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甘糟りり子さん×長倉顕太さんトーク バブル・カルチャーがのこしたもの(全5記事)

平均年収は変わらないのに、減少する額面、落ちない経費 バブル時代から辿る、「物欲のない若者」が生まれた背景

甘糟りり子氏の最新刊エッセイ集『バブル、盆に返らず』の刊行を記念して、開催されたイベント「バブル・カルチャーがのこしたもの」。作家/編集者である長倉顕太氏と対談し、バブル世代との世代間ギャップや、特殊な時代が生んだカルチャーについて語り合いました。本記事では、現代の若者とバブル時代の若者の金銭感覚のギャップについて語りました。

今と昔で大きく異なる「経費」の使い方

長倉顕太氏(以下、長倉):僕は2002年に出版業界に入ったんですが、だいたい、今70歳以上の編集者とかの話を聞くとすごいんですよ。新入社員の時から経費を使いまくり、銀座で飲みまくり、みたいな。だから、70歳以上の編集者はおもしろい人がいっぱいいるんですよ。

でも、僕らぐらいになってくると、本当に金なんかぜんぜん使えないし。著者との打ち合わせすら、著者に出している出版社で(行うこと)とかもあるぐらい。

甘糟りり子氏(以下、甘糟):「正しいこと」と「おもしろいこと」は、なかなか一致しないのかなと思いますが、象のお話はご存じですか?

長倉:わからないです。

甘糟:噂なので私も真偽は知りませんが、ある出版社では、海外取材の精算をするのに「象1頭何百万円」というのを葉っぱか何かに書いてきて、それが(経費で)落ちたという。本当かはわからないけど、それぐらい経費がザルだったという一例として、未だに言う人がいますけれどもね。(視聴者からのコメントで)「経費はそんなに簡単に落ちたんですね」と書いてある(笑)。

長倉:簡単にというか、経費だったら使いやすかったというか。他の本を読んだら、広告代理店に入ると、新入社員もお客のところに行くのに全部タクシーが当たり前と書いてあったので。

甘糟:どんどん遊ばないとおもしろいものを作れない、みたいな風習がありましたからね。

長倉:そういった意味で、今の若い子だったら考えられないぐらい経費が使いまくれたというのが、今と昔の違いかなと思います。

平均年収は変わらないが、手取りは減っている

長倉:給料だと、平均年収とかいろいろ見ていますが、今と平均年収が変わっていないんですよね。ただ、データを見ると今は社会保険料が異常に上がっていて、手取りが超少ないんですよ。だから収入も減っている……。

甘糟:額面は一緒だけど、入ってくるお金は少なくて経費もないから、感覚的には……。

長倉:貧しくなっていますよね。それが今の現状なのかなと思うんです。今じゃ考えられないところですよね。「当時、韓国や台湾がメジャーじゃなかったので、海外旅行といえば近くてもサイパンか香港でした」。

甘糟:あと、グアムもありましたね。

長倉:サイパン、グアムとか懐かしいですね。ここ数年は日本からほとんど行っていないですよね。

甘糟:私じゃないですけど、香港に日帰りでブランド物を買いに行く女の人が風物詩でいましたものね。(視聴者からのコメントで)「華やかな話を聞くと信じられないです」。私も今となっては、別の国の話のような気がしますね。

長倉:街の中の雰囲気はぜんぜん違いますかね?

甘糟:今になって思えば、もっと毎日お祭りのような、パーティーのような感じだなと思って。もっとみんながどんちゃんしていましたよ。

長倉:そのほうが楽しくて良さそうですけどね。どうなんですかね?

甘糟:楽しくて良いと思いますが、今、その“後遺症”で日本がこうなっちゃったということですよね(笑)。

「幕末のドラマを見ている感覚」今の20代がバブルに抱く憧れ

長倉:僕らぐらいはなんとなく見えていますが、20代の子とかに聞くと「バブル良いな」みたいな、憧れ感というか……。

甘糟:私たち(バブル世代)が今、幕末のドラマを見ているぐらい昔のことという感覚なんじゃないかなと思います。

仲の良い編集者の女性がいて、たぶん長倉さんと歳がほぼ一緒です。私が30代の時、彼女が20代の時に新入社員で入ってきて、「バブル世代の人は本当に嫌」みたいな。

「(バブル世代は)何でも『なんとかなる』と言って、能天気」と言っていたんですが、彼女が「今思うと、私も多少バブルの空気をしていた」「今の若い人とはぜんぜん違う」と言って、自分たちもこっち側だとついに認めたというぐらいには、違う時代かなと。

長倉:さっきちょっと話に出ましたが、ユニクロとかがなかったのもけっこうでかいんですかね。

甘糟:そうですね。だって、ファッションに情熱をすごくかけていましたからね。

長倉:すごいですよね、みんな借金しまくって……。

甘糟:24回ローンとかがあって、2年間で払い終わる頃には次の流行になっているのにな、というのがわかっていても買っていましたから。私、若い人はファッションに情熱を傾けるものだと思っていたんですが、どうもそうじゃないみたいですね。

シェアリングエコノミーの普及により、物欲にも変化が

長倉:今はそうでもないですね。とにかく、金を使うことにあまり興味がない……。

甘糟:喜びを感じないんでしょうね。

長倉:僕はまだそれはあります。奢った時に「奢ってやった」みたいな。あとは高いものを食った時に「食えた」とか。いまだに「迷ったら高いものを買え」みたいな感じで思っているので。

甘糟:けっこう同世代じゃないですか? 歳をごまかしていませんか?(笑)。

長倉:(笑)。

甘糟:あと、今はサブスクがあるじゃないですか。そういう発想もなかったから、自分のものにしない限りは使えないし触れられないけど。

長倉:シェアリングエコノミーなんかなかったですよね。

甘糟:今って別にお試しというか、所有しなくても味わえちゃうから、それも違うのかなと思います。

長倉:日本は韓国とかに給料を抜かれているので、それも当時だったら本当に考えられなかったことなのかなと思いますね。

バブル時代に流行したファッションが再燃

甘糟:(視聴者からのコメントで)「ファッションの流行は繰り返されると言いますが、その当時のファッションがこれから復活するかもしれませんね」ということで言うと、私の友人のデザイナーの方が、20代の男の子のモデルのオーディションをしたら、みんなそのまま野口五郎の恰好だったと聞きました

長倉:そうなんですか(笑)。

甘糟:若い子が何のアレンジもなく。だけど口から出る言葉は、「サステナブル」だったり「ハラスメントが良くない」みたいな、きちんとしたことなんだけど、ファッションは野口五郎なんです。

長倉:「野口五郎のファッション」がたぶんわからないですね。

甘糟:パンタロンに開襟シャツに長髪で、ぜんぜん不良のイメージとかじゃないんですけど、若い子がまんま1970年代のアイドル歌手のファッションなんですって。だから繰り返されているんですよね。でもたぶん、私が当時の格好をするとちょっと変な人になっちゃうのかな。サーファールックとか。

長倉:サーファー云々は、別に今でもそういうファッションがあるじゃないですか。

甘糟:今のサーファーファッションはどういう感じなんですかね。(昔は)こういうすごい波打った髪型にパンタロンとかでしたね。

長倉:そういうのなんですね。今だと短パンとか。

甘糟:短パン、Tシャツは変えようがないですよね。暑いとそうなっちゃいますよね。

「金が稼げる」だけではやりがいにつながらない

長倉:「今はあまり物欲がないような気がします」。物欲がないなと思いますね。僕なんかも、人を育てると考えた時に「うまくいったら金を稼いで何か買えるぞ」みたいなのは、誰にも響かないですよ(笑)。

甘糟:何が響くんだろう?(笑)。

長倉:今は本当に響かないですよ。僕らの時は、金持ちになったらブランド品を買えるとか、良いマンションに住めてとか、がんばっていた時もありますけど、今の子は誰も思っていないと思いますね。

甘糟:今の子が響くとすると、「こうすると地球温暖化が防げます」みたいな。

長倉:本当ですか(笑)。

甘糟:でも、それが切実な問題ですよね。

長倉:「自分らしく生きる」とか、生き方のほうかなと思いますね。

甘糟:本当に今のほうが真っ当だと思うんですが、その真っ当な時代にたどり着くまでにはこういう流れがあった、というのは知ってもらいたいなと思います。

長倉:ただ難しいのは、経済って使うから回るじゃないですか。結局、今だと物欲がないと使わないので儲からないという。経済が活発化しないというか。

甘糟:経済は人の気持ちで生み出されるものですからね。どうすれば良いの? って私が考えることじゃないけど、なんとなく責任を感じちゃいますよね。どんちゃんやっていたので。

「新しいこと」よりも「変わらないこと」のほうが刺激になる

長倉:今思うと、この時のほうが街が盛り上がっていたけど、今は今できっと楽しいわけじゃないですか。どういう感じなんですか? 別に「その時に戻りたい」とかはないと思っていて、今は落ち着かれているというか、丁寧に生きている感じじゃないですか。

甘糟:私、ぜんぜん雑ですよ(笑)。

長倉:本当ですか? Facebookの投稿とかを見ると、丁寧に生きている感が……。

甘糟:そんなことないんですが、ただ単に日本家屋に住んでいるからそう見えるのかなと思います。

長倉:でも、当時とは何か考え方が変わったわけですよね。当時もご飯を作っていたわけじゃないですよね?

甘糟:さすがに前は遊びに行っていましたね。でも、あの頃は新しいことや変わることがすごく刺激になったんですが、今は「変わらないこと」のほうが刺激的だなと思うようにはなりました。

だけど、「変わらないこと」とか「普通」の良さがわかるのは、どんちゃんやった挙げ句でそう思えるようになったのかなと。……何かすごいことをやっていたみたいですよね、普通に遊んでいただけですが(笑)。

「トレンドウォッチャー」と呼ばれていた甘糟氏

長倉:当時、一緒に遊んでいた人たちは、今、どういうふうになっているんですか?

甘糟:連絡が取れない人もいますけど、みんなわりと普通にお母さんをやったり。男性とかはばったり会って声をかけられても、誰かわからなかったりします。

長倉:みんな意外と、けっこう普通のお父さんお母さんをやっていると。

甘糟:そうなっている人が多いと思います。ただ、本当に連絡が取れなくなっちゃった人は何人かいるので。

長倉:それはバブルの時にブイブイやっていて、バブルと同時に消えたみたいな。

甘糟:「どうしているんだろうね」という人もいますが、私は別に特殊なところにいたわけじゃなくて、本当に普通にディスコの行列の一番前ぐらいにいた程度なので。

長倉:でもけっこうそれは特殊ではあるんじゃないですか?

甘糟:どうなんでしょうね? そうなのかな。

長倉:時代の最先端みたいな。「トレンドウォッチャー」と言われていたと。

甘糟:恥ずかしいですが、そういう肩書きがついていた時期もあります。でも、それもバブルのちょっと後かな?

長倉:その職業はバブルのちょっと後かもしれないですが、出版というか物書きみたいなことですよね。

甘糟:雑誌の業界に出入りしだしたのはその頃かな?

長倉:その頃は、お店とかは開店したら招待されるみたいな感じだったんですか?

甘糟:そうですね。招待されなくても、「甘糟ですけど」みたいな態度で行っていたと思います。恥ずかしい(笑)。

長倉:いやいや(笑)。

コロナ禍でも変わらない「人的なネットワークがあるやつが最強」説

甘糟:新しいお店に早く行くことにすごく価値を見出していたので、そういうのを競争している人がいて。レストランの開店初日にお会計する時に後から入ってきて、「3時間私が(早く入店したから)勝ちました」とか。今はそういうのもないんでしょうね。

長倉:僕はその情報源が本当にすごいなと思っていて。人的ネットワークしかないわけじゃないですか。

甘糟:そうですね。

長倉:それが意外と今もヒントになるんじゃないかなと思っていて。結局、コロナですごく思ったのが、今はインターネットでつながれるんですが、コロナで人が会えなくなって「人的なネットワークがあるやつが最強だ」みたいな。会えなくなっても、メールして仕事ができちゃうじゃないですか。それって今でも通じる部分だなと思っていて。

甘糟:ただ、その頃はメールとかもないので現場に行くしかない。だから、本当に毎晩出歩いていました。新しいお店に行って、帰ってきてシャワーを浴びてすっきりしてから原稿を書いて、朝に寝てお昼頃にまた街に繰り出すという生活を何年かはしていましたね。でも、人のネットワークは確かにあるかも。逆に言うとそれしかなかったです。

長倉:それ以外、情報が手に入らないですよね。

甘糟:そうですね。お店に行って雑談していると、「あの人があっちのお店に行ったんだよ」とか「ここを辞めて新しく(店を始めた)」という情報が入ってきて、「じゃあ行くね」と行って。その地道な送りバントの繰り返しみたいなかたちで、新しいお店の情報を得ていたかもしれないですね。

長倉:でも、めちゃくちゃ楽しそうですね。

甘糟:本当に楽しかったですよ。

情報の格差が生じている「超分断」社会

長倉:「今日はどこに行こうか」みたいな感じで、自分で行ったら知り合いがいて。そこでいろいろ話があって、「じゃあ今度はあそこに行こうか」というのがどんどんできていくということですよね。

甘糟:そういう感じです。それがレストランだったりディスコだったり。そういうところにはおしゃれして行きたいから、洋服も買いに行くし。

長倉:今は情報が何でもインターネットで検索するじゃないですか。それがちょっと味気ないかなというか……。

甘糟:平等と言えば平等だけれども、確度がなかなかつけにくいですよね。

長倉:あとは、平等なように見えて、実際は人的ネットワークを持っている人たちもいるわけじゃないですか。でも、みんな自分たちでインターネットにアクセスしているから、それなりに知っていると思っているけど、実は違うところもあって。

甘糟:情報の格差がすごいですよね。私がチャラチャラしていた頃は、足を使えばある程度手に入ったけど、今はそれさえ分断していますからね。

長倉:「超分断」しているのが今の状況だと思いますし、でも現場に足を運ぶから痛い目にあったりとか怒られたりとか、いろいろあったと思うんですよね。

甘糟:しましたね(笑)。

長倉:でも、それが人間社会で生きるという勉強じゃないですか。

甘糟:それはそうかもしれないです。恥ずかしい思いをいくつかしないと身につかないことは、いろいろあったと思うので。

長倉:礼儀とかも含めて、怒られたりとか嫌な思いをしながら、それが勉強になっていく。だけど、ずっとインターネットだけでやっている分にはなにも起きないので。

甘糟:「1980年代のディスコの話をして欲しい」という依頼があって、ある女性誌の若い編集者と話をしたんですが、「酔っ払って失敗すると拡散されちゃうから怖くてできない」と言っていて。私はあの頃にSNSがあったら、今頃恥ずかしくて生きていられないかもしれないです。

長倉:(笑)。

甘糟:本当にいっぱい失敗もしましたしね。

当時の音楽カルチャーがリバイバルしつつある

長倉:なんだかんだ時間が経ったので、何か質問とかがあれば。

甘糟:そうなんですね。せっかくこちらの事務所に来てこれを発見したので、このお話をぜひ同世代の方にもしたいけど、なかなか……。

長倉:ちょっと写りづらいですね。

甘糟:アース・ウインド・アンド・ファイアーのアートディレクションをやった方の写真集がこちらの事務所にありまして。感激したんですが、今はあの頃の音楽を再現しているような方はいっぱい出ていますよね。

長倉:そうですね。アース・ウインド・アンド・ファイアーとか、ミュージシャンとしてはやばいと思うので。

甘糟:この人のことを、私たち世代はもっと語り継いでいったほうがいいと思うんだけど……みなさん、検索してください。

長倉:アース・ウインド・アンド・ファイアーのカバーイラストを書いていたのが、長岡秀星さんという日本人で、1970年代でアメリカに行ってやっていたってやばいですよね。

甘糟:そしてこの頃は、パソコンじゃなくて絵の具で描いていたのがすごいと思って。メンバーを描いてある絵がありましたよね。これは同世代の人とぜひ共有したい。

長倉:ちょうど去年ぐらいに展示をやっていたんですが、ぜんぜんガラガラだったので。

甘糟:それ、行きたかったんですけど、みんな知らなかったんじゃないかな。ちょっと待ってくださいね。これ……見えます? (視聴者からのコメントで)「スペースチックなイラスト」、そうなんですよ。

長倉:日本人の方で、アース以外のジャケットをけっこうやっているんですけど。

甘糟:そうなんですか、誰のが有名なんだろう。

長倉:長岡秀星さん、けっこう有名な人をやっていますよ。

甘糟:でも逆に言ったらアースのイメージがついちゃって、他の人のやつを間違えて買ってそう。

長倉:だからその人とかは、すごい日本人が当時からいたという。

甘糟:これでやってほしかったな、(東京オリンピックの)閉会式。

長倉:カーペンターズとかもやっているみたいですね。『ナウ・アンド・ゼン』というアルバムとか、『ディープ・パープル』とかもやっているみたいですね。

甘糟:すごいじゃないですか。

長倉:そういう人がいたりとかですね。

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