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漫画家ミライ会議2021【村田雄介×森川ジョージ】超創作論(全5記事)

レジェンド漫画家でさえ抱える「うまく描けない」コンプレックス 『はじめの一歩』森川氏・『ワンパンマン』村田氏が語る、作画へのこだわり

ナンバーナイン主催で開催された「漫画家ミライ会議2021」より、【新創作論】をテーマに、『はじめの一歩』の森川ジョージ氏と『ワンパンマン』の村田雄介氏が登壇したセッションの模様を公開します。本記事では、漫画における「パンチ」の表現の難しさや、両氏の作画のこだわりについて語られました。

人気漫画家が語る「漫画の超創作論」

工藤雄大氏(以下、工藤):制作スケジュールについてよく聞けましたし、次のテーマに近いこともお話しされているので、このまま次のテーマに行きたいと思います。「漫画の超創作論」になります。少し出ましたが、キャラクターの立て方だったり、ダイナミックなシーンの作り方へのこだわりですとか、幅広くお話しいただきたいなと思っております。

あとは、森川さん、村田さんそれぞれが思う、ご自身の作品の中で印象に残っているシーンや、お相手の作品の印象に残っているシーンなどもうかがっていきたいと思っています。では、印象的なシーンからうかがってもいいですか?

村田雄介氏(以下、村田):やっぱりデンプシーロールが完成していく経過と、本番で炸裂する無限軌道の……。

森川ジョージ氏(以下、森川):僕に先に言わせてくれよ(笑)。

工藤:(笑)。村田先生が褒めると森川先生の頭がだんだんと下がっていくっていう状況になるので。

森川:週刊少年マガジンの編集者って、僕のことをまったく褒めないんだよ。

工藤:え?

森川:だから、こうやって褒められたことがあんまりなくて。

工藤:そんなことはないと思いますけど。

森川:けなすばっかりだよ?

工藤:いやいや。たぶん「そんなことない」って、画面の向こうで言われていると私は信じてます。

森川:もう本当ね、「おまえなんか下手くそ」って、ずっと言われてるの。

村田:おかしいですよ、それは。

工藤:いや、森川先生が言うと本当に聞こえちゃうので。

森川:そうだよ。

村田:いやいや。

漫画における、「パンチ」の表現の難しさ

工藤:(笑)。じゃあ、森川先生から村田先生の作品の印象に残っている……。

森川:僕からでいい?

工藤:はい、もちろんです。

森川:さっきも言ったけど、没入して読んじゃうから、どこがいいとかじゃなくて全部いいんだけど、やっぱりボクシング漫画を描いてるから(印象に残るのは)パンチだよね。パンチ、キック。パンチって難しいじゃない?

村田:どこのポジションを描いても、難しいですね。

森川:ボクシング的に言うと、構えたところからすって出てくるパンチが一番避けらんなくて、一番威力があるわけ。この「すっ」ていう。真正面から見たら拳がただ大きくなるだけのパンチなんだけど、一番避けづらいのね。フックだったらここ(肩)が見えちゃうから避けやすいけど。

工藤:来てるっていうのが(見える)。

森川:でも、「すっ」というのは漫画的にめちゃくちゃ迫力がないわけ。

工藤:そうですね。今見てるとそうですね。

村田:なるほど。

森川:だから脇を締めてすって打つのが一番いいんだけど、(フックのように)こうやったほうが絶対に漫画的にいい。

工藤:迫力がありますね。動きがありますし。

村田:そうですね。

森川:だから僕、漫画における一番迫力があるパンチって、本宮ひろ志先生のパンチだと思ってるわけ。「うおおお」ってなるじゃない。

村田:なるほど。

森川:あれが一番迫力があって。僕も描きたいと思うんだけど、ボクシング漫画だからそういうわけにいかないじゃない。

工藤:(笑)。

村田:ボクシングはフォームがありますものね。

『ワンパンマン』が長けている「背景の破壊描写」

森川:『ワンパンマン』も普通のパンチを描くんだよね。

村田:そうですね。

森川:ちゃんと、すとん、すとんって。

工藤:確かに、普通のパンチがすごいってところですものね。

森川:そうそう。それで、でっかいパンチはどーんと打つんだけど、決して(フックのような)こうじゃないのよ。だから、あれで迫力を持たせてるのがすごいなと思って、僕はずっと悩んでるの。エフェクトとかで、違くなってんだろうけど。

村田:そうですね。背景の破壊描写とかで。

工藤:背景の破壊描写(笑)。

村田:『ワンパンマン』では、どれだけでかいものが砕けるさまを描けるかに特化しているところがあるので。

森川:これ、『ワンパンマン』の1巻があるでしょう?(表紙の画も)決して肘を開いてないし、肩を見せてないわけ。

『ワンパンマン』1巻 (ジャンプコミックス/集英社)

工藤:確かに確かに。

村田:すみません。ありがとうございます。

森川:うおおおっていくと迫力はあるんだけど、ああいうのは避けられちゃうの。

工藤:なるほど。格闘漫画になると、避けられる動きになってしまうと。

森川:そう。こういう(『ワンパンマン』1巻の表紙のような)感じがいいんだけど、これで迫力出すのは非常に難しいの。

村田:ありがとうございます。

漫画の利点である「一目瞭然性」を活かした、森川氏の強いパンチの表現

工藤:村田先生もだんだん恐縮をし始めて(笑)。

村田:僕が森川先生のパンチ表現で一歩のパンチ以外で特に驚いたものが、鴨川会長の過去話でグローブを着けた状態でパンチをするんですけど、ガードした腕に素手の拳の痕がつくんですよ。グローブしてるのにですよ? 「どんだけ刺さってんだ」という(笑)。

工藤:そうですね。ぶっ刺さってますね。

村田:とにかく漫画の利点って一目瞭然性じゃないですか。どんな強いパンチなのかとか、このキャラクターがどれだけすごいのかがひと目でわからなきゃいけないという。そこでどんな表現にすれば一番伝わるかが頭を使うところなんですけど。

森川:工藤君、止めたほうがいいんじゃないですか?

工藤:いやいや、めちゃめちゃいい話じゃないですか。

村田:あれだけ刺さるっていう(笑)。

工藤:森川先生がノックアウトされてますね(笑)。

森川:拷問なんだよ。

村田:あの表現にすごくびっくりしました。

工藤:いや、でもこの話はめちゃめちゃすごい。

森川:ボクサーの人がミットを持ってぱん、ぱんって受けるんだけど、パンチの質というのがあって。グローブの大きさでばーんってなって「うわ、パンチあるわ」って思う時もあるんだけど、かつっときて本当に拳が刺さってるイメージの時があるのよ。

工藤:へえ。

森川:実際自分が味わった感じで、弾き飛ばすぼーんっていうパンチもあれば、拳の硬さでかつんとくるものとか、質がぜんぜん違くて。

村田:なるほど。実感がこもってるんですね。

工藤:そこを活かされているというところですね。

実感から導き出した、「手首が起きているパンチ」の描写

村田:僕が実感から導き出した描写で言えば『ワンパンマン』の1巻の表紙のこのパンチで。手首が上がった状態でパンチを打つと、手首って捻挫するんですよね。

工藤:へえ。

村田:ボクサーやプロのパンチは、ここ(拳と前腕)が一直線になってないといけないんですよね。(でも『ワンパンマン』の1巻の表紙では)こういう感じで手首が起きてる状態で打っていて、なのにめちゃくちゃ強いっていう。力のこもってないパンチなんだけど、めちゃめちゃ強いっていう表現でやったりしてましたね。

工藤:なるほど。逆にというか、それでも強いっていう。

森川:ここ(小指薬指あたり)がよく折れちゃうんだよね。

村田:そうなんですね。

森川:ナックルをちゃんと当てないと。ガスッていったりとかするとここが折れやすい。

村田:手首を捻挫したりとかじゃなくて、もう骨ごといく感じなんですね。

森川:手首はね、わりとバンテージで固定するから。

村田:ああ、なるほど。

森川:がっちがちに。ボクサーの好みもあるけどね。

村田:なるほど。

工藤:漫画家ミライ会議へのツイートが増えていますね。みなさん「わかりやすい」とか、「貴重なお話だ」とか。あとは「森川先生がちょいちょい画面から消えそうになっている」みたいな話をツイートされてますね。

名作アクション映画から学んだ、「動画っぽい」表現の仕方

工藤:続いて、「超創作論」というところで、作画のこだわりの部分を少し詳しくおうかがいしたいなと思っています。

森川ジョージ氏(以下、森川):それは僕もぜひ村田先生にうかがいたい。勉強させていただきたい。

工藤:じゃあ村田先生からお願いします。

村田雄介氏(以下、村田):「動画っぽい」表現を紙の上でどうやるのかは、ずっと『アイシールド』の頃から求められていたし、やらなきゃいけないことだと思っていました。

僕はアクション映画が昔から好きで、ジャッキー・チェンや80年代のスピルバーグってアクションがすごかったので、そういうのを繰り返し見て、どうやったら静止画で動いて見えるのかを研究していました。今はソフトが充実してきたので、アニメも作り始めたみたいな感じで。

工藤:アニメの話はこのあとのトレンドのところでぜひお話しいただきたいですけど。研究って、どういうふうにされていたんですか?

村田:アクションゲームと同じで、おもしろいステージの設定がまずあります。例えば『インディ・ジョーンズ』だと「止まってプロペラが回ってる飛行機の上と下」でバトルが繰り広げられたり。トロッコで洞窟を駆け巡って、水に追っかけられたり。目当ての宝を積んだトラックに追いすがって、どうやってそのトラックを奪い取るかとか。

アクションのプランで空間を余すところなく使い切って、位置関係を混乱させないっていう工夫があるんですよ。そして、カットをつないでいく。別々に撮ったカットなんだけど動きがちゃんと連続して見えるようなベストなタイミングというのがやっぱりあって。

そこも合わせて研究すると、「次こういう画が入ると動いて見えるのかな」というのが頭の中で動画で再生できるようになる。そういう脳みそを鍛えた時期がありましたね。

必要なのは、画を選ぶための「リズム感」

工藤:アクションシーンで、「ここはわかりやすいな」みたいなのを、コマ送りで見たりする感じでやるんですか?

村田:コマ送りもそうですけど、リズム感がけっこう大事だと思っていて。コマ割りも読むスピードで、気持ちいいタイミングで画が入ってくる。動きの途中を抜き出すにしても、ちゃんとつながって見える画ってあると思うんですよ。力を溜め切ってるところと、解放してるところとか。そういうところの画を選ぶ時は、やっぱりリズム感が絶対必要で。音楽的なセンスだと思うんです。

スピルバーグは自分で曲のディレクションもする方で、作曲家の方から音楽的な感覚が優れていると評されるような監督さんなので。ジャッキーはもう言わずもがなじゃないですか。シチュエーションと道具の使い方とか、セリフを飛ばして動画だけ見てても楽しめるっていう。

紙の上で動画を表現しようと思ったら、コマを割ってセリフを並べるというこの形が一番動画っぽく見えるから、漫画はこの形になっていると僕は個人的に解釈していて。漫画は映像メディアなのかなと。そう思い込んでやってる感じですね。

工藤:森川先生は、先ほど手元で何か書かれてましたけど……?

村田:あっ!(笑)。

森川:僕の作画のこだわりでしょう? 「頭の丸み」ですよ。これがこだわりです。

工藤:いやいやいや、説明をお願いします(笑)。

村田:ONE先生、すごいことが……!(笑)。

森川:村田君が描いてるのを見たんだけど。別にこれ、何だとは言いませんよ。

(一同笑)

森川:僕はまん丸だと思ってたんだけど、目の上が直線だったんだよね。だからちょっと修正して。目と頭の丸み。これが僕の作画のこだわりです。

工藤:先生のキャラではないような気もしますが……(笑)。

村田:非常に貴重な(笑)。

工藤:『はじめの一歩』に出てこなかったような気もしますが(笑)。

森川:いやいや。これね、出てきてるんですよ。こうするだけで……。

(一同笑)

工藤:これ、CMになったやつじゃないですか(笑)。

森川:ブロッコマンですから、僕はぜんぜん二次創作描いてませんから。自分のキャラを描いただけですから。……何を言ってんだ僕は。これ、真面目に答えるほうがいいですよね?(笑)。

(一同笑)

森川:どうしよう、どんどん好感度が下がっていくんだけど(笑)。

工藤:いやいや、上がってると思います。

村田:非常にぜいたくなものを見せていただきました。

工藤:本当にめちゃめちゃおもしろいなと思いながら。

漫画家はコンプレックスの塊だからこそ「うまくなること」にこだわる

森川:こだわりでしょ? みなさん、漫画家って魔法のように作業を進めて、魔法のようにうまく組み合わせて世の中に出してると思っているけども。コンプレックスの塊なんですよ。もう僕は、毎週「下手、下手、下手!」って、それしか思ってないから。こだわりとかじゃなくて、「何これ?」みたいな。

頭の中にある映像はすごいのよ。村田君も、ジャッキー・チェンだのスピルバーグだのって言いましたけど、彼はそれを右手で再現できる。でも僕の中にある画は、井上尚弥選手のKOシーンだったりパッキャオのKOシーンだったり、タイソンの迫力だったりするんだけど、あれを描こうって思ってもぜんぜん右手から出てこないの。

「あー!」みたいな。こだわりどころじゃなくて、もう「画がうまくなりたい」しか思わないよね(笑)。その挙げ句、がんばった結果がこれだから。この程度なんですよ、僕は(笑)。

村田:さっき、上の階の待合室でサインを書かせていただいたんですけど、みなさんマジックでほぼ一発書きの状態なのに、僕はサインなのに修正してましたからね。

森川:でも僕は下書きからいったでしょ? 鉛筆で下書きしなきゃ描けないからね(笑)。

村田:僕も10年近く描いてるのにサイタマの輪郭がうまく描けなくて修正してるっていう。そういうコンプレックスとか、毎週そういうのに打ちひしがれてますね。

森川:あるよね。

工藤:お二人とも「次もっとうまく、もっとうまく」みたいなものを研究されながらやられているという。

森川:描いたそばから「自分の画ってダメだな」と思うもんね。

村田:僕もそう思います。

森川:だから「こだわりは?」とか言われても、こだわりよりも「うまくなりたい」って思うよね(笑)。

工藤:過去じゃなくて未来にあるみたいなことで、先の先をというか、「うまく、うまく」みたいな。うまくなることにこだわっているというか。

ペン入れすると、下絵の「圧」と「熱」が消えてしまうこともある

森川:(村田先生にホワイトボードを渡して)描いて遊んでいいよ。

村田:すいません。ありがとうございます。

工藤:何を(笑)。

森川:僕ばかり描いてるのもアレかなと思って。パッと時々出してくれると(笑)。

村田:(笑)。僕は作画でやらせていただいてるので、原作者さんが意図しているところを取りこぼさないようにという意識もあるんですね。同じ画を描いても表情のニュアンスがちょっと違っちゃったりだとか。自分で下絵を描いたはずなのに、「下絵のほうが良かったよな」という画ばっかりで。

森川:ある。

村田:あれ何なんですかね。

森川:僕は紙だから、(デジタルとは)違うかもしれないけど。下絵を描いて描いて、ペン入れをして、下絵を消すじゃない。「何これ?」って思う。

(一同笑)

村田:イメージが違うんですよ。

森川:濃密な下絵で、熱気が伝わってきて「よし、やった」と思うじゃない。で、消すと「スッ……」と引いてくよね。

村田:線が1本になっちゃうと、「アツさ」みたいな……「圧」と「熱」、温度的な熱みたいなものが、ちょっと下がるような。

森川:あれ何だよ、村田先生。

村田:いやいや(笑)、僕もずっと不思議なんですけど。

工藤:お二人とも感じられてるところなんですね。

村田:そうなっちゃうんですよね。森川先生ぐらいのキャリアの方でもそうなんだって今日知れたんで、ちょっと勇気が(笑)。

(一同笑)

森川:むしろ鉛筆で出したいと思うもの。

村田:あぁー……そう思うこともありますね。

工藤:下絵がうまくいったなぁみたいな時に。

森川:そうそう。だからデンプシーロールの下書きとかね、むしろみんなに見てほしい。

工藤:えっ、超見たいです!

森川:今ないけどね。

工藤:もちろん、もちろん。

森川:またこれに描いちゃうけど(笑)。

(一同笑)

工藤:いや、それめちゃめちゃお時間いただくかたちにはなると思うんですけど(笑)。でもいつかぜひ見たいなと思いますし、たぶん見てらっしゃる方々も見たいんじゃないかなと思いますので。

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