2024.10.10
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マイケル・アランダ氏:私たちは、よく祖先に思いを馳せますね。彼らはどんな姿で、何をしていたのでしょう。今の私たちを見たら、どう思うのでしょう。
「もし自分が王族の末裔だったら」などと考えたことはありませんか? 「祖先が有名人や歴史上の人物だったら」と想像した人もいるはずです。現代にまで残る遺物を建造したのは、自分の祖先かもしれません。
家系図は過去にさかのぼる程あいまいになりますが、ある時点ですべての人類の祖先は1つにまとまります。つまり、すべての人類の始祖が存在するのです。
私たち現生人類には共通の始祖がいます。その始祖は、現生人類の「最も近い共通祖先 (Most recent common ancestor)」と呼ばれています。
その名を知る術はもはやありませんが、生きていた時代を探る手掛かりはたくさんあります。実は、彼らが生きた時代はそれほど遠い昔ではないのです。
ここで、家系図を例に考えてみましょう。みなさんときょうだいとの最も近い共通祖先は、みなさんの両親ですね。そして、みなさんといとことの最も近い共通祖先は、祖父母です。
このように、現生のすべての人には「最も近い共通祖先」が存在します。
では、人類の「最も近い共通祖先」がどのような人物で、どの時代に生きたかを明らかにすることはできるのでしょうか。
2パーセントがスリランカ人、3パーセントがスカンジナビア人など、「系統DNA検査」による祖先の系統関係が特定可能な現代であれば、最も近い共通祖先もまた、DNA鑑定によって系統や生きた時代・地域が特定できるのではないでしょうか。ところが、遺伝子の受け継ぎ方が原因で、DNAだけで祖先を辿るのは実は困難なのです。
ヒトの23対の染色体のうち、22対は両親から半分ずつ受け継いだものです。また、卵子や精子を作る減数分裂の過程では、母親と父親に由来する染色体が交叉して遺伝情報を交換します。つまり、染色体の組み合わせはランダムであり、同じ両親を持つきょうだいであっても、異なる組み合わせの染色体を持つことがあるのです。
このように、遺伝子プール(互いに繁殖可能な個体からなる集団が持つ、遺伝子の総体のこと)内の遺伝子は頻繁に変化するため、遺伝子解析によって先祖を辿るには、交叉や入れ替えがないDNAを利用する必要があります。
変化せずに受け継がれるDNAを探る手段は2つあります。生物学上の2つの性から辿る方法で、非常に効率がよい手段です。変化せず受け継がれてきた男女の性染色体のDNAは、遠い祖先の情報を持っているからです。
とはいえ、片性もしくは両性の系統の情報を収集しても、実は「最も近い共通祖先」には行きつきません。その理由は、のちに解説します。
生物学上の女性の祖先は「ミトコンドリアDNA」を使って辿ることができます。
母からまったく同じものを子が引き継ぐためで、ミトコンドリアは母の卵細胞から同じものが受け継がれます。同様に、生物学上の男性の祖先はY染色体を使って辿ることができます。父からまったく同じものを息子が引き継ぐためで、こちらもほぼ同じ情報が継がれます。
このようにDNAを辿れば、現生のすべての生物学上の男女の最も近い共通祖先である男女に辿りつきます。この謎に満ちた男女には、それぞれ「ミトコンドリア・イブ」と「Y染色体アダム」という、聖書の人物にちなんだニックネームがつけられています。
彼らは、必ずしも聖書の人物らのような近しい関係だったわけではなく、同時代に生きていたわけでもありません。把握できるのは、「ミトコンドリア・イブ」と「Y染色体アダム」が生きた、おおよその時代だけです。
ミトコンドリアとY染色体が受け継がれる過程のどこかで複写ミスが起こりますが、その平均頻度からどれほどの歳月がかかったかを算出できるからです。現時点では、「ミトコンドリア・イブ」は9万9千年から14万8千年前、「Y染色体アダム」は12万年から15万6千年前に生きていたと推定されています。
「ミトコンドリア・イブ」と「Y染色体アダム」は、名前の由来とは異なり、現生人類の最初の祖先でも、その時代に生きたたった2人の人類でもありません。あくまで現生人類と共通のミトコンドリアとY染色体のDNAを持つ、“最も新しい祖先”というだけです。
「ミトコンドリア・イブ」と「Y染色体アダム」は、いずれも現生ヒト個体の共通祖先ですが、現世人類全体の最も近い共通祖先ではありません。女系のみ、または男系のみを辿っているからです。
母系のみで辿れる祖先は「ミトコンドリア・イブ」ですが、現生人類全体の「最も近い共通祖先」から現生個体へ至る系図には、男系と女系が混ざっています。
つまり、最も近い共通祖先はもっと新しくて、遺伝子解析のみでは辿れません。個人が最も近い共通祖先へ至る系統は無数にありますが、「ミトコンドリア・イブ」と「Y染色体アダム」へ至る系統は1本道だということです。
現生人類の最も近い共通祖先が生きた時代を明らかにするには、遺伝子解析ではなく数式を使います。集団や種がランダムに子を設けると仮定して、最も近い共通祖先が生きた時代を明らかにする数式があり、集団が大きければ大きいほど、その精度は高くなります。
「集団において人はランダムに子を設けると仮定する」ということは、任意の男性が、その集団のいずれの女性とも等しい割合で子を設けるとすることです。しかし、人がランダムに子を設けることは絶対と言っていいほどありません。必ず社会的ないし地理的な集団の中で子を設けます。
それだけではありません。人が移動できる地理的な距離は、人類史を通して劇的な変化を遂げてきました。港湾都市の開発や閉鎖、国家間の交易関係、移動手段の技術革新などの変化が進み、こうした変化が人類の移動と子孫を残す関係も変容させてきたのです。
つまり、最も近い共通祖先を明らかにするには、これらの要素も算入する必要があります。
2004年、まさにこうした研究が始動しました。各集団の人口、地理的関係、出生率、人類史上の移動パターン等が盛り込まれ、移動した先で人が子を設けることを推量した数式モデルが算出されました。
ところで、こうした計算は数百年から数千年前の人口の推計が基になっており、決して正確なものではありえません。そこで、一定の時間内での複数のシナリオが作られた上で、数式モデルは算出されました。
その結果、現生人類の最も近い共通祖先は、紀元前1400年からなんと紀元後55年という、きわめて近い時代に生きていたことが判明しました。
この人物は、日時計を使って時間を測定し、ガラスを精製して、外科手術の教書を読むことができただろうと考えると、驚くほど近い時代に生きた人物であることが実感できますね。冒頭で想像した祖先の姿とは、まさにこのような人物像だったのです。
ほんのちょっと時代をさかのぼれば、ギザの大ピラミッドの建造が紀元前2500年頃ですから、巨石を引いて砂漠を歩んでいた人々が数先年前の私の祖先であり、私たち人類すべての祖先だったかもしれません。
こうした数式や遺伝子解析は、今日の人類が互いに対して線引きを行っているのがいかにばかばかしいかを教えてくれます。ほんの数先年前には、遠い祖先が世界の七不思議の1つを建造していたかもしれないと考えれば、私たちの違いなどちっぽけなものにすぎません。
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