強いタイプと言うんでしょうか。緊張しにくい、楽観的な人です。ちょっとしたことで感動しやすいという側面もあるようです(笑)。まだ半分ある、まだもうちょっとあると思う人。

さて、(スライドを指して)これがセロトニントランスポーターの、S型遺伝子の世界分布です。これは、みなさんがここに100人いるとすると、ゲノムセットとしては200あるわけですが、そのうちどれぐらいの割合がSかというのを計算すると、日本では81パーセントがS型になります。東アジアではS型が多いようですね。なかでも日本で多い。一方で、一番低いところは南アフリカですね。28パーセント。

Senという人が2004年にまとめたメタ分析による比較のテーブルがあります。日本にはS型が少ないということがわかるデータです。

日本人ではSS型の人が、3分の2ぐらいです。これに対して、LL型の日本人は3.2パーセントしかいない。アメリカではLL型の人は日本の10倍程度います。

しばしば、日本人とアメリカ人の気質の違いについて、「日本人はイノベーションが苦手だ」とか「新しいことに挑戦しない」とかいうかたちで言及されることがあると思います。一口に文化の差と言ってもそれが人間の振る舞いの差異に還元できることを考えると、そこには遺伝的な要因もあると考えたほうが妥当なのかもしれません。そのことを、このデータは示唆してえます。

日本、アメリカでL型・S型それぞれの割合は、L型が日本で19パーセント、S型が81パーセントいます。それに対してアメリカでは、L型の方がマジョリティで57パーセント、S型は43パーセントぐらいしかいません。日本の半分くらいですね。

セロトニンの原料を含む食べ物

セロトニンは、少ないと不安傾向が高くなると申し上げましたけれども、男性と女性では合成できる能力が違うんです。男性のほうが女性よりも1.5倍ほどセロトニンの合成能が高いのです。女性はセロトニンが合成しにくいんですね。男性より女性のほうが不安傾向が高かったり、うつ病になりやすかったりすることも、これが1つの原因になっているのかもしれません。

あとは、女性にはさらなる試練がありまして、生理周期に連動してセロトニンの量が増減します。すると、クリティカルラインと呼ばれるある閾値下回ると、不安が強くなったりイライラしたり、いきなり泣き出したり、そういう傾向が高くなります。

男性のみなさんはガールフレンドがいきなり泣き出したり怒ったりしても、「これはセロトニンが足りないんだな」と、ぜひ寛大な措置をお願いしたいと思います(笑)。

(会場笑)

ただ、現実的には心理的な負担もあるでしょうし、時間もかかりますから、なかなか女性のことばかりを考えて丁寧に対応するというのは難しいかもしれません。セロトニンを増やすことに役に立ちそうな方法をお教えしておきます。気になる方はぜひは試してみてほしいと思います。

まず、セロトニンの原料になるのは、トリプトファンというアミノ酸です。先ほど女性は生理周期の影響を受けますよと言いましたが、そもそもセロトニンの合成量が少ない人っていうのがいるようです。または、S型遺伝子を持ってたりすると、セロトニンの動態としては不活発になり、やはり不安が強い上に怒りっぽくなったりする。その場合、セロトニンを増やしてあげることが、改善につながる可能性があります。トリプトファンを多く含むのは、あとでまた表を示しますけれど、赤身の肉とか、マグロなどの魚、乳製品、卵、大豆などです。これらを多くを食べさせてあげるようにしましょう。

トリプトファンを欠乏させるとどうなるかというと、男性のほうは若干の影響があるかなっていう感じですけど。

女性の方は、たいへんです。ほとんど合成されなくなってしまう。ハードなダイエットをされる方なんかは、もしかしたら大きな影響があるかもしれません。「ちょっと最近、気分が落ち込みがちになったな」とか「怒りっぽくなったな」とか思ったら、まず、食生活を見直してみてください。自分の事ですから、自分で気をつけてあげるようにしましょう。

トリプトファンを含む食べ物には、こんなものがあります。かつお、くろまぐろ、さんま、チーズ、落花生、パスタ、ごまなどです。この肉の項目は、肉の種類によってちょっとばらつきがあるんですけど、多いのはレバーのようですね。続いて、赤身のお肉でしょうか。推奨される量は、体重60gの成人でトリプトファンの量として120mgということですので、各食べ物100gあたりに含まれるトリプトファンの量を表で見てみますと、肉なら1日100gも食べれば充分ということでしょう。

おそらく多くの人が求める「脳科学」というのはこういうものなのでしょう。その人の日常的な問題を解決するのに役に立ち、知的好奇心も満たすことができ、それを修めればあたかも素晴らしい人間になれるような「感じがする」。

いろいろと思うところはあります。しかしまずは、みんなが人格的に素晴らしい、というのは一体どういう状態なのだろうか。これを、考えてみましょう。

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